悪役令嬢「婚約破棄?待ってました!」

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
21 / 28

21

しおりを挟む
「わあああああああ!」

王宮の庭園に、本日何度目かわからない、しかし、これまでで最も心の底からの(絶望に満ちた)絶叫が響き渡った。

声の主は、もちろん、ナーナリア・フォン・グランツ。

「わ、わたくしの……! わたくしが、あのリリア様の茶番劇を耐え忍び、この瞬間のために見守ってきた、最後の一切れのオペラがああああ!」

「(……!)」

土下座したままのエドワード王子が、ビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。
そこには、自分(王子)の真摯な謝罪など、もはや視界に入っていないかのように、別の男(カイ)に詰め寄る、元婚約者の姿があった。

「カイ様! 貴様あああ! よくも!」

「……(もぐ)」

カイ・ランバートは、ナーナリアの血走った視線を(涼しい顔で)受け止めながら、口に残った最後の一かけらを、ゆっくりと飲み込んだ。

「……うまかった」

「(……!)」

「貴様あああ! わたくしの護衛(という名の犬代わり)のくせに! 主人の獲物を横取りするとは、どういう了見ですの!」

「『犬』は、ケルベロス卿だろう」

「(ガウ!)」

名前を呼ばれ、兄アレクシスの隣で(よだれまみれの靴を前に)鎮座していたケルベロスが、誇らしげに(?)吠える。

「そ、そういう問題ではございませんわ!」

「(な……なんなのだ、この状況は……)」

エドワード王子は、土下座した体勢のまま、完全に、思考が停止していた。
(私は、今、国を揺るがすかもしれない、重大な謝罪をしているのではなかったか……?)

(なぜ、ナーナリアは、謝罪(これ)より、ケーキ(あれ)に、激怒しているのだ……?)

「ナーナリア!」

王子は、耐えきれず、声を張り上げた。

「私は! 貴様に謝っているのだぞ!」

「……ああ、そうでしたわね」

ナーナリアは、ようやく、思い出したかのように、土下座王子に視線を戻した。
その目は、オペラを失った悲しみで、まだ少し潤んでいる。

「で、何のご用でしたかしら、殿下(もう顔を上げてよろしいのに)」

「用、ではない! 謝罪だ!」

「ですから、その謝罪、先ほど確かに、お聞き届けいたしましたわ」

「う……」

「それで? わたくしは、なんと返せばよろしいのですか? 『はい、殿下。わたくし、貴方を許しますわ。さあ、もう一度、わたくしと婚約を』とでも?」

「(……!)」

王子は、ナーナリアの(まさかの)言葉に、一瞬、顔を輝かせかけた。

「……などと、わたくしが言うとお思い?」

ナーナリアは、心底、冷え切った笑顔を、王子に向けた。

「(ひ……!)」

王子は、その笑顔が、リリアの嘘泣きよりも、何倍も恐ろしいものだと、今、初めて知った。

「殿下」

ナーナリアは、ゆっくりと、王子の前にしゃがみ込んだ。

「今更、謝られても。わたくしの感想は、ただ一つ」

「…………」

「『だから、何ですの?』と、これだけですわ」

「な……!」

「貴方が、リリア様に騙されていようと、いまいと。わたくしを、大勢の前で婚約破棄なさったという事実は、変わりません」

「うぐ……」

「そして、わたくしが! それを! 心の底から、喜んでいるという事実も、変わりませんのよ」

「(((…………)))」

庭園中の令嬢たちが、息を飲む。
(言った……! この元悪役令嬢、言いきったわ……!)

「わたくしは、自由ですの。もう、貴方のための、お妃教育も、退屈な公務も、何より、貴方とリリア様の『痴話喧嘩(という名の茶番)』に付き合わなくていい」

「…………」

「こんなに、素晴らしいことは、ございませんわ」

ナーナリアは、すっ、と立ち上がった。

「ですから、殿下。謝罪は、もう結構です。わたくしは、貴方を許すも許さないも、ありません。なぜなら」

「…………」

「もう、わたくしの人生に、貴方は『無関係』ですもの」

バッサリ。

それは、剣聖と呼ばれるアレクシス(兄)の一撃よりも、鋭く、重い、一太刀だった。

エドワード王子は、土下座の体勢のまま、完全に、白く、燃え尽きていた。

「あ……あ……」

その時。
庭園の隅で、ずっと、震えていた影が、動いた。

「(……ひっ!)」

リリアが、誰にも気づかれないように、ゆっくりと、後ずさりを始めたのだ。

(王子は、もうダメ……! こうなったら、逃げて、お父様に……!)

「(ガウ!)」

「ひゃあ!」

しかし、リリアの退路は、地獄の番犬(ケルベロス)によって、完全に塞がれていた。

「リリア嬢」

アレクシス(兄)が、地を這うような低い声で、彼女の名前を呼んだ。

「貴様が、我が妹(ナーナリア)にしたこと。そして、王家を騙した罪。……きっちり、償ってもらうぞ」

「い、いやあああああ!」

リリアの、本物の悲鳴が、響き渡った。
(※この後、彼女は、アレクシス兄によって、衛兵に(物理的に)引き渡され、実家の男爵家も、王家詐称の罪で、厳しい処分が下されることになる)

「……さて」

ナーナリアは、リリアが連行されていく(どうでもいい)光景を、一瞥すると。
再び、ビュッフェ台に、真剣な視線を戻した。

「(……よし。まだ、パフェが残っておりますわ)」

「カイ様」

「なんだ」

「オペラ(わたくしの)を食べた罪滅ぼしに。あそこの、新作『マロンパフェ』を取ってくださいまし」

ナーナリアは、燃え尽きたままの王子(土下座像)を、優雅に(足蹴にしないだけマシ)避けながら、ビュッフェ台を指差した。

「わたくし、疲れましたので、あそこの席で待っておりますわ」

「…………」

カイは、ナーナリアの、あまりにも「通常運転」な様に、一瞬、呆気に取られたかのように見えたが。

すぐに、いつもの無表情に戻ると。

(……よく言った)

ナーナリアが王子に放った、最後の一言(無関係)を、内心で(勝手に)評価しながら。
彼女の(ついでに自分の)ために、マロンパフェを二つ確保しに、ビュッフェ台へと向かった。

元悪役令嬢は、こうして、自らの手で(主に食欲で)、完全なる自由を勝ち取ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私達、婚約破棄しましょう

アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。 婚約者には愛する人がいる。 彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。 婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。 だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。 しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。 聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。 だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。 追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。 冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。 そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。 暴かれる真実。崩壊する虚構。 “悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

処理中です...