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18話
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「記録に不備が、ある?」
神殿の奥、調査団の筆頭であるセオドア=リースの声が、静かに響いた。
彼の前に差し出されたのは、“聖女選出に関する文書”――だがその中には、
リュシエンヌが聖女に選ばれた正確な日付も、選定理由も、推挙者の署名もなかった。
「これは……ただ“リュシエンヌ=フォルトリエを聖女と認める”と書かれた紙の束にすぎない」
「……記録は簡略化されております。なにぶん、神の啓示とは形に残らぬもので……」
神官が歯切れ悪く釈明する。
だがセオドアはまっすぐに、目の前の男を見据えた。
「“啓示”とは曖昧な信仰の上に成り立つ。だからこそ“形式”が必要なのです。
それすらも欠いた聖女とは……“神の使い”ではなく、“人が用意した偶像”に過ぎない」
その場の空気が凍った。
神官たちは返す言葉もなく、ただ沈黙するしかなかった。
*
その報告が王家へ届けられたのは、調査終了からわずか半日後だった。
「選定記録に不備がある、ですって……?」
ユリウス=ヴァロワ王太子は、震える手で報告書を握りしめていた。
「まさか……そんな、彼女が、神の声を聞いていないなんて……」
「殿下」
控えていた王妃カミーユが、静かに声をかける。
「信仰とは、信じる意志のこと。“事実を否定する力”ではありません」
「……母上……」
「あなたが何を信じるかは自由です。ですが、“王”となるなら、真実から目を逸らしてはなりません」
ユリウスの手から報告書が落ちる音が、床に響いた。
そして彼は、ゆっくりとその場に座り込むように膝をついた。
「……私は……一体、何を……」
*
その頃、王都郊外の礼拝堂跡。
そこに、リュシエンヌの姿があった。
かつて彼女が“神の声を聞いた”とされた、その場所に。
「全部、崩れていくのね……私が築いてきたものも、信じてくれた人たちも、全部」
風が吹き抜け、木々がざわめく。
だがその中で、背後からひとつの足音が聞こえた。
「……来たのね。やっぱり、あなたは来ると思ってた」
リュシエンヌが振り返ると、そこには――ヴィオラが立っていた。
「この場所が、あなたの始まりだと思ったから。最後に、ここに戻るはずだと」
「正解よ。あなたって、本当にいやらしいくらい勘がいい」
リュシエンヌは自嘲するように笑った。
「ヴィオラ。あなたが現れたとき、私は初めて“神の声”が聞こえなかったの」
「……そう」
「でも、不思議だったの。あなたが私の前に立つと、誰よりも“人間らしい”私に戻れる気がした。
偽りの聖女じゃなく、ただのリュシエンヌとして――」
ヴィオラは沈黙を保ったまま、風に吹かれる彼女を見つめる。
「私が選んだのは、“救われる私”じゃない。“救う私”だった。
だって、そうすれば――誰かが私を、要ってくれると思ったから」
「それが、あなたの祈りだったのね」
リュシエンヌの目に、はじめて涙が浮かんだ。
「ねえ、ヴィオラ。今さら、許されると思う?」
「いいえ。でも――終わらせることは、できる」
その言葉に、リュシエンヌはそっと瞼を閉じた。
「……なら、私の最後の祈りを。どうかあなたの手で、締めくくって」
「わかった。……私が、見届ける」
二人の間に、長い沈黙が流れた。
だが、それは争いの終わりではない。
――物語の真の終幕が、今、幕を上げようとしていた。
神殿の奥、調査団の筆頭であるセオドア=リースの声が、静かに響いた。
彼の前に差し出されたのは、“聖女選出に関する文書”――だがその中には、
リュシエンヌが聖女に選ばれた正確な日付も、選定理由も、推挙者の署名もなかった。
「これは……ただ“リュシエンヌ=フォルトリエを聖女と認める”と書かれた紙の束にすぎない」
「……記録は簡略化されております。なにぶん、神の啓示とは形に残らぬもので……」
神官が歯切れ悪く釈明する。
だがセオドアはまっすぐに、目の前の男を見据えた。
「“啓示”とは曖昧な信仰の上に成り立つ。だからこそ“形式”が必要なのです。
それすらも欠いた聖女とは……“神の使い”ではなく、“人が用意した偶像”に過ぎない」
その場の空気が凍った。
神官たちは返す言葉もなく、ただ沈黙するしかなかった。
*
その報告が王家へ届けられたのは、調査終了からわずか半日後だった。
「選定記録に不備がある、ですって……?」
ユリウス=ヴァロワ王太子は、震える手で報告書を握りしめていた。
「まさか……そんな、彼女が、神の声を聞いていないなんて……」
「殿下」
控えていた王妃カミーユが、静かに声をかける。
「信仰とは、信じる意志のこと。“事実を否定する力”ではありません」
「……母上……」
「あなたが何を信じるかは自由です。ですが、“王”となるなら、真実から目を逸らしてはなりません」
ユリウスの手から報告書が落ちる音が、床に響いた。
そして彼は、ゆっくりとその場に座り込むように膝をついた。
「……私は……一体、何を……」
*
その頃、王都郊外の礼拝堂跡。
そこに、リュシエンヌの姿があった。
かつて彼女が“神の声を聞いた”とされた、その場所に。
「全部、崩れていくのね……私が築いてきたものも、信じてくれた人たちも、全部」
風が吹き抜け、木々がざわめく。
だがその中で、背後からひとつの足音が聞こえた。
「……来たのね。やっぱり、あなたは来ると思ってた」
リュシエンヌが振り返ると、そこには――ヴィオラが立っていた。
「この場所が、あなたの始まりだと思ったから。最後に、ここに戻るはずだと」
「正解よ。あなたって、本当にいやらしいくらい勘がいい」
リュシエンヌは自嘲するように笑った。
「ヴィオラ。あなたが現れたとき、私は初めて“神の声”が聞こえなかったの」
「……そう」
「でも、不思議だったの。あなたが私の前に立つと、誰よりも“人間らしい”私に戻れる気がした。
偽りの聖女じゃなく、ただのリュシエンヌとして――」
ヴィオラは沈黙を保ったまま、風に吹かれる彼女を見つめる。
「私が選んだのは、“救われる私”じゃない。“救う私”だった。
だって、そうすれば――誰かが私を、要ってくれると思ったから」
「それが、あなたの祈りだったのね」
リュシエンヌの目に、はじめて涙が浮かんだ。
「ねえ、ヴィオラ。今さら、許されると思う?」
「いいえ。でも――終わらせることは、できる」
その言葉に、リュシエンヌはそっと瞼を閉じた。
「……なら、私の最後の祈りを。どうかあなたの手で、締めくくって」
「わかった。……私が、見届ける」
二人の間に、長い沈黙が流れた。
だが、それは争いの終わりではない。
――物語の真の終幕が、今、幕を上げようとしていた。
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