婚約破棄?ああ、どうぞお構いなく。

パリパリかぷちーの

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王宮に逃げ帰ったリリアは、その足でエリアス王子の私室へと駆け込んだ。

彼女は計算しつくされたタイミングで涙を流し、今にも倒れそうなか弱い姿を演出する。

「エリアス様! わたくし、酷い目に……!」

「リリア!? どうしたんだ、そんなにやつれて」

エリアスは、愛らしい婚約者の姿に驚き、慌ててその肩を抱いた。リリアは待ってましたとばかりに、彼の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。

「わたくし……雑誌を見て、アミュレット様がご立派にされているのを知って、お祝いを申し上げようと思ったのです。それなのに……それなのに……!」

「アミュレットに何かされたのか?」

「カフェを訪ねたら……『あなたのような方が、軽々しくいらっしゃる場所ではありません』と……。追い返されてしまいました……っ」

リリアは、顔を上げて潤んだ瞳でエリアスを見つめる。

「彼女は、こうも言いましたわ。『王子に見初められただけの、中身のない男爵令嬢とは違うのです』と……! わたくしだけでなく、エリアス様のことまで侮辱されたのです!」

エリアスの眉が、ぴくりと動いた。

(アミュレットが、そんなことを言うだろうか?)

一瞬、疑念がよぎる。あの女は、もっと無感動で、他人に興味のない人間だったはずだ。

しかし、エリアスのプライドは、そのわずかな理性を打ち消した。

(……いや。私に婚約破棄された腹いせに、性格が歪んでしまったのかもしれん。そうに違いない)

リリアは、エリアスの心の揺らぎを見逃さなかった。彼女は、さらに決定的な嘘を重ねる。

「そ、それだけではございませんの。お店には、騎士団の方々が大勢いて……。皆、アミュレット様をまるで教祖のように崇めて、現体制への不満のようなことを、口々に……!」

「何だと!? 騎士団が、不満を?」

「はい……。特に、副団長のグレイフォード様が、中心人物のようでした……。『あの方こそ、我らの真の主だ』と……」

「グレイフォードが……!」

エリアスは、拳を強く握りしめた。ゼノン・グレイフォードは、王宮騎士団の中でも特に堅物で、王家への忠誠心も厚い男だと思っていた。その男までが、アミュレットの側についている?

(やはりか……!)

エリアスの頭の中で、嫉妬と疑念と、王子としての危機感が結びついた。

(許せん! 私から婚約者の座を奪われ、今度は私の騎士まで誑かすとは! あの女、ただのカフェ経営の裏で、良からぬことを企んでいるに違いない!)

彼は、リリアの讒言を、もはや疑うことすらしなかった。いや、信じたかったのだ。そうすれば、自分の元婚約者を断罪する、正当な理由が手に入るのだから。

「分かった、リリア。もう何も言わなくていい」

エリアスは、決意を固めた顔で言った。

「私が、直々に確かめに行こう。そして、もしそれが真実ならば、王家の名において、あの女の増長を止めねばならん」

数日後、「カフェ・ミュレット」は、いつものように大勢の客で賑わっていた。

雑誌効果はまだ続いており、店内は常に満席に近い状態だ。アミュレットは厨房で黙々と注文をこなし、常連になった騎士たちも、非番の時間にささやかな癒やしを求めて訪れている。

その和やかな空気が、一瞬にして凍り付いた。

店のドアが、勢いよく開け放たれたのだ。

そこに立っていたのは、簡素な旅装束に身を包みながらも、その気品と威圧感を隠しきれていない、第一王子エリアス・フォン・ヴァイス。彼の後ろには、物々しい雰囲気の近衛騎士が二人、控えている。

店内の全ての会話が止まり、全員の視線が、招かれざる客に集中した。

エリアスは、店内の客を軽蔑したように一瞥する。

(これが、民を惑わす店か。随分と、浮かれた雰囲気ではないか)

彼の目には、幸せそうに菓子を食べる人々が、アミュレットに洗脳された愚かな民にしか見えなかった。

そして、彼は厨房で静かにこちらを見つめる元婚約者を睨みつけ、店内に響き渡る声で言った。

「アミュレット・フォン・クライン! 王子エリアスが、直々に来てやったぞ!」

その声には、隠しきれない怒気と、独善的な正義感が含まれていた。

隅の席で紅茶を飲んでいたゼノンが、険しい表情でゆっくりと立ち上がる。

一触即発。

店の空気が、張り詰めた糸のように、極限まで緊張した。

アミュレットは、ただ静かに、その元婚約者を見つめ返していた。
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