悪役令嬢、婚約破棄は想定内! どう考えても王子のほうが悪役です。

パリパリかぷちーの

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バタン、と重厚な扉が閉まり、アランとリリアの最後の絶叫が、完全に遮断された。

『真紅の会議室』に、ようやく、本来の(いや、それ以上の)静寂が戻ってきた。

残された国王と重臣たちは、まるで、嵐が過ぎ去った後のように、呆然とその場に立ち尽くしていた。
国のトップである王太子が廃嫡され、その寵姫が国家反逆罪レベルの罪で鉱山送りとなった。
あまりにも、濃密で、おぞましい一日だった。

「…………」

国王は、玉座に深く沈み込んだまま、疲れ果てたように、天を仰いだ。

その、重苦しい静寂を破ったのは、やはり、この騒動の、もう一人の主役だった。

「ふう……。疲れましたわ」

ルーメ・フォン・シュバルツは、椅子の背もたれに、ぐったりと体重を預け、心底、面倒だった、というため息をついた。

その、あまりにも場違いな(しかし、彼女らしい)一言に、重臣たちが、ハッと我に返ったように、ルーメを見た。

「ルーメ嬢……」

国王が、ゆっくりと、その顔をルーメに向けた。
その目には、もはや、怒りも、驚きもなく、ただ、深い、深い疲労と、形容しがたい感情が浮かんでいた。

「……いや。ルーメ・フォン・シュバルツ公爵令嬢」

「はい、陛下」

「……この度のこと。王家として、重ね重ね、詫びる言葉もない」

国王は、玉座から、ルーメに向かい、深く、頭を下げようとした。

「陛下!」

重臣たちが、慌てて声を上げる。
国王が、臣下に頭を下げるなど、前代未聞だ。

「まあ、陛下。おやめくださいまし」

ルーメは、ひらひらと手を振って、それを制した。

「わたくし、そのような、堅苦しい謝罪をいただくために、この(徹夜明けの)面倒な茶番に、お付き合いしたわけではございませんの」

「……では、何故」

「決まっておりますわ」

ルーメは、真剣な顔で、国王を見つめ返した。

「わたくしの『潔白の証明』と」

ルーMEは、そこで、ぐう、と、小さく、しかし、会議室の全員に聞こえる音量で、お腹を鳴らした。

「……」

「……」

「(……きゅるるるる)」

「……そして」

ルーメは、顔色一つ変えず、堂々と続けた。

「わたくし、徹夜で頭脳労働をいたしましたせいで、猛烈に、お腹が空いておりますの」

「(……え?)」

会議室の、重く、張り詰めていた空気が、一瞬で、緩んだ。

「お、お腹が、空いた……?」

財務卿が、呆然と、オウム返しにする。

「ええ。もう、限界ですわ。わたくし、今すぐ、甘いものが食べたいのです」

「(……この、国家転覆レベルの騒動の、直後に!?)」

重臣たちの、心の声が、完璧にシンクロした。

国王は、一瞬、ぽかん、とした顔でルーメを見つめていたが。
やがて、その口元が、ふっ、と、わずかに緩んだ。
それは、この数ヶ月、彼が見せた、初めての、心からの「笑み」に近かった。

「……そうか」

国王は、頷いた。

「……そうだな。疲れた後には、甘いものだ。違いない」

「ええ、左様ですとも!」

ルーメが、我が意を得たりと、力強く頷く。

「うむ! 衛兵! いや、料理長を呼べ! 今すぐ、この国の、最高の菓子職人を集め、ルーメ嬢の望む、最高の菓子を……!」

「ああ、陛下。お気持ちだけで、結構ですわ」

ルーメは、国王の、盛大な申し出を、あっさりと断った。

「え……?」

「大変、申し上げにくいのですが。王宮の『上品な』お菓子は、どうにも、今のわたくしの胃袋には、物足りませんの」

「……」

「わたくしは、今、もっと、こう……。バターと、クリームと、砂糖が、脳天を突き抜けるような、背徳的な甘味を、欲しておりますの!」

((……背徳的……))

ルーメの、あまりにも切実な「甘味への渇望」に、重臣たちは、もはや、何も言えなかった。

「では、陛下。わたくし、これにて、失礼いたしますわね」

ルーメは、ようやく、よろよろと椅子から立ち上がった。
徹夜と、極度の緊張(の後の弛緩)で、さすがに、足元がふらついている。

「おお……。ルーメ嬢」

国王が、名残惜しそうに(?)声をかける。

「今日の、そなたの働き、王家は、決して忘れぬ」

「まあ、陛下。お忘れになってくださいまし」

ルーメは、優雅に(しかし、ふらつきながら)カーテシーを捧げた。

「わたくしは、ただ、わたくしの安眠(と、おやつ)を妨害する、不届き者たちを、排除したまでですわ」

その、あまりにも『ルーメらしい』言い分に、国王は、今度こそ、小さく、声を漏らして笑った。

「……そうか。達者でな、ルーメ嬢」

「ごきげんよう、陛下」

ルーメは、それだけを言うと、控えていたカイトに、アイコンタクトを送った。

「カイト。帰りましょう。わたくし、もう、一歩も、王宮の床を、踏みたくございませんわ」

「……御意」

カイトは、無言でルーメに近づくと、その、ふらつくルーメの腕を、ごく自然に、支えた。
ルーメも、それを、当然のように受け入れ、カイトの腕に、半分ほど、体重を預けた。

その姿は、まるで、長年連れ添った、騎士と主君のようだった。
重臣たちは、その光景を、ただ、黙って見送るしかなかった。

---

王宮の、長い、長い廊下。
カツ、カツ、と、二人の足音だけが、静かに響く。

「……はあ。疲れましたわ。本当に、疲れましたわ」

ルーメは、カイトの腕に寄りかかったまま、ぐったりと、ぼやいていた。

「もう、二度と、王宮には、来たくありませんわね」

「……そうですね」

「あのアラン王子も、リリア様も、自業自得とはいえ……。あんな、しょうもない茶番に付き合わされて。わたくしの、貴重な睡眠時間が……」

「……」

「ああ……。甘いものが食べたい……。今すぐ、あの、平民街の、串焼きのタレくらい、濃厚なチョコレートケーキが、食べたいですわ……」

「……ルーメ様」

カイトが、不意に、足を止めた。
シュバルツ公爵家の馬車が待つ、王宮の玄関ホールまで、あと少し、という場所だった。

「……なんですの、カイト。わたくし、もう、立っているのも限界ですのに」

ルーメが、不満そうに見上げると、カイトは、無表情のまま、懐、ではなく、制服の内ポケットに、ずっと隠し持っていたらしい、小さな紙袋を、スッと取り出した。

「……!」

ルーメは、その紙袋のロゴを見て、目を見開いた。

「こ、これは……! 『パティスリー・ソレイユ』!?」

王都で今、最も予約が取れないと言われる、超人気のパティスリーだった。

「な、なぜ、貴方が、これを……!?」

カイトは、ルーメの驚きを、まったく意に介さず、淡々と、事実を述べた。

「本日、王宮へ召喚される直前。ルーメ様が、侍女のハンナ嬢に対し、こう、嘆いておいででしたので」

「……」

「『ソレイユの、本日発売、賞味期限一時間の、幻のミルフィーユ! 王宮に召喚さえされなければ、絶対に、買いに行けましたのに!』と」

「(ギクッ!?)」

ルーメは、顔を真っ赤にした。

「き、聞いておりましたのね、カイト! わたくしの、朝の、悲痛な叫びを!」

「はい。監視任務ですので」

カイトは、平然と言い放った。

「対象の行動パターン、及び、嗜好の把握は、護衛の基本です」

「(……この、仕事人間め!)」

「それで、会議が長引くことを予想し、部下に命じて、開店と同時に、確保させておきました」

「(……部下に!? 騎士団の副団長の権限を、わたくしのミルフィーユのために!?)」

ルーメは、絶句した。

「……賞味期限は、あと、三十分ほどかと」

「……」

ルーメは、カイトの、その、あまりにも無表情な顔と、差し出された『幻のミルフィーユ』の紙袋を、交互に見つめた。

そして、次の瞬間。
それまでの疲労が、すべて、吹き飛んだかのように、その顔を、パアアアッ! と輝かせた。

「カイトーーーッ!!」

ルーメは、王宮の廊下だということも忘れ、その紙袋を、まるで、宝物のように、ひったくった。

「(ガサゴソ)……! ああ! まだ、パイ生地が、サクサクの気配を保っておりますわ!」

「……それは、ようございました」

「カイト! 貴方! わたくし、貴方を見直しましたわ!」

ルーメは、カイトの腕から離れ、ミルフィーユの箱を、大事そうに胸に抱きしめた。

「わたくし、貴方のような『気が利く』殿方を、わたくしの、生涯の『お菓子(串焼き)友達』として、認定いたしますわ!」

「……はあ。それは、光栄です」

カイトは、ルーメの、その、あまりにも子供じみた、しかし、心の底からの歓喜の表情を見て。
ほんの、ほんの、わずかだけ。
その、氷のような口元を、緩ませた。

「さあ! 帰りますわよ、カイト!」

ルーメは、すっかり元気を取り戻し、馬車に向かって、意気揚々と歩き出した。

「賞味期限が切れる前に! 別邸で、最高の紅茶と、このミルフィーユを、いただきますわよ!」

「……御意」

カイトは、その背中を見送りながら、小さく、誰にも聞こえない声で、呟いた。

「(……まったく。世話が焼ける、お姫様だ)」

だが、その声には、呆れではなく、どこか、楽しげな響きが、混じっていた。
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