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本編
72話 メダカと学校 その8
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タロウとブラスがバタバタと裏口から厨房に駆け込んできた、オッと驚くティルとミーン、
「どうだった?」
ソフィアはのんびりと二人に問いかける、
「大丈夫だと思うよー」
タロウがやれやれと外套を脱ぎ、
「そうですねー」
とブラスがフードを押し上げフーと大きく溜息を吐いた、ブラスが顔を出したのは浄化槽の確認の為である、想像以上の土砂降りとなった為、気になったとの事で、ブラスは店舗の改修工事を途中で切り上げ寮へと足を運んでいた、そういう事ならとタロウも手伝い浄化槽を点検してきた二人である、
「ならよかったわ、ブラスさんも心配性なのかしら?」
ソフィアが優雅に微笑むも、ティルとミーンはこの雨では心配になるのもわかるかなと考える、
「心配性で済めばそれが一番ですよ、ほら、始めて作った仕組みですからね、親父も点検に行けって、何かあったらすぐに対応しないと申し訳ないだろって感じでして」
ブラスがエヘヘと照れ笑いなんだか誤魔化し笑いなんだか曖昧なだらしない笑みを浮かべる、浄化槽に関しては特に問題は無かった、少々の雨漏りはあるようだが、それも雫が滴る程度で気にする必要は無い、逆に屋根を低くして壁が無い為、泥はねの方が気になるほどで、浄化槽内の足場に当たる部分にその泥が堆積すると掃除に大変かもなとタロウとブラスは共通の見解に至っている、排水に関しても問題は無かった、丁度ソフィア達が水道を使った為に排水の様子を観察でき、想定通りに機能している事が確認できている、
「へー、流石職人さんだね、偉いなー」
タロウが素直に褒めると、
「そうでもないですよ、夜中に呼び出されたりするもんですから、雨漏りだなんだって、だから、他の職人達も今日はお得意様の所を回ってます、昼の内に出来ることがあればって感じですね、だから、改築の方が手透きになって、テラさんに申し訳ない感じでして」
「そこまでするんだ・・・丁寧だねー」
「そりゃもう、お客様第一ですから、うちは」
ニンマリと微笑み濡れた髪をかき上げるブラスであった、
「あら、カッコイイ」
ソフィアがニヤリとからかい、
「男だねー」
タロウもニヤリとからかう、
「そんな・・・あっ、そうだ、ついでなんですけど、ちょっといいですか?」
「ん、なに?」
「テーブルの件です、昨日相談できなかったんで、エレイン会長もいらっしゃれば嬉しいんですが・・・」
「テーブル?」
「はい、賭け事のあれです」
「あー・・・どうかした?」
「こら、食堂に行きなさい、邪魔よ」
と二人が話し込み始めたのを察したソフィアが叱りつけ、邪魔って事は無いだろよとタロウが剣呑に呟くが、それもそうかとタロウはノロノロと食堂へ向かい、ブラスは外から入りますと言い置いて玄関へ回る、外套を羽織っており、足も街中を歩いて来た挙句に内庭へ入ったものだから泥だらけであった、ここで無神経に食堂に向かおうものならソフィアに激高されても仕方ない程に汚れている、
「で、どしたの?」
「どしたのー?」
タロウの隣りにミナが座ってニマニマとブラスを見上げた、ブラスが食堂に入るといつも通りに大工のおっちゃんだーとミナが駆け寄り、レインは寝台の上で書を開いている、その傍らには開いたままの書が置いてあり、どうやらミナはレインと共に読書中であったのだろう、
「はい、そのテーブルなんですが」
とブラスは早速とフィロメナから注文を受けた事を口にした、タロウは好きにすればいいよといつも通りに適当な感じであったが、
「そう言う訳にもいかないですよ、イース様からも御注文頂いてますから、それにほら、そういうのを無視して商売は出来ないです」
「そういうの?」
「はい、それこそ・・・あれですよ、タロウさんの取り分とか本来であればあって然るべきなんですから」
「へー・・・そういうのあるんだ・・・あっ、聞いてたな、なんだっけ、下着の売上の一部をエレインさんが積み立ててるって聞いたなー」
とタロウがそんな事もあったと思い出す、
「そうですよ、それとガラス鏡とか他の商品だって、そうしてる筈ですよ」
「そなの?」
「はい、エレイン会長かな、テラさんかな、そう聞きました、あっ・・・ソフィアさんには言ってないとかなんとか・・・」
「ありゃなんでまた・・・」
「めんどくさいからとかなんとかって言ってましたけど」
「・・・めんどくさい?」
「はい、説得するのが難しいって・・・困った顔してましたよ、確か・・・」
「へー・・・」
とタロウはなんとなく厨房へ視線を向けた、タロウ自身もそうであるがソフィアもまた金銭には無頓着である、元々田舎者でその気になればお金を使わなくても生きていけるだけの技術があるソフィアである、金銭に拘泥しないのはその実力の証で、タロウもまた金であれば使いきれないほど所有している上にその気になればなんとでもなると考えている、似たもの夫婦と呼ばれればそれまでであった、しかし、エレイン達やブラス達にしてみればそれはそれで困りものなのであろう、
「それにほら、これだけ世話になっているんですから、こちらとしても御恩返しというか、無碍には出来ないですし・・・」
「ふーん、律儀だねー」
タロウはのほほんと微笑む、
「そう言わんでください、はっきり言いますけど、ガラス製品だって、あのテーブルもですし、それからその寝台ですか?それもあるし、水道のあれこれとか、湯沸し器だって、それだけで一財産作れますよ、普通は」
「そう?」
「そうですよ、適当過ぎますよ」
ブラスは口を尖らせる、あまり言い過ぎてタロウの不興を買うのは困るが、ここはちゃんと話しておかないと後々に禍根を残しかねない、
「それでも・・・いいんだけどなー・・・」
タロウはさてどうしたものかと首を傾げる、どうやら難しい話しのようだとミナはムーと不満そうに顔を顰めて寝台に上った、現金なものである、
「良くないですよ」
「いや・・・そうなんだろうけど・・・だってさ、こっちではあれだろ特許なんて無いだろ?」
「トッキョ?ですか・・・なんですかそれ?」
「あー・・・なんて言うか・・・例えば寝台のあれな、あれの作り方とか構造を役所に申請して認めて貰うんだな、で、それと同じ物か近い物を作って利益を上げた他者はその利益のうちの何割かを申請者に渡すって仕組みかな?」
「・・・エッ、そんな仕組みがあるんですか?」
「あるよ、俺の国にはね」
「凄いですね・・・」
「まぁね、だけど、こっちでは難しいだろうね、それこそ・・・王国全土をその仕組みで管轄する必要があるから、例えばこの街だけならまだなんとか出来るだろうけど、王都とか他の街まで管理しようとなると・・・たぶん、今の官僚体制では難しいだろうね」
「また・・・難しい事言い出して・・・」
「なんだよ、君が言い出したんだぞ」
「そうですけど・・・」
「だから、気にするなよ、エレインさん達が隠れて何かしてるっていうのであればそれでいいし、そのお金を受け取る受け取らないはソフィアの問題だしね、俺はほら、技術ってやつは模倣しながら精錬されていくものだって思っているからさ、正直好きにしてくれって感じだな、前にも言っただろ・・・だから・・・そうだね、世の中がもう少し複雑になるまでは今のままで構わないと思うよ」
「ですからそう言う訳にもいかないんですよ」
「いけよ」
「ですからー」
とブラスがどうしたもんだかと顔を歪めた所にミーンが茶を持って入ってきた、すんませんと受け取るブラスと、ありがとうと微笑むタロウである、そして二人は茶を含みホッと一息吐くと、
「まぁ、エレインさんと好きにすればいいよ、任せた」
微笑むタロウである、ブラスはまぁそれが良いのかなと諦め顔になるしかなく、
「そうだ、街中はどんな感じ?」
とタロウは話題を変えた、
「街中ですか?」
「うん、ほら、昨日のあれで騒ぎになってないかって、殿下も少し気にしててさ」
「殿下がですか?」
「そうだよー」
「それは嬉しいですね・・・でいいのかな、なんか失礼な感じがしますけど・・・」
「そういう人達なんだよ、王族の方々は、立派だぞ、傲慢だけど」
「それこそ失礼ですよ」
「そう?」
「そうです・・・あっ、それもありました、あのですね」
とブラスが身を乗り出す、曰く、昨日寮での話し合いの後、フィロメナ達と別れて事務所に戻り、しかしやはり落ち着かない為に馴染みの酒場に向かったのだそうである、そこで、バーレントとリノルトと落ち合ったそうで、話題は勿論戦争の事になる、昨日の酒場は誰もがその話題で持ち切りで、しかし情報は非常に少ない、他の酔客達は何とも威勢の良い言葉を発する者、異常に落ち込む者とハッキリ別れ、なるほどこういうものなのかとブラスは冷静に観察できたらしい、ソフィアから言われた事を思い出し、確かにこれはまずは落ち着くのが先であるなと、他人の姿を見て理解を深めた、
「へー、でもまぁ・・・その程度であれば普通かなー」
とタロウはまさに他人事と感心している、ブラスはまた随分と肝の据わった事だと目を細め、
「普通ですか?」
「まぁね、で、そんなもん?」
「そう・・・ですね」
「変な噂とか、犯罪的な話しは無かった?」
「そんなのはだって、噂・・・はどうでしょう、憶測は飛び交ってましたけど・・・犯罪はほら、酒場で大声で話す事ではないですよ」
「・・・それもそうか・・・」
「そうですよ、あっ、それでなんですが、デニスが張り切ってるらしくて」
「デニス?・・・あー、バーレントさんの弟さん?」
「はい」
「なんでまた?」
「ほら、あいつ兵役の歳なんですよ、なもんで、はやく徴集かかんないかって騒いでるらしくて、バーレントが困ってました」
「あら・・・でも、職人さんだろ、彼は?」
「はい、そこが問題でして、あのガラスペンの技術があれば兵役は免除されるのは確実だと思うんですが、バーレントも親父さんも無理に行かなくてもいいぞって感じになってて、でも、バーレントは兵役に行ったんですよ、大戦中でしたしね、それをほら自慢げに話すもんだから、デニスは自分もってなってるらしくて」
「へー・・・あっ、そっか、言ってたね、殿下に救われたとかなんとか・・・」
「そうなんです、そんな話しを聞いてたら、そりゃデニスもいきり立つのは仕方無いですよ」
「確かにねー」
「なもんで・・・その情報っていうかどうなるか御存知ですか?」
「何が?」
「兵役の事ですよ、前倒しになるのかなって噂になってました」
「あー・・・」
とタロウは腕を組む、確か会議の折にそんな議題が取り沙汰された筈であった、タロウは詳しく無かったが、その話しを聞く限り、通常モニケンダムでの兵役の徴集は新年に入って半ばあたりから月の終わりまでとされているらしく、その翌月には三か月~半年程度の研修期間があり、その後現場に配置されるらしい、しかし今回はそれを一か月前倒しにするとの事で、さらには研修期間を設けず、後方支援として活用する旨が決定されている、戦争自体の状況にもよるが、ある程度一段落したら改めて研修期間を置き、現場配置としたいとモニケンダム軍の軍団長であるフォンスが提案し、妥当であると王国側の軍団長達も認めていた、あくまで緊急事態としての対応を確認した形になる、
「どうでしょう?」
ブラスが何やら知っているなとギラリと目を光らせる、
「そだねー、聞いてはいるかな?」
「どんな感じですか?」
「どんなって・・・そろそろ発表されると思うけど、君の懸念はそれじゃないだろ?デニス君の事じゃないの?」
「まぁ、はい、そうです・・・で、すいません、非礼も無礼も承知でハッキリ言うんですけど、デニスをその・・・殿下の従者にして頂けないかと思いまして」
「殿下の?」
とタロウは首を傾げてしまう、
「はい、従者というか事務官と言うか下男というか、ほら、兵役の中にはそういう役職がありまして、それはその教育期間が終わってから選別されて任官するのは知っているんですが、それにデニスを入れて貰えないかなって・・・」
「それはまた・・・随分な越権行為だね」
「それは重々理解してます、なんですがほら、やっぱりあれの技術は大したもんですよ、タロウさんも褒めてたじゃないですか」
「そうだけどさ」
「ガラスペンも生産が追い付かないくらいですし、それとバーレントが言ってましたけど、あいつにはもっとこう良い物を見せたいって、そうしないとガラスペンそのものを良くすることは出来ないだろうって」
「・・・それは俺も聞いたかな?」
「ですよね」
「うん、その通りではあるんだけど・・・」
とタロウはさてどうしたものかと瞑目する、話しを聞く限り難しい事ではない、タロウの口添えがあればイフナースは面白がってデニスを取り立てるであろうし、既に顔合わせは済んでいたと思う、フィロメナの店の飲み会にデニスが来ていた筈で、イフナースが覚えているかどうかは不明だが、デニスはしっかりと記憶しているであろう、そしてブラスの理屈もバーレントの思いも理解は出来る、しかし問題とするべきはそこではないかなとタロウは目を開き、
「デニス君本人はどうなのさ」
「そこなんです」
とブラスは大きく首を傾け、
「あいつもあいつで妙に頑固でして、俺は正規の手段で行って帰ってくるって聞かないらしくて・・・」
「あら・・・若いなー」
「まったくです」
「気持ちは分かるけどねー」
「ですねー」
ハァーと溜息を深くするブラスと、さてどうしてあげるのがいいのかなと思考を巡らせるタロウであった。
「どうだった?」
ソフィアはのんびりと二人に問いかける、
「大丈夫だと思うよー」
タロウがやれやれと外套を脱ぎ、
「そうですねー」
とブラスがフードを押し上げフーと大きく溜息を吐いた、ブラスが顔を出したのは浄化槽の確認の為である、想像以上の土砂降りとなった為、気になったとの事で、ブラスは店舗の改修工事を途中で切り上げ寮へと足を運んでいた、そういう事ならとタロウも手伝い浄化槽を点検してきた二人である、
「ならよかったわ、ブラスさんも心配性なのかしら?」
ソフィアが優雅に微笑むも、ティルとミーンはこの雨では心配になるのもわかるかなと考える、
「心配性で済めばそれが一番ですよ、ほら、始めて作った仕組みですからね、親父も点検に行けって、何かあったらすぐに対応しないと申し訳ないだろって感じでして」
ブラスがエヘヘと照れ笑いなんだか誤魔化し笑いなんだか曖昧なだらしない笑みを浮かべる、浄化槽に関しては特に問題は無かった、少々の雨漏りはあるようだが、それも雫が滴る程度で気にする必要は無い、逆に屋根を低くして壁が無い為、泥はねの方が気になるほどで、浄化槽内の足場に当たる部分にその泥が堆積すると掃除に大変かもなとタロウとブラスは共通の見解に至っている、排水に関しても問題は無かった、丁度ソフィア達が水道を使った為に排水の様子を観察でき、想定通りに機能している事が確認できている、
「へー、流石職人さんだね、偉いなー」
タロウが素直に褒めると、
「そうでもないですよ、夜中に呼び出されたりするもんですから、雨漏りだなんだって、だから、他の職人達も今日はお得意様の所を回ってます、昼の内に出来ることがあればって感じですね、だから、改築の方が手透きになって、テラさんに申し訳ない感じでして」
「そこまでするんだ・・・丁寧だねー」
「そりゃもう、お客様第一ですから、うちは」
ニンマリと微笑み濡れた髪をかき上げるブラスであった、
「あら、カッコイイ」
ソフィアがニヤリとからかい、
「男だねー」
タロウもニヤリとからかう、
「そんな・・・あっ、そうだ、ついでなんですけど、ちょっといいですか?」
「ん、なに?」
「テーブルの件です、昨日相談できなかったんで、エレイン会長もいらっしゃれば嬉しいんですが・・・」
「テーブル?」
「はい、賭け事のあれです」
「あー・・・どうかした?」
「こら、食堂に行きなさい、邪魔よ」
と二人が話し込み始めたのを察したソフィアが叱りつけ、邪魔って事は無いだろよとタロウが剣呑に呟くが、それもそうかとタロウはノロノロと食堂へ向かい、ブラスは外から入りますと言い置いて玄関へ回る、外套を羽織っており、足も街中を歩いて来た挙句に内庭へ入ったものだから泥だらけであった、ここで無神経に食堂に向かおうものならソフィアに激高されても仕方ない程に汚れている、
「で、どしたの?」
「どしたのー?」
タロウの隣りにミナが座ってニマニマとブラスを見上げた、ブラスが食堂に入るといつも通りに大工のおっちゃんだーとミナが駆け寄り、レインは寝台の上で書を開いている、その傍らには開いたままの書が置いてあり、どうやらミナはレインと共に読書中であったのだろう、
「はい、そのテーブルなんですが」
とブラスは早速とフィロメナから注文を受けた事を口にした、タロウは好きにすればいいよといつも通りに適当な感じであったが、
「そう言う訳にもいかないですよ、イース様からも御注文頂いてますから、それにほら、そういうのを無視して商売は出来ないです」
「そういうの?」
「はい、それこそ・・・あれですよ、タロウさんの取り分とか本来であればあって然るべきなんですから」
「へー・・・そういうのあるんだ・・・あっ、聞いてたな、なんだっけ、下着の売上の一部をエレインさんが積み立ててるって聞いたなー」
とタロウがそんな事もあったと思い出す、
「そうですよ、それとガラス鏡とか他の商品だって、そうしてる筈ですよ」
「そなの?」
「はい、エレイン会長かな、テラさんかな、そう聞きました、あっ・・・ソフィアさんには言ってないとかなんとか・・・」
「ありゃなんでまた・・・」
「めんどくさいからとかなんとかって言ってましたけど」
「・・・めんどくさい?」
「はい、説得するのが難しいって・・・困った顔してましたよ、確か・・・」
「へー・・・」
とタロウはなんとなく厨房へ視線を向けた、タロウ自身もそうであるがソフィアもまた金銭には無頓着である、元々田舎者でその気になればお金を使わなくても生きていけるだけの技術があるソフィアである、金銭に拘泥しないのはその実力の証で、タロウもまた金であれば使いきれないほど所有している上にその気になればなんとでもなると考えている、似たもの夫婦と呼ばれればそれまでであった、しかし、エレイン達やブラス達にしてみればそれはそれで困りものなのであろう、
「それにほら、これだけ世話になっているんですから、こちらとしても御恩返しというか、無碍には出来ないですし・・・」
「ふーん、律儀だねー」
タロウはのほほんと微笑む、
「そう言わんでください、はっきり言いますけど、ガラス製品だって、あのテーブルもですし、それからその寝台ですか?それもあるし、水道のあれこれとか、湯沸し器だって、それだけで一財産作れますよ、普通は」
「そう?」
「そうですよ、適当過ぎますよ」
ブラスは口を尖らせる、あまり言い過ぎてタロウの不興を買うのは困るが、ここはちゃんと話しておかないと後々に禍根を残しかねない、
「それでも・・・いいんだけどなー・・・」
タロウはさてどうしたものかと首を傾げる、どうやら難しい話しのようだとミナはムーと不満そうに顔を顰めて寝台に上った、現金なものである、
「良くないですよ」
「いや・・・そうなんだろうけど・・・だってさ、こっちではあれだろ特許なんて無いだろ?」
「トッキョ?ですか・・・なんですかそれ?」
「あー・・・なんて言うか・・・例えば寝台のあれな、あれの作り方とか構造を役所に申請して認めて貰うんだな、で、それと同じ物か近い物を作って利益を上げた他者はその利益のうちの何割かを申請者に渡すって仕組みかな?」
「・・・エッ、そんな仕組みがあるんですか?」
「あるよ、俺の国にはね」
「凄いですね・・・」
「まぁね、だけど、こっちでは難しいだろうね、それこそ・・・王国全土をその仕組みで管轄する必要があるから、例えばこの街だけならまだなんとか出来るだろうけど、王都とか他の街まで管理しようとなると・・・たぶん、今の官僚体制では難しいだろうね」
「また・・・難しい事言い出して・・・」
「なんだよ、君が言い出したんだぞ」
「そうですけど・・・」
「だから、気にするなよ、エレインさん達が隠れて何かしてるっていうのであればそれでいいし、そのお金を受け取る受け取らないはソフィアの問題だしね、俺はほら、技術ってやつは模倣しながら精錬されていくものだって思っているからさ、正直好きにしてくれって感じだな、前にも言っただろ・・・だから・・・そうだね、世の中がもう少し複雑になるまでは今のままで構わないと思うよ」
「ですからそう言う訳にもいかないんですよ」
「いけよ」
「ですからー」
とブラスがどうしたもんだかと顔を歪めた所にミーンが茶を持って入ってきた、すんませんと受け取るブラスと、ありがとうと微笑むタロウである、そして二人は茶を含みホッと一息吐くと、
「まぁ、エレインさんと好きにすればいいよ、任せた」
微笑むタロウである、ブラスはまぁそれが良いのかなと諦め顔になるしかなく、
「そうだ、街中はどんな感じ?」
とタロウは話題を変えた、
「街中ですか?」
「うん、ほら、昨日のあれで騒ぎになってないかって、殿下も少し気にしててさ」
「殿下がですか?」
「そうだよー」
「それは嬉しいですね・・・でいいのかな、なんか失礼な感じがしますけど・・・」
「そういう人達なんだよ、王族の方々は、立派だぞ、傲慢だけど」
「それこそ失礼ですよ」
「そう?」
「そうです・・・あっ、それもありました、あのですね」
とブラスが身を乗り出す、曰く、昨日寮での話し合いの後、フィロメナ達と別れて事務所に戻り、しかしやはり落ち着かない為に馴染みの酒場に向かったのだそうである、そこで、バーレントとリノルトと落ち合ったそうで、話題は勿論戦争の事になる、昨日の酒場は誰もがその話題で持ち切りで、しかし情報は非常に少ない、他の酔客達は何とも威勢の良い言葉を発する者、異常に落ち込む者とハッキリ別れ、なるほどこういうものなのかとブラスは冷静に観察できたらしい、ソフィアから言われた事を思い出し、確かにこれはまずは落ち着くのが先であるなと、他人の姿を見て理解を深めた、
「へー、でもまぁ・・・その程度であれば普通かなー」
とタロウはまさに他人事と感心している、ブラスはまた随分と肝の据わった事だと目を細め、
「普通ですか?」
「まぁね、で、そんなもん?」
「そう・・・ですね」
「変な噂とか、犯罪的な話しは無かった?」
「そんなのはだって、噂・・・はどうでしょう、憶測は飛び交ってましたけど・・・犯罪はほら、酒場で大声で話す事ではないですよ」
「・・・それもそうか・・・」
「そうですよ、あっ、それでなんですが、デニスが張り切ってるらしくて」
「デニス?・・・あー、バーレントさんの弟さん?」
「はい」
「なんでまた?」
「ほら、あいつ兵役の歳なんですよ、なもんで、はやく徴集かかんないかって騒いでるらしくて、バーレントが困ってました」
「あら・・・でも、職人さんだろ、彼は?」
「はい、そこが問題でして、あのガラスペンの技術があれば兵役は免除されるのは確実だと思うんですが、バーレントも親父さんも無理に行かなくてもいいぞって感じになってて、でも、バーレントは兵役に行ったんですよ、大戦中でしたしね、それをほら自慢げに話すもんだから、デニスは自分もってなってるらしくて」
「へー・・・あっ、そっか、言ってたね、殿下に救われたとかなんとか・・・」
「そうなんです、そんな話しを聞いてたら、そりゃデニスもいきり立つのは仕方無いですよ」
「確かにねー」
「なもんで・・・その情報っていうかどうなるか御存知ですか?」
「何が?」
「兵役の事ですよ、前倒しになるのかなって噂になってました」
「あー・・・」
とタロウは腕を組む、確か会議の折にそんな議題が取り沙汰された筈であった、タロウは詳しく無かったが、その話しを聞く限り、通常モニケンダムでの兵役の徴集は新年に入って半ばあたりから月の終わりまでとされているらしく、その翌月には三か月~半年程度の研修期間があり、その後現場に配置されるらしい、しかし今回はそれを一か月前倒しにするとの事で、さらには研修期間を設けず、後方支援として活用する旨が決定されている、戦争自体の状況にもよるが、ある程度一段落したら改めて研修期間を置き、現場配置としたいとモニケンダム軍の軍団長であるフォンスが提案し、妥当であると王国側の軍団長達も認めていた、あくまで緊急事態としての対応を確認した形になる、
「どうでしょう?」
ブラスが何やら知っているなとギラリと目を光らせる、
「そだねー、聞いてはいるかな?」
「どんな感じですか?」
「どんなって・・・そろそろ発表されると思うけど、君の懸念はそれじゃないだろ?デニス君の事じゃないの?」
「まぁ、はい、そうです・・・で、すいません、非礼も無礼も承知でハッキリ言うんですけど、デニスをその・・・殿下の従者にして頂けないかと思いまして」
「殿下の?」
とタロウは首を傾げてしまう、
「はい、従者というか事務官と言うか下男というか、ほら、兵役の中にはそういう役職がありまして、それはその教育期間が終わってから選別されて任官するのは知っているんですが、それにデニスを入れて貰えないかなって・・・」
「それはまた・・・随分な越権行為だね」
「それは重々理解してます、なんですがほら、やっぱりあれの技術は大したもんですよ、タロウさんも褒めてたじゃないですか」
「そうだけどさ」
「ガラスペンも生産が追い付かないくらいですし、それとバーレントが言ってましたけど、あいつにはもっとこう良い物を見せたいって、そうしないとガラスペンそのものを良くすることは出来ないだろうって」
「・・・それは俺も聞いたかな?」
「ですよね」
「うん、その通りではあるんだけど・・・」
とタロウはさてどうしたものかと瞑目する、話しを聞く限り難しい事ではない、タロウの口添えがあればイフナースは面白がってデニスを取り立てるであろうし、既に顔合わせは済んでいたと思う、フィロメナの店の飲み会にデニスが来ていた筈で、イフナースが覚えているかどうかは不明だが、デニスはしっかりと記憶しているであろう、そしてブラスの理屈もバーレントの思いも理解は出来る、しかし問題とするべきはそこではないかなとタロウは目を開き、
「デニス君本人はどうなのさ」
「そこなんです」
とブラスは大きく首を傾け、
「あいつもあいつで妙に頑固でして、俺は正規の手段で行って帰ってくるって聞かないらしくて・・・」
「あら・・・若いなー」
「まったくです」
「気持ちは分かるけどねー」
「ですねー」
ハァーと溜息を深くするブラスと、さてどうしてあげるのがいいのかなと思考を巡らせるタロウであった。
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追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
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子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
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ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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