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「……ふう。満足ですわ」
ナーナリアは、綺麗に空になったパフェグラスを眺め、ご満悦にため息をついた。
「わたくし、決めましたわ。この店のパフェ、全種類制覇いたします」
「……そうか」
向かいの席で、氷(と水)だけを摂取していたカイが、短く答える。
「あら、貴方も一口いかがでしたのに。『氷の騎士』様も、甘いものを召し上がれば、少しは表情筋が緩むかもしれませんわよ?」
「不要だ」
「(ちっ。鉄壁ですわね)」
ナーナリアは、会計を済ませて席を立った。
「さあ、ケルベロス! お待たせいたしましたわ! 次は貴方のおやつ(骨ガム)を買いに行きますわよ!」
「(キュウウン!)」
柱に繋がれていたケルベロスが、嬉しそうに三つの尻尾を振る。
その勢いで、テラス席のテーブルが少しずれた。
「こら、暴れないの」
「…………」
カイは、黙って立ち上がり、再びナーナリアの三歩後ろについた。
「(……本当に、影のようですわ。気配がなさすぎて逆に怖いですわよ)」
ナーナリアは、カイの存在を(なるべく)無視して、大通りを歩き始めた。
ケルベロスを連れているため、人々はモーセの海割りのように道を空けてくれる。
「快適ですわね、ケルベロス」
「(グルル)」
「次はどこのお店に……」
ナーナリアが、通りの向かいにあるペット用品店に目を向けた、その時。
「……あら」
非常に、見たくない人影が、視界の端に入った。
「……ナーナリア?」
聞き間違いようのない、苛立ちを含んだ声。
振り向くと、そこには、第二王子エドワードと、その腕に寄り添うリリアの姿があった。
「(うわ……最悪のタイミングですわ)」
ナーナリアは、露骨に顔をしかめた。
「ごきげんよう、エドワード殿下。リリア様」
「な……!」
エドワード王子は、ナーナリアの顔を見るなり、みるみる表情を険しくした。
「貴様、なぜ、こんな場所をうろついている!」
「うろつく、とは失礼ですわね。わたくし、愛犬のお散歩と、パフェを嗜みにまいりましたの」
「パフェだと!?」
王子は、信じられない、という顔で声を荒げた。
「私に婚約破棄されて、二日と経っていないのだぞ! それなのに、おめおめと街に出て、パフェを!」
「(この方、わたくしが泣きながら修道院にでも入るとお思いでしたの?)」
「王子……おやめくださいまし……」
リリアが、王子の袖を引く。
「ナーナリア様も、きっと……無理に明るく振る舞って……」
「(無理になど、一度たりとも振る舞っておりませんわ)」
「そうだ、リリア! なんて優しいんだ!」
王子は、リリアの言葉でさらに怒りを増幅させたようだ。
「ナーナリア! 貴様、まだ反省していないのか!」
エドワード王子が、ナーナリアに一歩詰め寄る。
「リリアへの謝罪も! 私への謝罪もまだだろう!」
「(グルルルルルウウウウ!)」
ナーナリアが何か言う前に、彼女の足元で巨大な影が動いた。
ケルベロスが、三つの頭の牙を剥き出しにし、王子に向かって低い唸り声を上げている。
「ひいっ! な、なんだ、この魔獣は!」
リリアが、王子の背中に隠れた。
「こら、ケルベロス。『待て』ですわ」
「貴様! そんな危険なものを連れて!」
「危険ではございませんわ。わたくしの可愛い『愛犬』です。……それより殿下」
ナーナリアは、冷ややかに王子を見据えた。
「わたくし、これ以上貴方方とお話しすることなど、何もございませんの」
「な、なんだと! この私を、ないがしろにする気か!」
「もう、わたくしたちは他人ですもの。違います?」
「き、貴様ああああ!」
エドワード王子が、カッとなって手を振り上げた。
ナーナリアを、殴ろうとしたわけではないだろう。
ただ、脅しのように、指を突きつけようとした、その瞬間。
スッ、と。
音もなく、黒い影がナーナリアの前に割り込んだ。
「……!」
ナーナリアの鼻先に、カイ・ランバートの背中があった。
「な、なんだ、貴様は!」
王子は、いきなり現れた騎士に動揺する。
「……カイ・ランバート」
カイは、振り返りもせず、低い声で名乗った。
「カイ……? まさか、『氷の騎士』か!?」
エドワード王子が、一歩たじろぐ。
王宮騎士団の中でも、カイ・ランバートは別格だ。
王族であっても、軽々しく扱える相手ではない。
「な、なぜ貴様が、こんな女と一緒にいる!」
「……」
カイは、答えない。
ただ、その氷のような青い瞳で、エドワード王子を(まるで虫けらでも見るように)見下ろしている。
「(……こ、怖いですわ、この人)」
ナーナリアは、自分の護衛(監視役)の冷徹さに、少しだけ引いていた。
「……殿下」
カイの唇が、わずかに動いた。
「なんだ!」
「職務の、邪魔です」
「……は?」
王子が、固まった。
「私の職務は、ナーナリア・フォン・グランツ様の『護衛』及び『監視』。それを、貴方が妨げている」
「なっ……ご、護衛だと!? 父上は、何を考えて……!」
「理由はどうあれ、これ以上、ナーナリア様に近づくことは許可しない」
「き、貴様……! 私が王族だとわかって……!」
「わかっている。だから、手出しはしない」
カイは、ゆっくりと王子からナーナリアへと視線を移した。
「……行くぞ」
「え? あ、はい」
「(グルル?)」
カイは、ナーナリアとケルベロスを背中に庇うようにして、再び歩き出した。
残されたのは、怒りに震える王子と、計算外の事態に焦るリリア。
「な……なんなのだ、アイツは!」
エドワード王子が、誰もいなくなった空間に向かって叫ぶ。
「王子……わ、私、怖かったです……」
リリアが、王子の腕にしがみつく。
「ああ、リリア……! すまない! だが、許せん! あのナーナリアのふてぶてしい態度と! あの氷騎士の無礼な態度!」
「(……カイ・ランバート……あの人がナーナリア様の側に……?)」
リリアは、王子の胸に顔をうずめながら、ナーナリアたちが去っていった方向を、鋭い目つきで見つめていた。
「(……面白くなってきじゃない)」
一方、少し離れた通りを歩きながら。
「……あの」
ナーナリアは、三歩前を歩く(いつの間にか立ち位置が変わっていた)黒い背中に、恐る恐る声をかけた。
「なんですの、急に。わたくし、まだ骨ガムを買っておりませんわ」
「……」
カイは、立ち止まらない。
「(……まあ、いいですわ)」
ナーナリアは、ほんの少しだけ、この氷の騎士を見る目が変わった。
「(職務の邪魔、でしたっけ)」
(あの王子の慌てた顔。少しだけ、ほんの少しだけ、スッとしましたわ)
ナーナリアは、誰にも気づかれないように、小さく口の端を上げた。
ナーナリアは、綺麗に空になったパフェグラスを眺め、ご満悦にため息をついた。
「わたくし、決めましたわ。この店のパフェ、全種類制覇いたします」
「……そうか」
向かいの席で、氷(と水)だけを摂取していたカイが、短く答える。
「あら、貴方も一口いかがでしたのに。『氷の騎士』様も、甘いものを召し上がれば、少しは表情筋が緩むかもしれませんわよ?」
「不要だ」
「(ちっ。鉄壁ですわね)」
ナーナリアは、会計を済ませて席を立った。
「さあ、ケルベロス! お待たせいたしましたわ! 次は貴方のおやつ(骨ガム)を買いに行きますわよ!」
「(キュウウン!)」
柱に繋がれていたケルベロスが、嬉しそうに三つの尻尾を振る。
その勢いで、テラス席のテーブルが少しずれた。
「こら、暴れないの」
「…………」
カイは、黙って立ち上がり、再びナーナリアの三歩後ろについた。
「(……本当に、影のようですわ。気配がなさすぎて逆に怖いですわよ)」
ナーナリアは、カイの存在を(なるべく)無視して、大通りを歩き始めた。
ケルベロスを連れているため、人々はモーセの海割りのように道を空けてくれる。
「快適ですわね、ケルベロス」
「(グルル)」
「次はどこのお店に……」
ナーナリアが、通りの向かいにあるペット用品店に目を向けた、その時。
「……あら」
非常に、見たくない人影が、視界の端に入った。
「……ナーナリア?」
聞き間違いようのない、苛立ちを含んだ声。
振り向くと、そこには、第二王子エドワードと、その腕に寄り添うリリアの姿があった。
「(うわ……最悪のタイミングですわ)」
ナーナリアは、露骨に顔をしかめた。
「ごきげんよう、エドワード殿下。リリア様」
「な……!」
エドワード王子は、ナーナリアの顔を見るなり、みるみる表情を険しくした。
「貴様、なぜ、こんな場所をうろついている!」
「うろつく、とは失礼ですわね。わたくし、愛犬のお散歩と、パフェを嗜みにまいりましたの」
「パフェだと!?」
王子は、信じられない、という顔で声を荒げた。
「私に婚約破棄されて、二日と経っていないのだぞ! それなのに、おめおめと街に出て、パフェを!」
「(この方、わたくしが泣きながら修道院にでも入るとお思いでしたの?)」
「王子……おやめくださいまし……」
リリアが、王子の袖を引く。
「ナーナリア様も、きっと……無理に明るく振る舞って……」
「(無理になど、一度たりとも振る舞っておりませんわ)」
「そうだ、リリア! なんて優しいんだ!」
王子は、リリアの言葉でさらに怒りを増幅させたようだ。
「ナーナリア! 貴様、まだ反省していないのか!」
エドワード王子が、ナーナリアに一歩詰め寄る。
「リリアへの謝罪も! 私への謝罪もまだだろう!」
「(グルルルルルウウウウ!)」
ナーナリアが何か言う前に、彼女の足元で巨大な影が動いた。
ケルベロスが、三つの頭の牙を剥き出しにし、王子に向かって低い唸り声を上げている。
「ひいっ! な、なんだ、この魔獣は!」
リリアが、王子の背中に隠れた。
「こら、ケルベロス。『待て』ですわ」
「貴様! そんな危険なものを連れて!」
「危険ではございませんわ。わたくしの可愛い『愛犬』です。……それより殿下」
ナーナリアは、冷ややかに王子を見据えた。
「わたくし、これ以上貴方方とお話しすることなど、何もございませんの」
「な、なんだと! この私を、ないがしろにする気か!」
「もう、わたくしたちは他人ですもの。違います?」
「き、貴様ああああ!」
エドワード王子が、カッとなって手を振り上げた。
ナーナリアを、殴ろうとしたわけではないだろう。
ただ、脅しのように、指を突きつけようとした、その瞬間。
スッ、と。
音もなく、黒い影がナーナリアの前に割り込んだ。
「……!」
ナーナリアの鼻先に、カイ・ランバートの背中があった。
「な、なんだ、貴様は!」
王子は、いきなり現れた騎士に動揺する。
「……カイ・ランバート」
カイは、振り返りもせず、低い声で名乗った。
「カイ……? まさか、『氷の騎士』か!?」
エドワード王子が、一歩たじろぐ。
王宮騎士団の中でも、カイ・ランバートは別格だ。
王族であっても、軽々しく扱える相手ではない。
「な、なぜ貴様が、こんな女と一緒にいる!」
「……」
カイは、答えない。
ただ、その氷のような青い瞳で、エドワード王子を(まるで虫けらでも見るように)見下ろしている。
「(……こ、怖いですわ、この人)」
ナーナリアは、自分の護衛(監視役)の冷徹さに、少しだけ引いていた。
「……殿下」
カイの唇が、わずかに動いた。
「なんだ!」
「職務の、邪魔です」
「……は?」
王子が、固まった。
「私の職務は、ナーナリア・フォン・グランツ様の『護衛』及び『監視』。それを、貴方が妨げている」
「なっ……ご、護衛だと!? 父上は、何を考えて……!」
「理由はどうあれ、これ以上、ナーナリア様に近づくことは許可しない」
「き、貴様……! 私が王族だとわかって……!」
「わかっている。だから、手出しはしない」
カイは、ゆっくりと王子からナーナリアへと視線を移した。
「……行くぞ」
「え? あ、はい」
「(グルル?)」
カイは、ナーナリアとケルベロスを背中に庇うようにして、再び歩き出した。
残されたのは、怒りに震える王子と、計算外の事態に焦るリリア。
「な……なんなのだ、アイツは!」
エドワード王子が、誰もいなくなった空間に向かって叫ぶ。
「王子……わ、私、怖かったです……」
リリアが、王子の腕にしがみつく。
「ああ、リリア……! すまない! だが、許せん! あのナーナリアのふてぶてしい態度と! あの氷騎士の無礼な態度!」
「(……カイ・ランバート……あの人がナーナリア様の側に……?)」
リリアは、王子の胸に顔をうずめながら、ナーナリアたちが去っていった方向を、鋭い目つきで見つめていた。
「(……面白くなってきじゃない)」
一方、少し離れた通りを歩きながら。
「……あの」
ナーナリアは、三歩前を歩く(いつの間にか立ち位置が変わっていた)黒い背中に、恐る恐る声をかけた。
「なんですの、急に。わたくし、まだ骨ガムを買っておりませんわ」
「……」
カイは、立ち止まらない。
「(……まあ、いいですわ)」
ナーナリアは、ほんの少しだけ、この氷の騎士を見る目が変わった。
「(職務の邪魔、でしたっけ)」
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