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「……お口に合いませんでしたか?」
アミュレットの静かな問いかけに、ゼノンはハッと我に返った。
目の前の令嬢が、心底不思議そうな顔でこちらを見ている。自分がどれほど無我夢中でスコーンを貪っていたか、そして今、どれほど間の抜けた顔で固まっていたかを自覚し、ゼノンの頬にじわりと熱が集まった。
「い、いや!滅相もない!」
彼は慌てて首を横に振る。
「こ、これは……その……今まで食べたどんな菓子よりも、素晴らしく……非常に、美味だった」
なんとか絞り出した賞賛の言葉。しかし、彼の脳内では聖剣アルドゥインが怒り狂っていた。
『美味だった、だと!? 小僧、貴様の語彙力はその程度か! あの神々の創造物に対し、なんと陳腐な感想を述べるのだ! 神への冒涜だぞ!』
(うるさい! これが俺の精一杯だ!)
『ならば我に体を貸せ! 我が代わりにあらゆる美辞麗句を並べ、彼女の御業を讃えてやろう!』
(それだけは断固拒否する!)
ゼノンは眉間に深い皺を寄せ、脳内でやかましく騒ぐ相棒と激しい攻防を繰り広げる。
アミュレットは、そんな彼の様子をじっと観察していた。
(先ほどから黙り込んだり、急に顔を赤らめたり。……変な方)
騎士団の副団長ともあろう人物が、これほど感情を顔に出すとは。いや、そもそもこんな裏路地の店にいきなり入ってくる時点で、少し変わっているのかもしれない。
彼女は静かに紅茶を一口すする。ゼノンの内面の嵐など知る由もない。
その間も、アルドゥインの要求はエスカレートしていた。
『聞け、ゼノンよ! 我は決めたぞ!』
(聞きたくない)
『我は毎日ここの菓子を食う!』
(断る。俺には任務がある)
『問答無用だ! これは聖剣アルドゥインの絶対の神託である! 任務など半日で終わらせて、毎日ここへ通うのだ! いいな!』
(無茶を言うな!)
『逆らうというのか? この我が数千年ぶりに見出した生きがいを、お前は無碍にするというのか! それはもはや、聖剣の主としての契約違反に等しいぞ!』
最後は脅しだった。アルドゥインは本気だ。このままだと、任務中に勝手に光り輝いて暴走しかねない。そうなれば、堅物で通っているゼノンの評判は地に落ちるだろう。
ゼノンはギリ、と奥歯を噛み締めた。選択肢は、ない。
彼は覚悟を決め、顔を上げた。その表情は、これから敵国の将軍に一騎討ちでも挑むかのように真剣だった。
アミュレットは少しだけ身構える。
(何か、重大な話でも……?)
「アミュレット嬢」
ゼノンは彼女の名前を、厳かに呼んだ。
「はい」
「突然、そして大変失礼なお願いであることは承知している」
「はぁ」
「だが、どうかお聞き入れ願いたい。明日も……ここに、伺ってもよろしいだろうか」
「…………はい?」
アミュレットは思わず聞き返した。てっきり、この店の権利について何か言われるのかとでも思っていたのに。
あまりに予想外な申し出に、彼女はぱちりと一度だけ瞬きをした。
「明日も、ですか?」
「ああ。もちろん、あなたの迷惑にならぬよう、時間を見計らって……」
『迷惑なわけがあるか! これほどの腕を持つ料理人にとって、客の賞賛こそが至上の喜びなのだ! なあ、そうであろう、アミュレット殿!』
アルドゥインが勝手にテレパシーでアミュレットに話しかける。
もちろん、アミュレットにその声は聞こえない。だが、目の前の騎士が必死の形相で自分を見つめているのは分かった。その青い瞳には、切実な何かが宿っている。
(……この騎士様も、よほどの甘党なのかしら)
アミュレットはそう結論付けた。
断る理由も特にない。どうせこの店で一人、退屈な時間を過ごすことになるのだ。話し相手……にはなりそうにないが、少なくとも人間のいる気配くらいはあった方がいいかもしれない。
「……まだ開店準備もしておりませんし、お出しできるものも、その日にある材料次第になりますが」
アミュレットは小さく息をついて、言った。
「それでもよろしければ。わたくしがここにいる時でしたら、お茶くらいはお出ししますわ」
その言葉を聞いた瞬間、ゼノンは心底安堵したように、ふっと肩の力を抜いた。
『やったぞゼノン! 聞いたか! 快諾だ! これで我らの明日からの食生活は約束された!』
脳内で響くアルドゥインの勝利の雄叫びは無視する。
「感謝する、アミュレット嬢」
ゼノンは立ち上がり、騎士として最上級の礼を取った。
こうして、まだ名前も決まっていない裏路地のカフェに、記念すべき常連客の第一号が誕生した。
本人の意思とはあまり関係なく、極めて強制的に。
アミュレットの静かな問いかけに、ゼノンはハッと我に返った。
目の前の令嬢が、心底不思議そうな顔でこちらを見ている。自分がどれほど無我夢中でスコーンを貪っていたか、そして今、どれほど間の抜けた顔で固まっていたかを自覚し、ゼノンの頬にじわりと熱が集まった。
「い、いや!滅相もない!」
彼は慌てて首を横に振る。
「こ、これは……その……今まで食べたどんな菓子よりも、素晴らしく……非常に、美味だった」
なんとか絞り出した賞賛の言葉。しかし、彼の脳内では聖剣アルドゥインが怒り狂っていた。
『美味だった、だと!? 小僧、貴様の語彙力はその程度か! あの神々の創造物に対し、なんと陳腐な感想を述べるのだ! 神への冒涜だぞ!』
(うるさい! これが俺の精一杯だ!)
『ならば我に体を貸せ! 我が代わりにあらゆる美辞麗句を並べ、彼女の御業を讃えてやろう!』
(それだけは断固拒否する!)
ゼノンは眉間に深い皺を寄せ、脳内でやかましく騒ぐ相棒と激しい攻防を繰り広げる。
アミュレットは、そんな彼の様子をじっと観察していた。
(先ほどから黙り込んだり、急に顔を赤らめたり。……変な方)
騎士団の副団長ともあろう人物が、これほど感情を顔に出すとは。いや、そもそもこんな裏路地の店にいきなり入ってくる時点で、少し変わっているのかもしれない。
彼女は静かに紅茶を一口すする。ゼノンの内面の嵐など知る由もない。
その間も、アルドゥインの要求はエスカレートしていた。
『聞け、ゼノンよ! 我は決めたぞ!』
(聞きたくない)
『我は毎日ここの菓子を食う!』
(断る。俺には任務がある)
『問答無用だ! これは聖剣アルドゥインの絶対の神託である! 任務など半日で終わらせて、毎日ここへ通うのだ! いいな!』
(無茶を言うな!)
『逆らうというのか? この我が数千年ぶりに見出した生きがいを、お前は無碍にするというのか! それはもはや、聖剣の主としての契約違反に等しいぞ!』
最後は脅しだった。アルドゥインは本気だ。このままだと、任務中に勝手に光り輝いて暴走しかねない。そうなれば、堅物で通っているゼノンの評判は地に落ちるだろう。
ゼノンはギリ、と奥歯を噛み締めた。選択肢は、ない。
彼は覚悟を決め、顔を上げた。その表情は、これから敵国の将軍に一騎討ちでも挑むかのように真剣だった。
アミュレットは少しだけ身構える。
(何か、重大な話でも……?)
「アミュレット嬢」
ゼノンは彼女の名前を、厳かに呼んだ。
「はい」
「突然、そして大変失礼なお願いであることは承知している」
「はぁ」
「だが、どうかお聞き入れ願いたい。明日も……ここに、伺ってもよろしいだろうか」
「…………はい?」
アミュレットは思わず聞き返した。てっきり、この店の権利について何か言われるのかとでも思っていたのに。
あまりに予想外な申し出に、彼女はぱちりと一度だけ瞬きをした。
「明日も、ですか?」
「ああ。もちろん、あなたの迷惑にならぬよう、時間を見計らって……」
『迷惑なわけがあるか! これほどの腕を持つ料理人にとって、客の賞賛こそが至上の喜びなのだ! なあ、そうであろう、アミュレット殿!』
アルドゥインが勝手にテレパシーでアミュレットに話しかける。
もちろん、アミュレットにその声は聞こえない。だが、目の前の騎士が必死の形相で自分を見つめているのは分かった。その青い瞳には、切実な何かが宿っている。
(……この騎士様も、よほどの甘党なのかしら)
アミュレットはそう結論付けた。
断る理由も特にない。どうせこの店で一人、退屈な時間を過ごすことになるのだ。話し相手……にはなりそうにないが、少なくとも人間のいる気配くらいはあった方がいいかもしれない。
「……まだ開店準備もしておりませんし、お出しできるものも、その日にある材料次第になりますが」
アミュレットは小さく息をついて、言った。
「それでもよろしければ。わたくしがここにいる時でしたら、お茶くらいはお出ししますわ」
その言葉を聞いた瞬間、ゼノンは心底安堵したように、ふっと肩の力を抜いた。
『やったぞゼノン! 聞いたか! 快諾だ! これで我らの明日からの食生活は約束された!』
脳内で響くアルドゥインの勝利の雄叫びは無視する。
「感謝する、アミュレット嬢」
ゼノンは立ち上がり、騎士として最上級の礼を取った。
こうして、まだ名前も決まっていない裏路地のカフェに、記念すべき常連客の第一号が誕生した。
本人の意思とはあまり関係なく、極めて強制的に。
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