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本編
74話 東雲の医療魔法 その32
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翌朝、昨晩は酷かったなー、上手くいってればいいんだけどなーとタロウがボーッと考え込みながら朝食を摂っていると、
「おはようございます」
階段がバタバタとうるさくなりゾーイがバッと顔を出す、
「わっ、おはよう」
「おあよー」
「おはようございます」
朝食の顔ぶれはいつもと変わらない、タロウにミナにレイン、オリビアとなる、つまり生徒達はまだ起きたか二階で身支度をしている頃合いで、そろそろ研究所組が顔を出すか出さないかの朝食時の早い方の時間帯となる、
「おはようございます、タロウさん、マクラ、マクラの作り方教えて下さい」
ゾーイはそのまま勢いを増してタロウに詰め寄った、その胸には大事そうに枕を抱いており、タロウはオゥと思わず身を仰け反らせてしまう、
「えっと・・・そんなに良かった?」
しかしすぐにニンマリとした笑顔を見せるタロウであった、
「そりゃもう、朝起きるのがすんごい楽だったんです、もう快調なんですよ、朝から、これは凄いです」
興奮して大声となるゾーイにそりゃ良かったとタロウは微笑む、
「そうなんですか?」
オリビアが羨まし気な瞳でゾーイを見つめた、
「そうなんです、オリビアさんもこれは使うべきですよ、寝やすいですし、気持ち良くて、ハッって気付いたらもう朝なんです、首回りが軽くて、それに肩も、頭も重く無いし、何より何だかスッキリしてます」
オリビアに向かって捲し立てるゾーイにそこまでの効能があるのかなーとタロウは思うも、まぁ、本人がそう言っているのだし、人それぞれだしなーとスプーンを咥える、そして、
「あっ、あれ、カトカさんじゃなかった?勝ったのって?」
昨日の騒ぎを思い出し不思議そうに問いかける、
「はい、カトカさんが権利を譲ってくれました」
満面の笑みを浮かべるゾーイ、
「あー・・・そういう事か・・・あれ、湯たんぽのお礼?」
「そんな感じです、もうカトカさん様様なんです」
「ありゃ、仲の良い事で・・・」
「ですねー、やっぱりあれです人には優しくしとけって母さんに言われてました、その通りだと思います」
ムフーと嬉しそうに鼻息を荒くするゾーイ、
「それはその通りだねー」
タロウも思わず微笑む、
「そなの?」
ミナが不思議そうにゾーイを見上げる、
「そうなんです、あっ、ミナちゃんはどうですか?マクラ、良い感じでしょ」
「えー・・・んー・・・わかんない」
ミナはプイッと朝食に向き直った、
「えー、そんなー、ミナちゃんも使ったでしょー」
「使ったー」
「あー、それは仕方ないのう」
レインが意地悪気にミナを睨む、
「なんでー」
「なんでって、マクラ、床に落ちてたぞ、ミナは寝相が酷いからな」
「えー、そんな・・・折角のマクラなのにー」
ゾーイの珍しい悲鳴が上がり、何もそこまでとタロウは苦笑いを浮かべ、オリビアもどこか呆れ顔である、今日はゾーイ一人であるらしい、先日カトカが興奮して朝から突撃してきたが、その時にはゾーイはいかにも眠そうな顔であった、今日はカトカがいない所を見るとゾーイはどうやらカトカに気を遣ったか、転送陣は自分で使える為に独断専行で勢いと興奮のままに駆け出してきたかのどちらか、若しくはどっちもであろう、
「ブー、知らないー、わかんないー」
「そりゃそうじゃな、どうせあれじゃ、またゴロゴロと動き回っておったのじゃろう、寝台から落ちないだけマシじゃな」
「そんなに酷いんですか?」
思わずオリビアも口を挟む、
「おう、酷いぞ」
「確かになー、酷いかもなー」
タロウもそういう事かと同意した、実際ミナは大変に寝相が悪い、眠りについた時の頭と足の位置が逆になっている事がままあり、今朝もレインの言う通り、枕は床の上に投げ出され、どうやったらそうなるのかと信じられない位置で熟睡していた、しかしそれでもしっかりと毛布にくるまって寝ているあたり、器用なものだと感心せざるを得ない程の寝相の悪さである、
「ムー、いいでしょー」
「いいけどさ、寒くないか?」
「・・・わかんない」
「そっか、まぁ、ちゃんと寝れていればいいよ、風邪は引くなよ」
「うん、わかったー」
「そっか」
「そうなのー」
ミナが嬉しそうにタロウを見上げ、レインもまったくと微笑むと、
「あら、おはよう、どうしたの?なにかあった?」
ソフィアがトレーを手にして食堂に入ってくる、すぐにゾーイを認めて目を丸くし、優しく微笑んだ、
「あっ、おはようございます、ソフィアさん、これ、これの作り方教えて下さい、私作ります、自分の」
とゾーイがソフィアに駆け出し、そんなにいいのかーとオリビアは部屋の隅に小山となっている蕎麦殻を見つめる、
「作るって、マクラよね、別にあれよ、特別な事はしてないわよ、ただの袋だし」
「そうなんですか?」
「そうよー、昨日も話したでしょ、あっ、アンタどうせまだ食べてないんでしょ、ほら、これ食べなさい」
「えっ、悪いですよー」
「悪い事なんてないわよ、朝の食事が一番大事なんだから、はい、遠慮しないで、あっ、今日はカトカさんはいないの?」
ソフィアが手にしたトレーを押し付けると、ゾーイは申し訳なさそうに受け取る、
「あっ、はい、一人です・・・その、ほら、なんかマクラのお陰で朝から快調でして・・・」
途端に落ち着くゾーイである、先日カトカと二人で来た時も結局こうして朝食を頂いてしまった、すっかりこうなる事を失念していたと恥ずかしそうに俯いてしまう、
「そっ、それは良かったわ、じゃ、ちゃんと食べなさい、そしたら教えてあげるから」
とソフィアはサッと踵を返し、アッと一声上げて振り向くと、
「ゾーイさん、裁縫は得意?」
「エッ」
とソフィアを見つめるゾーイである、
「まぁ、人並みには出来るでしょ」
愚問だったと厨房に向かうソフィア、
「あっ・・・その、すいません、実は・・・」
さらに恥ずかしそうにするゾーイにどうかしたと再び振り返るソフィアと、ん?と顔を上げるオリビアであった、しかしゾーイはモゴモゴと何かを呟いたようで、ソフィアはまぁなんとかなるわよと厨房に入る、そうしてゾーイが申し訳ないなと思いつつ朝食を口にし、朝から豪華だなー等と思い、さらに事務所組や生徒達が食堂に顔を出す、そして朝食を終えたゾーイを待っていたのは、
「下手じゃのー」
「ねー」
「もう少し細かくしなければ駄目じゃろ」
「ねー」
大変に厳しいレインとミナの視線であった、
「うー、ですからー、昔からどうにも駄目なんですよー」
「そうなのー?」
「修行が足りんなー」
「うー、だってー」
先程の機嫌の良さはどこへやら、ソフィアが簡単にこうすればいいのよと裁縫道具と布を取り出し、お好きにどうぞと押し付けるようにゾーイに預け、自分はサッサと厨房へ戻ってしまい、ゾーイはゾーイで機嫌良くテラやニコリーネにあれは最高ですよと吹聴したものだから、なら私もと二人はゾーイと共に布袋を縫っているのだが、
「ゾーイさん、不器用?」
ニコリーネが思いっきり首を傾げてゾーイの手元を覗き込み、
「・・・そうねー・・・でも、そういう言い方は駄目ですよ・・・」
とテラが優しくニコリーネを諭す、
「そうですねー」
とすぐに作業に戻るニコリーネであったが、そんな二人の優しさがゾーイをよりアタフタと慌てさせることになり、さらには、食事中である生徒達の冷ややかな視線まで気になる始末である、
「うー・・・やっぱ駄目?」
ゾーイがゆっくりと顔を上げ、恨めし気な目線がレインとミナに向かった、
「うん、駄目ー」
「じゃなー、こう・・・なんというかまっすぐにじゃなー」
「だよねー、なんか、ズレてるー」
「えー、でもだってー、何もないところをまっすぐに縫うなんて高等技術ですよー」
「そうかのう、ほれ、ニコリーネもテラも上手いもんだぞ」
レインが二人の手元を見つめ、ゾーイもつられて見てみれば確かにその通りである、二人ともチクチクと軽快な手際で真っ直ぐでかつ細かい縫い目でもって綺麗な線を描いていた、
「うー・・・昔から苦手なんですよー、どうしてそう真っ直ぐに出来るかなー」
見事な泣き言を口にするゾーイに、そう言われてもなと顔を見合わせるテラとニコリーネ、
「もう、ほら、貸してみなさい」
そこへやっと助け舟である、エルマであった、
「・・・いいんですか?」
「良いも何も・・・そりゃだって、得意不得意はありますよ、ね、テラさん」
優しくゾーイの手元から縫いかけの布袋を受け取るエルマ、
「そうですね、確かにこれもある意味で才能で、ある意味で習慣ですかねー」
チクチクと手を動かし続けるテラ、
「そう・・・ですか?」
寂しそうにテラを伺うゾーイである、ゾーイにとって恐らく一番苦手な事がこの裁縫であった、幼少の頃から母親に教え込まれてはいたのであるが、どうにも上達せず、躍起になって取り組んだこともあるが、あなたには無理かもねと、実の母親から見放される程で、となるとどうしても忌避してしまい、練習する事もなくなった、故に実家住まいであった頃は針仕事は母親かメイドのようなお手伝いさんの仕事であり、それで何も苦労はせず、研究というよりも研究所の雑用で糧を得る事に集中できている、そしてこちらに世話になって暫く経つが裁縫しなければならない程の事も無く、充実した日々を送れていたのであるが、今日、興奮のままにソフィアに作り方を教えてくれとねだってしまい、ソフィアとしては教える程の事ではないと彼女の中の常識でもって対応されてしまった、実際に大した事は無い、目の細かい布を袋状に縫うだけの事で、特殊技術が必要なわけでも、高度な訓練が必要な訳でも無い、王国の女性であれば、いや、男性でも鼻歌混じりで熟す程度の作業である、ゾーイはそしてムーと力なく項垂れてしまった、見事な体たらくである、すっかり意気消沈し、肩を丸めてしまうのも無理は無い事であった、
「・・・ゾーイさんにも苦手な事があったんですねー・・・」
ケイスがスプーンを咥えて思わず呟く、
「ねー、なんでもできる人かと思ってました・・・」
ルルが同意し、レスタもコクコクと頷いている、
「うー、見ないで下さいー」
思わず呻くゾーイである、先程まではキャッキャッとはしゃいでいたのである、こんなゾーイは見たことが無いと生徒達もそんなにマクラが凄かったのかと驚き、レスタもすんごい良く眠れたと輝くような笑みを浮かべ、それなら早速作ろうと騒いでいたところであったのだ、まさかその中心人物たるゾーイが針仕事が苦手であったとは露とも思わなかったし、そのような発想すらなかったのだ、
「大丈夫っす、私も苦手だし」
ジャネットがムンと胸を張る、
「そうなの?」
ゾーイがパッと顔を上げるも、
「ジャネットよりも下手じゃな・・・」
レインの冷たい言葉がゾーイを襲い、エッと固まるゾーイ、
「もう、レインちゃんもそんな事言わないの、誰だって苦手な事はあるんですから、それにゾーイさんは他の人には出来ない事ばかり出来るんですよ、それだけで大したものなんです」
テラがメッと優しくレインを叱りつけ、
「まぁのう・・・確かにな・・・」
レインがムゥと黙り込む、しかし、ウーと唸ってしまうゾーイである、
「もう、ゾーイさんもそんな暗い顔してるからレインちゃんにからかわれるんです、シャキッとしなさい、朝なんだし、気持ち良く起きたんでしょ」
テラがゾーイをもメッと叱りつけ、
「うー・・・そうですけどー」
泣きそうな顔を上げるゾーイ、そこへ、
「おあよー・・・って、ありゃ、あんた何してるの?」
階段からノソリとユーリが下りてきた、
「おはようございます、所長・・・」
悲しそうに答えるゾーイ、
「もう・・・」
と苦笑するしかないテラとエルマとニコリーネ、すると、
「マクラー、マクラ作ってるのー」
ミナがピョンと飛び跳ねた、
「エッ・・・あぁ、昨日のあれか、どう?良い感じ?」
「それはもう、マクラは・・・はい、大変に良いです・・・」
「そっか、じゃ、私も欲しいかな、蕎麦殻はまだあるわよね・・・あっ、アンタ私のも縫ってくれる?」
ボリボリと腹をかきながらトレーを手にするユーリ、
「えっと・・・」
ゾーイは泣きそうな顔でテラを見つめ、ミナが、
「いいのー?ゾーイへたっぴだよー」
純粋な子供の言葉であった、瞬間ピシリと食堂に緊張が走る、
「エッ、何それ?」
ユーリがゆっくりと振り返った、
「下手なのー、まっすぐ縫えないのよー」
さらに追い打ちをかけるミナ、それは流石にとエルマとテラが同時に何かを言いかけて、
「うー、その通りなんですー、縫物ホントに下手でー、恥ずかしい限りなんですー」
と顔を覆ってとうとう泣き出してしまうゾーイであった。
「おはようございます」
階段がバタバタとうるさくなりゾーイがバッと顔を出す、
「わっ、おはよう」
「おあよー」
「おはようございます」
朝食の顔ぶれはいつもと変わらない、タロウにミナにレイン、オリビアとなる、つまり生徒達はまだ起きたか二階で身支度をしている頃合いで、そろそろ研究所組が顔を出すか出さないかの朝食時の早い方の時間帯となる、
「おはようございます、タロウさん、マクラ、マクラの作り方教えて下さい」
ゾーイはそのまま勢いを増してタロウに詰め寄った、その胸には大事そうに枕を抱いており、タロウはオゥと思わず身を仰け反らせてしまう、
「えっと・・・そんなに良かった?」
しかしすぐにニンマリとした笑顔を見せるタロウであった、
「そりゃもう、朝起きるのがすんごい楽だったんです、もう快調なんですよ、朝から、これは凄いです」
興奮して大声となるゾーイにそりゃ良かったとタロウは微笑む、
「そうなんですか?」
オリビアが羨まし気な瞳でゾーイを見つめた、
「そうなんです、オリビアさんもこれは使うべきですよ、寝やすいですし、気持ち良くて、ハッって気付いたらもう朝なんです、首回りが軽くて、それに肩も、頭も重く無いし、何より何だかスッキリしてます」
オリビアに向かって捲し立てるゾーイにそこまでの効能があるのかなーとタロウは思うも、まぁ、本人がそう言っているのだし、人それぞれだしなーとスプーンを咥える、そして、
「あっ、あれ、カトカさんじゃなかった?勝ったのって?」
昨日の騒ぎを思い出し不思議そうに問いかける、
「はい、カトカさんが権利を譲ってくれました」
満面の笑みを浮かべるゾーイ、
「あー・・・そういう事か・・・あれ、湯たんぽのお礼?」
「そんな感じです、もうカトカさん様様なんです」
「ありゃ、仲の良い事で・・・」
「ですねー、やっぱりあれです人には優しくしとけって母さんに言われてました、その通りだと思います」
ムフーと嬉しそうに鼻息を荒くするゾーイ、
「それはその通りだねー」
タロウも思わず微笑む、
「そなの?」
ミナが不思議そうにゾーイを見上げる、
「そうなんです、あっ、ミナちゃんはどうですか?マクラ、良い感じでしょ」
「えー・・・んー・・・わかんない」
ミナはプイッと朝食に向き直った、
「えー、そんなー、ミナちゃんも使ったでしょー」
「使ったー」
「あー、それは仕方ないのう」
レインが意地悪気にミナを睨む、
「なんでー」
「なんでって、マクラ、床に落ちてたぞ、ミナは寝相が酷いからな」
「えー、そんな・・・折角のマクラなのにー」
ゾーイの珍しい悲鳴が上がり、何もそこまでとタロウは苦笑いを浮かべ、オリビアもどこか呆れ顔である、今日はゾーイ一人であるらしい、先日カトカが興奮して朝から突撃してきたが、その時にはゾーイはいかにも眠そうな顔であった、今日はカトカがいない所を見るとゾーイはどうやらカトカに気を遣ったか、転送陣は自分で使える為に独断専行で勢いと興奮のままに駆け出してきたかのどちらか、若しくはどっちもであろう、
「ブー、知らないー、わかんないー」
「そりゃそうじゃな、どうせあれじゃ、またゴロゴロと動き回っておったのじゃろう、寝台から落ちないだけマシじゃな」
「そんなに酷いんですか?」
思わずオリビアも口を挟む、
「おう、酷いぞ」
「確かになー、酷いかもなー」
タロウもそういう事かと同意した、実際ミナは大変に寝相が悪い、眠りについた時の頭と足の位置が逆になっている事がままあり、今朝もレインの言う通り、枕は床の上に投げ出され、どうやったらそうなるのかと信じられない位置で熟睡していた、しかしそれでもしっかりと毛布にくるまって寝ているあたり、器用なものだと感心せざるを得ない程の寝相の悪さである、
「ムー、いいでしょー」
「いいけどさ、寒くないか?」
「・・・わかんない」
「そっか、まぁ、ちゃんと寝れていればいいよ、風邪は引くなよ」
「うん、わかったー」
「そっか」
「そうなのー」
ミナが嬉しそうにタロウを見上げ、レインもまったくと微笑むと、
「あら、おはよう、どうしたの?なにかあった?」
ソフィアがトレーを手にして食堂に入ってくる、すぐにゾーイを認めて目を丸くし、優しく微笑んだ、
「あっ、おはようございます、ソフィアさん、これ、これの作り方教えて下さい、私作ります、自分の」
とゾーイがソフィアに駆け出し、そんなにいいのかーとオリビアは部屋の隅に小山となっている蕎麦殻を見つめる、
「作るって、マクラよね、別にあれよ、特別な事はしてないわよ、ただの袋だし」
「そうなんですか?」
「そうよー、昨日も話したでしょ、あっ、アンタどうせまだ食べてないんでしょ、ほら、これ食べなさい」
「えっ、悪いですよー」
「悪い事なんてないわよ、朝の食事が一番大事なんだから、はい、遠慮しないで、あっ、今日はカトカさんはいないの?」
ソフィアが手にしたトレーを押し付けると、ゾーイは申し訳なさそうに受け取る、
「あっ、はい、一人です・・・その、ほら、なんかマクラのお陰で朝から快調でして・・・」
途端に落ち着くゾーイである、先日カトカと二人で来た時も結局こうして朝食を頂いてしまった、すっかりこうなる事を失念していたと恥ずかしそうに俯いてしまう、
「そっ、それは良かったわ、じゃ、ちゃんと食べなさい、そしたら教えてあげるから」
とソフィアはサッと踵を返し、アッと一声上げて振り向くと、
「ゾーイさん、裁縫は得意?」
「エッ」
とソフィアを見つめるゾーイである、
「まぁ、人並みには出来るでしょ」
愚問だったと厨房に向かうソフィア、
「あっ・・・その、すいません、実は・・・」
さらに恥ずかしそうにするゾーイにどうかしたと再び振り返るソフィアと、ん?と顔を上げるオリビアであった、しかしゾーイはモゴモゴと何かを呟いたようで、ソフィアはまぁなんとかなるわよと厨房に入る、そうしてゾーイが申し訳ないなと思いつつ朝食を口にし、朝から豪華だなー等と思い、さらに事務所組や生徒達が食堂に顔を出す、そして朝食を終えたゾーイを待っていたのは、
「下手じゃのー」
「ねー」
「もう少し細かくしなければ駄目じゃろ」
「ねー」
大変に厳しいレインとミナの視線であった、
「うー、ですからー、昔からどうにも駄目なんですよー」
「そうなのー?」
「修行が足りんなー」
「うー、だってー」
先程の機嫌の良さはどこへやら、ソフィアが簡単にこうすればいいのよと裁縫道具と布を取り出し、お好きにどうぞと押し付けるようにゾーイに預け、自分はサッサと厨房へ戻ってしまい、ゾーイはゾーイで機嫌良くテラやニコリーネにあれは最高ですよと吹聴したものだから、なら私もと二人はゾーイと共に布袋を縫っているのだが、
「ゾーイさん、不器用?」
ニコリーネが思いっきり首を傾げてゾーイの手元を覗き込み、
「・・・そうねー・・・でも、そういう言い方は駄目ですよ・・・」
とテラが優しくニコリーネを諭す、
「そうですねー」
とすぐに作業に戻るニコリーネであったが、そんな二人の優しさがゾーイをよりアタフタと慌てさせることになり、さらには、食事中である生徒達の冷ややかな視線まで気になる始末である、
「うー・・・やっぱ駄目?」
ゾーイがゆっくりと顔を上げ、恨めし気な目線がレインとミナに向かった、
「うん、駄目ー」
「じゃなー、こう・・・なんというかまっすぐにじゃなー」
「だよねー、なんか、ズレてるー」
「えー、でもだってー、何もないところをまっすぐに縫うなんて高等技術ですよー」
「そうかのう、ほれ、ニコリーネもテラも上手いもんだぞ」
レインが二人の手元を見つめ、ゾーイもつられて見てみれば確かにその通りである、二人ともチクチクと軽快な手際で真っ直ぐでかつ細かい縫い目でもって綺麗な線を描いていた、
「うー・・・昔から苦手なんですよー、どうしてそう真っ直ぐに出来るかなー」
見事な泣き言を口にするゾーイに、そう言われてもなと顔を見合わせるテラとニコリーネ、
「もう、ほら、貸してみなさい」
そこへやっと助け舟である、エルマであった、
「・・・いいんですか?」
「良いも何も・・・そりゃだって、得意不得意はありますよ、ね、テラさん」
優しくゾーイの手元から縫いかけの布袋を受け取るエルマ、
「そうですね、確かにこれもある意味で才能で、ある意味で習慣ですかねー」
チクチクと手を動かし続けるテラ、
「そう・・・ですか?」
寂しそうにテラを伺うゾーイである、ゾーイにとって恐らく一番苦手な事がこの裁縫であった、幼少の頃から母親に教え込まれてはいたのであるが、どうにも上達せず、躍起になって取り組んだこともあるが、あなたには無理かもねと、実の母親から見放される程で、となるとどうしても忌避してしまい、練習する事もなくなった、故に実家住まいであった頃は針仕事は母親かメイドのようなお手伝いさんの仕事であり、それで何も苦労はせず、研究というよりも研究所の雑用で糧を得る事に集中できている、そしてこちらに世話になって暫く経つが裁縫しなければならない程の事も無く、充実した日々を送れていたのであるが、今日、興奮のままにソフィアに作り方を教えてくれとねだってしまい、ソフィアとしては教える程の事ではないと彼女の中の常識でもって対応されてしまった、実際に大した事は無い、目の細かい布を袋状に縫うだけの事で、特殊技術が必要なわけでも、高度な訓練が必要な訳でも無い、王国の女性であれば、いや、男性でも鼻歌混じりで熟す程度の作業である、ゾーイはそしてムーと力なく項垂れてしまった、見事な体たらくである、すっかり意気消沈し、肩を丸めてしまうのも無理は無い事であった、
「・・・ゾーイさんにも苦手な事があったんですねー・・・」
ケイスがスプーンを咥えて思わず呟く、
「ねー、なんでもできる人かと思ってました・・・」
ルルが同意し、レスタもコクコクと頷いている、
「うー、見ないで下さいー」
思わず呻くゾーイである、先程まではキャッキャッとはしゃいでいたのである、こんなゾーイは見たことが無いと生徒達もそんなにマクラが凄かったのかと驚き、レスタもすんごい良く眠れたと輝くような笑みを浮かべ、それなら早速作ろうと騒いでいたところであったのだ、まさかその中心人物たるゾーイが針仕事が苦手であったとは露とも思わなかったし、そのような発想すらなかったのだ、
「大丈夫っす、私も苦手だし」
ジャネットがムンと胸を張る、
「そうなの?」
ゾーイがパッと顔を上げるも、
「ジャネットよりも下手じゃな・・・」
レインの冷たい言葉がゾーイを襲い、エッと固まるゾーイ、
「もう、レインちゃんもそんな事言わないの、誰だって苦手な事はあるんですから、それにゾーイさんは他の人には出来ない事ばかり出来るんですよ、それだけで大したものなんです」
テラがメッと優しくレインを叱りつけ、
「まぁのう・・・確かにな・・・」
レインがムゥと黙り込む、しかし、ウーと唸ってしまうゾーイである、
「もう、ゾーイさんもそんな暗い顔してるからレインちゃんにからかわれるんです、シャキッとしなさい、朝なんだし、気持ち良く起きたんでしょ」
テラがゾーイをもメッと叱りつけ、
「うー・・・そうですけどー」
泣きそうな顔を上げるゾーイ、そこへ、
「おあよー・・・って、ありゃ、あんた何してるの?」
階段からノソリとユーリが下りてきた、
「おはようございます、所長・・・」
悲しそうに答えるゾーイ、
「もう・・・」
と苦笑するしかないテラとエルマとニコリーネ、すると、
「マクラー、マクラ作ってるのー」
ミナがピョンと飛び跳ねた、
「エッ・・・あぁ、昨日のあれか、どう?良い感じ?」
「それはもう、マクラは・・・はい、大変に良いです・・・」
「そっか、じゃ、私も欲しいかな、蕎麦殻はまだあるわよね・・・あっ、アンタ私のも縫ってくれる?」
ボリボリと腹をかきながらトレーを手にするユーリ、
「えっと・・・」
ゾーイは泣きそうな顔でテラを見つめ、ミナが、
「いいのー?ゾーイへたっぴだよー」
純粋な子供の言葉であった、瞬間ピシリと食堂に緊張が走る、
「エッ、何それ?」
ユーリがゆっくりと振り返った、
「下手なのー、まっすぐ縫えないのよー」
さらに追い打ちをかけるミナ、それは流石にとエルマとテラが同時に何かを言いかけて、
「うー、その通りなんですー、縫物ホントに下手でー、恥ずかしい限りなんですー」
と顔を覆ってとうとう泣き出してしまうゾーイであった。
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彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
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子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
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※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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