セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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本編

72話 メダカと学校 その32

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その日の夕食後エルマを交えた歓談と入浴を終え就寝の時間となり、テラとエルマ、ニコリーネは商会の事務所に戻った、ニコリーネはそのままそそくさと二階の作業部屋に駆け込んだ様子で、テラはもうとその背を睨みつつも特に止める事は無く、エルマは何かあるのかなと首を傾げる、テラは気にしないで下さいと微笑みつつ暗がりを三階へ上がり暖炉に火を入れた、エルマはその炎を目にしてホッと一息ついてしまう、寮の食堂は大変に明るかった、王都でも噂になっている光柱を贅沢に使用しており、室内は昼よりも明るい程で、エルマはなんて便利な品だと目を丸くしてしまったが、やはり慣れないうちはどうにも灯りが強過ぎる、黒いベールの下からでもその刺激は強く、炎の灯りに比べれば格段の差で、今暗闇の中に浮かぶ赤く揺らめく暖かい炎の灯りに小さな郷愁を覚えてしまった、

「・・・あっ、すいません、改めて宜しくお願い致します、何から何まで突然でお騒がせして・・・」

暖炉の前で一息ついた様子のテラにエルマは小さく一礼した、

「えっ・・・あっ、そんな畏まらないで下さい、私も世話になっている身なので、気兼ねは不要です、それにこの程度はいつもの事なんですよ、本当に・・・楽しいくらいにせわしないのです」

テラが柔らかい笑顔を浮かべて振り返る、

「そう言って頂けると嬉しいです・・・あっ、でも、テラさんはこちらでお仕事をされているのでしょう、世話になっているというのは少し違うように思いますが・・・」

「そう・・・ですね、でも、ほら・・・いや、そうでもないですか、仕事先に下宿する事はよくありますからね、本来であれば他に住居を借りてそこから通うのが・・・立場的にも正しいのですが、なんともここは居心地が良くて」

困ったように微笑むテラであった、テラは近場の椅子を引き、少し話しましょうと微笑む、そうですねとエルマはその誘いに素直に従った、寮の住人達は皆若い、同年代と言えるのはテラだけのようで、ソフィアやユーリは一世代下であるらしく、どうやらタロウも同年代であるらしいのだが、その見た目からはまるでそう思えなかった、大変に若作りなのである、よくよく観察してみればその顔は王国出身とは思えない顔立ちで、肌の色は近いものがあるがゴツゴツしていない、鼻筋は通って頬がこけている為に気にならないが、目の位置が手前にあり、眉との段差がほぼ無い、つまり凹凸の少ない独特の面相なのである、男性にしては珍しい顔立ちだなとエルマは感じ、どうやらミナもその系統の顔立ちらしく、大変にスッキリとした顔立ちで、ゆで卵に目鼻を描いたようだなとエルマは感じてしまい、なるほど二人が遠方の国出身であるのは確かなのかなと確信していたりした、

「そうだ、お酒があります、どうですか?」

テラが腰を落ち着けたと同時に立ち上がる、

「あら・・・宜しいのですか?」

「いけます?」

「いけます」

厚いベールの下でエルマは微笑む、フフッとテラも微笑み自室に戻るとすぐに小さな樽と湯呑を持って来た、

「クロノス様に頂いた逸品なんですよ」

嬉しそうにテラは酒を注ぐとエルマに手渡し、

「では、忙しかった一日に」

と杯を掲げた、

「はい、大変に充実した一日でした」

エルマも杯を掲げて、スッと口元に運ぶ、室内で保存されていたそれはすっかり冷たいものであった、未だ興奮の中にあって若干の熱を持つエルマの身体を胃袋からジックリと冷やしていく、大変に心地良く感じ、また、その甘く滑らかな香りとワイン独特の渋みが酒を飲んでいるという充足に繋がる、

「・・・美味しいですね」

「そうですね、流石、クロノス様のお気に入りです」

暖炉の炎に照らされテラは小さく微笑んだ、

「そうだ、クロノス殿下との御縁があると聞いてました、失礼でなければお伺いしても?」

エルマが話題を振ると、フフッとテラは微笑し、確かにと受けて訥々と語り出す、やはりテラも同年代の話し相手を欲していた、ソフィアやユーリはその相手として十分に経験も知識もあるのであるが、そこは立場の違いもある、何よりタロウも含めたその三人はクロノスに並ぶ英雄である事をテラは知っていた、故にどうしても一歩引いてしまっている、普段は中々直接付き合う機会も少なかった、かと言って従業員の奥様を相手にするのも難しい、当初は関係を築く為に気さくに話しかけていたが、現在は上下関係と職場の問題もあり若干距離を置いた感じになってしまっている、彼女達もまたテラを上司の一人として認識している為、それ以上仲良くすることも難しかった、こういう時に友人がいればまた違うのであろうが、友人というのもまた難しい、子供の頃には友人を作れと両親によく言われたものだが、作りたくて作れるものでは無いなと悟ったのは大人になってからである、と同時に確かに友人は得難いものであるとも悟っている、

「・・・随分と、苦労されたのですね・・・」

エルマが小さく呟いた、

「そうでもないですよ、こうして生きて、元気に仕事ができています、エルマさんこそ、お辛いでしょう」

「・・・私は何とか・・・ほら、子供達もいましたし、両親も健在で・・・」

「あら、お子さんがいるんですか?」

「はい、二人ほど、どっちも男なんですが、下の子が今年から王城勤めになりまして、上の子も数年前から同じ職場で・・・なので、マルルース様には大変感謝しておるのです」

「それは嬉しいですね」

「そうですね、ただ・・・フフッ、どうしてもほら、親の目線ですとこの子達で大丈夫かしらって・・・不安が先になっちゃって、何とかやってるみたいなんですが・・・」

「そうですよね・・・でも、そうですか、それは幸せな事です」

「はい、なので、これ以上を求めるのは贅沢だと・・・そう思ってここ10年は・・・豊穣の神も多くを望めば多くを失うと・・・そう仰っていますから」

「あら、信徒なの?」

「はい、王都では多いですよ」

「そうらしいですね、こっちは・・・というか、この街はホント、いろんな神様がいるらしいんですよ」

「そうなんですか?」

「はい、毎月お祭りがあって、各神殿がしのぎを削っているとか、それが熱気にも繋がっているんですよ、フフッ、でも変なお祭りもあって、王妃様があれは駄目って・・・」

「あっ、それ伺いました、そんなに酷いんですか?」

「らしいですね、現地の人もね、好きな人は好きだけど、嫌いな人は家から出ないほどだそうです」

「まぁ・・・それはまた極端な・・・」

「ですね、なので・・・フフッ、そうですか、そうなると・・・あれですね、次はお嫁さんですか?」

「あっ・・・そうなんですよ・・・父も母も早くしろって、孫に言う事では無いでしょって私は言ってるんですけど・・・死ぬまでに曾孫の顔を見せろって言いだして・・・」

「そうね、そうなるわよね」

「はい・・・ここのお嬢さん達みたいに、元気で明るい子を連れてくれば嬉しいなって思ってしまいました・・・」

「やはりそう見てしまいます?」

「ですね、だって、皆さん良い娘さん達ばかりで・・・」

「そうなんですよ、老いたとは思いたくないんですけど・・・あの若さが眩しくて・・・」

「眩しいですね、確かに」

フフッと二人は微笑む、

「余計な事なんですけどね、親御さん達も心配してるんじゃないかなって・・・思う事があって・・・あの子達を見てると」

「あー・・・もうあれですね、親の目線でしか見れない?」

「そうなんです、子供には恵まれなかったですけど、でも、やっぱりそういう感覚はあるんですね、不思議なものです」

「・・・そうなんですね・・・」

「はい・・・」

しんみりと二人は暖炉の炎を見つめてしまう、舐めるようにワインを口に入れ、ゆっくりと酔いが回るのを実感する、

「あっ、そう言えば」

「あっ、それで」

と二人は同時に口を開き、同時にウフフと微笑む、テラがどうぞと微笑んだ、

「はい、すいません、ニコリーネさんなんですけど、先程のあれはどういう・・・その・・・」

「あー、ニコリーネさんが絵師さんなのは聞いてますよね」

「はい、高名な絵師さんの娘さんだと聞いてます、それと子供達の先生にもなってくれるとなりました」

エルマが夕食の前、ニコリーネはソフィアに頼み込まれ、レインもやるべきじゃとうるさく、本人はどうしたものかと右に左に顔を揺らして悩んでいた様子で、しかしミナがお願いーと抱き着いたもんだから頷かざるを得なくなってしまったようで、結局子供が勝つのだなとエルマは微笑んでその様子を眺めていた、

「それは良かったです、あの子も・・・いや、駄目ね、あの子なんて言ってはいつまでも子供扱いしてしまいます、あの先生も・・・ほら、私が知る限りやっぱりその絵師さん?は偏屈な所があるでしょ?」

「そう・・・です・・・かね・・・」

「違います?」

「それこそ人によるかと・・・王城に出入りしている絵師さんは皆さん堅物・・・とは聞いてます、あっ、そっか、それはそのまま偏屈ではありますね」

「でしょー」

「はい、その通りです」

「なもんで、あの子もね、妙にこう頑固というか・・・絵を描く事が好き過ぎて・・・それは良い事なんでしょうね、今も恐らく下で絵筆をとっていると思いますね」

「まぁ・・・こんな夜更けに?」

「はい、光柱の灯りがあるもんだから・・・」

「なるほど、それであればわかります」

「ですね、で、寝室は別にしたんですけど、昨晩は下の部屋で寝てたらしくて・・・」

「あー・・・寝台も無し?」

「そうなんです、どうやら毛布にくるまって寝てるらしいんですが、夏場ならまだしもこの季節では寒いでしょうし」

「そうですね、それはちょっと心配ですね」

「ねー・・・若いからいいってもんでもないですし、変な流行り病にかかっては大変ですし」

「その通りです」

「でも何を言っても聞かなくて・・・」

「そういう事ですか・・・」

「そういう感じです」

フムーと鼻息を荒くするテラにエルマは優しく微笑んでしまう、母親のような心配の仕方であった、

「なるほど・・・まぁ、でもほら、耐えられなくなったら上がってくるでしょ」

「であればいいんですけどね」

「本能には勝てませんから」

「ですかね」

「そうですよ」

「そういう事にしておきましょう、で、私から何ですが」

「はい」

「どうなんでしょう、幼児の為の教育手法というのはあるもんなんですか?」

「幼児?」

「はい、実はなんですが」

とテラは新しい店舗で子供を預かる施策について口にした、これは聞いてなかったなとエルマは目を丸くする、

「エレイン会長が以前から温めていた案でして、今回本格的にやってみようかとなってます、ですが、ほら、子供を、特に幼児を預かるとなると難しい事も多いかなと思いまして、御知恵があれば御教授頂ければと思いまして・・・」

「幼児・・・何歳ぐらいですか?」

「恐らく三歳から五歳くらい・・・もっと大きい子も預かる事になると思いますが・・・」

「三歳から五歳・・・」

今日と同じ状況かしらとエルマは首を捻る、恐らくサスキアが四歳程度、ノールとノーラが五歳、ミナが恐らく六歳程度と思うが、詳しくは聞いていなかった、

「明日からミナちゃん達に勉強を教えるとか・・・もしよければその技術をこちらにも伝えて頂ければと思うのですよ」

「・・・なるほど・・・」

とエルマは湯呑を傾け、空になっている事をそこで認識した、テラが手を差し出すが、申し訳ないと一言答え自分で注ぐエルマである、そして、

「正直申せば・・・王都でもそのような幼い子供への教育事例は・・・少ない・・・いや、無いですね」

「そうなんですか?」

「はい、家庭教師をつけるとしても10歳前後から、私が王城にお世話になった頃のイフナース殿下がそのお年で・・・クーン殿下が5歳前後だったかな・・・うん、なので、三人の殿下に教鞭をとらせて頂いたのですが、ケルネーレス殿下とイフナース殿下が中心で、クーン殿下は・・・そっか、あの時の感じ・・・今日もそうなんですが・・・あくまで基礎・・・いや、ミナちゃんの様子を見る限り、それ以上もあるのかな・・・」

エルマの思考が音を立てて動き出す、やっと落ち着いて考える事が出来た様に思う、昼間はどうしても緊張した上にフワフワと浮ついていた、年齢を言い訳にしたくは無いが、やはり順応性は若い頃のそれとは比べる必要も無く落ちているなと実感してしまう、

「どうでしょう・・・」

テラがニヤリと微笑む、その経歴を耳にしてこれはと思っていたのだ、

「そうですね・・・すいません、考えたことが無かったので・・・ですが・・・有効なのかもしれません、ミナちゃんを見る限り・・・はい、個々人の能力もあるでしょうし、性格も勿論ありますが・・・いや、大事ですね」

「そう思われます?」

「はい、なるほど・・・幼児教育・・・面白いかもしれませんね」

エルマの瞳にかつて教師であった頃の熱が宿るも厚いベールがそれを隠している、しかしテラはどうやらこの人も何かに引き寄せられたのかもなとスッと伸びた背筋と真剣な口調から察し、薄く微笑むのであった。
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