略奪ヒロインが「王子の顔以外無理」と言ったので、絶対に破棄されません!

パリパリかぷちーの

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「……リリン様、あの方をご覧になって。あの、キラキラした目で殿下を見つめている、新手の獲物を」

学園の回廊。
マリエル様が、まるで不審者を発見した警備兵のような鋭い目付きで、ある方向を指差した。

そこには、今年編入してきたばかりのマルグリット侯爵令嬢が、まるで聖母を見上げる信者のような顔で殿下を見つめていた。

「まあ、なんてこと! あの方のあの潤んだ瞳……殿下のナルシシズムに耐性があるどころか、むしろ栄養にしているような顔だわ!」

私は思わず扇を落としそうになった。

通常、殿下が「僕の睫毛の陰影こそがこの国の地図だ」などと口走れば、大抵の令嬢は引く。
だが、あのマルグリット嬢は違う。
彼女は今、あろうことか殿下のポエムを一言一句メモしているではないか。

「殿下! 今の『僕の涙は真珠となって海を潤す』というお言葉、あまりに崇高ですわ! もう一度仰ってくださる? 三回ほど唱えてから眠りにつきたいのです!」

「ははっ、マルグリット。君は理解が早いね。僕という奇跡を言語化しようとするその姿勢、評価に値するよ」

殿下は、自分を全肯定してくれる新しい「観客」に、この上なくご機嫌な様子だ。

これを見たマリエル様は、私の袖をギュッと掴んだ。

「リリン様、チャンスですわ! あの方が殿下を回収してくだされば、私はこのポエム地獄から、リリン様は婚約破棄という名の自由を手に入れられますわ!」

「その通りよ、マリエル様! これこそ、天が私に与えてくれた最後の『逃げ道』だわ!」

私は歓喜に打ち震えた。
これまでは、私が「悪役」としてマリエル様を追い出そうとするフリをしていたが、今度は違う。
「心優しい婚約者」として、殿下の幸せを願い、マルグリット嬢へ彼を譲る……。
完璧じゃない。

私は意気揚々と、仲睦まじい(?)二人の元へ歩み寄った。

「あら、殿下。ご機嫌よう。……そして、マルグリット様。殿下と熱心に何を語らっていらっしゃるのかしら?」

「リリン様! ご機嫌よう。……実は今、殿下の『吐息の温度』がこの王国の気温を何度上昇させているかについて、講義を受けていたところですの!」

マルグリット嬢の瞳は、一点の曇りもなく輝いている。
……この人、本物だ。天然の「王子マニア」だわ。

「まあ、素晴らしいわ! マルグリット様、あなたほど殿下を理解し、深く愛でることができる方は、この広い社交界を探しても他にはいらっしゃいませんわ! 私、感動いたしました!」

私は彼女の両手をガシッと取った。

「えっ……? リリン様、嫉妬なさらないのですか?」

マルグリット嬢が不思議そうな顔をする。
私は、ここぞとばかりに慈愛に満ちた(つもりの)笑みを浮かべた。

「嫉妬だなんて! 殿下の輝きは、もはや私一人の手に負えるものではありませんの。殿下のような『国宝』は、より深く彼を愛せる方の手によって管理されるべきですわ! ねえ、殿下?」

私は殿下に向き直り、最高のパスを送った。

「殿下、私は身を引く覚悟がございますわ! マルグリット様のような熱心な『ファン』……いえ、『理解者』こそ、今の殿下には必要なのではありませんか?」

さあ、言って!
「リリン、君の愛は終わった。僕はマルグリットと生きる!」と!

ところが、殿下はフッと不敵な笑みを漏らし、私の腰を強引に引き寄せた。

「ははっ、リリン。……君はまた、そうやって僕の気を引こうとする」

「……はい?」

「マルグリットをダシに使って、僕に『愛の試練』を与えているんだろう? 『私を失ってもいいの?』という、無言の問いかけだね。……健気じゃないか。僕という太陽を、わざと他の女性に譲ろうとするなんて。君の愛は、もはや自己犠牲の域にまで達したのか」

「違います。本気で譲りたいんです。熨斗をつけて今すぐにお渡ししたいんです」

「いいよ、リリン。マルグリット、君もいい観客だが、やはり僕の隣には、こうして必死に『嫉妬と寛容』の間で揺れ動くリリンのような女こそがふさわしい」

殿下は満足げに私の頭を撫で、鏡を見るために去っていった。

現場に残されたのは、呆然とする私と、感動で震えるマルグリット嬢だけだった。

「……まあ! リリン様、今の殿下の『自己犠牲の域』という表現、聞かれました!? 私、あとで今のセリフを刺繍にして部屋に飾りますわ!」

「……どうぞ、勝手になさって」

私は膝から崩れ落ちそうになった。
マリエル様が、遠くから「あちゃー」という顔で私を見ている。

(……どうしてこうなるのよ)

私が殿下を突き放せば突き放すほど、彼の脳内ではそれが「究極の愛情表現」に変換されてしまう。
このナルシスト・フィルター、最強すぎるわ。

「……リリン、お前。さっきの『どうぞどうぞ』っていう態度、あまりに露骨すぎたぞ」

いつの間にか背後にいたエリオットが、呆れたように言った。

「うるさいわね。私はただ、平和的な政権交代を望んでいるだけよ」

「あいつにとって、お前はもう『最高の共犯者』か『最大の理解者』なんだ。……マルグリット嬢のような『ただの信者』では、あいつの承認欲求は満たされないんだよ」

エリオットは私の肩を叩き、深いため息をついた。

「……お前の『普通』への道は、あのライバル令嬢の登場で、さらに遠のいたようだな」

「……そんな。私、ただ楽をして生き残りたいだけなのに」

私は、熱心にメモを取るマルグリット嬢の後姿を見つめながら、遠い目をした。

婚約破棄への道は、どうやら新たな「信者」の出現によって、ますますカオスな迷宮へと突き進んでいくようだった。
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