略奪ヒロインが「王子の顔以外無理」と言ったので、絶対に破棄されません!

パリパリかぷちーの

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「……リリン様。私、決めましたわ。このままでは、私の人生は王子のポエムという名の波に飲み込まれて、海の藻屑になってしまいます」

学園の図書室、最果てのコーナー。
マリエル様は、辞書を積み上げて作った「防壁」の向こう側で、悲壮な決意を口にした。

「どうしたの、マリエル様。また殿下が、あなたの寮のバルコニーで『愛の重力』について演説でもなさったの?」

「それだけではありませんわ! 今朝は『僕の視線が君に触れる時、それは千の天使が君に口づけをしているのと同じだ』とか仰って……。私、あまりの寒気に、真夏なのに毛布を被って登校しましたわ」

マリエル様がガタガタと震えながら、備え付けのクッキー(私からの賄賂)を齧る。

「……マリエル様。もう限界ね。私たちが自由になるためには、殿下の『真実の愛』というファンタジーを、物理的に破壊するしかないわ」

「物理的に……? まさか、殿下をどこかの地下迷宮に封印するのですか!?」

「物騒なこと言わないで。……いい? 殿下があなたを追い回すのは、あなたが『フリーのヒロイン』だからよ。もし、あなたに殿下以外の、しかも極めて『まとも』な婚約者候補が現れたらどうかしら?」

私は、用意していたリストを机に広げた。

「これは……学園内の、家柄も性格も『普通』な男子生徒たちの名簿ですわね?」

「そう。殿下という劇薬に疲れた今のあなたには、こういう『微風』のような男性が必要なのよ。殿下のように主語が常に『僕』ではなく、ちゃんと人の話を聞いて、『今日はいい天気だね』という普通の会話ができる……そんな絶滅危惧種を探すのよ!」

マリエル様の瞳に、かつてない希望の光が宿った。

「普通の会話……! なんて甘美な響きかしら。私、『自分が世界の中心だ』と信じていない男性と、一時間だけでいいからお話ししてみたいですわ!」

私たちは早速、放課後のグラウンドで「普通の人」スカウト作戦を開始した。
植え込みに潜み、双眼鏡(公爵家特注)で男子生徒たちを観察する。

「見て、マリエル様。あそこのベンチで静かに本を読んでいるテオドール男爵令息はどうかしら? 派手さはないけれど、成績も中堅、趣味は盆栽という、枯れた魅力があるわ」

「……盆栽。いいですわね、喋りませんものね。植物を愛でる方に、ナルシストは少ない気がいたしますわ」

「あら、あちらの騎士科のジュリアン様も素敵よ。訓練の後に、自分の筋肉ではなく、仲間の体調を気遣っているわ。これぞ『普通』の優しさ!」

私たちは、殿下の「自分語り」という毒に侵されすぎて、ごく当たり前の善行を見るだけで涙ぐむほどに感性がバグっていた。

「……お前ら、また怪しいことをしているな。双眼鏡を逆さに持てと言っただろう」

背後から、エリオットの呆れた声がした。
彼は騎士団の巡回中に、怪しい挙動(私とマリエル様)を見つけてしまったらしい。

「エリオット! 見て、あそこのジュリアン様。なんて『普通』に汗を拭いているのかしら! 殿下なら、汗を拭く前の一分間は鏡を見て角度を調整するのに!」

「……比べることが失礼だ。ジュリアンは真面目な男だぞ。あいつをマリエル嬢の身代わりに差し出すつもりか?」

「身代わりだなんて。これはマリエル様の『リハビリ』よ。……エリオット、協力して。殿下が乱入してくる前に、彼女を誰かまともな生徒と引き合わせたいの」

エリオットは深くため息をついたが、震えるマリエル様の姿を見て、毒気を抜かれたようだった。

「……分かった。ジュリアンは俺の部下だ。あいつに『公爵令嬢からの頼みで、男爵令嬢に勉強を教えてやってくれ』と伝えてやろう。それなら殿下も、表立って文句は言えまい」

「エリオット! あなた、やっぱり最高に頼りになるわ!」

「……うるさい。さっさと隠れていろ」

エリオットのおかげで、マリエル様とジュリアン様の「健全な勉強会」がセッティングされた。
場所は中庭の東屋。

私たちは少し離れた茂みの影から、その様子を見守った。

「マリエル様、深呼吸よ。主語が『俺』から始まっても、それは攻撃ではないわ。ただの自己紹介よ」

「は、はい、リリン様。私、頑張りますわ……!」

マリエル様がおずおずとジュリアン様の隣に座る。
ジュリアン様は爽やかに笑い、「こんにちは、マリエル様。今日はいい天気ですね」と挨拶した。

「……っ!!」

マリエル様が、感激のあまり胸を押さえて天を仰いだ。

((い、言ったわ……! 自分以外のことを主語にした、完璧な挨拶だわ……!))

私たちも茂みの中でガッツポーズをした。
会話は驚くほどスムーズに進んだ。
ジュリアン様が「この数式はこう解くと分かりやすいですよ」と言えば、マリエル様が「まあ、なんて論理的な……!」と答える。
ポエムも、比喩も、鏡も登場しない、奇跡のような三十分間。

しかし、その平穏は、突如として飛来した「閃光」によって切り裂かれた。

「やあやあ、見つけたよ! 僕の愛しい花と、野蛮な……おや、君は誰だい?」

キラキラと花弁を撒き散らしながら(演出)、リュカ殿下が東屋に降り立った。
その手には、自分の肖像画が入ったメダルが握られている。

「殿下!? どうしてここが……」

「フッ、僕という重力が、君たちを引き寄せたのさ。……おや、マリエル。君、この男と何をしていたんだい? まさか、僕という太陽の下で、野花を観察していたのかい?」

「……殿下。私たちは今、数学の勉強を……」

マリエル様が、ジュリアン様の背後にサッと隠れる。
殿下はそれを見て、フッと不敵な笑みを漏らした。

「なるほど。僕の知性が高すぎて、君はついてこれなくなったんだね。それで、あえて『普通』という名の低空飛行を選んだのか。……健気だねえ。僕にふさわしい女になろうと、基礎から学び直すなんて!」

「……はい?」

「いいよ、マリエル! その男に、僕の爪の垢でも煎じて飲ませてあげなさい。僕の偉大さを再確認するための、良い比較対象になるだろう!」

殿下は満足げに鼻を鳴らし、ジュリアン様に「僕を写生してもいいよ、特別にね」と言い残して去っていった。

現場に残されたのは、脱力した私たちと、完全に困惑しているジュリアン様だけだった。

「……ジュリアン様、申し訳ありませんでしたわ」

「いえ……殿下は、いつでもあのような感じなのですか?」

「……二十四時間、年中無休ですわ」

マリエル様とジュリアン様の間には、ある種の「共闘感」が芽生えたようだった。

「……リリン。結局、殿下の脳内では『ジュリアンは殿下の引き立て役』として処理されたようだな」

「……ええ。でも、マリエル様の目は、少しだけ生気を取り戻したわ」

私は、ジュリアン様の隣でようやく安らかな顔をしているマリエル様を見て、小さく頷いた。

殿下の「真実の愛」という壁は厚い。
けれど、一穴ずつ、確実に風穴を開けてみせるわ。

……その穴から、いつか私が逃げ出すために。
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