セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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71話 晩餐会、そして その1

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「お嬢様はこれー」

「待て、ニャンコを取るな」

「ヤダ、ニャンコはミナのー」

「このー、なら、イチゴじゃ、イチゴは譲らんぞ」

「エー、なら蝶々はミナのー」

「むー、では、星じゃ、星は取ったー」

「あー、じゃぁじゃぁ」

伯爵邸の厨房にミナとレアンの楽しそうな嬌声が響き、メイド達は忙しくしながらもその頬を緩めている、

「はい、出来ました」

そこへメイドが捏ね回していた生地を広げると、

「よし、やるか」

「うん」

と二人は腕まくりをし、レインは二人が手にしていない型を手にするとやれやれと呆れ顔で二人に続いた、その様子をメイド達は心底楽しそうに微笑んで見つめてしまっている、朝から実に活気がある、年に二三度あるかどうかの晩餐会の準備である、本来であればそこにミナのような子供も、令嬢であるレアンの姿もある筈が無い、ただただ粛々と下準備が進められるのが通常なのであるが、今日は違っていた、筆頭従者であるリシャルトより外部から指揮者を招き入れる事となったと数日前に伝達され、さらに聞けばそれはソフィアの旦那であるらしい、ソフィアから料理の手解きを受けていたメイド達はそれは凄いと歓喜し、さらにソフィアの伴侶ともなればまた珍奇で美味しい特殊な料理になるであろうと期待もしている、そして当日になるとその子であるミナとレインが厨房に駆け込む有様で、それはそれでどうかと思う間もなくレアンも前掛けを着けて厨房に駆け込んできた、そして遅れて入ったタロウの指示の下、まずはお菓子作りである、メイド達はその指示に従い、タロウはレアンに作業を任せてしまうと、さっさと次の工程に移っている、

「じゃ、こっちはミーンさんに任せるね」

「はい、任されました」

巨大な寸胴鍋が二つ並びそれぞれにミーンと若い料理人が張り付いている、何やら骨を煮込んでいるらしい、ミーンは自信満々と余裕の笑みであったが、その料理人は何とも不可解そうに鍋を覗き込んでいた、骨を食すのであろうかと不安そうでもある、タロウはまぁそういうものだからと若い料理人に微笑みかけると、

「こっちはどう?」

「なんとかなってるわよ」

とソフィアが適当に答えた、ソフィアとティル、数人の料理人が前にしているのは大量の牛と豚の肉塊である、まだ脂も筋もとっていない状態のもので、ソフィアはここからやるのかと大変にめんどくさそうであったが、まぁそうなるわよねとなんとか納得して手を動かし始め、他の料理人達は慣れたものなのか、文句も不平も無く、ソフィアとティルに確認しつつ、黙々と捌いている、

「あっ、部位毎に別けておかんとだぞ」

「わかってるけど、難しいわよ、それ」

「やっぱり?」

「そりゃそうでしょ、肉なんて形を整えたらみんな同じに見えるもの」

「・・・そっか、じゃ、今のうちに」

とタロウは肉塊を寄り分け始めた、ソフィアもティルも牛と豚の違い程度は分かるようにはなっているが、部位の違いまでは難しかった、たった二日前に扱いを教えられた食材である、無論肉の調理等日常的に熟しているが、部位毎に調理を変えるような器用な事はしていない、昨日もハンバーグを作るにあたって肉塊に向かったのであるが、結局それがどこの部位であったかなど気にする事は無かった、

「あっ、でね、リシャルトさんから聞いたんだけど」

とタロウは料理長を捕まえてより詳細な打合せを始める、

「丸焼きにするなら、この塊を使って欲しいんだな、で、こっちも丸焼きにできる、どっちも牛の肉ね、豚はちゃんと火を通さないとだから、丸焼きには向かないと思っていただけると嬉しい」

「それはまたどういう事で?」

料理長もその道の熟練者である、また、晩餐会や食事会となればまさに自分達の腕の見せ所と張り切るもので、しかし今回はその調理の指揮はこのタロウなる人物に従うようにとの通達であった、聞けばメイド達が習得してきた様々な料理を考案した人物であるという、料理長としても思う所はあるがそこは勤め人であった、ここはその知見を素直に吸収しようと前向きになっている、実際にメイド達が伝えた料理は珍奇ながら美味なもので、このような調理方法があったのかと料理長は舌を巻かざるを得なかった、

「そうだねー、実は何だけど、この牛の肉はね、生でも食える」

エッと料理長は目を剥いた、さらにソフィアとティルもそれは聞いていないと顔を上げ、料理人達の手も止まってしまう、

「正確に言えば生で食っても腹は壊さないってのが正しいような気もするんだけど、美味しいかどうかは別でね、だから、俺の国だとこの包丁が当たった部分?ここだけをしっかり焼いて、中までは火を通さないで食べる事が多いかな?」

「・・・それはまた・・・獣の肉ですよ・・・」

「そうだね、でも、それはそれで美味しい・・・うん、ただね、この肉だと難しいかな?固いからね、もう少し何と言うか・・・牛の品種改良と育成手法かな、が発達すればより美味しくなるのは確実だね」

「それ本当?」

ソフィアがジロリとタロウを睨む、聞いていなかった事も不快であったが、それ以上に興味のある内容ではあった、

「ホントだよ、言ってなかったのは勘違いする場合があるなーって思ってね」

タロウはニヤリと微笑み、

「ほら、まず生肉ってだけで忌避してるだろ、君達は、それはそれで正しいと思う、俺も生肉は駄目だと思うから、でもね、そこで牛は少々生で食べても大丈夫って知識があると他の肉もできるだろうって思われそうでね、だから特に口にしなかったんだよ」

「あら・・・少しは考えているのね」

「そうだねー、それに肉の知識自体がお粗末だからさ、ほれ、肉屋で売ってる肉が鳥の種類もそうだけど、鹿か猪かも分からない程度だとね、それこそ牛と勘違いして鹿を生で食べたら、死ぬほど苦しむぞ」

「そこまで馬鹿にしなくても」

「馬鹿にはしてないよ、ただ、肉屋も適当みたいだしね、話しを聞く限り、だからね、牛と豚がちゃんと流通して店でも別で扱えて、部位毎に売られるくらいに慣れてからかな、暫く先になるだろうし、その頃にはもう少しこの牛も豚もこっちの味になっているだろうしね」

「こっちの味?」

「そっ、こっちの餌を使った、こっちで生産されるこの土地の牛と豚の味」

「そこまで変わる?」

「変わるよー、やっぱり餌でね肉の味は変わるから、ルカス先生にも言ってるんだけどさ、俺の田舎じゃ肉の味を良くする為に牛に酒を飲ませるんだぜ」

エッと全員が目を見開いた、

「他には、そうだね、牛の骨を砕いたのを餌に混ぜたり、葡萄の搾りかすを食べさせたりってね、まぁ、いろいろあるんだ」

タロウはニコニコと話しているが、そこまでするのかと呆気にとられている一同である、たかが家畜である、酒を飲ませるのも大概と思うし、骨を砕いて食べさせるなぞ、逆に不味くなりそうに聞こえた、

「そうやってね、牛にしろ豚にしろ育て方を変えてより良い肉にするって事もある、だから俺に言わせればこの肉はどっちもまだ正に獣の肉でね、それがこっちの鶏みたいにさ、家畜の肉って感じになるのはもう暫く先だな」

「それはまた・・・」

「いや、なるほど・・・そこまで考えたことはありません」

料理人達はこれはまた新たな知見であると顔を見合わせ、料理人も目を見開いて肉塊に視線を落す、料理人達としては獣肉に関してはそれなりに経験もあり、肉の調理に関しても一家言持っている、しかし、その肉の生産に関してまで考えた事は無かった、無論鹿も猪も家畜では無く野生のそれで、生産するという視点で考える事は出来ない、しかし、確かにそれらに比肩するであろう牛と豚が家畜として生産されるとなれば、その育て方もまた重要になるのであろう、

「先の話だよ、そのうちほら、牛と言えばモニケンダムとかさ、豚肉はヘルデルだ、なんてね、そんな感じにねその地の名物って言われる程になって、貴族様達にね、あの土地の豚はこうで、あっちの土地の豚はここが良いなんてさ、美食家を気取るくらいになれば・・・より面白くなるかなって思うかな、恐らくそうなればこそ、やっと牛も豚も安定して供給されているって事になるとも思うしね」

タロウはニヤリと微笑むと、ビショクカとは?と料理人達は顔を見合わせてしまう、実は味にうるさい雇い主は少なく無いが、それも塩味が足りない程度の指摘で、客人が出された料理にケチをつける事はさらに少ない、というかほとんど無い、特に貴族社会に於いては食事会や晩餐会等での食事に文句を言う事など出来ようもない、主催者が用意した料理を批判する事は無礼とされており、粛々と静かに食事をする事が上品とされていた、実際に料理そのものにも大きな味の差は少なく、日常的に食するそれとあまり変わらないと言われればそうなのである、やはり調味料と香辛料の少なさがその大元の原因となっている、

「まぁ、そういうわけで、でもあれだろ、やっぱり丸焼きは欲しいんでしょ」

と話題を戻した、料理人達はそこでハッと我に返って作業に戻り、ティルはなるほどなーと納得し、ソフィアはなんかむかつくわねーと軽く憤慨しつつも手を動かし始める、

「はい、やはり、肉料理は晩餐会の中心なのです」

料理人も慌てて顔を上げた、

「だよね、だから、この部位の丸焼きはいけるけど、ちょっと小さいかな?」

「いえ、充分です・・・いや、縮みますよね、この肉?」

「そだね、それは仕方ない」

「となると」

と二人はあーだこーだとやり始めた、そこは流石の料理長である、負けてはいられないと積極的になり、タロウも嬉しそうに助言を口にしている、料理人達はしっかりと聞き耳を立てていた、料理人もまた職人である、先達の技術は目で盗み、その味は盗み食いで身に付けるのが当たり前であるとされ、直接指導される事はまず無い、あるにはあるがそれはしっかりと技術と味を盗みきりその実力を認められた時からで、そうなるともうその料理人は一人前とされ、独立やさらに上の役職を伺う時期とされていた、なんとも不親切な上に排他的で、厨房はまさに職人気質の職場であったりする、

「そうなると、やっぱりあれだね、ソースの味が決め手になるかな?」

「はい、そのソースに関しては御指導頂ければと思います」

さらに話題が移ったようで、しかし、急に料理長が下手に出る、イフナース邸での食事会に供されたソースについて、ユスティーナやレアンからあれを作れないかと訊ねられた事があり、しかし見てもいなければ味わった事がないソースを再現するのは料理長では難しく、しかしマヨソースやらの特殊なソースはメイド達から教わっている、肉の調理に関しては負ける事は無いと自負するが、このソースに関してはどうにもお手上げなのであった、

「そうですね、では、肉に合うソースを作りますか・・・材料次第かな・・・」

「では、こちらへ、食糧庫を確認下さい」

二人はそのまま食糧庫へ向かう、料理人達はその背を横目で伺う、料理長自ら先に立った様子に、まぁそうなるだろうなとタロウの実力というべきかその知識には感心してしまっていた、普段寡黙な料理長が饒舌になっているのも珍しい事であったりする、そこへ、

「失礼、タロウ殿はおられるか」

リシャルトがスッと顔を出す、

「ムッ、なんじゃ、どうかしたか?」

レアンがキッとリシャルトを睨んだ、今日はユスティーナもマルヘリートもライニールも不在である、その為リシャルトやらカラミッドからタロウらを守るのは自分の仕事と勘違いも含んだ義務感を感じているらしく、昨晩の騒動の事もある、故にレアンはリシャルトとカラミッドにはあくまで若干ではあるが警戒していたりする、

「はい、納品とのことで業者が参りました」

「業者?」

「はい、ガラス屋と鍛冶屋ですね」

「むっ、そうか、暫し待て」

レアンがここは任せたとミナに型を押し付けると食糧庫に走った、何もレアン自ら動かなくてもとメイドは口を出しそうになるが、機嫌の良いレアンを押し留めるのも申し訳なく感じてしまう、

「タロウ殿」

すぐにレアンの甲高い声が厨房と食糧庫を震わせた、リシャルトはライニールがいないとこれはこれで大変だなと、甥の苦労を肌で感じてしまっていた。
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