上 下
54 / 62
本章

逃避行 漁村とオーガ 7

しおりを挟む
革袋の中はまぁなんとかなるかといった量のキオ銀貨とキオ銅貨を確認出来た、ボルジア硬貨も多く入っておりギャエルの生活圏内では二つの貨幣が均等に流通しているのであろう事が想像される、また金貨も多く入っており、場合によっては金貨1枚で全ての支払いを纏めてしまおうかとも思ったが行商人はそんな事は絶対にしないであろうと思い直し、めんどくさがってはいけないなと自分を戒めた。

そうこうしていると食堂の掃除をしていた若者を連れ女将が戻ってきた、いかにも嫌そうな顔をする若者をけしかけて荷馬車の清掃の指示を出すと、

「店に戻るかい、良い客にはサービスしなきゃね」
と顎で店舗を差す、キーツは素直に従って店に戻り商品の選定を始めた。

キーツはこの店で荷馬車以外に魚の干物、燻製肉、パン、小麦粉、服飾用途の布、なめし革、獣人用ブラシ、ノミ・シラミ除去剤、乾燥させた葉の束、石鹸、果物、野人用の爪切り、獣人用の爪やすり、包帯用途の布、裁縫道具一式、革製の鞄、革製のベルト、ロープそれにタタソースの小甕と岩塩、ワイン酢の甕、獣脂、オリーブオイル、小型の革製サンダル、それから小さめのワイン樽とかなり大量の物資になり木箱を幾つか無料で分けてもらう事として言い値で購入する事とした、

「久しぶりの大商いだったよ」
会計しながらホクホク顔の女将に1商材毎に支払いを済ませていく、どうやら検品を兼ねての作業であるらしいが単に集計しての支払いが出来ないだけのようであった、支払いが終った商品は異常に無口な御主人が箱詰めしていき、それから常にふてくされた顔をしている恐らく息子であろう若者が表にまわした荷馬車へ積み込んでいった、最後に荷馬車の代金を支払うと総額で銀貨12枚銅貨45枚の支払いとなった。

「ありがとね、正直に言うと在庫もはけて嬉しい限りさ」
女将は臆面も無く笑って言った、

「別に、転売先に当てがあるもんでね、上手くいったらまた来るさ」
と適当に返答をして、最も大事な事を思い出した、
「ところでさ、アヤコって女こっちに来なかった?」

「アヤコ?聞かないね、珍しい名前だけど」
キーツはアヤコの容姿を伝えるもまるでピンと来ない様子であった、

「この集落に来たのであれば、大体は私の耳に入るもんなんだけど、そんな目立つ感じの女性は聞かないねぇ、外からの客自体あんたが久しぶりだったしねぇ」
女将は天を仰いで熟考するも思い当たる事は無いらしい、

「いや、悪かったよ、そうだな、もしそれっぽい人が来たら俺の名を伝えてくれ」
そう言って革袋を締めると懐に入れる、

「また来てくれよ、道中気をつけてな」
店先へ見送りに出た女将と主人に手を振ると中央広場の数人が珍しそうにキーツを見ていた、見送りには不愛想な息子は出てきておらず、まぁそんなもんだろうとジュウシを引いて来た道を戻る、陽は高く中天にかかっていない、おそらくあの食堂もこれからが書き入れ時になるであろう時間帯で林で待つ三人を考えるといくらかでも速く戻るべきかと自然と気がはやってしまう、集落の外れに至って荷馬車に乗り込むとジュウシに仕入れた商品を一通り調査するよう指示を出し、自身はいかにものんびりとした風情を醸しながら街道を進んだ。

あっという間にジュウシの調査は終わりデータ作成の完了を告げられる、キーツがタタソースの成分を聞くと鳥類の卵とオリーブオイルそれから塩等の調味料であるとの事であった、その成分であの形状であるという事は地球で食したマヨネーズに近い製品であると思われるが、風味といい味といいまるで別ものの感触であった、さらにマヨネーズの製法はかなり手間の掛かるもので女将が門外不出を貫くのも理解できるし、確かにそう言っていたなとも思い出す。
タタソースについては栄養不足気味のテインに良いかと思い付くがあの娘ははて卵を食せるのだろうかと疑問を持った、異種族の食生活程厄介な物はないなと改めて思い知らされる、キーツにとっては野人の食文化で満足できる為その点だけでも望外の僥倖であると思わざるを得ない、もしこの惑星がまるで食の概念の異なる知性体が支配している社会であるとしたら、糧として摂取できる動植物が皆無の惑星であったとしたらキーツは全く手も足も出ない状況に陥った事だろう、少なくとも浸透同化のような真似は決してできない筈だ、まして頼りない装備でどこかに不時着しているであろうアヤコを考えると仮定とはいえ背筋がうすら寒くなった。

「マスター、集落より武装した追跡者がおります、数5、距離300」
ジルフェの報告が唐突に入ったのは集落からだいぶ離れ三人が隠れた林へ向かおうと道を外れる寸前であった、

「集落からというのは確かか?」

「はい、間違いないかと、集落を出てから一定距離を保ちつつ追跡されております」

「武装はどの程度?」

「長剣、弓、斧等です、服装も統一されておりません」

「分かった、となると現地知性体の恐らくチンピラかな、自警団は武装揃ってたし」
キーツは隊長と呼ばれた男とその2名の部下を思い出す、終始眠そうな顔であったのは夜警上がりであったのだろうか、彼らは統一された革鎧と長剣を身に着けていたと思う。

「目的は、まぁ金と荷か、こっちは1人だと思われてるし分かりやすい武装もしてないしなぁ、どこにでもいるもんだよね無駄に元気な連中・・・」
キーツは大きく溜息を吐き、街道を林へ折れずに直進する事とした、

「現地知性体相手に殴る蹴るは嫌だなぁ、・・・簡単に騙そうか、そうしよう」
ポンと膝を叩くとキーツは指示を出す、それは極めて簡単でジルフェに身代わりとなってもらうそれだけであった、ジルフェの空間投影装置を使用しキーツと荷馬車の映像を投影して追手を曳き付けつつキーツ自身は林に戻って身を隠すという作戦である、策とも言えぬ計画であるがこういった手品は手間が少ないほど成功の確立は高い。

「うん、じゃ、宜しく」
キーツの指示により荷馬車の後方に荷馬車とそれを操るキーツの映像が投影される、それを確認したキーツは出来の良し悪しよりも映像であるとはいえ自分と全く同じ姿を見るのはどうにも気持ち悪いなぁと感じてしまう、その上投影されたキーツ自身を良く見ると不精髭を生やし垢臭そうな茶色の不潔な肌をして薄汚れた外套を纏った何とも精彩の無い男であった、野宿生活で鏡を見る事も無く、風呂には入らず水浴びで済ませていた為でもあるが、その姿はしっかりとした現地民であり、自身が持つ自身の印象からかけ離れたその姿は何とも侘しく感じられた。
これではチンピラに狙われるのもしょうがないし、アヤコが見ても俺とは解らないかもなと寂しくなった、早いとこテインらを故郷に返して母艦に戻らなければなと切実に感じてしまう、いや、取り合えずはこのままの外観で良いのだろう、集落で見掛けた人々も似たり寄ったりの印象であったのだから。

「映像は充分だね、では追手を中心にして疑似遮蔽を展開してくれ」
疑似遮蔽とは対象物の前方にある映像を後方に写す事により対象物を一定の視角から遮蔽する装置である、この場合キーツと荷馬車を追手の視角から隠蔽する為に使用する事となり、追手の目にはジルフェが映し出している荷馬車と疑似遮蔽により作り出したキーツ本体を透過した風景が視認できる状態となる、視覚情報以外は隠蔽できない中途半端な装置であるが、実際に使用してみると実に使える代物で地球での捜査時にも良く利用した装置である。

「やっぱり、装備を使えるのは楽でいいよ」
キーツは溜息交じりにそう言うとゆっくりと道を外れ林へ向かうようジュウシに指示を出す、やや遠回りに進み追手の姿を確認しておくこととして、投影された荷馬車には追手から攻撃されるまで街道を進むよう指示を出す、ある程度距離を稼いだら適当な時機を見て帰還させる事とした。

「追手との距離30、投影体と追手との距離300、追手に不審な挙動無し」
彼等の詳細が視認できる距離に近付くとジルフェから報告が入った、街道を外れ荒れた草原の中を林へ向かいつつその姿を確認すると皆若い男であった、そこで面識のある顔を3つ発見しキーツはより大きな溜息を吐いてしまう、2つは中央広場でたむろしていた雑貨屋の場所を聞いた若者で、1つはその雑貨屋で不承不承に仕事をしていた息子である。
彼等の並び順を観察すればその力関係も推測できた、中央を歩くのは初見の男であるが他の若者より若干年上のようで体格も良い、その隣りにこれも初見の男であるが大型の長剣を背負った無骨な若者が続いている、この二人が中心人物であると思われ、その後ろを周囲に怯えながら件の3人が追従している。
先を歩く二人はチンピラ特有のどこか夢想に耽っている現実を直視できていない目付きで遠くを進む荷馬車から視線を外さずに歩を進めている、あぁやっぱりチンピラかとキーツは確信する、やはり直接相手をしないで正解であったようだ、この手合は関わるだけ不愉快な連中である、特に頭目と思われる男はその顔も身体も傷一つ無い実に綺麗な肌であり、着ている服もあの集落では上質な物なのではないだろうか土埃も無くまして繕った後も無い服装である、その隣りの男もまた苦労知らずの顔をしていた。

充分かなとキーツは街道から離れ林へ急ぐ事とした、場合によっては今夜の宿営をより離れた場所にする必要があるかなと思いつつ歩を進める、ジルフェの監視はあるが無用な災難は避けるに越したことはない。
しおりを挟む

処理中です...