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本編
72話 初雪 その22
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「タロー、どっちがいいー?」
タロウがニヤニヤと何やら画策しているところにミナがテテッと駆け寄ってきた、大事そうに上質紙を手にしており、タロウはん?と小首を傾げて見下ろす、
「ドッチー?」
ミナがその上質紙をグイッとタロウにつき付けた、
「なに?」
「エー」
「エー?」
「エー」
さらに首を傾げるタロウをミナはムーッと見上げ、気付けば生徒達の視線がミナ越しにタロウに集まっていた、ん?とタロウは思いつつ、そう言えば熱心に何やら話し込んでいたなとやっと感心が向いた、
「あー、ほら、新しい店舗の壁画なんだって」
ユーリが不思議そうにしているタロウにそう助言する、
「壁画?」
「はい、二階のあのガラス窓のある部屋なんですけど・・・」
とエレインが腰を上げてミナの頭にポンと手を置いた、ミナがウフーと嬉しそうにエレインを見上げる、
「あー・・・そっか、そんな事言ってたね、あれでしょ、ガラス鏡のお店みたいにしたいんでしょ」
そこでやっとタロウも理解した、ニコリーネとエレインが輪の中心になっていたのはそういう事であるらしい、タロウもガラス鏡店の壁画はニコリーネとミナとレインの作だと聞いており、ソフィアも一枚噛んだらしいがそこまでは詳しく聞いていない、
「そう・・・ですね、ですが、あの絵は壁が大きくて高い事もあって、荘厳な感じでも違和感は少ないのですが、裏の店舗の方はどうしても普通の屋敷の壁なものですから・・・どうしたものかと・・・なってまして・・・」
「なるほどー、それで、エーか?」
「そうなのー、エーなの」
エーとはつまり絵の事で、ミナが掲げる上質紙には壁画の原案が描かれているのであろう、タロウはミナの差し出した二枚の紙を受け取り、どれどれとテーブルに置いた、まだ見ていないグルジアもそれを覗き込み、他の面々は既に確認済みであったが、改めて覗き込む、その二枚の下書きと思われる絵画は共にガラス鏡の店と同じく大樹と猫をモチーフとしたものであった、さらに見慣れぬ花の描写もある、共通するのはその繊細な画風であろうか、ガラス鏡店のそれは大変に荒っぽいのであるが若さと活力が内側から滲み出る作品で、さらに幾何学的な奥深さと猫の似姿による無邪気さが同居している、タロウは一目見て芸術作品として見事な作だと感嘆してしまったものである、
「これも可愛くていいじゃない」
ユーリが適当に微笑み、
「そうですよねー、この絵だけでも飾りたいですよー」
「うん、お部屋に欲しいよね」
「私もー」
下書きであるというその絵をカトカとサビナ、ゾーイも賞賛しているらしく、グルジアも可愛くていいなーと小さく呟いている、エルマもガラス鏡店のそれも凄かったが、やはりこうして作品を見ればニコリーネは流石に王城に出入りする絵師なのだなと改めて認識できた、エルマとニコリーネは時期的に直接の面識は無く、ニコリーネの実父である絵師とも顔を合わせた程度の間柄であった、接する機会が少なかったのである、
「・・・良い絵だねー」
「でしょー、ニコ先生の力作なのよー」
ミナがニマニマとテーブルに顔を乗せた、
「そっかー、で、どっちがいいかって事?」
「うん、エレイン様がー、タローの意見も欲しいんだってー」
「あら・・・それは光栄」
とタロウがエレインを見上げ、エレインはすいませんと小さく謝罪してしまう、いやいや相談してくれて嬉しいよとタロウは微笑み、生徒達のテーブルを見ればまだ数枚の下書きがあるらしく、
「じゃ、しっかり見せてよ、ニコリーネ先生の絵をじっくり見たいなー」
「いいよー」
ミナがパッと生徒達の輪に戻り、エレインもすいませんと微笑む、その二枚の絵を手にしてタロウが腰を上げ、グルジアもつられるように腰を上げた、そのまま二人は生徒達の輪に加わる、そしてテーブル上に並べられた数枚の絵をじっくりと鑑賞すると、
「なるほど・・・凄いね、流石先生だ・・・うん、どれもこれも採用したいんでしょ」
とタロウは微笑んでしまう、やはりニコリーネの実力はとんでもないらしい、下書きとされるそれは6枚あった、共通しているのは壁に描くために柱と日本家屋で言えば長押の部分が表記されている事で、その縦横の仕切りを有効活用した描写となっている、そしてモチーフもまた似通っている、猫と大樹、花が描かれており、どの作品を採用したとしても華やかで明るい雰囲気になる事だけは確実のようである、
「そうなんです、ですが・・・」
ウーンとエレインが首を傾げ、ニコリーネは不安そうにテーブルに視線を落としている、他の生徒達も真剣な眼差しで下書きを見つめているがどうやらこれといった意見は無さそうで、若しくは煮詰まってしまったのであろうか、皆見事に沈黙してしまっていた、同様にレインもその輪に加わっていたが、こちらも難しい顔をして黙している、タロウは珍しい事もあるもんだとほくそ笑んでしまう、
「あー・・・決めきれない?」
「はい・・・どの作品も良くて・・・」
「そうだねー・・・」
とタロウも改めて下書きを見つめ、グルジアもこれはまた凄いなと目を丸くしている、いつの間にやら大人達も生徒達の肩越しに首を伸ばしており、小皿の光柱から発する光が影となって折り重なりテーブルが暗くなってしまった、
「・・・そういえば・・・」
とタロウは顔を上げ、
「あのお店の名前って決まったの?」
ふと思いついた疑問を口にした、
「名前・・・ですか?」
エレインが不思議そうにタロウを見つめ、他の生徒達も同時に顔を上げる、
「うん、名前・・・まだ?」
「名前・・・?」
エレインが首を傾げ、他の生徒達も大人達も不思議そうに沈黙する、
「・・・あれ?なんか変?」
「あっ、別に変では無いですけど・・・どう・・・なんでしょう・・・」
エレインがここはとテラを伺うと、テラも難しそうに眉間に皺を寄せている様子で、
「ありゃ・・・やっぱり変?なの?」
タロウがテラに問うと、
「あっ・・・そうですね、普通の店だと・・・六花商会の店って感じに呼ばれるので、ただ、飲み屋?とか遊女屋とかは名前をつけますよね、あの業界は・・・同じ通りに同じ商会が何軒も経営してたりするのでそうなっているのですが・・・」
テラがゆっくりと王国の商慣習について説明を始めた、どうやらタロウがそこまで詳しく無い事を察したらしい、曰く、小売りの店舗の多くは商会の名前で呼ばれるらしく、多店舗を展開する場合も同じ商業区に店を出す事は稀で、そうなると店舗の別は商会の名前と通りの名前を組み合わせて区別しているとの事で、例外としては個人経営の店なのであるが、これもそのままその店主の名前で呼ばれる事が多く、市場で軒を連ねる店等はその良い例であるらしい、そして肝心の店の名前なのであるが、それを必要としているのは夜の仕事を主とする場合だけで、そちらは経営主体である商会の名前を出したく無い為にそうしているらしい、その為、六花商会にしても店舗に名前を付ける事はしておらず、寮の隣の屋台は六花商会の屋台と一般的に呼称され、ガラス鏡店にも明確な店舗名は付いていない、ガラス鏡店に関してはガラス鏡を扱う店は王国内でもその一店舗限りであって、故にガラス鏡店、もしくは六花商会の鏡店と呼ばれてそれで充分に認識されている、
「へー・・・それは知らなんだ・・・なるほどねー、そう言えばそうかもねー」
タロウは大きく頷いてしまった、確かにタロウが知る限り店舗名がある店の方が少ないのかなと視線を斜め上に向けて顎をかく、まったく気にしていなかったこともあった、王国では食料品や日用品の大半は市場で事足りる、その市場でも店主の名と店の名前がほぼイコールで、さらに言えばその店でなければ買えないような品も少ない、故に店舗の名前が無くても確かに事足りるし、そうなると特別に名乗る必要も無いのだなと改めて理解してしまった、
「なので、あのお店に名前となると・・・」
テラも不安そうにエレインを伺い、
「はい、あまり良い印象が無いんですよね・・・あっ、別にフィロメナさんとかを嫌ってるってわけじゃないんですよ」
エレインが慌ててそう付け足した、わかるよ大丈夫とタロウは微笑む、エレインや他の女性達もあくまで常識として馴染みが無い為に困惑しているのだ、それ以外に意図は無い事をタロウはすぐに察する、
「そうなると・・・どうかな、これはあくまで案ね」
とタロウはウーンと首を傾げつつ輪から離れて黒板に向かう、ここは一つ思考を整理する為にも必要かなと白墨を手にし、
「俺のね、国だと、店に名前をつけるのは当たり前でね、で・・・どうかな、提案なんだけど・・・ほら、あのお店って一階と二階でさ、コンセプトが違うじゃない」
大きく首を傾げる女性達である、
「あっ、ごめん、えーと、ほら、客層っていうか、より単純に売りたいもの?一階は惣菜を中心として雑貨の販売?で、二階はゆっくりお茶を楽しむ店・・・?あってるかな?」
急に振り向いたタロウにエレインとテラ、ジャネットとオリビアにケイスが大きく頷いた、
「そだよね、だから、例えばだけど、一階は・・・うん、惣菜「六花」、二階は喫茶「黒猫」とか?他には・・・うん、やっぱりこの惣菜って名前と喫茶って言う名前を上手い事織り込んで、六花商会と、猫?木?花?の名前を使うとカッコイイと思うんだな・・・ほら、折角ね、ガラス鏡店の方も猫と木があるしね、姉妹店舗って感じにしたいでしょ」
と二つの名称案を黒板に書き付けた、ザワザワと騒がしくなる生徒達と大人達である、
「あっ、ごめん、この喫茶っていうのは前に話した茶店?のよりお洒落かな?本来は喫茶店っていうのが正式名称になる・・・んだと思うんだけど、それを短縮した形、惣菜ってのは前にも話したよね、持ち帰って家で食べる料理って感じ、厳密には違うんだけどね、そういう意味合いで・・・だから、うん、君らにとっては完全に新しい名前だろうし、概念になるんだけど・・・そっか、一階はソウザイで、二階はキッサっていう名前にしてもいいのかな?でもそれだと洒落っ気が無いよね、だから、やっぱり、惣菜なになに、喫茶なにがしが良い感じだと思うんだけど、どかな?」
「・・・それいいかもですね・・・」
難しそうに顔を顰めるエレインの隣でテラが理解を示し、
「うん、あれだ、ソウザイ六花、キッサ黒猫、いいよ、それカッコイイ」
ジャネットが大声で賛同する、
「悪くないじゃない、分かりやすいと思うわよ、それ」
ユーリもどうやら賛成のようである、
「そう?まぁ、ほら、その六花とか黒猫の部分はね、これから考えてもらって・・・だから、話を戻すとさ、その絵を描く店の名前が決まってれば割と簡単に描くものも決まると思うんだよ、それこそ黒猫って名前の店に白猫がいたら変だからね・・・いや、それでもいいんけどね、数匹の黒猫の中に白猫が混じっていると洒落っ気ってのがあるじゃない?もしくはその逆でもいいけど・・・どっちにしてもこの名称の場合黒猫は絶対必要な要素・・・って事になるのかな?」
ニヤリとタロウが微笑み、なるほどーと思わず呟く生徒達であった、
「だろ?だから、先に名前を決めちゃうのがいいと思うよ、売りたい物も提供したいサービスも決まっているんだから、それを・・・うん、別にね、商会内とか仲間内だけで呼称してもいいんだし、世の中には出さないで・・・でも、それはそれで少し寂しいかな・・・まぁ・・・そんな感じで意思統一ってやつかな、名前があると楽だよ、多分、何をするにしても、で、一階はね、悩む必要は無いんだろうけど、二階はさ、じっくり悩むのがいいよ、なにしろ王国で初の茶店な訳だから、落ち着いてお茶と甘いものを楽しめる、気兼ねないお喋りとゆっくりする事を楽しめる店?ふふん、あのガラス窓も良い感じだしね」
「そうだよね、うん、そうですよ」
ジャネットがピョンと飛び跳ね、
「キッサ六猫が良いと思う」
「エッ、ハヤッ」
「ふふん、言ったもん勝ちだよー、六猫どう?六花商会の猫って感じで」
「えー・・・可愛いけどなんか、チガウー」
「そうかなー、じゃ、猫花?」
「猫から離れないとー」
「ニャンコは大事なのー、可愛いのー、絶対なのー」
不思議そうに聞いていたミナも大声を上げた、さらにワイワイと騒がしくなる生徒達と大人達、そこへ、
「はいはい、片付けてー」
とソフィアが厨房から顔を出し、その騒ぎは夕食へと引き継がれてしまうのであった。
タロウがニヤニヤと何やら画策しているところにミナがテテッと駆け寄ってきた、大事そうに上質紙を手にしており、タロウはん?と小首を傾げて見下ろす、
「ドッチー?」
ミナがその上質紙をグイッとタロウにつき付けた、
「なに?」
「エー」
「エー?」
「エー」
さらに首を傾げるタロウをミナはムーッと見上げ、気付けば生徒達の視線がミナ越しにタロウに集まっていた、ん?とタロウは思いつつ、そう言えば熱心に何やら話し込んでいたなとやっと感心が向いた、
「あー、ほら、新しい店舗の壁画なんだって」
ユーリが不思議そうにしているタロウにそう助言する、
「壁画?」
「はい、二階のあのガラス窓のある部屋なんですけど・・・」
とエレインが腰を上げてミナの頭にポンと手を置いた、ミナがウフーと嬉しそうにエレインを見上げる、
「あー・・・そっか、そんな事言ってたね、あれでしょ、ガラス鏡のお店みたいにしたいんでしょ」
そこでやっとタロウも理解した、ニコリーネとエレインが輪の中心になっていたのはそういう事であるらしい、タロウもガラス鏡店の壁画はニコリーネとミナとレインの作だと聞いており、ソフィアも一枚噛んだらしいがそこまでは詳しく聞いていない、
「そう・・・ですね、ですが、あの絵は壁が大きくて高い事もあって、荘厳な感じでも違和感は少ないのですが、裏の店舗の方はどうしても普通の屋敷の壁なものですから・・・どうしたものかと・・・なってまして・・・」
「なるほどー、それで、エーか?」
「そうなのー、エーなの」
エーとはつまり絵の事で、ミナが掲げる上質紙には壁画の原案が描かれているのであろう、タロウはミナの差し出した二枚の紙を受け取り、どれどれとテーブルに置いた、まだ見ていないグルジアもそれを覗き込み、他の面々は既に確認済みであったが、改めて覗き込む、その二枚の下書きと思われる絵画は共にガラス鏡の店と同じく大樹と猫をモチーフとしたものであった、さらに見慣れぬ花の描写もある、共通するのはその繊細な画風であろうか、ガラス鏡店のそれは大変に荒っぽいのであるが若さと活力が内側から滲み出る作品で、さらに幾何学的な奥深さと猫の似姿による無邪気さが同居している、タロウは一目見て芸術作品として見事な作だと感嘆してしまったものである、
「これも可愛くていいじゃない」
ユーリが適当に微笑み、
「そうですよねー、この絵だけでも飾りたいですよー」
「うん、お部屋に欲しいよね」
「私もー」
下書きであるというその絵をカトカとサビナ、ゾーイも賞賛しているらしく、グルジアも可愛くていいなーと小さく呟いている、エルマもガラス鏡店のそれも凄かったが、やはりこうして作品を見ればニコリーネは流石に王城に出入りする絵師なのだなと改めて認識できた、エルマとニコリーネは時期的に直接の面識は無く、ニコリーネの実父である絵師とも顔を合わせた程度の間柄であった、接する機会が少なかったのである、
「・・・良い絵だねー」
「でしょー、ニコ先生の力作なのよー」
ミナがニマニマとテーブルに顔を乗せた、
「そっかー、で、どっちがいいかって事?」
「うん、エレイン様がー、タローの意見も欲しいんだってー」
「あら・・・それは光栄」
とタロウがエレインを見上げ、エレインはすいませんと小さく謝罪してしまう、いやいや相談してくれて嬉しいよとタロウは微笑み、生徒達のテーブルを見ればまだ数枚の下書きがあるらしく、
「じゃ、しっかり見せてよ、ニコリーネ先生の絵をじっくり見たいなー」
「いいよー」
ミナがパッと生徒達の輪に戻り、エレインもすいませんと微笑む、その二枚の絵を手にしてタロウが腰を上げ、グルジアもつられるように腰を上げた、そのまま二人は生徒達の輪に加わる、そしてテーブル上に並べられた数枚の絵をじっくりと鑑賞すると、
「なるほど・・・凄いね、流石先生だ・・・うん、どれもこれも採用したいんでしょ」
とタロウは微笑んでしまう、やはりニコリーネの実力はとんでもないらしい、下書きとされるそれは6枚あった、共通しているのは壁に描くために柱と日本家屋で言えば長押の部分が表記されている事で、その縦横の仕切りを有効活用した描写となっている、そしてモチーフもまた似通っている、猫と大樹、花が描かれており、どの作品を採用したとしても華やかで明るい雰囲気になる事だけは確実のようである、
「そうなんです、ですが・・・」
ウーンとエレインが首を傾げ、ニコリーネは不安そうにテーブルに視線を落としている、他の生徒達も真剣な眼差しで下書きを見つめているがどうやらこれといった意見は無さそうで、若しくは煮詰まってしまったのであろうか、皆見事に沈黙してしまっていた、同様にレインもその輪に加わっていたが、こちらも難しい顔をして黙している、タロウは珍しい事もあるもんだとほくそ笑んでしまう、
「あー・・・決めきれない?」
「はい・・・どの作品も良くて・・・」
「そうだねー・・・」
とタロウも改めて下書きを見つめ、グルジアもこれはまた凄いなと目を丸くしている、いつの間にやら大人達も生徒達の肩越しに首を伸ばしており、小皿の光柱から発する光が影となって折り重なりテーブルが暗くなってしまった、
「・・・そういえば・・・」
とタロウは顔を上げ、
「あのお店の名前って決まったの?」
ふと思いついた疑問を口にした、
「名前・・・ですか?」
エレインが不思議そうにタロウを見つめ、他の生徒達も同時に顔を上げる、
「うん、名前・・・まだ?」
「名前・・・?」
エレインが首を傾げ、他の生徒達も大人達も不思議そうに沈黙する、
「・・・あれ?なんか変?」
「あっ、別に変では無いですけど・・・どう・・・なんでしょう・・・」
エレインがここはとテラを伺うと、テラも難しそうに眉間に皺を寄せている様子で、
「ありゃ・・・やっぱり変?なの?」
タロウがテラに問うと、
「あっ・・・そうですね、普通の店だと・・・六花商会の店って感じに呼ばれるので、ただ、飲み屋?とか遊女屋とかは名前をつけますよね、あの業界は・・・同じ通りに同じ商会が何軒も経営してたりするのでそうなっているのですが・・・」
テラがゆっくりと王国の商慣習について説明を始めた、どうやらタロウがそこまで詳しく無い事を察したらしい、曰く、小売りの店舗の多くは商会の名前で呼ばれるらしく、多店舗を展開する場合も同じ商業区に店を出す事は稀で、そうなると店舗の別は商会の名前と通りの名前を組み合わせて区別しているとの事で、例外としては個人経営の店なのであるが、これもそのままその店主の名前で呼ばれる事が多く、市場で軒を連ねる店等はその良い例であるらしい、そして肝心の店の名前なのであるが、それを必要としているのは夜の仕事を主とする場合だけで、そちらは経営主体である商会の名前を出したく無い為にそうしているらしい、その為、六花商会にしても店舗に名前を付ける事はしておらず、寮の隣の屋台は六花商会の屋台と一般的に呼称され、ガラス鏡店にも明確な店舗名は付いていない、ガラス鏡店に関してはガラス鏡を扱う店は王国内でもその一店舗限りであって、故にガラス鏡店、もしくは六花商会の鏡店と呼ばれてそれで充分に認識されている、
「へー・・・それは知らなんだ・・・なるほどねー、そう言えばそうかもねー」
タロウは大きく頷いてしまった、確かにタロウが知る限り店舗名がある店の方が少ないのかなと視線を斜め上に向けて顎をかく、まったく気にしていなかったこともあった、王国では食料品や日用品の大半は市場で事足りる、その市場でも店主の名と店の名前がほぼイコールで、さらに言えばその店でなければ買えないような品も少ない、故に店舗の名前が無くても確かに事足りるし、そうなると特別に名乗る必要も無いのだなと改めて理解してしまった、
「なので、あのお店に名前となると・・・」
テラも不安そうにエレインを伺い、
「はい、あまり良い印象が無いんですよね・・・あっ、別にフィロメナさんとかを嫌ってるってわけじゃないんですよ」
エレインが慌ててそう付け足した、わかるよ大丈夫とタロウは微笑む、エレインや他の女性達もあくまで常識として馴染みが無い為に困惑しているのだ、それ以外に意図は無い事をタロウはすぐに察する、
「そうなると・・・どうかな、これはあくまで案ね」
とタロウはウーンと首を傾げつつ輪から離れて黒板に向かう、ここは一つ思考を整理する為にも必要かなと白墨を手にし、
「俺のね、国だと、店に名前をつけるのは当たり前でね、で・・・どうかな、提案なんだけど・・・ほら、あのお店って一階と二階でさ、コンセプトが違うじゃない」
大きく首を傾げる女性達である、
「あっ、ごめん、えーと、ほら、客層っていうか、より単純に売りたいもの?一階は惣菜を中心として雑貨の販売?で、二階はゆっくりお茶を楽しむ店・・・?あってるかな?」
急に振り向いたタロウにエレインとテラ、ジャネットとオリビアにケイスが大きく頷いた、
「そだよね、だから、例えばだけど、一階は・・・うん、惣菜「六花」、二階は喫茶「黒猫」とか?他には・・・うん、やっぱりこの惣菜って名前と喫茶って言う名前を上手い事織り込んで、六花商会と、猫?木?花?の名前を使うとカッコイイと思うんだな・・・ほら、折角ね、ガラス鏡店の方も猫と木があるしね、姉妹店舗って感じにしたいでしょ」
と二つの名称案を黒板に書き付けた、ザワザワと騒がしくなる生徒達と大人達である、
「あっ、ごめん、この喫茶っていうのは前に話した茶店?のよりお洒落かな?本来は喫茶店っていうのが正式名称になる・・・んだと思うんだけど、それを短縮した形、惣菜ってのは前にも話したよね、持ち帰って家で食べる料理って感じ、厳密には違うんだけどね、そういう意味合いで・・・だから、うん、君らにとっては完全に新しい名前だろうし、概念になるんだけど・・・そっか、一階はソウザイで、二階はキッサっていう名前にしてもいいのかな?でもそれだと洒落っ気が無いよね、だから、やっぱり、惣菜なになに、喫茶なにがしが良い感じだと思うんだけど、どかな?」
「・・・それいいかもですね・・・」
難しそうに顔を顰めるエレインの隣でテラが理解を示し、
「うん、あれだ、ソウザイ六花、キッサ黒猫、いいよ、それカッコイイ」
ジャネットが大声で賛同する、
「悪くないじゃない、分かりやすいと思うわよ、それ」
ユーリもどうやら賛成のようである、
「そう?まぁ、ほら、その六花とか黒猫の部分はね、これから考えてもらって・・・だから、話を戻すとさ、その絵を描く店の名前が決まってれば割と簡単に描くものも決まると思うんだよ、それこそ黒猫って名前の店に白猫がいたら変だからね・・・いや、それでもいいんけどね、数匹の黒猫の中に白猫が混じっていると洒落っ気ってのがあるじゃない?もしくはその逆でもいいけど・・・どっちにしてもこの名称の場合黒猫は絶対必要な要素・・・って事になるのかな?」
ニヤリとタロウが微笑み、なるほどーと思わず呟く生徒達であった、
「だろ?だから、先に名前を決めちゃうのがいいと思うよ、売りたい物も提供したいサービスも決まっているんだから、それを・・・うん、別にね、商会内とか仲間内だけで呼称してもいいんだし、世の中には出さないで・・・でも、それはそれで少し寂しいかな・・・まぁ・・・そんな感じで意思統一ってやつかな、名前があると楽だよ、多分、何をするにしても、で、一階はね、悩む必要は無いんだろうけど、二階はさ、じっくり悩むのがいいよ、なにしろ王国で初の茶店な訳だから、落ち着いてお茶と甘いものを楽しめる、気兼ねないお喋りとゆっくりする事を楽しめる店?ふふん、あのガラス窓も良い感じだしね」
「そうだよね、うん、そうですよ」
ジャネットがピョンと飛び跳ね、
「キッサ六猫が良いと思う」
「エッ、ハヤッ」
「ふふん、言ったもん勝ちだよー、六猫どう?六花商会の猫って感じで」
「えー・・・可愛いけどなんか、チガウー」
「そうかなー、じゃ、猫花?」
「猫から離れないとー」
「ニャンコは大事なのー、可愛いのー、絶対なのー」
不思議そうに聞いていたミナも大声を上げた、さらにワイワイと騒がしくなる生徒達と大人達、そこへ、
「はいはい、片付けてー」
とソフィアが厨房から顔を出し、その騒ぎは夕食へと引き継がれてしまうのであった。
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ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
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