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「わあああああああ!」
王宮の庭園に、本日何度目かわからない、しかし、これまでで最も心の底からの(絶望に満ちた)絶叫が響き渡った。
声の主は、もちろん、ナーナリア・フォン・グランツ。
「わ、わたくしの……! わたくしが、あのリリア様の茶番劇を耐え忍び、この瞬間のために見守ってきた、最後の一切れのオペラがああああ!」
「(……!)」
土下座したままのエドワード王子が、ビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。
そこには、自分(王子)の真摯な謝罪など、もはや視界に入っていないかのように、別の男(カイ)に詰め寄る、元婚約者の姿があった。
「カイ様! 貴様あああ! よくも!」
「……(もぐ)」
カイ・ランバートは、ナーナリアの血走った視線を(涼しい顔で)受け止めながら、口に残った最後の一かけらを、ゆっくりと飲み込んだ。
「……うまかった」
「(……!)」
「貴様あああ! わたくしの護衛(という名の犬代わり)のくせに! 主人の獲物を横取りするとは、どういう了見ですの!」
「『犬』は、ケルベロス卿だろう」
「(ガウ!)」
名前を呼ばれ、兄アレクシスの隣で(よだれまみれの靴を前に)鎮座していたケルベロスが、誇らしげに(?)吠える。
「そ、そういう問題ではございませんわ!」
「(な……なんなのだ、この状況は……)」
エドワード王子は、土下座した体勢のまま、完全に、思考が停止していた。
(私は、今、国を揺るがすかもしれない、重大な謝罪をしているのではなかったか……?)
(なぜ、ナーナリアは、謝罪(これ)より、ケーキ(あれ)に、激怒しているのだ……?)
「ナーナリア!」
王子は、耐えきれず、声を張り上げた。
「私は! 貴様に謝っているのだぞ!」
「……ああ、そうでしたわね」
ナーナリアは、ようやく、思い出したかのように、土下座王子に視線を戻した。
その目は、オペラを失った悲しみで、まだ少し潤んでいる。
「で、何のご用でしたかしら、殿下(もう顔を上げてよろしいのに)」
「用、ではない! 謝罪だ!」
「ですから、その謝罪、先ほど確かに、お聞き届けいたしましたわ」
「う……」
「それで? わたくしは、なんと返せばよろしいのですか? 『はい、殿下。わたくし、貴方を許しますわ。さあ、もう一度、わたくしと婚約を』とでも?」
「(……!)」
王子は、ナーナリアの(まさかの)言葉に、一瞬、顔を輝かせかけた。
「……などと、わたくしが言うとお思い?」
ナーナリアは、心底、冷え切った笑顔を、王子に向けた。
「(ひ……!)」
王子は、その笑顔が、リリアの嘘泣きよりも、何倍も恐ろしいものだと、今、初めて知った。
「殿下」
ナーナリアは、ゆっくりと、王子の前にしゃがみ込んだ。
「今更、謝られても。わたくしの感想は、ただ一つ」
「…………」
「『だから、何ですの?』と、これだけですわ」
「な……!」
「貴方が、リリア様に騙されていようと、いまいと。わたくしを、大勢の前で婚約破棄なさったという事実は、変わりません」
「うぐ……」
「そして、わたくしが! それを! 心の底から、喜んでいるという事実も、変わりませんのよ」
「(((…………)))」
庭園中の令嬢たちが、息を飲む。
(言った……! この元悪役令嬢、言いきったわ……!)
「わたくしは、自由ですの。もう、貴方のための、お妃教育も、退屈な公務も、何より、貴方とリリア様の『痴話喧嘩(という名の茶番)』に付き合わなくていい」
「…………」
「こんなに、素晴らしいことは、ございませんわ」
ナーナリアは、すっ、と立ち上がった。
「ですから、殿下。謝罪は、もう結構です。わたくしは、貴方を許すも許さないも、ありません。なぜなら」
「…………」
「もう、わたくしの人生に、貴方は『無関係』ですもの」
バッサリ。
それは、剣聖と呼ばれるアレクシス(兄)の一撃よりも、鋭く、重い、一太刀だった。
エドワード王子は、土下座の体勢のまま、完全に、白く、燃え尽きていた。
「あ……あ……」
その時。
庭園の隅で、ずっと、震えていた影が、動いた。
「(……ひっ!)」
リリアが、誰にも気づかれないように、ゆっくりと、後ずさりを始めたのだ。
(王子は、もうダメ……! こうなったら、逃げて、お父様に……!)
「(ガウ!)」
「ひゃあ!」
しかし、リリアの退路は、地獄の番犬(ケルベロス)によって、完全に塞がれていた。
「リリア嬢」
アレクシス(兄)が、地を這うような低い声で、彼女の名前を呼んだ。
「貴様が、我が妹(ナーナリア)にしたこと。そして、王家を騙した罪。……きっちり、償ってもらうぞ」
「い、いやあああああ!」
リリアの、本物の悲鳴が、響き渡った。
(※この後、彼女は、アレクシス兄によって、衛兵に(物理的に)引き渡され、実家の男爵家も、王家詐称の罪で、厳しい処分が下されることになる)
「……さて」
ナーナリアは、リリアが連行されていく(どうでもいい)光景を、一瞥すると。
再び、ビュッフェ台に、真剣な視線を戻した。
「(……よし。まだ、パフェが残っておりますわ)」
「カイ様」
「なんだ」
「オペラ(わたくしの)を食べた罪滅ぼしに。あそこの、新作『マロンパフェ』を取ってくださいまし」
ナーナリアは、燃え尽きたままの王子(土下座像)を、優雅に(足蹴にしないだけマシ)避けながら、ビュッフェ台を指差した。
「わたくし、疲れましたので、あそこの席で待っておりますわ」
「…………」
カイは、ナーナリアの、あまりにも「通常運転」な様に、一瞬、呆気に取られたかのように見えたが。
すぐに、いつもの無表情に戻ると。
(……よく言った)
ナーナリアが王子に放った、最後の一言(無関係)を、内心で(勝手に)評価しながら。
彼女の(ついでに自分の)ために、マロンパフェを二つ確保しに、ビュッフェ台へと向かった。
元悪役令嬢は、こうして、自らの手で(主に食欲で)、完全なる自由を勝ち取ったのだった。
王宮の庭園に、本日何度目かわからない、しかし、これまでで最も心の底からの(絶望に満ちた)絶叫が響き渡った。
声の主は、もちろん、ナーナリア・フォン・グランツ。
「わ、わたくしの……! わたくしが、あのリリア様の茶番劇を耐え忍び、この瞬間のために見守ってきた、最後の一切れのオペラがああああ!」
「(……!)」
土下座したままのエドワード王子が、ビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。
そこには、自分(王子)の真摯な謝罪など、もはや視界に入っていないかのように、別の男(カイ)に詰め寄る、元婚約者の姿があった。
「カイ様! 貴様あああ! よくも!」
「……(もぐ)」
カイ・ランバートは、ナーナリアの血走った視線を(涼しい顔で)受け止めながら、口に残った最後の一かけらを、ゆっくりと飲み込んだ。
「……うまかった」
「(……!)」
「貴様あああ! わたくしの護衛(という名の犬代わり)のくせに! 主人の獲物を横取りするとは、どういう了見ですの!」
「『犬』は、ケルベロス卿だろう」
「(ガウ!)」
名前を呼ばれ、兄アレクシスの隣で(よだれまみれの靴を前に)鎮座していたケルベロスが、誇らしげに(?)吠える。
「そ、そういう問題ではございませんわ!」
「(な……なんなのだ、この状況は……)」
エドワード王子は、土下座した体勢のまま、完全に、思考が停止していた。
(私は、今、国を揺るがすかもしれない、重大な謝罪をしているのではなかったか……?)
(なぜ、ナーナリアは、謝罪(これ)より、ケーキ(あれ)に、激怒しているのだ……?)
「ナーナリア!」
王子は、耐えきれず、声を張り上げた。
「私は! 貴様に謝っているのだぞ!」
「……ああ、そうでしたわね」
ナーナリアは、ようやく、思い出したかのように、土下座王子に視線を戻した。
その目は、オペラを失った悲しみで、まだ少し潤んでいる。
「で、何のご用でしたかしら、殿下(もう顔を上げてよろしいのに)」
「用、ではない! 謝罪だ!」
「ですから、その謝罪、先ほど確かに、お聞き届けいたしましたわ」
「う……」
「それで? わたくしは、なんと返せばよろしいのですか? 『はい、殿下。わたくし、貴方を許しますわ。さあ、もう一度、わたくしと婚約を』とでも?」
「(……!)」
王子は、ナーナリアの(まさかの)言葉に、一瞬、顔を輝かせかけた。
「……などと、わたくしが言うとお思い?」
ナーナリアは、心底、冷え切った笑顔を、王子に向けた。
「(ひ……!)」
王子は、その笑顔が、リリアの嘘泣きよりも、何倍も恐ろしいものだと、今、初めて知った。
「殿下」
ナーナリアは、ゆっくりと、王子の前にしゃがみ込んだ。
「今更、謝られても。わたくしの感想は、ただ一つ」
「…………」
「『だから、何ですの?』と、これだけですわ」
「な……!」
「貴方が、リリア様に騙されていようと、いまいと。わたくしを、大勢の前で婚約破棄なさったという事実は、変わりません」
「うぐ……」
「そして、わたくしが! それを! 心の底から、喜んでいるという事実も、変わりませんのよ」
「(((…………)))」
庭園中の令嬢たちが、息を飲む。
(言った……! この元悪役令嬢、言いきったわ……!)
「わたくしは、自由ですの。もう、貴方のための、お妃教育も、退屈な公務も、何より、貴方とリリア様の『痴話喧嘩(という名の茶番)』に付き合わなくていい」
「…………」
「こんなに、素晴らしいことは、ございませんわ」
ナーナリアは、すっ、と立ち上がった。
「ですから、殿下。謝罪は、もう結構です。わたくしは、貴方を許すも許さないも、ありません。なぜなら」
「…………」
「もう、わたくしの人生に、貴方は『無関係』ですもの」
バッサリ。
それは、剣聖と呼ばれるアレクシス(兄)の一撃よりも、鋭く、重い、一太刀だった。
エドワード王子は、土下座の体勢のまま、完全に、白く、燃え尽きていた。
「あ……あ……」
その時。
庭園の隅で、ずっと、震えていた影が、動いた。
「(……ひっ!)」
リリアが、誰にも気づかれないように、ゆっくりと、後ずさりを始めたのだ。
(王子は、もうダメ……! こうなったら、逃げて、お父様に……!)
「(ガウ!)」
「ひゃあ!」
しかし、リリアの退路は、地獄の番犬(ケルベロス)によって、完全に塞がれていた。
「リリア嬢」
アレクシス(兄)が、地を這うような低い声で、彼女の名前を呼んだ。
「貴様が、我が妹(ナーナリア)にしたこと。そして、王家を騙した罪。……きっちり、償ってもらうぞ」
「い、いやあああああ!」
リリアの、本物の悲鳴が、響き渡った。
(※この後、彼女は、アレクシス兄によって、衛兵に(物理的に)引き渡され、実家の男爵家も、王家詐称の罪で、厳しい処分が下されることになる)
「……さて」
ナーナリアは、リリアが連行されていく(どうでもいい)光景を、一瞥すると。
再び、ビュッフェ台に、真剣な視線を戻した。
「(……よし。まだ、パフェが残っておりますわ)」
「カイ様」
「なんだ」
「オペラ(わたくしの)を食べた罪滅ぼしに。あそこの、新作『マロンパフェ』を取ってくださいまし」
ナーナリアは、燃え尽きたままの王子(土下座像)を、優雅に(足蹴にしないだけマシ)避けながら、ビュッフェ台を指差した。
「わたくし、疲れましたので、あそこの席で待っておりますわ」
「…………」
カイは、ナーナリアの、あまりにも「通常運転」な様に、一瞬、呆気に取られたかのように見えたが。
すぐに、いつもの無表情に戻ると。
(……よく言った)
ナーナリアが王子に放った、最後の一言(無関係)を、内心で(勝手に)評価しながら。
彼女の(ついでに自分の)ために、マロンパフェを二つ確保しに、ビュッフェ台へと向かった。
元悪役令嬢は、こうして、自らの手で(主に食欲で)、完全なる自由を勝ち取ったのだった。
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