1,093 / 1,445
本編
75話 茶店にて その10
しおりを挟む
それから暫くして寮の食堂である、子供達は勉強を終えすっかり遊びの時間であった、普段であればそろそろマフダとフェナが迎えに来る時間であるが、フェナは少し遅れるかもとエルマに話しており、となればマフダも遅れるだろうなとエルマは考えていたがどうやらその通りのようで、取り合えず女児達は再び熱心に紙を折っており、ブロースはブロースで気兼ねなく飛行機を飛ばして走り回っている、
「これでいいのー?」
「んー、まぁ合格じゃな」
「良かったー」
「ミナのはー」
「今一つじゃ」
「うー、レイン厳しー」
「ふふん、ミナは途中から雑になるのう、最初の方だけキッチリ折れているな」
「ブー、だってー」
「だってもなにも無いぞ、最後までしっかり折るのが大事じゃ」
「うー、でもー」
「なんじゃ?」
「ちゃんと折ってるー」
「折ってない」
レインがビシリとミナを叱りつけ、ブーブーと頬を膨らませるミナ、レインはすっかり折り紙の講師となってしまっている、それも中々に堂に入った様子で、エルマは大したもんだわねーと素直に感心していた、子供達の扱いが大変に上手いのである、歳が近い事もあろうがなだめすかす事は無く、強く叱る事も無い、子供達は素直にレインの言う事を聞き、頼りにもしているようで、エルマは下手に口を出す必要はないようだとすっかり任せてしまっていた、そこへ、
「ミナちゃんいるー?」
階段から明るい声が響く、バッと顔を上げるミナ、
「ユラ様だー」
スッと姿を表したウルジュラにダッと駆け出すミナ、あー貴族のお姫様だーと子供達も嬉しそうに顔を明るくし、エルマもここはと席を立つ、ウルジュラに続いてレアンとマルヘリートも顔を出し、そして、
「失礼します」
とイージスが妙に畏まって一礼し、乳母とマリエッテ、マリアも続いていた、
「わっ、イージス君だー、マリエッテちゃんだー」
ミナはすぐに二人に駆け寄り、わっ、赤ちゃんだと目を輝かせてしまう女児達、対してブロースは紙飛行機を飛ばせなくなってムゥと唸って顔を顰めている、さらに、
「あら、そっか、従業員の子供さん達ね」
「あら可愛い、皆さん寒くない?」
フィロメナとフロリーナが顔を出し、エレインが最後のようである、
「わっ、えっと、誰だっけー」
ミナがフィロメナとフロリーナを見上げ、こら、フィロメナさんとフロリーナさんよとエレインが嗜めると、
「フィロ姉?」
三姉妹が同時に首を傾げ、
「フィロネェ?」
フィロメナが不思議そうに首を傾げる、
「あっ、彼女達のお姉さんもフィロメナさんなんですよ」
エレインがニコリと微笑む、
「あらっ、そういう事・・・フフッ、でも姉なんて呼ばれた事無かったから嬉しいわ」
フィロメナが優しく三姉妹に微笑むと、エヘヘーと笑い返す子供達、そこへなんか騒がしくなったなとソフィアが厨房から顔を出し、お久しぶりねと姦しくなる食堂であった。
「なるほど、マルルース様の仰っていた通りのようね・・・」
「そのようね、パウロはどう言っているの?」
「パウロ?・・・」
「学園長よ」
「あっ、すいません、学園長とは直接の相談は一度か二度・・・したかしないかですね、ですが、ユーリ先生が報告されているようです、で、大変興味があるとの事で、ですが今はそれどころではない程に忙しくされているようでして・・・」
エレインが言葉を選んで答えると、
「もう、あのボンクラは、こんな大事な事を放っておくとは教育者失格ね」
ムッとフィロメナが顔を顰め、
「仕方ないわよ、ロキュスも急に忙しくなっちゃって、あっちだこっちだって駆け回ってるんだもの、それの原因もこっちにあるのよ、話したでしょ」
「それは聞いたけど、だって、あれは政治的な問題でしょ、教育者はある程度距離を置くべきだわ」
「そうもいかないのよ、昨日も聞いたけど、タロウさんがまた色々言い出したらしくてそれで余計に騒ぎになってるの、ロキュスも今日は朝から王城に走ったし・・・まぁ、暇しているよりかは数段に良い事だと思うけどね」
「ならいいじゃないの」
「だから、良いって言ってるでしょ、パウロはパウロで忙しいんじゃないのって事よ」
「・・・わかったわよ・・・」
ブスリと睨み合う老姉妹、エルマはマルルースから聞いていた通りの人物なのだなと黒いベールに隠れて小さく微笑んだ、喫茶店での饗応を切り上げたウルジュラ達はその勢いのままに転送陣を潜って寮へと雪崩れ込み、この二人は幼児教育の件で相談したいと言うエレインの誘いもあってこうして一緒についてきている、今食堂ではイージスとブロースが紙飛行機で競い合い、女性達は必死になって折り紙に向かっている、故にうるさくなるであろうとの事で会談の場所は二階で行われているのであるが、エレインはこの会談に集中しているようで出来ていない、マリエッテが気になってどうにも落ち着きが無く、そうだ、昨日のぬいぐるみで遊びたいとか、また新しい遊びのようだとか、なによりもマリエッテから離れたくないなと気もそぞろも良い所であったりするが、表面上はそれなりに取り繕っており、テーブルを囲むエルマもフィロメナもフロリーナもエレインの様子に気を取られる事は無いようであった、
「そうだ、少しばかり授業内容をまとめた資料があります、こちらが参考になればと思いますが、御意見も欲しいと考えておりました」
エルマが足元の革袋から木簡を取り出す、老姉妹はサッと目を通し、エッと目を丸くする、エルマはどんなもんだとばかりにほくそ笑んでしまうもその顔は見えていない事であろう、
「こんなに高度な事が出来るの?あの子達が?」
信じられないとフィロメナがエルマを見つめ、
「そうね、ベルメルの件は聞いていたけど・・・計算もそうなの?掛け算に割り算まであの子供達が?」
フロリーナも愕然と顔を上げた、
「はい、ですが、実際に教えて身に付いているのはまだミナちゃんだけですね、それもだいぶ前から教えられていた様子なので、厳密には私が教えた訳では無いです、なのでまだまだこれからと思いますが、タロウさんに教わった計算方式を採用しようと考えております、なので、格段に覚えやすいですし、分かりやすいものになっております」
「まぁ、計算方式?」
「はい、こちらになります」
さらに別の木簡を取り出すエルマ、それを頭を突き付けて覗き込む二人、
「・・・凄いわね・・・こんな計算方法があったなんて・・・」
「確かに楽そうね、とても合理的・・・」
「そうなんです、間違いも少ないと思います、全ての計算結果が次に続いている感じで、なので、子供達には三桁の足し算と引き算もやらせております」
「まぁ、出来るの?」
「はい、時間がかかりますしたどたどしいですけど、間違った所も一目で分かりますからね、それにみんな楽しそうに取り組んでおります」
「楽しそうに?」
「はい、私も意外だったのですが、お互いに競い合う事がどうやら楽しいらしいです、隣りの子に出来て私に出来ないってのが嫌なようで・・・」
「・・・その気持ちは分かるわねー」
「そうねー・・・フフッ、あなたもよく意地を張ってたわよね、子供の頃は・・・」
「何十年前の話しよ」
「かれこれ40?50?60かしら?」
「答えなくていいわよ」
ムッとフロリーナを睨むフィロメナ、フロリーナはフフッと鼻で笑い、
「でもそれが大事よね、孤児院でもね、作業をするとなると遊びを混ぜる感じにすると上手く行くのよね、分かる気がするわ」
「ですね、何事も楽しんで取り組めれば苦しくは無いものですし、改めて子供達から教わっております」
「そう・・・なるほどねー・・・マルルース様から聞いた時にはどうかしらと思ったけど、ここまでしっかりしたものになっているとは思っていなかったわね、エルマさん、是非協力させて下さらない?孤児院でもやらせてみたいわ」
フィロメナがスッと居住まいを正す、今日のこの会談もいつも通りに突発的なものであった、マルルースに誘われモニケンダムを訪れたのであるが、その道すがらマルルースから幼児教育について相談され、その場にはエレインも居た為、その詳細を聞くに至ってこれはと興味をそそられてしまった、フィロメナとしては学園長である夫の事も気にはなっていたが、そちらに顔を出すよりもこちらの方が有意義であったし、何よりこのエルマという女性をすっかり気に入ってしまった、マルルースからはかつて王族の家庭教師をしていた女性で、とある理由で顔を隠しているとだけ聞いている、エルマはエルマでこの老姉妹についてはマルルースからそういう者がいる程度でしか聞いておらず、会談の前にエレインが事情を説明し、それは嬉しいと笑顔になっていた、マルルースを間に挟んだ縁という形になっている、
「それは勿論です、是非御活用頂ければと思います、ですが、まだまだこれから内容を詰めていく必要があると思っておりますし、何より子供への教育には保護者の理解が必要と思います」
「それはそうね、でも孤児院では気にする必要はないわね」
「そうね・・・あっ、そうだ、エレインさん、モヤシの事だけど」
フロリーナがフッと視線を向けるとエレインはボウッと階段を見つめており、
「・・・エレインさん?」
再度呼びかけられハッと背筋を伸ばすエレイン、
「お疲れなの?」
フィロメナが心配そうにエレインを伺う、
「いえいえ、大丈夫です、申し訳ありませんわ」
慌てて取り繕うエレイン、
「そっ、ならいいけど、モヤシなんですけどね、どうかしら、王都の孤児院で栽培できないかと思って・・・」
ジッとエレインを見つめるフロリーナ、モヤシに関してはマルルースから聞き及んではいたが実際に食したのは今日が初めてで、これは確かに新しい食材だと認識し、さらには一年を通じて採取できるとも聞いている、となれば孤児院の安定した収入源にならないものかとマルルースは考え、フィロメナもそれは大事だなと理解を示していた、孤児院はどうしても予算が窮乏している、各貴族やマルルースからの援助は勿論あるが、それだけに頼っていてはいけないとフィロメナもマルルースも考えており、ある程度の年齢になった孤児達には職業訓練も兼ねて積極的に職人見習いやメイド見習いとして稼がせてはいるが、それであってもどうしても足元を見られてしまっており、大変な薄給で扱き使われる事が多く、歯がゆい思いをする事が多かった、
「モヤシですか?」
エレインはキョトンと問い返す、どこをどうしたらモヤシの話しになるのかまるで頭がついていっていなかった、
「そうよ、マルルース様にお話しを伺ってね、街中でも大量に栽培できると聞いてましてね、であれば孤児院の収入に出来ればと思ったの」
「まぁ・・・それは大変宜しいかと思います」
エレインは素直に目を丸くした、ん?と首を傾げてしまうフィロメナとフロリーナ、
「・・・大事な秘密と伺ってますわよ」
フィロメナが眉を顰めてエレインを見つめると、
「あっ・・・そうですね、確かに、我が商会の大切な秘事ではあります」
エレインはそういう風に聞いていたのかとすぐに察した、確かに王族にはそのように伝えており、マルルースにもそう説明した記憶がある、
「ですが、孤児院の経営も難しいと伺っております、お力になれれば嬉しく思いますが・・・」
やっと頭が回りだすエレインであった、モヤシの栽培自体は難しくはない、懸念があるとすれば温度管理であろうか、モヤシの育成の為にタロウや研究所の力を借り、さらには地下室を仕切ってもいる、さてあの大袈裟にも感じる仕掛けが王都の孤児院で用意できるかとなると難しいように思えた、そこで、
「・・・そうですね・・・実際に見て頂ければと思います、少々手の込んだ施設になっておりまして・・・あっ、モヤシもですが、パスタも製造しておりますので」
「パスタ?」
フィロメナとフロリーナが同時に首を傾げた、
「はい、本日は甘味と油料理が中心でしたので御提供は見送ったのですが、大変に美味しい食材となります、もしモヤシを作れる環境を整えられればそちらの製造も可能かと思います、なので・・・そうですね、実際に見て頂くのが一番かと思いますわ」
エレインがどうかしらと二人を伺い、エルマもそれが良いわねと頷いた、
「・・・いいのかしら?」
「勿論です」
そこまでは考えていなかったとフィロメナとフロリーナは顔を見合わせるもエレインは今にも腰を浮かせようかといった勢いで、単にマリエッテの顔を見たいだけであったりするが、どうせだったらマリアやイージスにも見せたいな等と考えてしまうエレインである、
「ですね、中々に興味深いかと思います」
エルマも二人にそう勧める、
「幼児教育についてはまた後日ゆっくりと、お二方だけでは難しい事もあるかと思いますし、私も王都出身ですから、治療が一段落したら一度戻ろうかと思っておりました」
「あら・・・ではその時でもいいかしら?」
「そうね、あっ、治療の方はどうなの?王都でも騒ぎになっているみたいよ、あれもエルマさんなのよね?」
「はい、大元は私ですがタロウさんやソフィアさんのお力であります」
「それは聞いているけど・・・まぁいいわ、一つ一つ対応しないと」
「そうね、こんがらがってしまうわね」
「ですね、さっ、どうぞ」
エレインが居ても立っても居られないとばかりに腰を上げ、何もそんなに急ぐ必要もなかろうにと老姉妹も腰を上げる、エルマもここは付き合うべきねとテーブル上の木簡を集めて乱雑に革袋に突っ込むと、四人は連れ立って階段を下りるのであった。
「これでいいのー?」
「んー、まぁ合格じゃな」
「良かったー」
「ミナのはー」
「今一つじゃ」
「うー、レイン厳しー」
「ふふん、ミナは途中から雑になるのう、最初の方だけキッチリ折れているな」
「ブー、だってー」
「だってもなにも無いぞ、最後までしっかり折るのが大事じゃ」
「うー、でもー」
「なんじゃ?」
「ちゃんと折ってるー」
「折ってない」
レインがビシリとミナを叱りつけ、ブーブーと頬を膨らませるミナ、レインはすっかり折り紙の講師となってしまっている、それも中々に堂に入った様子で、エルマは大したもんだわねーと素直に感心していた、子供達の扱いが大変に上手いのである、歳が近い事もあろうがなだめすかす事は無く、強く叱る事も無い、子供達は素直にレインの言う事を聞き、頼りにもしているようで、エルマは下手に口を出す必要はないようだとすっかり任せてしまっていた、そこへ、
「ミナちゃんいるー?」
階段から明るい声が響く、バッと顔を上げるミナ、
「ユラ様だー」
スッと姿を表したウルジュラにダッと駆け出すミナ、あー貴族のお姫様だーと子供達も嬉しそうに顔を明るくし、エルマもここはと席を立つ、ウルジュラに続いてレアンとマルヘリートも顔を出し、そして、
「失礼します」
とイージスが妙に畏まって一礼し、乳母とマリエッテ、マリアも続いていた、
「わっ、イージス君だー、マリエッテちゃんだー」
ミナはすぐに二人に駆け寄り、わっ、赤ちゃんだと目を輝かせてしまう女児達、対してブロースは紙飛行機を飛ばせなくなってムゥと唸って顔を顰めている、さらに、
「あら、そっか、従業員の子供さん達ね」
「あら可愛い、皆さん寒くない?」
フィロメナとフロリーナが顔を出し、エレインが最後のようである、
「わっ、えっと、誰だっけー」
ミナがフィロメナとフロリーナを見上げ、こら、フィロメナさんとフロリーナさんよとエレインが嗜めると、
「フィロ姉?」
三姉妹が同時に首を傾げ、
「フィロネェ?」
フィロメナが不思議そうに首を傾げる、
「あっ、彼女達のお姉さんもフィロメナさんなんですよ」
エレインがニコリと微笑む、
「あらっ、そういう事・・・フフッ、でも姉なんて呼ばれた事無かったから嬉しいわ」
フィロメナが優しく三姉妹に微笑むと、エヘヘーと笑い返す子供達、そこへなんか騒がしくなったなとソフィアが厨房から顔を出し、お久しぶりねと姦しくなる食堂であった。
「なるほど、マルルース様の仰っていた通りのようね・・・」
「そのようね、パウロはどう言っているの?」
「パウロ?・・・」
「学園長よ」
「あっ、すいません、学園長とは直接の相談は一度か二度・・・したかしないかですね、ですが、ユーリ先生が報告されているようです、で、大変興味があるとの事で、ですが今はそれどころではない程に忙しくされているようでして・・・」
エレインが言葉を選んで答えると、
「もう、あのボンクラは、こんな大事な事を放っておくとは教育者失格ね」
ムッとフィロメナが顔を顰め、
「仕方ないわよ、ロキュスも急に忙しくなっちゃって、あっちだこっちだって駆け回ってるんだもの、それの原因もこっちにあるのよ、話したでしょ」
「それは聞いたけど、だって、あれは政治的な問題でしょ、教育者はある程度距離を置くべきだわ」
「そうもいかないのよ、昨日も聞いたけど、タロウさんがまた色々言い出したらしくてそれで余計に騒ぎになってるの、ロキュスも今日は朝から王城に走ったし・・・まぁ、暇しているよりかは数段に良い事だと思うけどね」
「ならいいじゃないの」
「だから、良いって言ってるでしょ、パウロはパウロで忙しいんじゃないのって事よ」
「・・・わかったわよ・・・」
ブスリと睨み合う老姉妹、エルマはマルルースから聞いていた通りの人物なのだなと黒いベールに隠れて小さく微笑んだ、喫茶店での饗応を切り上げたウルジュラ達はその勢いのままに転送陣を潜って寮へと雪崩れ込み、この二人は幼児教育の件で相談したいと言うエレインの誘いもあってこうして一緒についてきている、今食堂ではイージスとブロースが紙飛行機で競い合い、女性達は必死になって折り紙に向かっている、故にうるさくなるであろうとの事で会談の場所は二階で行われているのであるが、エレインはこの会談に集中しているようで出来ていない、マリエッテが気になってどうにも落ち着きが無く、そうだ、昨日のぬいぐるみで遊びたいとか、また新しい遊びのようだとか、なによりもマリエッテから離れたくないなと気もそぞろも良い所であったりするが、表面上はそれなりに取り繕っており、テーブルを囲むエルマもフィロメナもフロリーナもエレインの様子に気を取られる事は無いようであった、
「そうだ、少しばかり授業内容をまとめた資料があります、こちらが参考になればと思いますが、御意見も欲しいと考えておりました」
エルマが足元の革袋から木簡を取り出す、老姉妹はサッと目を通し、エッと目を丸くする、エルマはどんなもんだとばかりにほくそ笑んでしまうもその顔は見えていない事であろう、
「こんなに高度な事が出来るの?あの子達が?」
信じられないとフィロメナがエルマを見つめ、
「そうね、ベルメルの件は聞いていたけど・・・計算もそうなの?掛け算に割り算まであの子供達が?」
フロリーナも愕然と顔を上げた、
「はい、ですが、実際に教えて身に付いているのはまだミナちゃんだけですね、それもだいぶ前から教えられていた様子なので、厳密には私が教えた訳では無いです、なのでまだまだこれからと思いますが、タロウさんに教わった計算方式を採用しようと考えております、なので、格段に覚えやすいですし、分かりやすいものになっております」
「まぁ、計算方式?」
「はい、こちらになります」
さらに別の木簡を取り出すエルマ、それを頭を突き付けて覗き込む二人、
「・・・凄いわね・・・こんな計算方法があったなんて・・・」
「確かに楽そうね、とても合理的・・・」
「そうなんです、間違いも少ないと思います、全ての計算結果が次に続いている感じで、なので、子供達には三桁の足し算と引き算もやらせております」
「まぁ、出来るの?」
「はい、時間がかかりますしたどたどしいですけど、間違った所も一目で分かりますからね、それにみんな楽しそうに取り組んでおります」
「楽しそうに?」
「はい、私も意外だったのですが、お互いに競い合う事がどうやら楽しいらしいです、隣りの子に出来て私に出来ないってのが嫌なようで・・・」
「・・・その気持ちは分かるわねー」
「そうねー・・・フフッ、あなたもよく意地を張ってたわよね、子供の頃は・・・」
「何十年前の話しよ」
「かれこれ40?50?60かしら?」
「答えなくていいわよ」
ムッとフロリーナを睨むフィロメナ、フロリーナはフフッと鼻で笑い、
「でもそれが大事よね、孤児院でもね、作業をするとなると遊びを混ぜる感じにすると上手く行くのよね、分かる気がするわ」
「ですね、何事も楽しんで取り組めれば苦しくは無いものですし、改めて子供達から教わっております」
「そう・・・なるほどねー・・・マルルース様から聞いた時にはどうかしらと思ったけど、ここまでしっかりしたものになっているとは思っていなかったわね、エルマさん、是非協力させて下さらない?孤児院でもやらせてみたいわ」
フィロメナがスッと居住まいを正す、今日のこの会談もいつも通りに突発的なものであった、マルルースに誘われモニケンダムを訪れたのであるが、その道すがらマルルースから幼児教育について相談され、その場にはエレインも居た為、その詳細を聞くに至ってこれはと興味をそそられてしまった、フィロメナとしては学園長である夫の事も気にはなっていたが、そちらに顔を出すよりもこちらの方が有意義であったし、何よりこのエルマという女性をすっかり気に入ってしまった、マルルースからはかつて王族の家庭教師をしていた女性で、とある理由で顔を隠しているとだけ聞いている、エルマはエルマでこの老姉妹についてはマルルースからそういう者がいる程度でしか聞いておらず、会談の前にエレインが事情を説明し、それは嬉しいと笑顔になっていた、マルルースを間に挟んだ縁という形になっている、
「それは勿論です、是非御活用頂ければと思います、ですが、まだまだこれから内容を詰めていく必要があると思っておりますし、何より子供への教育には保護者の理解が必要と思います」
「それはそうね、でも孤児院では気にする必要はないわね」
「そうね・・・あっ、そうだ、エレインさん、モヤシの事だけど」
フロリーナがフッと視線を向けるとエレインはボウッと階段を見つめており、
「・・・エレインさん?」
再度呼びかけられハッと背筋を伸ばすエレイン、
「お疲れなの?」
フィロメナが心配そうにエレインを伺う、
「いえいえ、大丈夫です、申し訳ありませんわ」
慌てて取り繕うエレイン、
「そっ、ならいいけど、モヤシなんですけどね、どうかしら、王都の孤児院で栽培できないかと思って・・・」
ジッとエレインを見つめるフロリーナ、モヤシに関してはマルルースから聞き及んではいたが実際に食したのは今日が初めてで、これは確かに新しい食材だと認識し、さらには一年を通じて採取できるとも聞いている、となれば孤児院の安定した収入源にならないものかとマルルースは考え、フィロメナもそれは大事だなと理解を示していた、孤児院はどうしても予算が窮乏している、各貴族やマルルースからの援助は勿論あるが、それだけに頼っていてはいけないとフィロメナもマルルースも考えており、ある程度の年齢になった孤児達には職業訓練も兼ねて積極的に職人見習いやメイド見習いとして稼がせてはいるが、それであってもどうしても足元を見られてしまっており、大変な薄給で扱き使われる事が多く、歯がゆい思いをする事が多かった、
「モヤシですか?」
エレインはキョトンと問い返す、どこをどうしたらモヤシの話しになるのかまるで頭がついていっていなかった、
「そうよ、マルルース様にお話しを伺ってね、街中でも大量に栽培できると聞いてましてね、であれば孤児院の収入に出来ればと思ったの」
「まぁ・・・それは大変宜しいかと思います」
エレインは素直に目を丸くした、ん?と首を傾げてしまうフィロメナとフロリーナ、
「・・・大事な秘密と伺ってますわよ」
フィロメナが眉を顰めてエレインを見つめると、
「あっ・・・そうですね、確かに、我が商会の大切な秘事ではあります」
エレインはそういう風に聞いていたのかとすぐに察した、確かに王族にはそのように伝えており、マルルースにもそう説明した記憶がある、
「ですが、孤児院の経営も難しいと伺っております、お力になれれば嬉しく思いますが・・・」
やっと頭が回りだすエレインであった、モヤシの栽培自体は難しくはない、懸念があるとすれば温度管理であろうか、モヤシの育成の為にタロウや研究所の力を借り、さらには地下室を仕切ってもいる、さてあの大袈裟にも感じる仕掛けが王都の孤児院で用意できるかとなると難しいように思えた、そこで、
「・・・そうですね・・・実際に見て頂ければと思います、少々手の込んだ施設になっておりまして・・・あっ、モヤシもですが、パスタも製造しておりますので」
「パスタ?」
フィロメナとフロリーナが同時に首を傾げた、
「はい、本日は甘味と油料理が中心でしたので御提供は見送ったのですが、大変に美味しい食材となります、もしモヤシを作れる環境を整えられればそちらの製造も可能かと思います、なので・・・そうですね、実際に見て頂くのが一番かと思いますわ」
エレインがどうかしらと二人を伺い、エルマもそれが良いわねと頷いた、
「・・・いいのかしら?」
「勿論です」
そこまでは考えていなかったとフィロメナとフロリーナは顔を見合わせるもエレインは今にも腰を浮かせようかといった勢いで、単にマリエッテの顔を見たいだけであったりするが、どうせだったらマリアやイージスにも見せたいな等と考えてしまうエレインである、
「ですね、中々に興味深いかと思います」
エルマも二人にそう勧める、
「幼児教育についてはまた後日ゆっくりと、お二方だけでは難しい事もあるかと思いますし、私も王都出身ですから、治療が一段落したら一度戻ろうかと思っておりました」
「あら・・・ではその時でもいいかしら?」
「そうね、あっ、治療の方はどうなの?王都でも騒ぎになっているみたいよ、あれもエルマさんなのよね?」
「はい、大元は私ですがタロウさんやソフィアさんのお力であります」
「それは聞いているけど・・・まぁいいわ、一つ一つ対応しないと」
「そうね、こんがらがってしまうわね」
「ですね、さっ、どうぞ」
エレインが居ても立っても居られないとばかりに腰を上げ、何もそんなに急ぐ必要もなかろうにと老姉妹も腰を上げる、エルマもここは付き合うべきねとテーブル上の木簡を集めて乱雑に革袋に突っ込むと、四人は連れ立って階段を下りるのであった。
1
あなたにおすすめの小説
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
クラスで異世界召喚する前にスキルの検証に30年貰ってもいいですか?
ばふぉりん
ファンタジー
中学三年のある朝、突然教室が光だし、光が収まるとそこには女神様が!
「貴方達は異世界へと勇者召喚されましたが、そのままでは忍びないのでなんとか召喚に割り込みをかけあちらの世界にあった身体へ変換させると共にスキルを与えます。更に何か願いを叶えてあげましょう。これも召喚を止められなかった詫びとします」
「それでは女神様、どんなスキルかわからないまま行くのは不安なので検証期間を30年頂いてもよろしいですか?」
これはスキルを使いこなせないまま召喚された者と、使いこなし過ぎた者の異世界物語である。
<前作ラストで書いた(本当に描きたかったこと)をやってみようと思ったセルフスピンオフです!うまく行くかどうかはホント不安でしかありませんが、表現方法とか教えて頂けると幸いです>
注)本作品は横書きで書いており、顔文字も所々で顔を出してきますので、横読み?推奨です。
(読者様から縦書きだと顔文字が!という指摘を頂きましたので、注意書をと。ただ、表現たとして顔文字を出しているで、顔を出してた時には一通り読み終わった後で横書きで見て頂けると嬉しいです)
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる