セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

今卓&

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76話 王家と公爵家 その37

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そこへ、

「お疲れー」

とタロウがフラリと階段から下りて来た、途端、

「タロー、ワンコ、ワンコの赤ちゃん、ワンコー、ニャンコじゃないのー、かしこいのー」

ミナがダダッとタロウに駆け寄り、ヘッ?とミナを抱き留めるタロウ、見ればソフィアとレインがニコニコと視線を落としており、その視線の先では、ペチョペチョと子犬がミルクを舐めている、

「ありゃ・・・どうしたの?」

「どうしたじゃないのー、ワンコー、かわいいのー、かしこいのー」

ミナがタロウの腕を強引に引っ張る、ハイハイとそれに従うタロウ、ソフィアが顔を上げ、

「今日は遅くなるんじゃないの?」

と柔らかい笑みである、

「ん、あぁ、勿論遅くなる、ちょっとエレインさんの事務所にね」

タロウは子犬を見つめたまま呟くように答え、

「・・・ワンコだね」

と続けた、

「そうなのー、ワンコなの、ワンコの赤ちゃん、えっとね、えっとね、ソフィアが行けって言って、三階に行ったらいたの、カトカが見せてくれたの、でねでね、ソフィアがね、お母さんがいないって言ってー、レインがね、マテっていったら、涎を垂らしてね、でねでね」

あった事をそのまま報告しようと喚き散らすミナ、タロウはわかったわかったとその頭を撫で付け、

「どしたの?」

とソフィアを見つめる、ソフィアがエルマが御礼代わりに連れて来たと適当に報告すると、

「御礼って・・・」

ストンとミナが座っていた場所に座り込むタロウ、ミナはその背におっかぶさり、

「見てー、かわいいのー、えっとね、ヨシって言ったら舐め始めたの、レインがねー、ミナよりも賢くなるぞって言ってたー」

「ありゃま、そりゃ賢いな」

ニコリと微笑むタロウ、レインがフンと鼻で笑ったようだがどこか得意そうである、

「そうなの、かしこいのー」

やっと通じたと満足そうに鼻息を荒くするミナ、どうやら言いたい事は言い尽くしたらしい、

「そっかー・・・へー・・・」

タロウがじっくりと子犬を見つめると、子犬はペロペロと皿を舐めあげ、もっと欲しいとばかりに顔を上げる、ミナはウフフーと微笑み、

「もっと、もっと飲む?」

優しく問いかけるも子犬はチョコンと座り直してキューンと一声鳴いたようで、

「かわいいー、ワンコかわいいー、ワンコなのにー、ワンコのくせにー」

ミナはタロウを乗り越えズドンと子犬の前に座り込む、キャンと逃げ出す子犬、おーよしよしと子犬を抱き上げるレイン、

「わっ、いいないいな」

「んー、なにがじゃー」

子犬を胸に抱いてその顔に頬を摺り寄せるレイン、くすぐったそうに身を捩じりレインの顔を舐める子犬、

「えー、ミナもー、ミナもー抱っこしたい」

「んー、どうじゃろうな、こやつ次第じゃなー」

「えー、ミナの方がいい、良いに決まってるー」

「なんだそれはー、どういう意味じゃー」

レインがまったくと微笑み、ソフィアとタロウもつられて微笑んでしまう、

「ムー、ミナもー、いいでしょー」

「仕方ないのう、ほれ、腕に尻を乗せるのじゃ、嫌がったらすぐに下ろすのだぞ」

レインがそっとミナに預ける、途端、子犬はクーンと鼻を鳴らしてミナの頬に鼻先を押し付けペロリと舐めた、

「わっ、舐めたー、また舐めたー、さっきも舐められたー」

「そうなのか?」

ニコニコと微笑むタロウ、

「うん、ちっさい舌ー、冷たいのー、ちっちゃいのー」

ミナが振り向きすぐに子犬へ視線を落とす、子犬はよっとばかりに前足をミナの胸元に踏ん張ってミナの顔を覗き込みペロペロと舐め始める、

「わっ、くすぐったい、つめたいー、濡れるー」

悲鳴を上げつつ楽しそうに笑うミナ、その間も腕はレインに教えられた通りに優しく子犬を抱き留めている、しかし徐々に姿勢を崩しコテンと床に寝ころんだ、丁度その頭がタロウの膝に乗っかり、子犬が今度はタロウの足へとピョンと飛び乗った、オワッと驚くタロウ、アーと残念そうなミナ、

「ふふっ、なんだー、ミナは猫派だと思ってたんだけどなー」

タロウがそっと手を伸ばすとその指先を嗅ぎつつ大きく尻尾を振る子犬、そのパタパタと動く尻尾がミナの額を叩き、

「ワッ、やめろー、パタパタするなー、気持ちいいー」

キャーと喚くミナ、どっちだよとタロウは微笑み、ソフィアもレインもフフッと見つめてしまう、

「んー・・・で、どうするんだ?」

タロウは指先で子犬をあやしつつ顔を上げた、

「ねー、どうしようかなーって、ほら、エルマさんもね、子犬でも怖がる人もいるから難しかったら引き上げますって事だったのよ、まぁ番犬代わりにはなるかもって感じかしらね」

ムッとソフィアを睨むレイン、ミナはもっとーと楽しそうにバタバタ蠢いてる、見ればわざわざ顔を上げてシッポに叩かれている様子で、

「そっかー、じゃ、生徒達に確認してからって事?」

「そうなるかしら」

「ん、了解、じゃ、任せるよ寮母さんに」

「そりゃそうでしょ」

「だねー」

さてとタロウは子犬を両手で抱き上げるとその顔を正面からマジマジと見つめ、ゆっくりと視線を落とすと、

「あー・・・女の子か」

残念そうに呟いた、

「そうみたいよー、エルマさんがね、女子寮だからって」

「そうなのー?女の子ー?」

ピョンと起き上がるミナ、

「そうだぞー、まーた、女の子が増えたねー」

「なによその言い草は」

「だってさー・・・まぁいいけど・・・ほれ、ミナ」

タロウがそのままズイッと子犬を押し付けるとミナはワタワタと子犬を受け取り、ンーとその頭に頬ずりする、

「ん、じゃ、そういう事で、あっ、でね、帰りは遅くなる、エレインさんとオリビアさんもかな?」

「あら、そうなの?」

「うん、領主様の食事会にね、エレインさんがお呼ばれしちゃってね、となるとほら、御付きの者もいないとだからってオリビアさんが巻き込まれるかなー」

「あー、そうなんだー、エレインさんも大変ねー」

「まずね、さて・・・あっ、ついでだ」

タロウは懐をまさぐってズロリと巨大な草に包まれた塊を取り出す、

「あらっ、お肉?」

「うん、ちょっとね、仕入れて来た、豚の肉だからちゃんと火を通してな」

「へー、嬉しいけど・・・今日はもう準備しちゃってるからなー・・・まっいいか、適当に焼いて放り込みましょう」

ソフィアが腰を上げ、

「ん、好きにすればいいよ」

タロウも腰を上げてソフィアに肉塊を渡す、

「あっ、なに?もしかして食事会とやらの準備?」

「そだねー、これとあと、モヤシとパスタ?」

「あー、それで事務所?」

「そういう事、エレインさんの代わりに取りに来たのさ、エレインさんも忙しいからね」

「そりゃアンタよりはね」

「まったくだ、じゃ、そういう事で」

タロウがさてと振り返り、しかしピタリと足を止め、

「・・・ミナ、その子どうするんだ?」

フト湧いた疑問を口にしつつ振り返る、

「えっとー、えっとー」

ミナは子犬の前足を手にしその顔を覗き込んでおり、パッと顔を上げると、

「お母さんを探すの、それと兄弟もー」

エッとミナを見つめるタロウ、アチャーと苦笑し俯くソフィア、おいおいと顔を顰めるレインであった。



その頃領主邸、応接室となる部屋にアンネリーンとユスティーナ、マルヘリートがゆっくりと腰を落ち着けていた、

「すっかり歩かされたわね」

アンネリーンがフーと大きく溜息を吐く、しかしその言葉とは裏腹に表情は柔らかく温かい、

「そうですね」

ニコリと微笑み返すユスティーナ、マルヘリートも無言であったが過度に緊張はしていないようであった、なにしろマルヘリートも少しばかり歩き疲れてしまっていた、それ以上にアンネリーンを迎える為に緊張し、無駄に体力を消耗している、身体のあちこちが今更になって妙に凝り固まっているように思う、つまりそれだけ精神的にも肉体的にも緊張していたという事なのだろう、

「で、食事会はそんなに良いものになるの?」

ニコリと微笑むアンネリーン、ユスティーナはそれはもうと微笑み、

「タロウさんとエレインさんが何やらコソコソとやっておりましたから、きっと素晴らしい食事になると思いますよ」

「そう・・・」

アンネリーンがフウと木窓から覗く曇天を見つめる、室内は暖炉で薪が焚かれ温かく、あくまで換気の為と薄く開かれており、蝋燭を灯すにはまだ早いと感じる頃合いで薄暗かった、しかし、それが当然である、今日はすっかり振り回されてしまったとボウっと考え、アッとユスティーナを見つめると、

「あの男は一体何者なのかしら・・・」

当然の疑問を口にした、学園で医療基地なるものを視察し、ヘルデル軍、モニケンダム軍双方の上級医官であろう男達が慌てる中、タロウが先に立って医官達に説明し、そういう事であればと一行を歓迎する事になったらしい、どちらの軍としても突然の事であり、また貴族の、それも組織の最高責任者である公爵と伯爵の夫人と子供達がわざわざ足を運んだとなれば、これは大事と改めて色めき立ってしまい、逆に王国軍の医官達はどういう事だと白けていたのであるが、こちらはこちらでタロウがなにやら話したようで、なるほどそういう事もあるであろうとそっちはそっちでヘルデル軍とモニケンダム軍に協力し始めたようである、同行した従者は本当に突然の事であったのかと鼻白むもタロウと学園長は現場そのものを見なければ視察にはならないし、事前に連絡したところで見るべきものは変わらないと実に現実的な事を口にする、そうかもしれないと納得するアンネリーンとユスティーナである、而して医官の案内によって講堂であったというその巨大な建物内に並べられた寝台やら治療器具、果てはやっと使えるようになりましたと学園長が嬉しそうに説明する水道管と湯沸し器等を視察し、アンネリーンとユスティーナは医官達の労力を労うと、医官達は皆一様に頭を下げて感謝の言葉を返している、突然の事であり少しばかりの混乱もあったが、よく考えなくてもこの視察は大変に名誉な事であった、特に軍の花形はどうしても前線に立つ兵士達であり、医官や事務官は裏方となってしまう、無論クンラートやカラミッドらからは需要な役目であるとその価値を認められてはいるが、こうしてその御夫人達から直接褒められる事は初めての事かもしれなかった、

「そう・・・ですね・・・」

ユスティーナがこれは困ったとマルヘリートを伺い、マルヘリートもウーンと大きく首を傾げる、二人にしてもソフィアの夫でありミナの父親で、やたらと知識の広い便利な男程度の認識である、その便利の度合いが破格であるし、特に美容やら服飾やら、料理に関しても、あの男の右に出る者はいないように思う、単にその方面での付き合いが深く、また強く印象に残っている為であった、

「・・・まぁ、カラミッド様も・・・私もなのですが、信頼に足る者であるとは・・・言えるかと思います」

若干不安そうに答えるユスティーナ、マルヘリートもコクコクと頷くしかないようで、

「そう・・・」

「はい、先程もリシャルトと何やら打合せをしておりましたし、あのリシャルトが認めたとなれば・・・大丈夫かと・・・」

「そのようだったわね・・・」

んーと斜めを見上げるアンネリーン、アンネリーンもリシャルトその人の事は良く知っている、大戦中もカラミッドに代わりヘルデルとの連絡役となっており、内政を預かっていたアンネリーンも数度直接会っている、その事務処理能力も高く評価しているが、何より伯爵家のみならず公爵家への忠誠が厚い人物で、ヘルデルの窮乏にも出来る限り協力してもらっていた、当時は避難民の問題もありヘルデル域内も食糧事情が厳しくその面での下支えはモニケンダムはもとより配下の貴族達に頼り切ってしまったものである、

「はい、まぁ、カラミッド様と公爵様の指示であると先程リシャルトも申しておりました、であれば、取り合えず・・・と思いますが・・・それにしても・・・」

フーと呆れて微笑むユスティーナ、マルヘリートも苦笑してしまう、

「そうね、まぁいいわ」

アンネリーンがさてどうしたものかと視線を戻す、食事会まで暫しお待ちをとこの部屋に通され、疲れもあってこうして落ち着いてはいるが、今日は朝から驚く事ばかりであった、呼び出されてのこのこと顔を出してみれば、ガラス鏡に転送陣、はてはエレインにキッサ店、そして演劇の脚本に学園である、すっかり騙されたと感じた焦燥感もイラつきも霧散してしまい、心の底から充実感に満たされている、ここ数年まず無かった事であった、

「・・・そうだ、あのエレインさんの手記、あれの複写があるという事だったけど・・・」

「はい、レアンが持って来るとの事です」

「そう、申し訳ないわね」

「構いません、レアンはあれをもう数回読み込んだらしくて、逆にそんなものを差し上げるのは申し訳ないと感じます」

「こちらこそ申し訳ないわよ、でも、冷静に考えればたかが実家への報告書なのよね、それをまとめただけなのに、あれほど興味深いとは思わなかったわ」

「ですね、私もそう思います、オリビアさんの文才かと思います」

「オリビア?」

「はい、エレインさんの従者ですね」

ニコリと微笑むユスティーナ、そのエレインはアンネリーンの従者を半分連れてガラス鏡店に戻っている、即日納品できる商品の受け渡しの為で、それもあったわねとすっかり忘れていた事に微笑んでしまうアンネリーンとユスティーナであった、そしてユスティーナはついでだからとエレインを食事会に誘い、アンネリーンもそれは嬉しいと笑顔であった、エレインにしてみればとても断れる状況では無いし、伯爵家と公爵家の親睦の為の食事会とも昨日話しているのを聞いている、そのような場に自分が紛れるのはどうだろうかと考えるも、レアンもマルヘリートもそれはいいと笑顔で、アーレントとアンシェラももっと遊ぶとエレインに抱き着く始末、となればエレインが断る事は不可能で、食事会にはまだ時間がある為、仕事を終えたら戻る事となってしまった、さらにライニールがそういう事であれば従者を連れて来るようにとコッソリと助言してくれた、そういえばそうだと目を丸くするエレインに、フフッと微笑むライニールであった、

「あー・・・言ってたわね、フフッ、不思議なものね、あれかしらエレインさんの周りには優秀な人が集まるのかしら?」

「そのようですね、エレインさん自身も素晴らしい人ですが、その周りの娘さん達も皆好人物ですよ」

「そうなの?ちゃんと会ってみたいわね」

「そう思われますか?」

「そりゃもう・・・全員まとめてヘルデルに引き連れて行きたい気分だわ」

ニコリと微笑むアンネリーンに、それは勘弁して下さいと笑顔で返すユスティーナ、マルヘリートもそうかもなーと無言で微笑んでしまうのであった。
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