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元婚約者との最悪な遭遇から一夜。
ナーナリアは、またしても「買い食い」の支度を整えていた。
「(……昨日、あんなことがあったからといって、わたくしの自由を妨げられる道理はありませんわ!)」
「お嬢様。本日は、本当にお出かけに?」
侍女のアマンダが、心配そうに尋ねる。
「当たり前ですわ、アマンダ。昨日、王子たちのせいで骨ガムしか買えませんでしたのよ! 今日こそ、クレープと新作タルトを制覇しますわ!」
「しかし、カイ様が……」
「あの氷人形のことなら、もう玄関におりましたわ。相変わらず、置物のように」
ナーナリアは、ため息をついた。
「わたくし、決めたのです。あの人は『背景』。そう、『動く壁』だと思えば、腹も立ちませんわ」
「(カイ様が不憫になってまいりました……)」
「さあ、ケルベロス! 今日も護衛をよろしくてよ!」
「(バウ!)」
ナーナリアは、巨大な愛犬(と、動く壁)を引き連れ、意気揚々と王都へ繰り出した。
---
「…………」
「…………」
「(……気まずいですわ!)」
ナーナリアは、心の中で叫んだ。
カイ・ランバートは、今日も今日とて、きっかり三歩後ろを無言でついてくる。
(背景だと思おうと決めた矢先に、この存在感……!)
カイは、何もしていない。
ただ、そこにいるだけ。
それなのに、彼が発する「氷のオーラ(ナーナリア命名)」が、周囲の喧騒を遮断し、ナーナリアとの間に奇妙な静寂を生み出していた。
「(こうなれば、わたくしも無言を貫き通しますわ!)」
ナーナリアは、昨日逃したクレープ屋の行列に並んだ。
カイも、その三歩後ろに並ぶ。
「(……並ぶのですか、貴方も)」
「(……職務だ)」
(口に出していないのに、会話が成立しましたわ!)
ナーナリアは、たっぷりクリームとイチゴが乗ったクレープを受け取ると、カイに見せつけるように、大きな一口で頬張った。
「(んふー! 美味ですわ!)」
「…………」
カイは、無表情でそれを見ている。
「(……別に、羨ましくなんてありませんわよね、貴方は)」
ナーナリアは、クレープを早々に平らげると、次なる目的地、老舗のタルト専門店へと足を向けた。
その、道中だった。
「(ん? あれは……)」
ナーナリアの足が、ふと止まる。
視線の先には、最近できたばかりの、やたらと派手な装飾のカフェがあった。
「『男気! 激甘マウンテンパフェ・チャレンジ! 成功者は無料!』……」
ナーナリアは、店の前に置かれた巨大な食品サンプルを見て、顔をしかめた。
(まあ、下品ですこと。あんな、クリームとチョコとアイスの塊……)
(……少し、美味しそうですわね)
「お嬢様、どうかされましたか」
「いえ、アマンダ。あんな下品な店……」
ナーナリアが、悪態をつこうと振り返った、その時。
彼女は、気づいてしまった。
三歩後ろにいるはずの「動く壁」が、自分とほぼ同じタイミングで、足を止めていることに。
「(……?)」
そして、カイ・ランバートの、その氷のように冷たいはずの青い瞳が。
一直線に、寸分の狂いもなく。
その「激甘マウンテンパフェ」の食品サンプルに、釘付けになっていることに。
(……え?)
ナーナリアは、目をこすった。
気のせいかと思った。
だが、カイは動かない。
まるで、金縛りにでもあったかのように、そのパフェから視線を逸らせないでいる。
「(……まさか)」
「……騎士様?」
ナーナリアが、恐る恐る声をかける。
「……!」
カイの肩が、ほんのわずか、ピクリと震えた。
彼は、ゆっくりと、まるで錆びついたブリキの人形のように、ぎこちなく視線をナーナリアに戻した。
「……なんだ」
いつもの低い声。
いつもの無表情。
だが、ナーナリアは確信した。
(この人、今、動揺しておりますわ!)
「いえ。あんなパフェ、見るからに甘ったるくて胸焼けしそうですわね、と」
ナーナリアが、わざと意地悪く言う。
「…………」
カイは、答えない。
だが、その視線が、もう一度、チラリとパフェのサンプルに戻ったのを、ナーナリアは見逃さなかった。
「(……ふふふ)」
悪魔的な笑みが、ナーナリアの口元に浮かぶ。
「わたくし、決めましたわ」
「?」
「アマンダ、ケルベロスをよろしくてよ」
「は、はい?」
ナーナリアは、カイの腕を(無理やり)掴んだ。
「ひっ……!」
カイの体が、驚くほどビクッと跳ねた。
「(……氷の騎士が、女に腕を掴まれたくらいで、この反応!)」
「何をする」
カイが、低い声で威嚇する。
「決まっておりますわ。わたくし、少しお腹が空きましたの」
「さっき、クレープを」
「あれは前菜ですわ!」
ナーナリアは、カイの腕を掴んだまま、その派手なカフェの扉に向かって、ずんずんと歩き出した。
「おい、待て」
「お黙りなさい! 貴方はわたくしの護衛でしょう! 主人の命令が聞けませんの!?」
「俺の職務は護衛と『監視』だ。カフェに付き合うことではない」
「いいえ! わたくしが、あの中で『王家に仇なす計画』を立てるかもしれませんわよ!」
「…………」
カイは、ぐっと言葉に詰まった。
その理屈は、通ってしまう。
「いらっしゃいませー! お! 兄さん、チャレンジかい!?」
チャラチャラした店員が、カイを見てニヤニヤしている。
「(……!)」
カイは、無表情のまま。
だが、その握りしめられた拳は、小刻みに震えていた。
「この人、『激甘マウンテンパフェ』を一つ」
ナーナリアが、高らかに注文する。
「おい!」
「それと、わたくしは紅茶を」
「かしこまりー!」
席に(無理やり)着かせ、運ばれてきた、もはや「塔」と呼ぶべきパフェ。
「……」
カイは、目の前の「それ」を、信じられないものを見るような目で見つめている。
そして、ゆっくりとナーナリアを睨んだ。
「……何のつもりだ」
「何の、とは?」
ナーナリアは、優雅に紅茶を飲む。
「(……あの氷の騎士が!? こんな、子供じみた激甘パフェを!?)」
(面白すぎますわ!)
ナーナリアは、笑いをこらえるのに必死だった。
カイは、しばらくパフェとナーナリアを交互に睨みつけていたが、やがて、観念したように、スプーンを手に取った。
そして、一口。
「(……!)」
カイの無表情が、ほんの、ほんのわずかに、緩んだ。
(ようにナーナリアには見えた)
(食べましたわ! あの氷の騎士が、激甘パフェを!)
「……」
カイは、ナーナリアの視線に気づき、スプーンを置いた。
「……何か言いたそうだな」
「い、いえ、別に?」
ナーナリアは、必死で真顔を作った。
「(……ぷっ、あはは!)」
(とんでもない弱点を握ってしまいましたわ!)
ナーナリアの、監視役(という名のおもちゃ)を手に入れた生活は、ここからが本番のようだった。
ナーナリアは、またしても「買い食い」の支度を整えていた。
「(……昨日、あんなことがあったからといって、わたくしの自由を妨げられる道理はありませんわ!)」
「お嬢様。本日は、本当にお出かけに?」
侍女のアマンダが、心配そうに尋ねる。
「当たり前ですわ、アマンダ。昨日、王子たちのせいで骨ガムしか買えませんでしたのよ! 今日こそ、クレープと新作タルトを制覇しますわ!」
「しかし、カイ様が……」
「あの氷人形のことなら、もう玄関におりましたわ。相変わらず、置物のように」
ナーナリアは、ため息をついた。
「わたくし、決めたのです。あの人は『背景』。そう、『動く壁』だと思えば、腹も立ちませんわ」
「(カイ様が不憫になってまいりました……)」
「さあ、ケルベロス! 今日も護衛をよろしくてよ!」
「(バウ!)」
ナーナリアは、巨大な愛犬(と、動く壁)を引き連れ、意気揚々と王都へ繰り出した。
---
「…………」
「…………」
「(……気まずいですわ!)」
ナーナリアは、心の中で叫んだ。
カイ・ランバートは、今日も今日とて、きっかり三歩後ろを無言でついてくる。
(背景だと思おうと決めた矢先に、この存在感……!)
カイは、何もしていない。
ただ、そこにいるだけ。
それなのに、彼が発する「氷のオーラ(ナーナリア命名)」が、周囲の喧騒を遮断し、ナーナリアとの間に奇妙な静寂を生み出していた。
「(こうなれば、わたくしも無言を貫き通しますわ!)」
ナーナリアは、昨日逃したクレープ屋の行列に並んだ。
カイも、その三歩後ろに並ぶ。
「(……並ぶのですか、貴方も)」
「(……職務だ)」
(口に出していないのに、会話が成立しましたわ!)
ナーナリアは、たっぷりクリームとイチゴが乗ったクレープを受け取ると、カイに見せつけるように、大きな一口で頬張った。
「(んふー! 美味ですわ!)」
「…………」
カイは、無表情でそれを見ている。
「(……別に、羨ましくなんてありませんわよね、貴方は)」
ナーナリアは、クレープを早々に平らげると、次なる目的地、老舗のタルト専門店へと足を向けた。
その、道中だった。
「(ん? あれは……)」
ナーナリアの足が、ふと止まる。
視線の先には、最近できたばかりの、やたらと派手な装飾のカフェがあった。
「『男気! 激甘マウンテンパフェ・チャレンジ! 成功者は無料!』……」
ナーナリアは、店の前に置かれた巨大な食品サンプルを見て、顔をしかめた。
(まあ、下品ですこと。あんな、クリームとチョコとアイスの塊……)
(……少し、美味しそうですわね)
「お嬢様、どうかされましたか」
「いえ、アマンダ。あんな下品な店……」
ナーナリアが、悪態をつこうと振り返った、その時。
彼女は、気づいてしまった。
三歩後ろにいるはずの「動く壁」が、自分とほぼ同じタイミングで、足を止めていることに。
「(……?)」
そして、カイ・ランバートの、その氷のように冷たいはずの青い瞳が。
一直線に、寸分の狂いもなく。
その「激甘マウンテンパフェ」の食品サンプルに、釘付けになっていることに。
(……え?)
ナーナリアは、目をこすった。
気のせいかと思った。
だが、カイは動かない。
まるで、金縛りにでもあったかのように、そのパフェから視線を逸らせないでいる。
「(……まさか)」
「……騎士様?」
ナーナリアが、恐る恐る声をかける。
「……!」
カイの肩が、ほんのわずか、ピクリと震えた。
彼は、ゆっくりと、まるで錆びついたブリキの人形のように、ぎこちなく視線をナーナリアに戻した。
「……なんだ」
いつもの低い声。
いつもの無表情。
だが、ナーナリアは確信した。
(この人、今、動揺しておりますわ!)
「いえ。あんなパフェ、見るからに甘ったるくて胸焼けしそうですわね、と」
ナーナリアが、わざと意地悪く言う。
「…………」
カイは、答えない。
だが、その視線が、もう一度、チラリとパフェのサンプルに戻ったのを、ナーナリアは見逃さなかった。
「(……ふふふ)」
悪魔的な笑みが、ナーナリアの口元に浮かぶ。
「わたくし、決めましたわ」
「?」
「アマンダ、ケルベロスをよろしくてよ」
「は、はい?」
ナーナリアは、カイの腕を(無理やり)掴んだ。
「ひっ……!」
カイの体が、驚くほどビクッと跳ねた。
「(……氷の騎士が、女に腕を掴まれたくらいで、この反応!)」
「何をする」
カイが、低い声で威嚇する。
「決まっておりますわ。わたくし、少しお腹が空きましたの」
「さっき、クレープを」
「あれは前菜ですわ!」
ナーナリアは、カイの腕を掴んだまま、その派手なカフェの扉に向かって、ずんずんと歩き出した。
「おい、待て」
「お黙りなさい! 貴方はわたくしの護衛でしょう! 主人の命令が聞けませんの!?」
「俺の職務は護衛と『監視』だ。カフェに付き合うことではない」
「いいえ! わたくしが、あの中で『王家に仇なす計画』を立てるかもしれませんわよ!」
「…………」
カイは、ぐっと言葉に詰まった。
その理屈は、通ってしまう。
「いらっしゃいませー! お! 兄さん、チャレンジかい!?」
チャラチャラした店員が、カイを見てニヤニヤしている。
「(……!)」
カイは、無表情のまま。
だが、その握りしめられた拳は、小刻みに震えていた。
「この人、『激甘マウンテンパフェ』を一つ」
ナーナリアが、高らかに注文する。
「おい!」
「それと、わたくしは紅茶を」
「かしこまりー!」
席に(無理やり)着かせ、運ばれてきた、もはや「塔」と呼ぶべきパフェ。
「……」
カイは、目の前の「それ」を、信じられないものを見るような目で見つめている。
そして、ゆっくりとナーナリアを睨んだ。
「……何のつもりだ」
「何の、とは?」
ナーナリアは、優雅に紅茶を飲む。
「(……あの氷の騎士が!? こんな、子供じみた激甘パフェを!?)」
(面白すぎますわ!)
ナーナリアは、笑いをこらえるのに必死だった。
カイは、しばらくパフェとナーナリアを交互に睨みつけていたが、やがて、観念したように、スプーンを手に取った。
そして、一口。
「(……!)」
カイの無表情が、ほんの、ほんのわずかに、緩んだ。
(ようにナーナリアには見えた)
(食べましたわ! あの氷の騎士が、激甘パフェを!)
「……」
カイは、ナーナリアの視線に気づき、スプーンを置いた。
「……何か言いたそうだな」
「い、いえ、別に?」
ナーナリアは、必死で真顔を作った。
「(……ぷっ、あはは!)」
(とんでもない弱点を握ってしまいましたわ!)
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