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本編
75話 茶店にて その26
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それから若干微妙な雰囲気となる二階喫茶店であったが、タロウとテラが明るい口調となり、学園長もそれに合わせたようで、司法長官もなんとか笑顔を見せる程に機嫌を直したようだ、タロウは流石テラさんだなーと感心してしまった、相手が相手でもある、ここで不愉快な感情を残してはどのような悪影響が残るかも分からず、さりとて主であるエレインを守るのも重要と、笑顔を絶やさず率先して話題を提供する様子に、これはしっかりとした交渉術を身に付けていなければ出来ない芸当だなと感服し、学園長も司法長官もその掌の上で転がされた形になるのであるが、そう感じさせない所もまた最上級の技術である、テラさんが遊女であったら稼げるだろうな等とタロウは思うも、それは口にしないのが身の為だなと微笑んでいると、マンネルがゆっくりと階段を下りて来た、アッとすぐに気付いてテラが腰を上げ、会話が途切れた瞬間にケイランが茶を淹れ直す、
「そうだ、子爵様の郷里のお茶はどのようなものなのですか?」
タロウがニコリと新たな話題を提供した、ムッと司法長官は意外そうに目を丸くする、
「いや、すいません、茶の文化もまた面白いと思っておりましてね、学園長の博物学の本にも記載が無かったので、ですよね学園長?」
「おう、そうじゃな、これが盲点でな」
と学園長が楽しそうに後を継いだ、曰く、まずもって茶の文化、そのものは確かにあるなと気付いてはいたらしいが、それよりも若い頃は酒にしか興味が無く、日銭は全て酒とその肴に消えてしまったそうである、
「そりゃまた・・・酒は思考を鈍らせるぞ」
呆れて睨む司法長官に、
「いやいや、酒こそ賜りものですぞ、文化を知るに最も良い道具でもあります」
「道具とな?」
「はい、その地域に馴染み取り入る事、これには酒を使うのが上策、酔いに任せて楽しめばいつの間にやら誰彼の家にお邪魔して、気付けば朝となっている」
と懐かしそうに微笑む学園長、それはまたと司法長官が眉を顰める、タロウはここはそちらの方面に話題を振るべきかと思うも、テラが戻ってきて、マンネルは一礼して階下へ下りたようで、
「どうでした?」
タロウが一応とテラへ確認する、
「はい、会長は大丈夫ですね、上で子供達とお絵描きをしているそうです」
テラがやれやれと柔らかい笑みを浮かべた、
「そうか、それは良かった」
「うむ、申し訳なかったな」
老人二人がホッと安堵したようで、事務長もフーと一息ついたようだ、
「ですね、すいません、御心配をおかけ致しました」
「いや、謝罪するべきはこちらだな、せめて、先に内容を告げるべきであった」
「そのようじゃな、配慮が足りない・・・いや、これも悪い所だ、どうしてもな、この立場、この歳になるとされる事はあってもすることが無い、すると・・・どうにも傲慢で、かつ・・・なんと言うか・・・」
「横暴になるな」
「うむ、それじゃ」
「だな、いや、反省するべきは我々じゃ、すっかり興奮しておったのも悪い」
「貴様はそれほどでも無かろう」
「そうでもないぞ、朝から忙しかったのも宜しくない、何事も余裕が必要じゃ」
「確かに、儂の訪問を忘れる程であるからな」
「そうじゃ、そこからがケチの付き始めというやつだ」
ガッハッハと学園長が笑い、笑いごとで済ますつもりかと睨みつけるのは事務長である、司法長官はまぁそういう事もあろうと茶を煽り、
「うむ、では儂はここらでお暇しよう、しかし、これはどうするべきか・・・」
とムゥと眉を顰める、これとは脚本の事であろう、
「儂が預かって殿下にお届けしよう、数部あるのだったな?」
「うむ、残り4部じゃな、複写はさせているが完成した分全てを持って来ておる」
「充分じゃろ、お主よりも儂の方が連絡は取りやすい、クロノス様かイフナース様を経由して今日にも根回しをしておこう」
「そうか・・・では頼む」
と司法長官は従者に目配せし、従者はスッと席を立つと、革袋ごとお渡ししますと司法長官に断りを入れて学園長に手渡す、事務長とタロウ、テラはなんとか良い形で治まったようだと緊張を解いた、学園長が不機嫌になるのはいつもの事でなんとでもなるが、ローデヴェイクに関しては付き合いそのものが薄い、その立場もあって会いたいと思っても会える相手ではないし、何よりその性格が分からない、どうやら学園長程度には柔軟で貴族らしさも薄い人物であるが、それはこの場、この雰囲気、学園長を伴っているからこそそうしているだけかもしれず、本来はガチガチに固い人物の筈で、そうでなければ法の番人として王都から遠くこのモニケンダムまで派遣される事は無く、まして領主であるカラミッドからの信頼も厚いと聞いている、ほぼほぼ敵地となるこの地にあって信頼され頼りにされているとなれば、やはり一流の人格者でありその道の熟練者なのであろう、それだけの人物であれば話せば分かるとタロウは思うが、そうでない場合もまた多く、学園長と司法長官が共に言っていた傲慢で横暴になってしまう権力者の方が多いのが現実なのだ、司法長官がもし本質的に後者に分類される権威主義者であったとしたら後からどのような難癖をつけられるかも分からず、相手が司法長官となれば正規の手段で訴える事も難しくなる、これは何気に大ピンチだったのかもなとタロウは背筋を寒くするが、二人のあの調子のまま進めたとすればエレインがぶっ倒れかねず、となれば今度はパトリシアや王妃が何を言い出すのかも分からない、まぁ、何かあったら俺の首でも差し出せばなんとなるかな・・・いや、ならないし、第一俺には何の責もないよな等と適当な事を考えていると、
「では、テラ殿、エレイン嬢に謝罪の言葉を言付けたい、急な話しで申し訳なかったと、それとだが・・・」
司法長官がスッと席を立ち、慌ててテラも腰を上げた、
「また来ても良いかな?ここは平民の店であろうが、儂が来てもこの茶を供して頂けるものなのか?」
先程まで手にしていた湯呑に視線を落とす司法長官、
「はい、勿論です、正式に開店しますのは明後日以降となります」
「そうか、ではまたお邪魔するとしよう、その時は静かに楽しむでな、よしなに頼む」
ニコリと微笑む司法長官に、ありがとうございますと頭を垂れるテラ、事務長と学園長が席を立ち、アッと思ってタロウも腰を上げる、
「堅苦しくするでないと言ったであろう、では、学園長、連絡を待つ、頼むぞ」
司法長官はそう言い置いてそそくさと階段へ向かった、従者がペコリと一礼しその後を追う、一同がホッと一息ついた瞬間、
「あら、カロス先生どうしたんですかー」
「むお・・・何じゃ・・・なっ、フィロメナか、何だその顔は・・・その髪も・・・」
司法長官の大声と、それをかき消すカラカラとした明るい女性の嬌声、エッと一同が階段を見つめ、これはとマフダがダダッと階段へ駆け出した、
「もう、最近来てくれないじゃないですかー」
「忙しいと聞いておるぞ」
「そうですけどー、だって、先生が来てくれないと寂しいしー、ねー」
「そうだよー、どうしたの?先生もエレインさんとお知り合いなの?」
「あっ、そうだ、ほら、晩餐会の時に一緒だったー」
「あー、そうだそうだ、こっち全然見ないんだもん、失礼しちゃうー、とっておきのドレスだったのよー、ちゃんとまだ見てないでしょー」
「待て、大声を出すでない」
「なによー、恥ずかしいのー」
「いや、そういう問題では無いのだ」
「もう、あっ、マフダー、来たよー」
ギャンギャンと階下から響く黄色い声、あーこれはソフィアに頼んで下の音も遮断してもらうべきだったと苦笑するテラであった。
そうして正午を過ぎる頃合いでフィロメナら遊女軍団が顔を出したようで、テラが階下に下りると、
「絵師さんだー、良かったー、また描いてほしかったのー、どうこの化粧?変えたんだよー」
「だねー、ほら、髪も変えたのー、前の肖像画と全然違っちゃってー」
「あっ、ドレス着てくれば良かったー」
「そだねー、あれで描いて欲しー」
「今から戻って間に合うかなー」
「無理でしょー」
「コラー、ニコ先生が困ってるでしょー」
ニコリーネを囲む遊女達と、顔を真っ赤にしているマフダ、玄関先から逃げるように飛び出すローデヴェイクとその従者、ティルは楽しそうな笑顔であったが、フェナとマンネルはどうしたことだと茫然としている、
「皆さん、ようこそいらっしゃいました」
柔らかく微笑むテラに、
「あっ、すいません、騒がしくて」
フィロメナとヒセラがニコリと微笑み、若干離れた所でレネイもペコリと頭を下げる、
「騒がしいって分かってるなら自重しろー」
ムーとマフダが姉達を睨みつけるも、
「あんたが一番うるさいじゃん」
「そだよー、静かにしなー」
「迷惑じゃんねー」
当然のように反撃が飛び交い、ムグーと悔しそうに睨み返すマフダである、
「もう、困ります、うちの大事な職人さんを虐めては、こんなに可愛いのに」
ニコニコとテラがマフダの頭に手を置いた、エッとマフダが見上げるも、その顔は意地悪く歪んでいる、アッこれはとマフダは頬を引きつらせた、
「大丈夫です、家では可愛がってますからー」
「そうですよー」
「ねー」
「あれは可愛がってるって言うの?」
「知らなーい」
いつにもましてお茶らける姉達と、どうやら味方になったと見せかけてマフダをからかおうとしているテラ、マフダはムギャーと大声を上げるも、
「ほら、うるさい」
「もう、静かにしてよ、恥ずかしい」
「だねー、一緒にされたら迷惑だわー」
と軽くあしらわれる始末、ムーとマフダが睨みつけるもどこ吹く風と、
「テラさん、開店おめでとうございます」
フィロメナがやっと背筋を正して頭を垂れる、他の姉達もそれに倣ったようで一瞬で静まり返る店内に、フェナはエッと驚き、マンネルもなにがなんだかと混乱しているようで、
「ありがとうございます、さっ、こちらへ、おもてなしの品がありますので、是非御賞味下さい、それと、どうでしょう、店内の設備の見学もされますか?」
「そうですね、マフダから聞いてました、ガラス窓とか水道とか、そうだ、ノール達も来てます?」
「はい、教室で他の子達と一緒ですね、あっ、是非教室も見て下さい、御家族としては気になるでしょ」
「そうですね、教室も聞いておりました、ありがとうございます」
テラが先に立ちカウンターテーブルへ向かったようで、素直にゾロゾロと従う遊女達、一人残されたマフダがムフーとその背を睨みつけ、マフダさんも大変だなーとほほえむニコリーネであった。
「あっ、そういう事なんだ・・・」
フェナがやっと理解できたようで、
「へー、そう言えば聞いてたね、でも、すごいな、びっくりした・・・」
マンネルも思わず呟く、
「ですよねー、でも、皆さん良い人達ですよ、遊女さんてもっとこう、キツイのかなーって思ってましたけど、全然ですねー」
ティルがニコニコと微笑む、
「そうなんですよ、マフダさんはキーキー言ってますけどね」
ニコリーネも同意のようで、
「あー、分かるかなー」
「うん、そうなるだろうねー、マフダさんにしたら気が気じゃないって感じかなー」
「でしょうねー」
ウンウンと頷くティルとマンネル、遊女一行はテラの案内で二階へ上がり、マフダもプリプリと肩を怒らせついていったようである、恐らく監視役のつもりなのだろう、そしてフェナとマンネルはティルから事情を聞き、なるほどあれがと理解する、フェナもマンネルも父親とサビナから遊女達との付き合いは耳にしており、そりゃまた難儀な事だなーと少しばかり警戒していたのだが、その当の遊女達を実際に目にすれば、その印象は大きく違っていた、フェナは当然としてマンネルもその方面の遊びには疎い為、良い印象は無かったのである、それがすっかりと度肝を抜かれ、逆にそれが良かったのかもしれない、その知らずに固定化されていた印象は木っ端微塵に破壊され、面白いおねーさん達だと好転してしまっている、
「まぁほら、よく考えれば貴族様達をお客様として迎える人達ですからね、それなりの礼儀を身に付けてないと出来ないんですよ」
大人びた事を言うティルに、それもそうだと頷くニコリーネ、未だに貴族相手となると固まってしまう自分からしたら、遊女達が先程見せた切り替えの早さには感心してしまう、見習いたいと思うも、無理だなーと眺めてしまっていた、
「それもそうですね」
「そっかー・・・でも、確かに綺麗な人ばかりでしたねー」
ボヘーと階段を眺めてしまうマンネルに、
「あー、浮気だー」
「サビナさんに言ってやろー」
「これだから男はねー」
早速とからかわれ、それはだってさーと反論するも勝ち目が無いなと黙り込むマンネル、
「まぁ、そういう商売だしね」
「ですよねー、あっ、いらっしゃい」
そこへ、来客である、フェナがすぐに気付いて振り返った、サビナを先頭にカトカとゾーイの研究所組のようで、
「お待ちしてましたー」
明るい声で駆け出すフェナ、
「寒かったー」
早速グチってズズッと鼻を啜るカトカに、
「あんたはもう、フェナさんお邪魔しますねー」
サビナとゾーイは笑顔を見せるも、
「あっ、マンネルさんが浮気してましたー」
ティルが明るく叫び、ハッ?と目を丸くする三人、
「ちょ、ティルさん、ふざけ過ぎ」
フェナがそれは駄目だと慌てて窘め、当のマンネルはポカンとしてしまう、
「ありゃ、駄目ですか?」
「駄目ですよ、もう、ほら、暖かい所にどうぞ」
フェナが思いっきり顔を顰め、どういう事かと思いつつ、店内に入る研究所の三人であった。
「そうだ、子爵様の郷里のお茶はどのようなものなのですか?」
タロウがニコリと新たな話題を提供した、ムッと司法長官は意外そうに目を丸くする、
「いや、すいません、茶の文化もまた面白いと思っておりましてね、学園長の博物学の本にも記載が無かったので、ですよね学園長?」
「おう、そうじゃな、これが盲点でな」
と学園長が楽しそうに後を継いだ、曰く、まずもって茶の文化、そのものは確かにあるなと気付いてはいたらしいが、それよりも若い頃は酒にしか興味が無く、日銭は全て酒とその肴に消えてしまったそうである、
「そりゃまた・・・酒は思考を鈍らせるぞ」
呆れて睨む司法長官に、
「いやいや、酒こそ賜りものですぞ、文化を知るに最も良い道具でもあります」
「道具とな?」
「はい、その地域に馴染み取り入る事、これには酒を使うのが上策、酔いに任せて楽しめばいつの間にやら誰彼の家にお邪魔して、気付けば朝となっている」
と懐かしそうに微笑む学園長、それはまたと司法長官が眉を顰める、タロウはここはそちらの方面に話題を振るべきかと思うも、テラが戻ってきて、マンネルは一礼して階下へ下りたようで、
「どうでした?」
タロウが一応とテラへ確認する、
「はい、会長は大丈夫ですね、上で子供達とお絵描きをしているそうです」
テラがやれやれと柔らかい笑みを浮かべた、
「そうか、それは良かった」
「うむ、申し訳なかったな」
老人二人がホッと安堵したようで、事務長もフーと一息ついたようだ、
「ですね、すいません、御心配をおかけ致しました」
「いや、謝罪するべきはこちらだな、せめて、先に内容を告げるべきであった」
「そのようじゃな、配慮が足りない・・・いや、これも悪い所だ、どうしてもな、この立場、この歳になるとされる事はあってもすることが無い、すると・・・どうにも傲慢で、かつ・・・なんと言うか・・・」
「横暴になるな」
「うむ、それじゃ」
「だな、いや、反省するべきは我々じゃ、すっかり興奮しておったのも悪い」
「貴様はそれほどでも無かろう」
「そうでもないぞ、朝から忙しかったのも宜しくない、何事も余裕が必要じゃ」
「確かに、儂の訪問を忘れる程であるからな」
「そうじゃ、そこからがケチの付き始めというやつだ」
ガッハッハと学園長が笑い、笑いごとで済ますつもりかと睨みつけるのは事務長である、司法長官はまぁそういう事もあろうと茶を煽り、
「うむ、では儂はここらでお暇しよう、しかし、これはどうするべきか・・・」
とムゥと眉を顰める、これとは脚本の事であろう、
「儂が預かって殿下にお届けしよう、数部あるのだったな?」
「うむ、残り4部じゃな、複写はさせているが完成した分全てを持って来ておる」
「充分じゃろ、お主よりも儂の方が連絡は取りやすい、クロノス様かイフナース様を経由して今日にも根回しをしておこう」
「そうか・・・では頼む」
と司法長官は従者に目配せし、従者はスッと席を立つと、革袋ごとお渡ししますと司法長官に断りを入れて学園長に手渡す、事務長とタロウ、テラはなんとか良い形で治まったようだと緊張を解いた、学園長が不機嫌になるのはいつもの事でなんとでもなるが、ローデヴェイクに関しては付き合いそのものが薄い、その立場もあって会いたいと思っても会える相手ではないし、何よりその性格が分からない、どうやら学園長程度には柔軟で貴族らしさも薄い人物であるが、それはこの場、この雰囲気、学園長を伴っているからこそそうしているだけかもしれず、本来はガチガチに固い人物の筈で、そうでなければ法の番人として王都から遠くこのモニケンダムまで派遣される事は無く、まして領主であるカラミッドからの信頼も厚いと聞いている、ほぼほぼ敵地となるこの地にあって信頼され頼りにされているとなれば、やはり一流の人格者でありその道の熟練者なのであろう、それだけの人物であれば話せば分かるとタロウは思うが、そうでない場合もまた多く、学園長と司法長官が共に言っていた傲慢で横暴になってしまう権力者の方が多いのが現実なのだ、司法長官がもし本質的に後者に分類される権威主義者であったとしたら後からどのような難癖をつけられるかも分からず、相手が司法長官となれば正規の手段で訴える事も難しくなる、これは何気に大ピンチだったのかもなとタロウは背筋を寒くするが、二人のあの調子のまま進めたとすればエレインがぶっ倒れかねず、となれば今度はパトリシアや王妃が何を言い出すのかも分からない、まぁ、何かあったら俺の首でも差し出せばなんとなるかな・・・いや、ならないし、第一俺には何の責もないよな等と適当な事を考えていると、
「では、テラ殿、エレイン嬢に謝罪の言葉を言付けたい、急な話しで申し訳なかったと、それとだが・・・」
司法長官がスッと席を立ち、慌ててテラも腰を上げた、
「また来ても良いかな?ここは平民の店であろうが、儂が来てもこの茶を供して頂けるものなのか?」
先程まで手にしていた湯呑に視線を落とす司法長官、
「はい、勿論です、正式に開店しますのは明後日以降となります」
「そうか、ではまたお邪魔するとしよう、その時は静かに楽しむでな、よしなに頼む」
ニコリと微笑む司法長官に、ありがとうございますと頭を垂れるテラ、事務長と学園長が席を立ち、アッと思ってタロウも腰を上げる、
「堅苦しくするでないと言ったであろう、では、学園長、連絡を待つ、頼むぞ」
司法長官はそう言い置いてそそくさと階段へ向かった、従者がペコリと一礼しその後を追う、一同がホッと一息ついた瞬間、
「あら、カロス先生どうしたんですかー」
「むお・・・何じゃ・・・なっ、フィロメナか、何だその顔は・・・その髪も・・・」
司法長官の大声と、それをかき消すカラカラとした明るい女性の嬌声、エッと一同が階段を見つめ、これはとマフダがダダッと階段へ駆け出した、
「もう、最近来てくれないじゃないですかー」
「忙しいと聞いておるぞ」
「そうですけどー、だって、先生が来てくれないと寂しいしー、ねー」
「そうだよー、どうしたの?先生もエレインさんとお知り合いなの?」
「あっ、そうだ、ほら、晩餐会の時に一緒だったー」
「あー、そうだそうだ、こっち全然見ないんだもん、失礼しちゃうー、とっておきのドレスだったのよー、ちゃんとまだ見てないでしょー」
「待て、大声を出すでない」
「なによー、恥ずかしいのー」
「いや、そういう問題では無いのだ」
「もう、あっ、マフダー、来たよー」
ギャンギャンと階下から響く黄色い声、あーこれはソフィアに頼んで下の音も遮断してもらうべきだったと苦笑するテラであった。
そうして正午を過ぎる頃合いでフィロメナら遊女軍団が顔を出したようで、テラが階下に下りると、
「絵師さんだー、良かったー、また描いてほしかったのー、どうこの化粧?変えたんだよー」
「だねー、ほら、髪も変えたのー、前の肖像画と全然違っちゃってー」
「あっ、ドレス着てくれば良かったー」
「そだねー、あれで描いて欲しー」
「今から戻って間に合うかなー」
「無理でしょー」
「コラー、ニコ先生が困ってるでしょー」
ニコリーネを囲む遊女達と、顔を真っ赤にしているマフダ、玄関先から逃げるように飛び出すローデヴェイクとその従者、ティルは楽しそうな笑顔であったが、フェナとマンネルはどうしたことだと茫然としている、
「皆さん、ようこそいらっしゃいました」
柔らかく微笑むテラに、
「あっ、すいません、騒がしくて」
フィロメナとヒセラがニコリと微笑み、若干離れた所でレネイもペコリと頭を下げる、
「騒がしいって分かってるなら自重しろー」
ムーとマフダが姉達を睨みつけるも、
「あんたが一番うるさいじゃん」
「そだよー、静かにしなー」
「迷惑じゃんねー」
当然のように反撃が飛び交い、ムグーと悔しそうに睨み返すマフダである、
「もう、困ります、うちの大事な職人さんを虐めては、こんなに可愛いのに」
ニコニコとテラがマフダの頭に手を置いた、エッとマフダが見上げるも、その顔は意地悪く歪んでいる、アッこれはとマフダは頬を引きつらせた、
「大丈夫です、家では可愛がってますからー」
「そうですよー」
「ねー」
「あれは可愛がってるって言うの?」
「知らなーい」
いつにもましてお茶らける姉達と、どうやら味方になったと見せかけてマフダをからかおうとしているテラ、マフダはムギャーと大声を上げるも、
「ほら、うるさい」
「もう、静かにしてよ、恥ずかしい」
「だねー、一緒にされたら迷惑だわー」
と軽くあしらわれる始末、ムーとマフダが睨みつけるもどこ吹く風と、
「テラさん、開店おめでとうございます」
フィロメナがやっと背筋を正して頭を垂れる、他の姉達もそれに倣ったようで一瞬で静まり返る店内に、フェナはエッと驚き、マンネルもなにがなんだかと混乱しているようで、
「ありがとうございます、さっ、こちらへ、おもてなしの品がありますので、是非御賞味下さい、それと、どうでしょう、店内の設備の見学もされますか?」
「そうですね、マフダから聞いてました、ガラス窓とか水道とか、そうだ、ノール達も来てます?」
「はい、教室で他の子達と一緒ですね、あっ、是非教室も見て下さい、御家族としては気になるでしょ」
「そうですね、教室も聞いておりました、ありがとうございます」
テラが先に立ちカウンターテーブルへ向かったようで、素直にゾロゾロと従う遊女達、一人残されたマフダがムフーとその背を睨みつけ、マフダさんも大変だなーとほほえむニコリーネであった。
「あっ、そういう事なんだ・・・」
フェナがやっと理解できたようで、
「へー、そう言えば聞いてたね、でも、すごいな、びっくりした・・・」
マンネルも思わず呟く、
「ですよねー、でも、皆さん良い人達ですよ、遊女さんてもっとこう、キツイのかなーって思ってましたけど、全然ですねー」
ティルがニコニコと微笑む、
「そうなんですよ、マフダさんはキーキー言ってますけどね」
ニコリーネも同意のようで、
「あー、分かるかなー」
「うん、そうなるだろうねー、マフダさんにしたら気が気じゃないって感じかなー」
「でしょうねー」
ウンウンと頷くティルとマンネル、遊女一行はテラの案内で二階へ上がり、マフダもプリプリと肩を怒らせついていったようである、恐らく監視役のつもりなのだろう、そしてフェナとマンネルはティルから事情を聞き、なるほどあれがと理解する、フェナもマンネルも父親とサビナから遊女達との付き合いは耳にしており、そりゃまた難儀な事だなーと少しばかり警戒していたのだが、その当の遊女達を実際に目にすれば、その印象は大きく違っていた、フェナは当然としてマンネルもその方面の遊びには疎い為、良い印象は無かったのである、それがすっかりと度肝を抜かれ、逆にそれが良かったのかもしれない、その知らずに固定化されていた印象は木っ端微塵に破壊され、面白いおねーさん達だと好転してしまっている、
「まぁほら、よく考えれば貴族様達をお客様として迎える人達ですからね、それなりの礼儀を身に付けてないと出来ないんですよ」
大人びた事を言うティルに、それもそうだと頷くニコリーネ、未だに貴族相手となると固まってしまう自分からしたら、遊女達が先程見せた切り替えの早さには感心してしまう、見習いたいと思うも、無理だなーと眺めてしまっていた、
「それもそうですね」
「そっかー・・・でも、確かに綺麗な人ばかりでしたねー」
ボヘーと階段を眺めてしまうマンネルに、
「あー、浮気だー」
「サビナさんに言ってやろー」
「これだから男はねー」
早速とからかわれ、それはだってさーと反論するも勝ち目が無いなと黙り込むマンネル、
「まぁ、そういう商売だしね」
「ですよねー、あっ、いらっしゃい」
そこへ、来客である、フェナがすぐに気付いて振り返った、サビナを先頭にカトカとゾーイの研究所組のようで、
「お待ちしてましたー」
明るい声で駆け出すフェナ、
「寒かったー」
早速グチってズズッと鼻を啜るカトカに、
「あんたはもう、フェナさんお邪魔しますねー」
サビナとゾーイは笑顔を見せるも、
「あっ、マンネルさんが浮気してましたー」
ティルが明るく叫び、ハッ?と目を丸くする三人、
「ちょ、ティルさん、ふざけ過ぎ」
フェナがそれは駄目だと慌てて窘め、当のマンネルはポカンとしてしまう、
「ありゃ、駄目ですか?」
「駄目ですよ、もう、ほら、暖かい所にどうぞ」
フェナが思いっきり顔を顰め、どういう事かと思いつつ、店内に入る研究所の三人であった。
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使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
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※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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