悪役令嬢「婚約破棄?待ってました!」

パリパリかぷちーの

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「…………」

王宮の庭園は、地獄のような静寂に包まれていた。
いや、正確には、令嬢たちの息を飲む音と、ケルベロスが(吐き出してスッキリしたとばかりに)三つの舌で口元を舐める音だけが響いている。

ベチャリ、と。
リリアの目の前に転がる、泥にまみれたサテンの靴(片方)。
それは、彼女の浅はかな「自作自演」の、動かぬ証拠だった。

「(あ……あ……)」

リリアは、真っ白になった頭で、必死に次の一手を探す。
だが、もう、ない。
カイ・ランバートの冷静な指摘(石畳と無傷の靴)。
そして、アレクシスと魔犬(?)による、物理的な証拠(泥靴と盗み聞き)。
詰み、である。

「……リリア」

氷のように冷たい、低い声が響いた。
声の主は、今までリリアを庇うように立っていた、エドワード王子だった。

「あ……王子……! ちが、これは……!」

リリアが、震える声で王子にすがりつこうとする。

「……これは、なんの、冗談だ?」

「じょ、冗談など……! わたくしは、本当に……!」

「黙れ!」

エドワード王子の、今までにないほどの激しい怒声が、庭園中に響き渡った。

「(ビクッ!)」

リリアの肩が、恐怖で跳ね上がる。

「カイ・ランバートの言ったこと。そして、アレクシス卿の、この……証拠(よだれまみれの靴)」

王子は、震える指で、ケルベロスが吐き出した「それ」を指差した。

「すべて、嘘だというのか」

「そ、そうですわ! 嘘です! ナーナリア様たちが、皆様で、わたくしを陥れようと……!」

「(まだ言いますの、この女は……)」

ナーナリアは、もはや感心すらしていた。

「……そうか」

エドワード王子は、ゆっくりと、リリアから目を離した。
そして、自分の足元を、じっと見つめた。

「……そうか。そうだったのか」

「王子……?」

「私が……愚かだった」

王子は、乾いた笑いを漏らした。

「私は、貴様の、その『涙』に……その『可憐さ』に、ずっと、騙されていたというわけだ」

「ち、違います! 王子! わたくしは、本当に……!」

「黙れと言っている!」

エドワード王子は、リリアに向き直った。
その目は、もはや、昨日までの甘い光はなく、ただ、冷たい軽蔑と、燃えるような怒りに満ちていた。

「君だったのか! ずっと!」

「(……!)」

「ナーナリアが、リリアにした数々の非道な行い、と私は言ったな」

「…………」

「教科書を隠したのも! 階段から突き落とそうとした(フリをした)のも! ドレスに泥を塗った(ように見せかけた)のも!」

「あ……」

「全部! 全部、貴様の、仕組んだことだったのではないか!」

「(((まあ……!)))」

周囲の令嬢たちが、ついに、事の真相に気づき、一斉にリリアを非難の目で見た。
(手のひらの返しが、早い)

「ひ……! ひぃ……!」

リリアは、その場に、今度こそ、本当に腰を抜かした。
もはや、演技ではない。

「……王子」

ナーナリアは、この茶番(裁判)が、ようやく終わる気配を感じ、口を開いた。

「もう、よろしいのではなくて?」

「ナーナリア……」

エドワード王子は、リリアから、ゆっくりと、ナーナリアへと視線を移した。
その顔は、怒りから一転、苦悶と、深い、深い後悔に歪んでいた。

「……私は」

「はい」

「私は……貴様に……!」

次の瞬間。
エドワード第二王子は、その高貴な膝を折り。

庭園の、芝生の上に、両手をついた。

「「「(((えええええええええ!?)))」」」

令嬢たちの、本日一番の悲鳴が上がる。

「すまなかったあああああ!」

王子の、絶叫に近い謝罪が、響き渡る。

「(……は?)」

ナーナリアは、目の前で起きていることが、理解できなかった。
(土下座……? この、プライドの塊のような王子が?)

「私だ! 私が、すべて、間違っていた!」

エドワード王子は、顔を上げられないまま、地面に向かって叫び続ける。

「私は、この女の嘘偽りの涙に騙され! 真実を見抜けず! 貴様という、本当の……本当の……!」

(本当の、なんですか、早くしてくださいまし)

「貴様を、大勢の前で、婚約破棄などと……!」

「(おお、ようやく、本題に戻りましたわね)」

「すまなかった、ナーナリア! 私を、殴ってくれ!」

「(……いえ、それは、さすがに……)」

ナーナリアは、目の前で土下座する元婚約者を、非常に冷めた目で、見下ろしていた。

「お兄様」

「なんだ、ナーナリア」

「(……お兄様、その拳を、下ろしてくださいまし。本気で殴りかかろうとするのは、おやめなさい)」

「(ちっ、今なら、正当防衛が……)」

「(なりませんわ)」

ナーナリアは、コホン、と咳払いをした。

「……殿下。顔を、お上げくださいな」

「いや! 貴様が、私を許してくれるまでは、上げられん!」

「(……面倒な人ですわ、本当に)」

ナーナリアは、深いため息をついた。
そして、土下座する王子の、すぐそばまで、歩み寄った。

「殿下」

「……!」

「わたくし、別に、怒っておりませんのよ」

「え……?」

王子が、恐る恐る、顔を上げる。
その顔は、涙と鼻水で、なかなかにひどいことになっていた。

「わたくし、あの日、貴方に婚約破棄されて、心の底から『スッキリした』と申し上げたはずですわ」

「う……」

「わたくし、貴方のお妃になるより、愛犬ケルベロスと、王都の甘味を制覇する人生の方が、百倍も、千倍も、幸せですの」

「(((…………)))」

庭園の全員が、ナーナリアの「本音(ガチ)」に、言葉を失う。

「ですから、殿下」

ナーナリアは、完璧な淑女の笑みを、王子に向けた。

「わたくしに謝罪なさるより、まずは、そのお顔を洗っていらした方がよろしいのではなくて?」

「…………は?」

「あと」

ナーナリアは、ふと、視線を、悲劇の(自業自得の)ヒロイン……リリアが腰を抜かしているあたりから、ビュッフェ台の方へと移した。

「(……あ!)」

「あ、そこの『オペラ(ケーキ)』、わたくしの分が残っているか、そちらの方が、よほど心配ですわ」

「…………」

エドワード王子は、固まった。
ナーナリアも、固まった(ケーキを見つめて)。

「…………」

カイ・ランバートが、すっ、と動き。
ナーナリアが狙っていた「オペラ」の最後の一切れを、自分の皿に、音もなく乗せた。

「(ああああああ! 氷人形! 貴様ああああ!)」

「(……!)」

カイは、ナーナリアの怨嗟の視線に気づき、無表情のまま、そのオペラを、一口で、口に放り込んだ。

「(……もぐ)」

「(わたくしの、オペラがああああ!)」

王子の謝罪。
リリアの断罪。
そんな、シリアスな(?)場面は、元悪役令嬢の「食い意地」と、氷の騎士の「マイペース」によって、またしても、カオスなコメディへと塗り替えられていくのだった。
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