セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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77話 路傍の神々 その23

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そうして騒がしくなるのは厨房となる、

「これでいいの?」

「おう、いいぞ、で、少し煮たら・・・あっ、レイン、砂時計あるか?」

「あるぞ」

「頼む」

「そんなに厳密に煮るの?」

「そうだねー、ソフィア君、料理はね、時間との闘いなのだよ」

「エラそーに何言ってるのよ」

「真理である、良いかな?料理の手法、これもまた厳密に見ていけば実に錬金術的な手法の塊なのだ」

「はいはい、分かったから、レイン、そうらしいわよ」

「しようがないのー」

レインが顔を顰めつつ食堂に走り、ソフィアとタロウの背後では、

「これしんどいわ・・・」

「がんばえー」

「めんどくさい・・・」

「ムー、ユーリ、がんばえー、ほら、ハナコもがんばえーって」

ハナコを抱いたミナが椅子に上って心配そうにユーリの手元を見つめている、

「だから、それを言うならがんばれでしょ」

「いいのー、がんばえー、美味しいんだぞー、タロウが言ってたー、ハナコも食べたいって言ってるー」

「そうかしら?」

手を止めたユーリがハナコを覗き込むも、ハナコはヘッヘッと舌を出して不思議そうにすり鉢とユーリを見比べているだけである、ハナコが賢い事はユーリも理解しているが、流石に理解が及ばないであろうなとそのつぶらな瞳に首を傾げてしまった、

「そうなのー、ねー」

ミナがハナコに覆い被さるように問いかけるとハナコはミナの鼻をペロリと舐めた、

「ほらー、ハナコもそうだよーって言ってるー」

「・・・まぁ、いいけども・・・でも、だってさ、これ大豆を粉にしているだけよ、大したもんじゃないでしょ」

やれやれと作業を再会するユーリ、タロウに率いられ厨房に入ってまず手を着けたのが大豆の焙煎であった、生徒達の分も考え大量に大豆を炒り、さらにそれを粉にするという、これはソフィアも初めての事らしく、それでどうなるものかとソフィアとユーリは首を傾げてしまうも、タロウは絶対に旨いぞと得意顔で、ミナはもう手がつけられないほどの興奮状態となっており、ソフィアとユーリは仕方ないからやるかとなった、しかしこの粉にする作業がまたやたらとめんどくさい、炒った大豆は中々に固く、砕けるのは砕けるのであるが、そこからさらに粉にするとなるととんでもない手間であった、これなら掃除を終えた三階でゆっくりしていた方が良かったと心の底から後悔するユーリである、そしてその背後をレインが駆け戻ってきて、

「ほれ、砂時計じゃ、どれを使う?」

数本のそれをタロウに差し出す、

「おっ、ありがとう・・・んー、これだな、うん」

中型の砂時計を手にするタロウ、

「結構長いぞそれは」

「そだねー、まぁ、一回目の仕込みはこれで丁度いいと思う」

「一回目?」

「うん、で、お湯を抜いてからもう一回」

「随分手間のかかる豆だわね」

ムーと大鍋を見つめるソフィア、その鍋の中ではソフィアも初めて見る黒色の小振りな豆が今まさに沸騰する直前で、グラグラと底の方から沸き上がってきている、

「だね、で、完全に沸騰して少し煮たら火を落として蓋をする、で、この砂時計分くらい放置かな?」

「それでいいの?」

「うん、渋抜きってやつでね、これをやらないと柔らかくならないし、若干渋いらしい」

「へー・・・じゃ、下準備ってやつ?」

「そうなる、だから仕込み、この一手間がとっても大事なのだよ」

「はいはい、取り合えず煮ればいいのね」

「頼む」

ニヤリと微笑み鍋の隣りに砂時計を置くタロウ、鍋の豆は小豆である、これも放浪中に見つけた食材となり、これは嬉しいと大量に買い込んでいた、

「となるとあとは・・・」

さてどうしようかと振り返るタロウ、今日は年末、年越しであり、明日は新年、正月であった、タロウとしてはその新年こそ祝うべきものと習慣的に考えていたが、どうにも王国民は気にしていないようなのである、それは恐らく宗教的な観念が影響していた、各神殿は各々の祀る神を重要視しており、それは大変に結構なことであるが、その神に関わらない時節や記念日、祭事にはまるで無関心で、特に年が代わるこの数日間は節目とは捉えているが特別視しておらず、精々が主神を祀る程度となっている、であれば主神を祀る神殿が力を入れるかと思えばそれほどでもないらしい、別の月が主神が主役となる月であり、新年はそれに非ず、ただ神殿として何もしないのは寂しいという事で主神を持ち上げているだけらしい、それでいいのかなとタロウは思うも、恐らく季節的な問題もある、地方によっては雪の影響もあって祭りどころでは無く、当たり年となれば恐ろしい程に吹雪くらしい、このモニケンダムもデニス曰く年代わりには大雪が降ると言っており、実際に北ヘルデルは今日も荒天であった、こりゃ酷いなとタロウでさえ眉を顰め、クロノスは毎年の事だと平然としていた、

「あっ、どんなもん?」

ニヤリとタロウが問いかける、

「めんどい」

あっさりと答えるユーリ、

「それは聞いた」

ニヤリと返すタロウ、

「代わって」

「そのうちね、ほらー、半分も出来てないじゃない・・・」

ニヤーと口の端を上げるタロウ、

「ムッ・・・このー・・・」

ギリッとタロウを睨んですりこ木に力を籠めるユーリ、どうやらユーリにとってこの厨房は鬼門である、確か以前シロメンを捏ねさせられた事があった、その際にもあまりの慣れない重労働に辟易とさせられている、そして今日はこれである、安易に近寄った危機意識の低下を実感してしまうユーリであった、

「ガンバエー」

「キュウン」

ミナが応援し、ハナコが珍しくも鼻を鳴らす、タロウは思ず微笑むも、アッと気付いて、

「ミナ、あの白い砂糖どうした?」

と思い出した事をそのまま口にした、

「なにそれー」

ミナがサッと顔を上げる、

「ほれ、前にあげただろ?白い砂糖、全部食べたのか?」

エッと不思議そうにタロウを見つめるミナ、しかしすぐに、

「宝箱じゃな」

レインがタロウを見上げた、エッとタロウは目を丸くし、

「宝箱?あれを?」

「そうじゃ、なっ、ミナ?」

「えー、なんだっけー」

「これじゃから・・・お前がお宝だといって仕舞っておったろう、よせと言ったのに聞きもしない」

「ありゃま・・・」

タロウは絶句し、

「そりゃ駄目だわね」

ソフィアも苦笑する、

「腐ってない?大丈夫?」

とユーリも顔を上げた、

「どうかなー・・・まぁ、大丈夫と思うけど・・・んー、ミナ、持って来なさい」

「えー、なんでー」

「なんでって、料理に使うの、第一宝箱に食べ物を入れては駄目だ」

「えー・・・覚えてない・・・」

「しょうがないのう」

レインがジロリとミナを睨み、ムーと睨み返すミナ、しかし、

「あっ・・・入れてた・・・」

とどうやら思い出したらしい、

「ほらな」

「うー、でもー、タカラモノなのー、ミナのー」

と寂しそうにタロウを見上げる、

「はいはい、また買って来てやるから、折角だから使ってしまおう、使えたらだけどさ」

「えー・・・」

「えー、じゃない、持って来なさい」

メッとタロウはミナを叱り付け、ムーとミナは嫌々ながら椅子から下りた、そのまま不貞腐れた顔で勝手口に向かう、まったくとそれを追うレイン、

「そう言えばそんなものもあったわねー」

ソフィアがニヤリと微笑み鍋をかき回す、フツフツと湯が沸き始め湯気も上がってきていた、ミナのその悪癖はレイン由来のものであった、レインもまた変な収集癖がある、ちょっとした物を宝と言っては溜め込んでいる様子で、それをそのままミナは真似しており、そしてすっかり習慣になってしまったのであろう、思い出すに食堂に飾っていたミナとレインの額装された絵画や折り紙やら竹トンボやらがいつの間にやら消えている、ソフィアが捨てた訳でも無く、学生達が自室に持ち去った訳でも無いであろう、となればレインとミナが後生大事に宝箱に突っ込んでいるものと思われた、なんとも可愛らしい事である、

「なー、そっか、そりゃ宝箱に入れられたら見ない訳だな」

「確かにねー」

ゴリゴリと大豆を潰しつつユーリも微笑む、しかし宝箱とは?とユーリは首を傾げた、まぁ、その名前の通りの代物なのであろうと思う、子供らしいなと微笑むしかない、

「で、他には何するの?」

ソフィアがソッと振り返る、

「ん、砂糖はそれと、黒糖も砕いておいて、塩が少々欲しいかな・・・あっ、海の水汲んできたぞ」

「あら、嬉しい」

「えっ、そうなの?」

「おう、樽にいっぱい、どうする?やるか?」

「そうねー・・・折角だし、一緒にやろうかしら」

「大丈夫?」

「簡単よ、でもあれか、ティルさんとミーンさんも欲しがってたかなー」

「それはだって、塩とニガリだけでよかろうよ、まぁ、海水からやりたいってんならクロノスに言って手配して貰えばいいだろし」

「それもそっか、じゃ、ついでにやってしまおうかしら、レインもいるしね、手伝わせましょう」

「頼む」

タロウが懐に手を突っ込んだ瞬間、

「頼むってなによ?」

「えっ、なにが?」

「あんたがやるのよ、ほら、そっちの竈使いなさい、使い方分かる?」

「分かるけど・・・えっ、俺?」

「そうよー、何、あんた何もしないつもりだった?」

「いや、そうじゃないけど・・・」

「でしょう、だから、そっちはお願い」

「えー・・・」

思いっきり渋るタロウ、

「えーじゃない!!」

「そうよ、あんただけ遊ぶつもり!!」

ソフィアとユーリに同時に怒鳴られるタロウであった。



それから暫くして、

「甘いにおーい」

「そうね、いい感じかしら?」

「どんなもん?」

大鍋を覗き込むソフィアとミナとタロウ、ユーリもソソッと鍋に近寄りレインもその隣から覗き込む、

「良い感じかな、どれ、味見だ」

タロウがソフィアからオタマを受けとり小皿にそっと取り上げる、そのまま口にし、

「うん、美味い」

満面の笑みを浮かべる、途端、

「ミナもー、ミナもアジミー」

「ユーリも、ユーリもアジミー」

騒ぎ出すミナとユーリ、ソフィアがハイハイと小皿に手を伸ばすも、

「真似すんなー」

「してないでしょ」

「絶対したー、ユーリのくせにー」

「なんだとー、ミナのくせにー」

ギャーギャー喚きだす二人、まったくとレインが二人を睨みつけ、

「ほら、ミナからよ」

ソフィアが小皿をミナに押し付けるとすぐさま黙り込み目を輝かせて小皿を見つめるミナである、そこには黒く小さな豆と真っ黒いスープ、そして甘ったるい香りが立ち上っていた、ミナはスーッと鼻を鳴らしてその芳香を臓腑の奥底に染み渡らせ、その勢いのまま口に運ぶ、そして、

「ワッ、美味しー、甘ーい」

特大の歓声が厨房を震わせた、

「なっ、甘くて美味しいだろ?」

ニヤリと勝ち誇るタロウ、そしてソフィアとユーリ、レインも味を見る、

「へー、ほんとだ、なんか甘さよりもこの豆の味?」

「そうね、へー、美味しい・・・なんだこの豆?」

「うむ、悪くない」

どうやら好感触である、タロウはさらにニヤリと微笑み、

「だろう?手間がかかるけどね、それだけの味にはなるんだ」

「そうねー、少しめんどうかしら?」

「そうみたいね、麦のようにはいかない?」

「豆だからそうだろうとは思ってたけど、こんなに丁寧に煮なきゃ駄目なの?」

ムーと首を傾げてしまうソフィア、タロウの指示通り煮込んでみたのであるが、ソフィアの知る他の食材に比べ若干手間がかかる気がしてしまう、なにせ都合二回も煮込み、二回目のそれでは鍋につきっきりであった、灰汁をとりつつ水分量を調整し、時折豆の柔らかさも確認している、それも砂時計を隣りに置き、タロウとレインの監視の下でやったものだから大変にやりづらかった、

「そだねー、でも、それだけの価値はあるだろ?」

「まぁねー・・・あれね、お店で出せば喜ばれるわね」

「そうよねー、あっ、でも、甘いスープってのもなんかあれね、新感覚?」

「あっ、それもある」

「あー、スープじゃなくてもいいんだよ、水分大目にしてるけど、それはほら量が多いからね、もう少し少なければドロドロにして米を包んでも美味しい・・・あっ、どうせならやるか」

「米って・・・あの米?」

「そっ、あの米」

「だって、あれって・・・今一つよ」

「それは君らの調理が下手なの」

「・・・何よそれ・・・」

「あー・・・そだね、どうせだ、米も手に入れたからな、ついでにやるか?」

「やってもいいけど・・・今日はもうそんな時間ないんじゃない?」

すっかり午後も半ばとなっていた、普段であれば生徒達が戻ってくる頃合いで、今日はもう少し遅くなると思うが、そろそろパスタを茹でておきたい時間帯である、生徒達の要望で、細長いパスタでソウザイ店のシチューを食べたいらしく、それはソウザイ店で売られているパスタは蝶々型のみで長細いのは販売していない為である、エレインとテラ曰く、パスタの生産量を上げ、より周知されるまでは作りやすい蝶々型で普及させるつもりらしい、見事な戦略と言えよう、

「ん、あぁ、大丈夫、今日はほら水に浸けておくだけだから、口に入るのは明日だね」

「あら・・・それはまためんどそうね」

「そりゃしょうがないよ、豆腐もそうだったろ、穀類の調理は難しいもんだ」

「そういうものかしら?」

「そういうもんだ」

ムゥと顔を顰めるソフィア、タロウはムフンと微笑む、その瞬間、

「もっとー、もっとー、食べたいー」

ミナがピョンと飛び跳ねる、

「ん?味見だけって約束だぞー」

「約束してないー」

「いいや、した」

「してない」

「したでしょー」

「してないー、ちゃんと食べたいー」

ギャーと騒ぎ出すミナ、レインももの足りなそうに鍋を見つめる、

「あー、でもな、これにな、団子を入れるともっと美味いんだぞ」

タロウがニヤリとミナの頭を撫でつけた、

「ダンゴ?」

「小麦のでいいの?」

「つみれの事?」

「そだね、柔らかい団子がいいと思う、あっ、でもこっちの団子はあれだ、少し大きいからな、小さくコロコロにして柔らかい団子が良いね、食感が大事だ」

「それ・・・」

「美味しそうね・・・」

ユーリとソフィアがなるほどそれはいいかもと顔を見合わせるも、

「なんでもいいー、もっとー」

ギャーと叫ぶミナであった。
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