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本編
70話 公爵様を迎えて その11
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「まぁ、上手い事やってこい」
クロノスは意地悪く微笑んでタロウを見送った、タロウはルーツと話し込んだ後、そのまま焼け跡の天幕に入り少しばかり打合せを持った、クロノスとリンド、イフナースを交えたもので、戦略に関しては協議中である事、それはどうやらより大規模な計画となっている事、降って湧いた晩餐会に関する試案の事等である、殆ど立ち話しで終わったのであるが、最後にクロノスがリンドと同行するようにとタロウに提案した、この後すぐに領主邸にて企画書の説明会に入る為で、クロノスとイフナースはより詳細な内容を知りたがったが、その場にこの二人がいては要らぬ問題も発生しかねない、ここは万事上手い事対応できるリンドを同席させようと思い立ったらしい、タロウは一度申し訳ないと断ったが、リンド本人も興味があるのか乗り気であり、何より領主邸に一人で向かうのもある意味で礼を失するものだとのクロノスの配慮もあって、タロウは素直に好意として受け入れる事とした、
「はいはい」
タロウはハーッと大きく溜息を吐いてリンドと共に転送陣を二つ潜り、イフナースの屋敷から領主邸に向かった、道すがらタロウはリンドに事の次第を確認し、リンドはクロノスからの報告との齟齬を調整する、クロノスらしい大雑把な報告で、それはそのままボニファースにも伝えられたらしい、するとボニファースもそれは面白そうだと乗り気だったらしく、タロウはどうしてこう好事家ばかりに囲まれいてるのかと呆れてしまった、娯楽の少ない社会である、貴族や王族となると何かと新しいものに目が無いのは当然で、リンド自身もクロノスの髪型に大変惹かれているとの事であった、タロウはそう言う事ならユーリに頼んでおきますよと笑顔で答えるしかない、そして領主邸の門番に挨拶するとライニールがすっ飛んできた、昨日の非礼を詫びつつリンドと挨拶を交わしそのまま二人は招き入れられる、そして、
「これは騎士団長」
かつてのリンドの役職名を口にしたのはレイナウトであった、玄関ホールの中、客である二人が外套をメイドに預けている最中である、
「公爵様もお変わりなく」
リンドは恭しく低頭する、クロノスの思惑通りリンドは山火事事件の悪評はあるがそれ以外には悪評らしきものが無い清廉潔白と評して良い人物で、故にボニファースからの信任も厚く、クロノスもまたあらゆる面で頼りにしている人物である、その人となりを知る者であれば好意的に受け入れるであろうし、レイナウトとも知己であった、しかし大戦当時はレイナウトは商会の悪趣味な番頭であり、リンドはその正体に気付いていたが特に口出す事は無かった、それどころでは無かったし、仕事上での接点も少ない、レイナウトの思惑もあるであろうからと黙する事を選んでいたのである、リンドらしい配慮であった、
「うむ、今日は目付けかな?」
「そうなります」
二人はにこやかに微笑み合う、二人は共に今日の問題の中心からはやや外れた立ち位置の為気楽なのであった、そして上機嫌なレイウナトと共に通されたのが屋敷の会議室であろうか、大広間であった、既に暖炉には火が焚かれており温かく、壁には巨大な黒板が据えられその前にテーブルが並べられている、どこぞの教室みたいだなとタロウは感じた、そしてライニールの案内に従って着座すると、ややあってメイドが茶を供し、その茶に手を伸ばした所でカラミッドらが入ってくる、タロウは慌てて腰を上げ、リンドも静かに席を立つ、
「貴殿も忙しかろう、手間では無かったかな」
カラミッドは挨拶もそこそこにタロウとリンドに声を掛けた、その後ろのユスティーナとマルヘリートらは若干申し訳なさそうな顔で、レアンはやはりそれほど興味が無いのであろうか、ミナが来ていないのかとつまらなそうな顔である、どうやらミナが来ていればそのまま抜け出す算段でもしていたのであろう、さらにリシャルトと従者が数名従っている、こちらは厳しい顔であった、タロウ自身に関しては何の不満も無いのであるが、やはり王族側の人間という事もあり警戒しているものと思われる、タロウはこれはやはり大事だなと緩んだ姿勢を引き締めるとともに、この場とこの雰囲気であればどう進めるべきかと段取りを考え始めた、単純に企画書を提出して終わりになれば楽でいいなと思っていたのだが、どうやらこの設えを見る限りこれはプレゼンテーションの会場と思って間違いではない、それもライバル企業に乗り込んだ同業者という何とも目も当てられない状況で、しかしまぁ、先方から請われたことでもあるしと前向きに考える事とした、
「そんな、伯爵様もお忙しいなか、お時間を頂く形になりまして恐悦でございます」
タロウは取り合えず当たり障りの無い言葉を選んで頭を垂れた、リンドも恭しく一礼する、
「いや、それはこちらこそだ、突然の事で苦労をかけたと思うが・・・して、どうかな?」
カラミッドはレイナウトの隣りに座り、他の面々も次々と着座する、
「はい・・・取り合えず御確認下さい、奥様にもお話ししましたがあまりにもと思われる事もあるかと思います、その擦り合わせが必要とも思いますので・・・」
「そうか、では、頼めるかな?」
「はい、では失礼しまして」
タロウはそのまま茶に手を伸ばしグイッと一息で飲み込んだ、リンドがゆっくりと腰を下ろす、するとライニールが、
「では、タロウ・カシュパル殿より、来る晩餐会に向けた企画書の提案になります」
と宣誓が為された、一同は静かに頷き、従者が手元に黒板を並べる、従者達としてはタロウその人は見知らぬが、その妻であるソフィアには大変に世話になっており、さらにはその一党であるところのユーリや学園の動向は無視できない所で、さらには帝国の問題やら王国との関係と実に複雑な状況に見事に絡んでいる相手である、カラミッドからも一目置くようにとは厳命されていた、
「はい、えっと、こちらを使っても?」
「勿論です」
タロウは壁の黒板を確認しつつ懐から数枚の上質紙を取り出して手前のテーブルに並べた、これを提出して終わりにしようかと思っていた一晩で書き上げた企画書である、木簡では失礼であろうとわざわざ上質紙をユーリから譲り受け、エレインらにも意見を求めなんとかまとめた労作であった、少々遊びが過ぎるかなと感じるがまぁ、細部を詰めるのはこれからで、そこに自分が加わる事が無い可能性も充分にある、適当に丸投げしてもいいのかなと思うが、
「まずは、主旨の確認、それから、その主旨に対してどのような趣向が可能か・・・そこから説明していきますが・・・逐次質疑を承りたいと思います、恐らく・・・というよりも確実な点としまして、どうしても私は平民出なものですから、貴族様の常識と相容れない部分も多いかと思います、その点御容赦、御寛恕頂ければと考えます」
タロウは前振りを置き、居並ぶ面々の様子を確認し、さてと黒板に向かった。
「以上・・・ですかね・・・」
タロウは手元の企画書に目を落とし漏れがないかを確認して一同を見渡した、どの顔も難しい顔であった、リンドさえもこれはどうかと渋い顔である、まぁそうだよなとタロウは思わず苦笑いを浮かべる、しかし、
「あれだな、そのなんだ、酒を運ぶ女給か?それは便利ではないか?」
レイナウトがゆっくりと口を開いた、
「・・・そうですな・・・それは悪くない」
カラミッドが隣りで頷く、それはレイナウトに配慮しての相槌ではないようで、その言葉通りの評価なのであろう、
「ウシとブタを食せるのか?」
レアンも思わず口を開く、
「はい、私が用意致します、美味しいですよ」
タロウはニコリと微笑んだ、
「それは聞いている、しかし、ミナも食べたことが無いと言っておったぞ」
「そうですね、ほら、幼児には贅沢な代物ですから、それにこちらでちゃんと流通してからが良いかなとも・・・学園長とも話しておりました」
「ムゥ・・・贅沢・・・なのか・・・」
「ミナにはですよ、ミナはなんでも美味しいという娘なので」
タロウが優しく微笑むと確かになとレアンも微笑する、
「そうなるとあれか」
とカラミッドが別の質問を口にした、タロウは質疑を受けながら進めようと考えていたが、どうやらこういう場にあっては質問できる者が限られるらしく、カラミッドやレイナウト、ユスティーナらがそれで、リシャルトやライニールといった従者達が質問する事は無く、カラミッドらはどうやら取り合えず全体を聞いてから質問するのが良いであろうとそう考えたらしい、故にタロウが想定するよりも早くその企画案の説明そのものは終わってしまい、タロウとしては理解しているのかなと不安感があった、而して質問の嵐となる、レイナウトが口火を切り、カラミッドが次々と詳細を確認し、ユスティーナやマルヘリートも気付いた事を口にした、
「なるほど・・・悪くはないな・・・」
質問が一段落し、カラミッドは腕を組んでフムと視線を落す、隣りのレイナウトは、
「いや、これは良いぞ、儂としては出席してもな、する事がないと思っておった所だ、あれの隣りで畏まっているのも窮屈だしな」
あれとは実子であるクンラートの事であろう、
「しかし、先代様、それはそいう役職というものでして」
「それは理解しておる、じゃが、確かにこの案であれば暇をする事がなかろう、好きに楽しめるでな」
「そうですが・・・」
カラミッドが渋い顔でレイナウトを伺う、タロウはどうやら理解されたらしいとホッと安堵した、提案の最中まるで質問が無かった為、どうしたものかと思っていたのである、リンドもその表情を柔らかいものに変えている、どうやら手応えを感じたのであろう、リンドとしてはあくまでタロウ側としてこの場にいる為特に発言する事は無かったが、これは北ヘルデルでも王城でもそのままでは難しそうだが受け入れられるであろうと内心でほくそ笑む、
「でも・・・」
ユスティーナが大きく首を傾げ、
「これは晩餐会と言えるのかしら・・・」
と根底からひっくり返すような疑問を呈した、
「そうですね・・・なので、あくまで主旨・・・ここですね、公爵様との目通り、ここを守りつつ挨拶を終えた者、順番を待つ者を楽しませる為の仕掛けとなります、さらに公爵様にも楽しんで頂けるもの、と考えた形です」
これはタロウの完全な詭弁であったりする、タロウとしてはアフラから聞いた基本的な晩餐会ではあまりにもつまらないだろうと考えこの企画書を作っていた、故に主旨となる主賓との顔合わせは二の次で、どうやって大人数を飽きさせないかを主眼としている、第一顔合わせなぞ短い時間である、さらに言えばどうせ主賓となる公爵その人も一度会った程度では相手の顔と立場なぞ覚えられないであろうと高を括っていたりもする、つまりタロウの認識では晩餐会とはあくまで形式的な場で、主賓を喜ばせるよりも主催の部下なり知人なりに主催の格を見せつける為の場で、主賓はその立場をより明確に主張し、招待された客達は主賓に目通りできたと満足する為の場でしかないのだ、中心となるのはあくまで主賓であるクンラートであるが、主役は主催であるカラミッドなのである、形骸化甚だしいと考えるが、それで世の中が回るのであればそれで良しとするべきであるし、世の中とはそういうものなのであろう、
「そうですか・・・どうかしら?」
ユスティーナも慎重であった、自分が言い出したことでもあり、責任もある、こうしてタロウ自身も知恵を絞ってきてくれている、それも昨日の今日でこれほどに詳細な計画を出してくるとは思ってもいなかった、前面的に採用したいとも思うが、その実施には自分も勿論であるが、何よりカラミッドの決断とリシャルトら従者の協力が不可欠である、
「うむ・・・」
カラミッドは尚悩んでいる様子である、タロウはそりゃ悩むよなと片眉を上げた、実際にはここで以上ですと言ってさっさと退散したとしても責められる言われはない、ユスティーナの不興を買うかもしれないが、この案自体を自由に使って良いとまで言っている、この案を使わなくても従来通りの晩餐会でも事足りる事でもある、無理をして採用する必要は全く無いのであった、しかしとタロウは企画書に目を落した、昨晩の時点でこれだけやればまぁ楽しめるだろうと思ったのであるが、一晩経つとやや物足りなさを感じる、どうにも遊びが足りないのであった、余裕という意味の遊びではなく、遊興としての遊びがである、
「・・・うーん・・・」
タロウは黒板を背にしてカラミッドと同じように悩み始めた、レアンとマルヘリートがどうしたのかしらとタロウを見つめる、すると、
「アッ」
とタロウは声を上げた、何事かと一同の視線が集まる、
「あっ・・・すいません、もう一つありました」
タロウは黒板に向かうと、空いた隙間に考えながら白墨を走らせ、
「これです、これがあれば尚楽しい・・・どうでしょう、受け入れられるものでしょうか?」
タロウがその内容を確認しながら振り返った、
「ほう・・・良いな、儂は好きじゃぞ」
レイナウトがアッハッハと楽しそうに破顔し、ユスティーナらはエッと眉根を寄せる、カラミッドは、
「待て、どう手配する?それ以上に下賤に過ぎるわ」
と明確に怒声を上げた、
「そうでしょうか?実は上品なこれもあるのです」
タロウはニヤリと微笑んだ。
クロノスは意地悪く微笑んでタロウを見送った、タロウはルーツと話し込んだ後、そのまま焼け跡の天幕に入り少しばかり打合せを持った、クロノスとリンド、イフナースを交えたもので、戦略に関しては協議中である事、それはどうやらより大規模な計画となっている事、降って湧いた晩餐会に関する試案の事等である、殆ど立ち話しで終わったのであるが、最後にクロノスがリンドと同行するようにとタロウに提案した、この後すぐに領主邸にて企画書の説明会に入る為で、クロノスとイフナースはより詳細な内容を知りたがったが、その場にこの二人がいては要らぬ問題も発生しかねない、ここは万事上手い事対応できるリンドを同席させようと思い立ったらしい、タロウは一度申し訳ないと断ったが、リンド本人も興味があるのか乗り気であり、何より領主邸に一人で向かうのもある意味で礼を失するものだとのクロノスの配慮もあって、タロウは素直に好意として受け入れる事とした、
「はいはい」
タロウはハーッと大きく溜息を吐いてリンドと共に転送陣を二つ潜り、イフナースの屋敷から領主邸に向かった、道すがらタロウはリンドに事の次第を確認し、リンドはクロノスからの報告との齟齬を調整する、クロノスらしい大雑把な報告で、それはそのままボニファースにも伝えられたらしい、するとボニファースもそれは面白そうだと乗り気だったらしく、タロウはどうしてこう好事家ばかりに囲まれいてるのかと呆れてしまった、娯楽の少ない社会である、貴族や王族となると何かと新しいものに目が無いのは当然で、リンド自身もクロノスの髪型に大変惹かれているとの事であった、タロウはそう言う事ならユーリに頼んでおきますよと笑顔で答えるしかない、そして領主邸の門番に挨拶するとライニールがすっ飛んできた、昨日の非礼を詫びつつリンドと挨拶を交わしそのまま二人は招き入れられる、そして、
「これは騎士団長」
かつてのリンドの役職名を口にしたのはレイナウトであった、玄関ホールの中、客である二人が外套をメイドに預けている最中である、
「公爵様もお変わりなく」
リンドは恭しく低頭する、クロノスの思惑通りリンドは山火事事件の悪評はあるがそれ以外には悪評らしきものが無い清廉潔白と評して良い人物で、故にボニファースからの信任も厚く、クロノスもまたあらゆる面で頼りにしている人物である、その人となりを知る者であれば好意的に受け入れるであろうし、レイナウトとも知己であった、しかし大戦当時はレイナウトは商会の悪趣味な番頭であり、リンドはその正体に気付いていたが特に口出す事は無かった、それどころでは無かったし、仕事上での接点も少ない、レイナウトの思惑もあるであろうからと黙する事を選んでいたのである、リンドらしい配慮であった、
「うむ、今日は目付けかな?」
「そうなります」
二人はにこやかに微笑み合う、二人は共に今日の問題の中心からはやや外れた立ち位置の為気楽なのであった、そして上機嫌なレイウナトと共に通されたのが屋敷の会議室であろうか、大広間であった、既に暖炉には火が焚かれており温かく、壁には巨大な黒板が据えられその前にテーブルが並べられている、どこぞの教室みたいだなとタロウは感じた、そしてライニールの案内に従って着座すると、ややあってメイドが茶を供し、その茶に手を伸ばした所でカラミッドらが入ってくる、タロウは慌てて腰を上げ、リンドも静かに席を立つ、
「貴殿も忙しかろう、手間では無かったかな」
カラミッドは挨拶もそこそこにタロウとリンドに声を掛けた、その後ろのユスティーナとマルヘリートらは若干申し訳なさそうな顔で、レアンはやはりそれほど興味が無いのであろうか、ミナが来ていないのかとつまらなそうな顔である、どうやらミナが来ていればそのまま抜け出す算段でもしていたのであろう、さらにリシャルトと従者が数名従っている、こちらは厳しい顔であった、タロウ自身に関しては何の不満も無いのであるが、やはり王族側の人間という事もあり警戒しているものと思われる、タロウはこれはやはり大事だなと緩んだ姿勢を引き締めるとともに、この場とこの雰囲気であればどう進めるべきかと段取りを考え始めた、単純に企画書を提出して終わりになれば楽でいいなと思っていたのだが、どうやらこの設えを見る限りこれはプレゼンテーションの会場と思って間違いではない、それもライバル企業に乗り込んだ同業者という何とも目も当てられない状況で、しかしまぁ、先方から請われたことでもあるしと前向きに考える事とした、
「そんな、伯爵様もお忙しいなか、お時間を頂く形になりまして恐悦でございます」
タロウは取り合えず当たり障りの無い言葉を選んで頭を垂れた、リンドも恭しく一礼する、
「いや、それはこちらこそだ、突然の事で苦労をかけたと思うが・・・して、どうかな?」
カラミッドはレイナウトの隣りに座り、他の面々も次々と着座する、
「はい・・・取り合えず御確認下さい、奥様にもお話ししましたがあまりにもと思われる事もあるかと思います、その擦り合わせが必要とも思いますので・・・」
「そうか、では、頼めるかな?」
「はい、では失礼しまして」
タロウはそのまま茶に手を伸ばしグイッと一息で飲み込んだ、リンドがゆっくりと腰を下ろす、するとライニールが、
「では、タロウ・カシュパル殿より、来る晩餐会に向けた企画書の提案になります」
と宣誓が為された、一同は静かに頷き、従者が手元に黒板を並べる、従者達としてはタロウその人は見知らぬが、その妻であるソフィアには大変に世話になっており、さらにはその一党であるところのユーリや学園の動向は無視できない所で、さらには帝国の問題やら王国との関係と実に複雑な状況に見事に絡んでいる相手である、カラミッドからも一目置くようにとは厳命されていた、
「はい、えっと、こちらを使っても?」
「勿論です」
タロウは壁の黒板を確認しつつ懐から数枚の上質紙を取り出して手前のテーブルに並べた、これを提出して終わりにしようかと思っていた一晩で書き上げた企画書である、木簡では失礼であろうとわざわざ上質紙をユーリから譲り受け、エレインらにも意見を求めなんとかまとめた労作であった、少々遊びが過ぎるかなと感じるがまぁ、細部を詰めるのはこれからで、そこに自分が加わる事が無い可能性も充分にある、適当に丸投げしてもいいのかなと思うが、
「まずは、主旨の確認、それから、その主旨に対してどのような趣向が可能か・・・そこから説明していきますが・・・逐次質疑を承りたいと思います、恐らく・・・というよりも確実な点としまして、どうしても私は平民出なものですから、貴族様の常識と相容れない部分も多いかと思います、その点御容赦、御寛恕頂ければと考えます」
タロウは前振りを置き、居並ぶ面々の様子を確認し、さてと黒板に向かった。
「以上・・・ですかね・・・」
タロウは手元の企画書に目を落とし漏れがないかを確認して一同を見渡した、どの顔も難しい顔であった、リンドさえもこれはどうかと渋い顔である、まぁそうだよなとタロウは思わず苦笑いを浮かべる、しかし、
「あれだな、そのなんだ、酒を運ぶ女給か?それは便利ではないか?」
レイナウトがゆっくりと口を開いた、
「・・・そうですな・・・それは悪くない」
カラミッドが隣りで頷く、それはレイナウトに配慮しての相槌ではないようで、その言葉通りの評価なのであろう、
「ウシとブタを食せるのか?」
レアンも思わず口を開く、
「はい、私が用意致します、美味しいですよ」
タロウはニコリと微笑んだ、
「それは聞いている、しかし、ミナも食べたことが無いと言っておったぞ」
「そうですね、ほら、幼児には贅沢な代物ですから、それにこちらでちゃんと流通してからが良いかなとも・・・学園長とも話しておりました」
「ムゥ・・・贅沢・・・なのか・・・」
「ミナにはですよ、ミナはなんでも美味しいという娘なので」
タロウが優しく微笑むと確かになとレアンも微笑する、
「そうなるとあれか」
とカラミッドが別の質問を口にした、タロウは質疑を受けながら進めようと考えていたが、どうやらこういう場にあっては質問できる者が限られるらしく、カラミッドやレイナウト、ユスティーナらがそれで、リシャルトやライニールといった従者達が質問する事は無く、カラミッドらはどうやら取り合えず全体を聞いてから質問するのが良いであろうとそう考えたらしい、故にタロウが想定するよりも早くその企画案の説明そのものは終わってしまい、タロウとしては理解しているのかなと不安感があった、而して質問の嵐となる、レイナウトが口火を切り、カラミッドが次々と詳細を確認し、ユスティーナやマルヘリートも気付いた事を口にした、
「なるほど・・・悪くはないな・・・」
質問が一段落し、カラミッドは腕を組んでフムと視線を落す、隣りのレイナウトは、
「いや、これは良いぞ、儂としては出席してもな、する事がないと思っておった所だ、あれの隣りで畏まっているのも窮屈だしな」
あれとは実子であるクンラートの事であろう、
「しかし、先代様、それはそいう役職というものでして」
「それは理解しておる、じゃが、確かにこの案であれば暇をする事がなかろう、好きに楽しめるでな」
「そうですが・・・」
カラミッドが渋い顔でレイナウトを伺う、タロウはどうやら理解されたらしいとホッと安堵した、提案の最中まるで質問が無かった為、どうしたものかと思っていたのである、リンドもその表情を柔らかいものに変えている、どうやら手応えを感じたのであろう、リンドとしてはあくまでタロウ側としてこの場にいる為特に発言する事は無かったが、これは北ヘルデルでも王城でもそのままでは難しそうだが受け入れられるであろうと内心でほくそ笑む、
「でも・・・」
ユスティーナが大きく首を傾げ、
「これは晩餐会と言えるのかしら・・・」
と根底からひっくり返すような疑問を呈した、
「そうですね・・・なので、あくまで主旨・・・ここですね、公爵様との目通り、ここを守りつつ挨拶を終えた者、順番を待つ者を楽しませる為の仕掛けとなります、さらに公爵様にも楽しんで頂けるもの、と考えた形です」
これはタロウの完全な詭弁であったりする、タロウとしてはアフラから聞いた基本的な晩餐会ではあまりにもつまらないだろうと考えこの企画書を作っていた、故に主旨となる主賓との顔合わせは二の次で、どうやって大人数を飽きさせないかを主眼としている、第一顔合わせなぞ短い時間である、さらに言えばどうせ主賓となる公爵その人も一度会った程度では相手の顔と立場なぞ覚えられないであろうと高を括っていたりもする、つまりタロウの認識では晩餐会とはあくまで形式的な場で、主賓を喜ばせるよりも主催の部下なり知人なりに主催の格を見せつける為の場で、主賓はその立場をより明確に主張し、招待された客達は主賓に目通りできたと満足する為の場でしかないのだ、中心となるのはあくまで主賓であるクンラートであるが、主役は主催であるカラミッドなのである、形骸化甚だしいと考えるが、それで世の中が回るのであればそれで良しとするべきであるし、世の中とはそういうものなのであろう、
「そうですか・・・どうかしら?」
ユスティーナも慎重であった、自分が言い出したことでもあり、責任もある、こうしてタロウ自身も知恵を絞ってきてくれている、それも昨日の今日でこれほどに詳細な計画を出してくるとは思ってもいなかった、前面的に採用したいとも思うが、その実施には自分も勿論であるが、何よりカラミッドの決断とリシャルトら従者の協力が不可欠である、
「うむ・・・」
カラミッドは尚悩んでいる様子である、タロウはそりゃ悩むよなと片眉を上げた、実際にはここで以上ですと言ってさっさと退散したとしても責められる言われはない、ユスティーナの不興を買うかもしれないが、この案自体を自由に使って良いとまで言っている、この案を使わなくても従来通りの晩餐会でも事足りる事でもある、無理をして採用する必要は全く無いのであった、しかしとタロウは企画書に目を落した、昨晩の時点でこれだけやればまぁ楽しめるだろうと思ったのであるが、一晩経つとやや物足りなさを感じる、どうにも遊びが足りないのであった、余裕という意味の遊びではなく、遊興としての遊びがである、
「・・・うーん・・・」
タロウは黒板を背にしてカラミッドと同じように悩み始めた、レアンとマルヘリートがどうしたのかしらとタロウを見つめる、すると、
「アッ」
とタロウは声を上げた、何事かと一同の視線が集まる、
「あっ・・・すいません、もう一つありました」
タロウは黒板に向かうと、空いた隙間に考えながら白墨を走らせ、
「これです、これがあれば尚楽しい・・・どうでしょう、受け入れられるものでしょうか?」
タロウがその内容を確認しながら振り返った、
「ほう・・・良いな、儂は好きじゃぞ」
レイナウトがアッハッハと楽しそうに破顔し、ユスティーナらはエッと眉根を寄せる、カラミッドは、
「待て、どう手配する?それ以上に下賤に過ぎるわ」
と明確に怒声を上げた、
「そうでしょうか?実は上品なこれもあるのです」
タロウはニヤリと微笑んだ。
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石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
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子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
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ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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