18 / 27
18話
しおりを挟む
「記録に不備が、ある?」
神殿の奥、調査団の筆頭であるセオドア=リースの声が、静かに響いた。
彼の前に差し出されたのは、“聖女選出に関する文書”――だがその中には、
リュシエンヌが聖女に選ばれた正確な日付も、選定理由も、推挙者の署名もなかった。
「これは……ただ“リュシエンヌ=フォルトリエを聖女と認める”と書かれた紙の束にすぎない」
「……記録は簡略化されております。なにぶん、神の啓示とは形に残らぬもので……」
神官が歯切れ悪く釈明する。
だがセオドアはまっすぐに、目の前の男を見据えた。
「“啓示”とは曖昧な信仰の上に成り立つ。だからこそ“形式”が必要なのです。
それすらも欠いた聖女とは……“神の使い”ではなく、“人が用意した偶像”に過ぎない」
その場の空気が凍った。
神官たちは返す言葉もなく、ただ沈黙するしかなかった。
*
その報告が王家へ届けられたのは、調査終了からわずか半日後だった。
「選定記録に不備がある、ですって……?」
ユリウス=ヴァロワ王太子は、震える手で報告書を握りしめていた。
「まさか……そんな、彼女が、神の声を聞いていないなんて……」
「殿下」
控えていた王妃カミーユが、静かに声をかける。
「信仰とは、信じる意志のこと。“事実を否定する力”ではありません」
「……母上……」
「あなたが何を信じるかは自由です。ですが、“王”となるなら、真実から目を逸らしてはなりません」
ユリウスの手から報告書が落ちる音が、床に響いた。
そして彼は、ゆっくりとその場に座り込むように膝をついた。
「……私は……一体、何を……」
*
その頃、王都郊外の礼拝堂跡。
そこに、リュシエンヌの姿があった。
かつて彼女が“神の声を聞いた”とされた、その場所に。
「全部、崩れていくのね……私が築いてきたものも、信じてくれた人たちも、全部」
風が吹き抜け、木々がざわめく。
だがその中で、背後からひとつの足音が聞こえた。
「……来たのね。やっぱり、あなたは来ると思ってた」
リュシエンヌが振り返ると、そこには――ヴィオラが立っていた。
「この場所が、あなたの始まりだと思ったから。最後に、ここに戻るはずだと」
「正解よ。あなたって、本当にいやらしいくらい勘がいい」
リュシエンヌは自嘲するように笑った。
「ヴィオラ。あなたが現れたとき、私は初めて“神の声”が聞こえなかったの」
「……そう」
「でも、不思議だったの。あなたが私の前に立つと、誰よりも“人間らしい”私に戻れる気がした。
偽りの聖女じゃなく、ただのリュシエンヌとして――」
ヴィオラは沈黙を保ったまま、風に吹かれる彼女を見つめる。
「私が選んだのは、“救われる私”じゃない。“救う私”だった。
だって、そうすれば――誰かが私を、要ってくれると思ったから」
「それが、あなたの祈りだったのね」
リュシエンヌの目に、はじめて涙が浮かんだ。
「ねえ、ヴィオラ。今さら、許されると思う?」
「いいえ。でも――終わらせることは、できる」
その言葉に、リュシエンヌはそっと瞼を閉じた。
「……なら、私の最後の祈りを。どうかあなたの手で、締めくくって」
「わかった。……私が、見届ける」
二人の間に、長い沈黙が流れた。
だが、それは争いの終わりではない。
――物語の真の終幕が、今、幕を上げようとしていた。
神殿の奥、調査団の筆頭であるセオドア=リースの声が、静かに響いた。
彼の前に差し出されたのは、“聖女選出に関する文書”――だがその中には、
リュシエンヌが聖女に選ばれた正確な日付も、選定理由も、推挙者の署名もなかった。
「これは……ただ“リュシエンヌ=フォルトリエを聖女と認める”と書かれた紙の束にすぎない」
「……記録は簡略化されております。なにぶん、神の啓示とは形に残らぬもので……」
神官が歯切れ悪く釈明する。
だがセオドアはまっすぐに、目の前の男を見据えた。
「“啓示”とは曖昧な信仰の上に成り立つ。だからこそ“形式”が必要なのです。
それすらも欠いた聖女とは……“神の使い”ではなく、“人が用意した偶像”に過ぎない」
その場の空気が凍った。
神官たちは返す言葉もなく、ただ沈黙するしかなかった。
*
その報告が王家へ届けられたのは、調査終了からわずか半日後だった。
「選定記録に不備がある、ですって……?」
ユリウス=ヴァロワ王太子は、震える手で報告書を握りしめていた。
「まさか……そんな、彼女が、神の声を聞いていないなんて……」
「殿下」
控えていた王妃カミーユが、静かに声をかける。
「信仰とは、信じる意志のこと。“事実を否定する力”ではありません」
「……母上……」
「あなたが何を信じるかは自由です。ですが、“王”となるなら、真実から目を逸らしてはなりません」
ユリウスの手から報告書が落ちる音が、床に響いた。
そして彼は、ゆっくりとその場に座り込むように膝をついた。
「……私は……一体、何を……」
*
その頃、王都郊外の礼拝堂跡。
そこに、リュシエンヌの姿があった。
かつて彼女が“神の声を聞いた”とされた、その場所に。
「全部、崩れていくのね……私が築いてきたものも、信じてくれた人たちも、全部」
風が吹き抜け、木々がざわめく。
だがその中で、背後からひとつの足音が聞こえた。
「……来たのね。やっぱり、あなたは来ると思ってた」
リュシエンヌが振り返ると、そこには――ヴィオラが立っていた。
「この場所が、あなたの始まりだと思ったから。最後に、ここに戻るはずだと」
「正解よ。あなたって、本当にいやらしいくらい勘がいい」
リュシエンヌは自嘲するように笑った。
「ヴィオラ。あなたが現れたとき、私は初めて“神の声”が聞こえなかったの」
「……そう」
「でも、不思議だったの。あなたが私の前に立つと、誰よりも“人間らしい”私に戻れる気がした。
偽りの聖女じゃなく、ただのリュシエンヌとして――」
ヴィオラは沈黙を保ったまま、風に吹かれる彼女を見つめる。
「私が選んだのは、“救われる私”じゃない。“救う私”だった。
だって、そうすれば――誰かが私を、要ってくれると思ったから」
「それが、あなたの祈りだったのね」
リュシエンヌの目に、はじめて涙が浮かんだ。
「ねえ、ヴィオラ。今さら、許されると思う?」
「いいえ。でも――終わらせることは、できる」
その言葉に、リュシエンヌはそっと瞼を閉じた。
「……なら、私の最後の祈りを。どうかあなたの手で、締めくくって」
「わかった。……私が、見届ける」
二人の間に、長い沈黙が流れた。
だが、それは争いの終わりではない。
――物語の真の終幕が、今、幕を上げようとしていた。
230
あなたにおすすめの小説
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
『仕方がない』が口癖の婚約者
本見りん
恋愛
───『だって仕方がないだろう。僕は真実の愛を知ってしまったのだから』
突然両親を亡くしたユリアナを、そう言って8年間婚約者だったルードヴィヒは無慈悲に切り捨てた。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
〘完結〛婚約破棄?まあ!御冗談がお上手なんですね!
桜井ことり
恋愛
「何度言ったら分かるのだ!アテルイ・アークライト!貴様との婚約は、正式に、完全に、破棄されたのだ!」
「……今、婚約破棄と、確かにおっしゃいましたな?王太子殿下」
その声には、念を押すような強い響きがあった。
「そうだ!婚約破棄だ!何か文句でもあるのか、バルフォア侯爵!」
アルフォンスは、自分に反抗的な貴族の筆頭からの問いかけに、苛立ちを隠さずに答える。
しかし、侯爵が返した言葉は、アルフォンスの予想を遥かに超えるものだった。
「いいえ、文句などございません。むしろ、感謝したいくらいでございます。――では、アテルイ嬢と、この私が婚約しても良い、とのことですかな?」
「なっ……!?」
アルフォンスが言葉を失う。
それだけではなかった。バルフォア侯爵の言葉を皮切りに、堰を切ったように他の貴族たちが次々と声を上げたのだ。
「お待ちください、侯爵!アテルイ様ほどの淑女を、貴方のような年寄りに任せてはおけませんな!」
「その通り!アテルイ様の隣に立つべきは、我が騎士団の誉れ、このグレイフォード伯爵である!」
「財力で言えば、我がオズワルド子爵家が一番です!アテルイ様、どうか私に清き一票を!」
あっという間に、会場はアテルイへの公開プロポーズの場へと変貌していた。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?
お前との婚約は、ここで破棄する!
ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる