セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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72話 初雪 その20

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それからタロウとグルジアは連れ立ってヘルデルに向かった、今日の目的はタオル用の織機の使用説明である、先日訪問した際の打合せで関係者を呼び集めるのに時間が欲しいとなり、1日空けての対応となったのだ、タロウはまぁそれもそうだと理解を示す、グルジアの生家であるローレン商会側も全てが突然の事であった為、一旦レイナウトと話したいともなっている、それも致し方無い事であろう、なんの前触れも無く、先代公爵で、商会の後援者でもあるレイナウトと、遠く離れた街に勉学に行っている筈の娘が顔を出し、モニケンダムの支店長であるマールテンまでもが連れ立っている、まずは何事かと混乱してしまうのが当たり前の反応で、なんとか落ち着いて話しを聞いてみれば何とも奇異で常識外れも甚だしい、しかしそれを裏付けるのが誰でもない、グルジアとマールテンの存在で、さらに商会側もレイナウトが不在である事を把握していた為、どうやら本当の事らしいと信じざるを得なかった、挙句その転送陣なるものを城や屋敷に設置する事が防犯上難しいとなった為、商会本店の部屋を借りたいと言われても即刻の対応は難しく、しかし、レイナウトの手前断ることは勿論無理で、結局その日、タロウは商会の倉庫の片隅に転送陣を設置し土産を手にしてグルジアと共に退散している、そして、昨日の内にレイナウトはローレン商会の説得に成功したらしく、その報は昨日の内にマールテンからグルジアを経由してタロウに伝えられ、そうして今日、二人は再びヘルデルに入った、

「おう、来たな」

その会場となる部屋の前で、レイナウトがニヤニヤと二人を迎えた、

「これは先代様、御機嫌麗しゅう」

慇懃に頭を下げるタロウとグルジア、

「なんじゃ、堅苦しい、番頭で構わん」

機嫌良く微笑むレイナウトである、

「・・・いいんですか?」

タロウが渋面を上げると、

「駄目かな?」

とレイナウトは背後に控える従者に確認する、流石にヘルデルでは一人で動く訳にはいかないらしい、いかにも官僚兼従者兼役人風の男が三人、レイナウトの後ろに控えており、その三人が同時に首を振る、レイナウトはまったくと三人を睨みつけ、

「らしいぞ、すまんな」

とタロウに微笑み、タロウはでしょうねと微笑む、

「でだ、下に関係者を待たせてある、準備とやらをさっさと済ませろ」

レイナウトがニヤニヤと微笑んだ、タロウ曰く、他人には見せられない魔法でもってその織機を設置したいらしく、レイナウト自身がそういう事もあろうと自ら人払いの為にと廊下で待機していた、従者達は何もそこまでと眉を顰めるが、好きにやらせろとレイナウトは一喝しており、そこまで言われては反論する事は難しい従者達である、

「はい、じゃ、グルジアさんもここで待ってて」

振り返るタロウにグルジアはコクリと頷く、階下が少しばかり騒がしいようで、どうやらレイナウトの言う関係者が集まっている事が察せられた、タロウは小さく頷き返してその部屋に入る、

「グルジア、面倒かけるのう」

レイナウトがニコニコと孫を見るような優しい笑みをグルジアに向ける、

「そんな、その・・・どう言えば良いか難しいですが・・・私に出来る事であればなんなりと・・・」

背後の従者の事もあり、あくまで先代公爵として対するグルジアである、

「うむ、昨日もな、マルヘリートとレアンとな久しぶりにこちらで羽を伸ばしたのだがな、あれだな、慣れてしまうと向こうの方が刺激があるのう、レアンははしゃいでおったがな」

「刺激・・・ですか?」

「刺激じゃな、どうにも面白みというものが無い、向こうは毎日のように新鮮でな、まぁこっちは雪も積もっておるからな、移動も面倒なのだが、困ったもんだ」

フルフルと頭を振るレイナウトに、確かにそうかもとグルジアは微笑んでしまう、むこうの街というよりもあの寮を取り巻く人物と事物が何とも騒がしく、それをエレインが街に広め、領主や王族関係者もそれを煽る有様で、さらには戦争という一大事が目の前に迫っている、街全体が騒々しくなりつつあり、また妙に浮足立っているようにも感じている、

「はい、終わりました」

ヒョイとタロウが顔を出す、ヘッと振り返るレイナウトとエッと呟くグルジアである、従者達もハッ?と不思議そうにタロウを見つめている、

「どうぞー」

とタロウが扉を大きく開いた、レイナウトが首を伸ばせば確かに見慣れない大仰な木製品が部屋の真ん中にドンと鎮座しており、グルジアは、

「わっ・・・織機・・・ですね」

と目を丸くする、

「あら、分かる?」

「はい、見た事ありますから・・・でも、こんなに大きいのは初めてかもです」

「そっか、こっちではもっと小さい?」

「そう・・・ですね、はい、小さいと思います、でも、これだけ大きければ何でも作れそう・・・」

「だねー、さっ、どうぞ、糸もセットしてあるからすぐに使えるよ、下の人達も呼んでもらっていいですよ、さっさと済ませましょう」

「おう、だそうだ」

レイナウトが従者に目配せし、従者の一人が慌てて階下へ走った、すぐにマールテンが駆け上がってきて、先日会った商会の偉いさん達も駆けつける、グルジアが耳聡くもセットとは?と首を傾げた、タロウは時折聞き慣れない単語を口にしている、どうやら他国の言葉らしいが、やはり一々耳に残ってしまうようだ、

「ん、じゃどうぞ、取り合えず・・・機械だけでも見ておいて、使い方は業者さんに話した方がいいよね」

「あっ・・・はい、では・・・」

レイナウトとグルジアが入室し、マールテンらは取り合えずとタロウに挨拶である、タロウはニコニコと答え、さぁどうぞと入室を促す、どうやら何とか姫様の課題はこれでクリアできるかなと一仕事終えた気になるタロウであった。



その頃研究所である、

「というわけでな、ガラス窓も良いが、その蒸留器というのもまた面白くてな、どうじゃ、カトカさんしっかり研究してみんか?」

学園長が四人を前にして機嫌良く饒舌であった、ハーと困惑する三人と、それは凄いのではないかと目を輝かせるカトカである、

「すいません、では、あれですか、それは沸騰させないのですか?」

「おう、そこが大事らしい、タロウ殿曰くじゃ、酒の最も大事な成分はな、水よりも沸騰する温度が低いらしくてな、じゃからその成分だけを抽出する為にはな、沸騰させてはいかんらしいのじゃ、酒そのものをじゃな、での、その火加減じゃなこれが難しい・・・うん、タロウ殿は慣れと経験が重要と言っておったが、まさにその通りじゃった、いや、実に興味深い、それにな、湯気を液体に戻す、この発想がまた良いな、うん、改めて水、というか液体じゃな、これの変化に関してもしっかり研究する必要がある、うん、極めて・・・錬金術的な技法であった・・・」

「それは・・・面白いですね・・・」

「じゃろう、しかしな、その仕組みだけではやはり難しいらしくての、抽出した液体をさらに数回同じ工程を経なければならないらしくてな、今日はそこまではできなんだが、明日にはそれなりの量が出来るらしい、楽しみじゃ」

へーと感心する三人と、

「うー・・・見たいですよ、それー、もー、行けば良かったー」

カトカがブーと不満顔である、実の所タロウからは軽く誘われていたりする、しかし、こちらでの研究もあり、挙句に外は寒い、極度の寒がりなカトカにとってはこの季節、建物から出るのには覚悟が必要で、つまり興味は勿論あったのだがタロウの誘いを断ってしまっていたのだ、もうちょっと強く誘ってくれればいいのにとタロウに責任をおっ被せてしまうカトカである、

「まぁまぁ・・・でも、そのガラス窓ですか、それも良さそうですね」

「おうそうじゃ、ガラス屋の娘さん、コッキーさんじゃったかな?に詳しく聞いたのじゃが、ガラス鏡を作る技法では難しかったらしくてな、なもんでこう、巨大な円筒を作ってそれを切り開いたのじゃとか、その製法もタロウさんから聞いたらしくてな、見様見真似だったらしいが何とかなったと言っておってな、タロウ殿もしかし、どこでそんな知識を仕入れて来たのやら、恐ろしいわ」

それは確かにそうだよなーと頷いてしまう四人である、その観点に立てばユーリも大概なのであるが、タロウのそれは常軌を逸しており、ソフィアのそれもユーリ同様大概である、

「じゃ、早速見に行く?」

ユーリが三人に問いかけた、今日はどうやらこれ以上仕事をしてもなという雰囲気になりつつある、まぁ、公務時間も過ぎており、雇用主であるユーリとしては三人を解放する時間なのであるが、その辺はいつも通りになぁなぁになっていた、夕飯も提供されるこの環境においてはそのやたら豪華な夕食と入浴が、ある意味で残業代になっていると三人も考えている、

「そうですね・・・見たいです」

ゾーイが食いつきサビナとカトカも大きく頷いた、

「ん、じゃ行ってみるか、あれよね、ガラス鏡の店の裏?」

「そう聞いてます」

そうよねとユーリが腰を上げると、

「あっ、待て、違う、今日の用件は違うのじゃ」

一緒に学園長が腰を上げかけ慌てて座り直した、そこまで呷っておいてそれはないだろうと強い非難の視線が突き刺さる、

「すまんな、でだ、あれじゃ、ほれ帝国の翻訳の件じゃ、それと服飾の教科書なのじゃがな」

どうやら確かにそっちの方が本題であったようで、もうと目を細めてユーリも座り直す、

「まずな、翻訳については王都で対応する事となった、クロノス様経由で陛下に上申してな、向こうでも人選が始まっておる、前回使った都市国家の商人がこっちにいるらしいのじゃが、それどころではないらしくてな、少し時間がかかると言われたが陛下も乗り気らしくてな儂としてもここは任せるのが得策と思うがどうかな?」

「それはもう、私としてもそのつもりでした、任せられるのであればそれが一番かと思います」

「うむ、すまんな、翻訳した分は逐一こちらに届けさせる事となっている、まぁ、内容的には分野が違うものもあるであろうが、参考になる事もあろう」

「はい、確かに、特に・・・そうですね、それもカトカの領分かしら?」

ユーリがニヤリとカトカに微笑みかけ、カトカはムフンと嬉しそうに鼻を鳴らした、

「じゃのう、でな、明日にもその原書じゃな王都へ運び入れたい、学園に持ち込んでくれれば、リンド殿が差配してくれよう」

「分かりました、ではそのように、明日は私も立ち合います」

「うむ、宜しく頼む、朝の内に動いておいて欲しい」

了解しましたとユーリは頷き、うむと学園長も頷く、

「でな、サビナさんの教科書じゃが、昨日受け取った分で製本に回しておる、取り合えず今月中には10冊は届く予定じゃ」

「ありがとうございます」

サビナが巨体を震わせて歓喜の声を上げた、

「いやいや、礼を言うのは儂の方じゃよ、あれほど分かりやすく、綺麗にまとまっているとな、やはり儂は文才が無いのかと落ち込んでしまったわ」

ガッハッハと笑う学園長に、そんな事は無いであろうと目を細める四人であった、しかし笑っている所を見ると、それはただの謙遜であろうなと感じる、

「でな、そのうちの数冊・・・恐らく3冊かな、北ヘルデルにも送りたいらしいから4・・・5冊かな?は城に献上しなければならん、1冊はサビナさんで持っておいて欲しくてな、学園には2冊確保したい、残り2冊じゃが他に送る所はあるかの?」

「あー・・・そうなると領主様?」

「そうだねー、ユスティーナ様とレアン様、マルヘリート様も欲しいかな?」

「ありゃ・・・1冊足りないですよ」

「ムッそうか、領主様の所を失念しておった・・・これはいかんな、1冊追加するか・・・」

「大丈夫ですか?」

「おう、構わん、金を少し積んで急がせよう」

「それができればいいんですけど・・・無理して変なものになるのであれば、時間をかけても良いかと思うのですが」

「いやいや、そういう訳にもいかんのだ、王妃様から催促されておってな」

「あら・・・」

「それに、生活科の講師共がうるさくてな、さっさとサビナさんを講師にしてしまえっての」

「あら・・・それは初耳です」

「じゃろう、儂もな、あの口うるさい連中がこれほど乗り気になるとは思わなんだ、連中も人手が足りんとボヤいておったからな、丁度良かったのかもしれん、でじゃ・・・サビナさん」

学園長がサビナに向き直る、これはと背筋を正すサビナとニヤニヤと嬉しそうなカトカ、

「正式に研究室を与えたいと思う、所員の選抜も一任しよう、取り合えず・・・二人じゃな、予算も組んでおる、事務長同席の上改めて打合せが必要じゃがな、どうかな?受けてくれるかな?」

突然の朗報であった、サビナはポカンとしてしまい、ユーリはとうとうかーと嬉しそうにサビナを見つめ、カトカとゾーイも満面の笑みをサビナに向けている、

「・・・エッ・・・アッ・・・はい・・・その、光栄・・・です」

サビナが何とか答えると、

「うむ、では宜しく頼む、明日にも事務長を交えて話すとしよう、しかし、あれじゃぞ、ユーリ先生を見てもわかると思うが、研究室を持ってからの方が格段に大変じゃ、常に研究し続け、成果を世に出さねばならない、大変なのはこれからじゃ、まぁ、サビナさんであればその辺の事は身に染みていよう、良い師匠に恵まれているからな」

学園長がニヤリとユーリに微笑みかけ、ユーリは何を今更と鼻で笑う、

「はっ・・・はい、確かに、はい、そう思います、その・・・はい、研究ですね・・・頑張ります」

喜び半分感激半分、さらに研究者であるという重責を強く感じ、サビナはクラクラとする頭を何とか強引に回転させそう答えるしかなかった。
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