略奪ヒロインが「王子の顔以外無理」と言ったので、絶対に破棄されません!

パリパリかぷちーの

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「……リリン。最近、君の視線が、僕を通り過ぎて壁のシミを見ているような気がするんだが」


学園の廊下の曲がり角。
不意に現れたリュカ殿下が、私の行く手を塞ぐように壁に手をついた。
いわゆる「壁ドン」というやつだが、彼の背後から放たれるキラキラオーラ(自称)のせいで、目潰しを食らっている気分だ。


「……お言葉ですが殿下。壁のシミではありませんわ。あそこに飾られている、建国当時の英雄の肖像画に付着した、歴史の重みを感じさせる埃の粒子を観察していただけですわ」


「それを世間では『壁のシミを見ている』と言うんだよ、リリン。……いいかい、僕という、現在進行系で歴史を更新し続けている美の結晶が目の前にいるんだ。埃を見ている暇なんてないはずだろう?」


殿下が、スッと顔を近づけてくる。
相変わらずの至近距離。
普通なら赤面するところだが、今の私には「この角度だと殿下の鼻の頭に少し脂が浮いているわね。昨晩、鏡を見ながらナッツでも食べすぎたのかしら」という冷めた感想しか浮かばない。


「殿下。私はただ、殿下の眩しさにこれ以上耐えられず、あえて視線を逸らして自分を保護しているだけですわ。……それに、最近はマリエル様を熱心にエスコートしていらっしゃるのでしょう? 私のような影の女は、背景に徹するのがよろしいかと」


「影の女……。ふふっ、なるほど。僕という光が強すぎて、君を深い影の中へと突き落としてしまったんだね」


殿下は、なぜか満足そうに頷くと、私の髪を一房掬い上げて唇を寄せた。


「だが、リリン。僕は気づいてしまったんだ。……マリエルを口説いている時、君がどこか遠くで、本当に楽しそうにマリエルと『お菓子』の話をしていることに。……なぜだ? なぜ、僕がいない場所で、僕という最高のスパイスを抜きにして、君は笑えるんだい?」


(……それは、殿下がいないからこそ心から笑えるのよ、という正解を口にするわけにはいかないわね)


私は必死に、引き攣りそうな頬の筋肉を固定した。


「それは……。マリエル様と、殿下の素晴らしさを共有し合うための、いわば『聖地巡礼』の後の打ち上げのようなものですわ。殿下の魅力を語り合うには、糖分が必要不可欠なのです」


「嘘だね。君の瞳は、最近僕の『ポエム』に対して、明らかに『早く終わらないかな』というカウントダウンを刻んでいる。……寂しいじゃないか、リリン。君が僕を一番のファンとして崇めてくれないなんて」


殿下の瞳に、いつになく「執着」の色が宿っている。
これはまずい。
今までの「ナルシストな独演会」から、一歩踏み込んだ「束縛モード」に入りかけている。


「いいかい、リリン。今日から、君の放課後の予定はすべて僕が管理する。マリエルとの密会は禁止だ。……君が見るべきは、僕だ。僕だけが、君の世界を照らす唯一の星なんだから」


「……はい? 放課後の予定を管理? 殿下、私は公爵家の領地経営に関する予習や、刺繍の課題が山積みで……」


「そんなものは僕という芸術を鑑賞した後にすればいい。……さあ、行こう。まずは僕の個人演習室で、僕の『最新の横顔』を三時間ほどスケッチしてもらうよ」


「三時間……っ!? 殿下、それはもはや拷問……いえ、贅沢すぎて私の心臓が爆発してしまいますわ!」


私は強引に腕を引かれ、連行されそうになった。
助けを求めて周囲を見渡すが、他の生徒たちは「まあ、仲のよろしいこと」と遠巻きに微笑んでいるだけだ。


(違うの! これは仲が良いんじゃなくて、強制連行なのよ!)


その時、ガシッと私のもう片方の腕を掴む、力強い手があった。


「……殿下。リリンはこれから、騎士団の防犯演習に協力してもらう予定です。公爵閣下からも、娘の鍛錬を頼むと言われております」


エリオットだった。
彼は無表情ながらも、殿下の手を振り払わんばかりの勢いで私の腕を引き寄せた。


「エリオット! また君か。……防犯演習? そんな退屈なものより、僕という『美の防衛』の方が重要だろう?」


「殿下。美では暴漢は防げません。……リリン、行くぞ」


エリオットは、殿下が反論する隙を与えず、私をひょいと抱え上げるようにしてその場を去った。


「……助かったわ、エリオット。三時間のスケッチなんて、私の手首が死ぬところだったわ」


廊下の角を曲がったところで、私は大きく息を吐いた。
だが、エリオットは私を地面に降ろしても、腕を離してくれなかった。


「……リリン。お前、さっきあいつに何を言われた」


「え? ああ、最近私が見てくれないから寂しい、とかいう、相変わらずの勘違い発言よ」


「……それだけか?」


エリオットが、珍しく鋭い眼光で私を覗き込んできた。


「……あいつは、ナルシストだが、一度目をつけた獲物を逃がすほど甘くはない。……リリン、お前が『普通』になろうとすればするほど、あいつはお前を自分の世界に引き戻そうとするぞ」


「……なんでかしらね。私はただ、平和に婚約破棄をされたいだけなのに」


「……婚約破棄、か」


エリオットは、少しだけ力を込めて私の手を握り直した。


「……もし、あいつが本気でお前を縛り付けようとしたら。……その時は、俺が不敬罪を覚悟で、お前を連れ出す」


「エリオット?」


「……なんでもない。さっさと訓練場に行くぞ。本当に公爵閣下から『最近のリリンはたるんでいるから鍛えてくれ』と言われているんだ」


「ええっ、お父様まで!? 嘘でしょう!?」


私はエリオットに引っ張られながら、訓練場へと向かった。
婚約破棄への道は、どうやら殿下の「想定外の執着」によって、さらに険しく、そして奇妙な方向へとねじれ始めているようだった。


(……でも、エリオットの手。……さっきからずっと、熱いわね)


私は、繋がれた手の温度に、ほんの少しだけ胸が高鳴るのを感じていた。
それが、恐怖からなのか、それとも別の何かなのか。
今の私には、まだ分からなかった。
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