セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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72話 初雪 その2

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その頃寮である、

「おはようございまーす」

明るく元気な声が玄関口に響き、

「キター」

とミナが駆け出した、ムウッとレインも顔を上げ、ソフィアが厨房からヒョッコリと顔を出す、

「いらっしゃーい!!」

ミナの嬌声が響き、キャッキャッと騒がしくなる玄関、すぐに、

「来たー、どうするー、何するー」

と食堂に駆け戻るミナに、

「はいはい、落ち着きなさい」

ソフィアはやれやれとその頭を押さえ、

「はい、おはよう」

と三人娘を迎えた、

「えへへー、オハヨーゴザイマース」

ノールとノーラが叫び、サスキアも無言であったが嬉しそうに微笑んでいる、

「フフッ、寒く無かった?」

「寒かったー」

「うん、雪降ったー」

「雪だったー」

「サスキアが起きてこないのー」

「寒かったからー」

「あらあら」

早速の報告である、これは昨日以上に騒がしくなるかしらとソフィアが微笑んでしまう、どうやらすっかり慣れてしまったらしい、子供の順応力は大したもんだと感心していると、

「おはようございます」

フィロメナがゆっくりと顔を出した、

「あら、おはよう、どうしたの?商会に来たの?」

「違いますよー、だって、この子らがお世話になるんですよ、せめて御挨拶だけでも・・・」

朝だというのに神妙な顔つきのフィロメナであった、その後ろにはヒセラの姿もある、

「あら・・・そんなの別にいいわよ」

「良くないですよ、貰ってばかりでお返しする事が少なくて・・・」

「そうですよ、申し訳ないです」

二人はゆっくりと食堂に入る、三人娘とミナはあっという間に水槽に噛り付いていた、変わってないとかなんとか叫んでキャーキャーと騒がしい、

「だから、いらない遠慮はするもんじゃないわよ、でも、そっか、ちゃんとあれね、先生には挨拶しておいた方がいいかしら?と言うか・・・そっか、あれよね、こっちで勝手に話しを進めちゃったものね、そちらの了解もしっかりしないとよね」

「そんな、こちらとしては嬉しい限りです、養父も大変に喜んでおりました、逆にあれです、お前らも勉強に行けって言う始末で・・・」

「へー・・・あれよね、こう言っては失礼だけど、すんごい派手なお父さんよね、確か・・・」

「会った事ありました?」

「いつだったか・・・あっ、ほら隣で屋台を始める時に見かけたわよ、フィロメナさん一緒だったでしょ」

「そうです、その通りです」

「ねー、懐かしいわねー、フフッ、まさかこうして仲良くできるとは思わなかったわ、二人ともなんか近寄り難かったし・・・」

「そんな・・・でも、そうですね・・・」

フィロメナが懐かしそうに微笑む、たかだか数か月前の事である、ソフィアの言う通りこうした良い関係を構築できるなど、当時の寝ぼけ眼で嫌々付き合わされたフィロメナは想像もしていなかった、

「そうよねー、でも、何?フィロメナさん達も勉強したいの?」

「それはだってそうですよ、遊女はほら、日々勉強ですから」

「あら・・・あっ・・・それ聞いた事あるな、何だっけ特に政治やら何やら?教養が無いと駄目だとかなんとか・・・」

「そうなんです、親父曰く教養が無いと遊女は勤まらんって」

フィロメナがやや興奮したように声を上げ、ヒセラもうんうんと頷いている、

「そうよね、そう聞いたわ、大変な仕事よね」

「ありがとうございます・・・その、そこまで理解して頂けていると・・・」

「はい、本当に嬉しいです」

フィロメナとヒセラが微笑み合う、

「ふふん、伊達に人生経験積んでないからね、冒険者もね、全てに通じてないと損しかしないのよ」

「あー、なるほど・・・」

「流石です」

大きく頷く二人にソフィアはニヤリと胸を張る、

「じゃ、そっちは了解を得ているって事でいい?」

「はい、大変申し訳なく思いますが、お世話になります」

フィロメナがスッと背筋を正して一礼する、

「そっか、こっちとしても・・・そうね、しっかり預かります、あっ、帰りはどうする?マフダさんと一緒でいいかしら?」

「あっ、それなんですが、どうしましょうか」

とどうやら細かい打合せが必要になった、単純に勉強を教え、終わったら帰れは少々乱暴である、何しろまだ年端もいかない子供達なのである、ソフィアもそのような扱いをする相手にミナを預ける事は無いであろう、

「じゃ、そうね、先生を交えて相談しましょう、段取りをつけておかないと駄目ね、じゃ、こっちに、お茶を淹れるから、ミナー、エルマ先生呼んで来てー」

「ワカッター」

とミナは素直に階段に走り、フィロメナとヒセラはホッと小さく安堵して腰を落ち着けるのであった。




その少し前、三階では、

「と言う訳で、昨日も話したけどね、サビナの作業は取り合えず一段落、カトカとゾーイは本業に集中する事」

ユーリが所員である三人を前にしており、そこにエルマも同席している、

「そうなると」

とカトカが小さく手を上げる、ん?とユーリが問い返すと、

「エルマさんの治療に関してはどうなるんでしょう?出来れば数学に関して引き渡せる所は引き渡したいかなと思っておりまして」

「それもあったわね」

とユーリがエルマを伺い、

「昨日ね、夜になってからタロウとソフィアと話したんだけど」

「またそれですかー」

カトカがムッと眉間に皺を寄せ、ゾーイもムゥと口を尖らせている、

「仕方ないでしょ、あいつらもね、風呂に入って一息つかないと落ち着かないのよ、で、落ち着いて考えて、あれがあるとか、こうしたいとか言い出すの、考えが足りないのよ、どっちもね、気分屋だし、根っこが惚けているからね」

「あー・・・その気持ちは分かりますけど・・・根っこが惚けてるは・・・」

「言い過ぎですよ・・・」

それは流石にとサビナが目を細めるが、

「いいのよ、あいつらはあいつらで自覚してるから、でね、さっきタロウとも話したんだけど、エルマさんの治療に関してはもう少し先になるなかって感じです」

それは聞いてないかなとエルマは急に不安になってしまった、今朝、あまりの寒さに目を覚まし、さてどうしたものかと動き出した所にテラが呼びに来て、そのままニコリーネと共に寮に入った、さらに二階に連れていかれ生徒達達とワチャワチャと身繕いを楽しんだ、黒いベールを頑なに外さないままであったが、なんとか洗顔を終え、オリビアに髪を梳かしてもらってしまう、女性達が集まるとこんな風な朝なのかと正直驚いた、さらにはお湯の出る仕掛けが二階にも設置されており、ここで洗濯もしているという、寒い朝にあってお湯の温もりは大変に有難く、ましてこのような仕掛けは王城にも無いであろう、これは離れられなくなりますねと思わず呟くと、そうなんですよーと同調する声で溢れた、生徒達はそれから食堂に下りて鏡の前で身支度を整え、ソフィアのサッサと済ませなさいとの叱責が飛び、これは実家でも一緒だななどと微笑んでしまう、そうした暖かい雰囲気の中、研究所の朝の打合せに顔を出したのであるが、ユーリのこの突然の言葉は正に冷や水を浴びせられたような冷たいものであった、

「あっ、そんなには伸びません、今日明日は難しいって感じです、何やらもう一つ?作りたいものがあるとかなんとかって、あのヤローが言い出しましてね」

その表情は見えないが不信感はやはり伝わるもので、ユーリは慌てて取り繕う、

「あっ・・・すいません、その・・・はい、大丈夫です、治療に関してはお任せする他ありませんし・・・はい」

エルマも慌ててそう答えるしかない、

「ごめんなさい、言い方ってものがありますね、どうにも・・・その辺、配慮が下手で・・・」

小さく肩を竦めるユーリに、

「あっ、自覚あったんだ・・・」

「すごい・・・成長してる」

とカトカとサビナが目を丸くし、ゾーイはエッと二人を見つめてしまう、

「あん?なによ、それ」

「なんでもないでーす」

「左に同じでーす」

明るく惚けるカトカとサビナ、その二人を思いっきり睨みつけるユーリである、もうとゾーイは呆れ、エルマは素直に驚いた、

「・・・まぁ、私が悪いんだけどもさ、で、なんだっけ?」

「はい、数学の件ですね」

「あっ、そうね、じゃ、どうしようかしら、午前中は子供達の勉強ですよね」

「はい、その予定です」

「じゃ、その後の方が良いですか」

「・・・そうですね・・・ですが、今日は算学から始めようかと思いまして、ベルメルでしたか、あれをお借りしたいと」

「勿論ですよ」

カトカがニコリと微笑む、どうやらエルマはしっかりと考えてくれていたらしい、昨日も少し話したが、エルマはやはり算学にしろ数学にしろその分野の専門家なのである、カトカとしては大変に心強かった、

「では、カトカ頼むわね・・・じゃ、カトカも同席する?下の勉強に」

「いいんですか?」

エルマが嬉しそうに声を上げてしまった、

「えぇ、子供達に教えながら・・・というかあれですね、例の計算方法はミナとレイン、ソフィアも身に付けている筈なので、改めて確認するのが宜しいかと」

「確かにです」

カトカも嬉しそうに微笑む、

「そうよね、じゃ、そんな感じで、そうなると・・・私とゾーイはあれの開発とエレインさんの依頼分を進めましょうか、材料あるかな・・・」

「確認します」

ゾーイが快活に返すも、

「あっ、その前に」

カトカがウーンと研究所内を見渡し、

「なに?」

「暖炉使いましょうよ、寒いです」

あーと一同は納得した、今朝の冷え込みは一段と厳しく、カトカは見事なまでに丸まると着込んでいた、ゾーイはサビナさんが二人になったみたいと思いつつも口には出せず、ユーリもエルマも気付いてはいても特に指摘はしていない、

「確かにね・・・うん、その姿を見れば駄目とは言えないわね」

ニヤーと意地の悪い笑みを浮かべるユーリであった、

「もう何ですかそれ」

「なにがー」

「なにがじゃないですよ、職場の環境を整えるのは所長の仕事です」

「あら・・・確かにそうね、あっ、そうだ、あかぎれとか大丈夫?」

「あっ、それなんですけどね」

とカトカは両手をユーリに差し出し、

「なめらかクリームのお陰ですね、今年はまだ平気なんです」

「あらっ・・・凄いわね」

「うん、綺麗なもんだ・・・」

ユーリとサビナが覗き込み、ゾーイはそんなに酷いのと問いかける、

「はい、毎年もう、痛いわ、辛いわ、痒いわ、で・・・作業もままならなくて・・・」

「そうよね、でも、大丈夫そう?」

「今のところは、ソフィアさんに聞いたら、お風呂に入ってちゃんと揉んであげて、寝る時にクリームを塗って手袋をしろって事で」

「そのままやってみたの?」

「はい、そしたらもう、はい、こんな感じです、平気なもんですよ」

「へー・・・こりゃいいかもね、あんた、それまとめておきなさい」

「そうですね、そうします」

「うん、あかぎれで悩む奥様達は多いからね」

「確かに」

うんうんと頷く四人、エルマはまた何かあるのかと目を丸くしてしまう、次から次へと目新しいものばかりで、どうやら暫くは驚く事ばかりのようであった、そこへ、

「エルマセンセー」

とミナが大声を上げて階段から顔を出す、おわっと驚く五人に、

「ノールとノーラとサスキアが来たー、エルマも来てー」

一切構わず続けるミナである、

「こら、エルマ先生でしょ」

ユーリが間髪入れずに叱責すると、

「知ってるー、エルマセンセー」

全く悪びれる様子が無い、ニコニコと嬉しそうで早くしろとばかりにウズウズと落ち着きが無い、

「もう、じゃ、そういう事で、いいかしら?」

ハイと三人の返事が響き、エルマも笑顔を浮かべた、正に新生活の始まりである、昨晩テラから依頼された幼児教育の件もあった、これはまだユーリには話していないが、ある程度授業計画を練った上で相談するのが良いであろうと考えている、さらにはニコリーネの受け持ち分もあり、目が回りそうな状況に放り出されてしまっているが、大きな使命感を感じている、

「あー、フィロメナもいたー、あと、だれだっけー、もう一人ー」

ミナが思い出したように付け足した、

「あら、それはいいわね、なんかある?」

ユーリがサビナに問い、サビナはウーンと首を傾げ、特には無いかなと答える、30日に予定されているという染髪やら服飾やらの場には必要となるが、それはレネイが伝えているであろう、

「じゃ・・・あっ、わかったわ、私も一度顔を出すか・・・タロウの件が気になるのよね」

ユーリが腰を上げ、さて仕事かと気合を入れ直す面々である、

「まだー」

ミナがジタバタと飛び跳ねているようで、

「こりゃ、階段で暴れるな」

ユーリに怒鳴られ、ブーと喚きつつピタリと動かなくなるミナであった。
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