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「……離せ! 無礼だろう! 僕は一国の王子だぞ! こんな風に拘束して、国際問題になってもいいのか!」
アルトワ公爵邸の別棟、応接室という名の「豪華な取調室」に、ジュリアンの絶叫が響き渡った。
だが、扉の前に立つ騎士たちは、彫像のように微動だにしない。
そこへ、カツカツと小気味よい足音と共に、ゼクスとクロナが入室してきた。
「……お静かに、ジュリアン殿下。貴方の声のデシベル数が上がるたびに、我が家の壁紙の修繕費を請求したくなってしまいますわ」
クロナは、呆れ果てたように算盤を脇に抱え、冷ややかな視線を投げかけた。
「クロナ! やっと来たか! さあ、この無礼な男に命じて、すぐに僕を解放させろ! そして僕と一緒にマリスへ帰るんだ!」
「お言葉ですが、殿下。解放されたとして、貴方はどちらの馬車で帰られるおつもりかしら? 貴方が乗ってきた馬車は、先ほど我がロベール家の名義で正式に回収いたしました。……あ、中に入っていた貴方の着替えも、古着屋に売却済みですわよ」
「な、なな……っ! 僕の服を売ったのか!?」
「ええ。殿下がこれまで私から搾取した『婚約維持コスト』の、ほんのコンマ数パーセントの足しにはなりましたわ。感謝してちょうだい」
ジュリアンが絶句していると、隣で腕を組んでいたゼクスが、一歩前に出た。
彼の周囲には、触れれば凍りつくような鋭い威圧感が漂っている。
「……マリス王国の第一王子。君の聞き苦しい言い分は、先ほどから耳に入っている。……だが、一つだけ訂正させてもらおう」
ゼクスは、隣に立つクロナの肩を、抱き寄せるように強く引き寄せた。
「クロナは、君のものなどではない。……彼女は現在、我がアルトワ公爵家の最優先重要人物であり、私の大切なビジネスパートナー……。そして、私の『婚約者(予定)』だ」
「こ、婚約者……予定……!?」
ジュリアンの顔が、驚愕で引き攣る。
それ以上に驚いたのは、当のクロナだった。
「(……ま、まあ! 閣下、今の発言は契約書に記載されていませんわ! 『予定』という不確定な変数を、この公衆の前で宣言するなんて……!)」
クロナは顔を赤くし、動揺を隠すように算盤の珠を激しく弾いた。
だが、ゼクスはその手を優しく握り、真っ直ぐにジュリアンを射抜いた。
「彼女の知性は、この国の至宝だ。……君のような、数字も読めず、自国の財政すら把握できない無能に、彼女を預けるわけにはいかない。……もし彼女を無理やり連れ戻そうとするなら、それは我がアルトワ公爵領に対する宣戦布告と見なすが?」
「せ、宣戦布告……!? たかが女一人のために、戦争をしようというのか!」
「たかが、ではない。……彼女一人で、君の国の国家予算を数年分底上げできるのだ。……戦略的価値を考えれば、軍を動かすに十分な理由だとは思わないか?」
ゼクスの冷徹な論理に、ジュリアンは言葉を失い、膝をついた。
隣で震えていたリリィも、ついに耐えきれずに泣き出した。
「そんな……。ジュリアン様、私たち、本当に捨てられてしまったのですか……?」
「……フン。捨てられたのではない、君たちが『破産』しただけだ」
ゼクスは冷たく吐き捨てると、クロナに向き直った。
「クロナ。……今の私の発言、不服だったか? 勝手に婚約者(予定)などと口にしてしまったが」
クロナは、真っ赤な顔を伏せながらも、そっとゼクスの袖を掴んだ。
「……い、いえ。……投資の妥当性としては、非常に理にかなった発言だったと思いますわ。……それに、閣下の隣にいる方が、私の脳のパフォーマンスも上がるようですし……」
「……そうか。ならば、その『予定』を早急に『確定』にするための計画書を作成しなければな」
ゼクスが微かに微笑むと、クロナの心臓は再び、計算不能なビートを刻み始めた。
「(……ああ、もう。数字では説明できないこの多幸感。……これ、福利厚生の一部として帳簿につけてもよろしいかしら)」
一方、ジュリアンは騎士たちに抱えられ、再び部屋から運び出されていった。
彼はまだ何かを叫んでいたが、その声はもはや、幸せな二人の耳には届かなかった。
史上最も合理的で、そして少しだけ熱い「婚約者(予定)」の宣言。
クロナの新しい人生は、今、確かな愛という名の資本と共に、次のステージへと進もうとしていた。
アルトワ公爵邸の別棟、応接室という名の「豪華な取調室」に、ジュリアンの絶叫が響き渡った。
だが、扉の前に立つ騎士たちは、彫像のように微動だにしない。
そこへ、カツカツと小気味よい足音と共に、ゼクスとクロナが入室してきた。
「……お静かに、ジュリアン殿下。貴方の声のデシベル数が上がるたびに、我が家の壁紙の修繕費を請求したくなってしまいますわ」
クロナは、呆れ果てたように算盤を脇に抱え、冷ややかな視線を投げかけた。
「クロナ! やっと来たか! さあ、この無礼な男に命じて、すぐに僕を解放させろ! そして僕と一緒にマリスへ帰るんだ!」
「お言葉ですが、殿下。解放されたとして、貴方はどちらの馬車で帰られるおつもりかしら? 貴方が乗ってきた馬車は、先ほど我がロベール家の名義で正式に回収いたしました。……あ、中に入っていた貴方の着替えも、古着屋に売却済みですわよ」
「な、なな……っ! 僕の服を売ったのか!?」
「ええ。殿下がこれまで私から搾取した『婚約維持コスト』の、ほんのコンマ数パーセントの足しにはなりましたわ。感謝してちょうだい」
ジュリアンが絶句していると、隣で腕を組んでいたゼクスが、一歩前に出た。
彼の周囲には、触れれば凍りつくような鋭い威圧感が漂っている。
「……マリス王国の第一王子。君の聞き苦しい言い分は、先ほどから耳に入っている。……だが、一つだけ訂正させてもらおう」
ゼクスは、隣に立つクロナの肩を、抱き寄せるように強く引き寄せた。
「クロナは、君のものなどではない。……彼女は現在、我がアルトワ公爵家の最優先重要人物であり、私の大切なビジネスパートナー……。そして、私の『婚約者(予定)』だ」
「こ、婚約者……予定……!?」
ジュリアンの顔が、驚愕で引き攣る。
それ以上に驚いたのは、当のクロナだった。
「(……ま、まあ! 閣下、今の発言は契約書に記載されていませんわ! 『予定』という不確定な変数を、この公衆の前で宣言するなんて……!)」
クロナは顔を赤くし、動揺を隠すように算盤の珠を激しく弾いた。
だが、ゼクスはその手を優しく握り、真っ直ぐにジュリアンを射抜いた。
「彼女の知性は、この国の至宝だ。……君のような、数字も読めず、自国の財政すら把握できない無能に、彼女を預けるわけにはいかない。……もし彼女を無理やり連れ戻そうとするなら、それは我がアルトワ公爵領に対する宣戦布告と見なすが?」
「せ、宣戦布告……!? たかが女一人のために、戦争をしようというのか!」
「たかが、ではない。……彼女一人で、君の国の国家予算を数年分底上げできるのだ。……戦略的価値を考えれば、軍を動かすに十分な理由だとは思わないか?」
ゼクスの冷徹な論理に、ジュリアンは言葉を失い、膝をついた。
隣で震えていたリリィも、ついに耐えきれずに泣き出した。
「そんな……。ジュリアン様、私たち、本当に捨てられてしまったのですか……?」
「……フン。捨てられたのではない、君たちが『破産』しただけだ」
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クロナは、真っ赤な顔を伏せながらも、そっとゼクスの袖を掴んだ。
「……い、いえ。……投資の妥当性としては、非常に理にかなった発言だったと思いますわ。……それに、閣下の隣にいる方が、私の脳のパフォーマンスも上がるようですし……」
「……そうか。ならば、その『予定』を早急に『確定』にするための計画書を作成しなければな」
ゼクスが微かに微笑むと、クロナの心臓は再び、計算不能なビートを刻み始めた。
「(……ああ、もう。数字では説明できないこの多幸感。……これ、福利厚生の一部として帳簿につけてもよろしいかしら)」
一方、ジュリアンは騎士たちに抱えられ、再び部屋から運び出されていった。
彼はまだ何かを叫んでいたが、その声はもはや、幸せな二人の耳には届かなかった。
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