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「ふぅ……。ようやく静かになりましたね」
結婚披露宴が終わり、夜も更けた頃。
私は鉄壁城の最上階にあるバルコニーで、夜風に当たっていた。
眼下では、まだ宴が続いているらしく、兵士たちの笑い声や音楽が微かに聞こえてくる。
そして時折、「ヌルヌルするぅ! 誰かタオルをくれぇ!」というジェラルドの悲痛な叫びも混じっているが、それは心地よい環境音の一部だ。
「……ここにいたか」
背後から、タキシードの上着を脱ぎ、シャツのボタンを少し外したサイラスが現れた。
そのラフな姿が、妙に色っぽい。
「サイラス様。お疲れ様でした。主役が抜け出していいんですか?」
「挨拶回りは終わった。それに、花嫁がいないのに俺だけいても仕方がないだろう」
サイラスは私の隣に並び、手すりに肘をついた。
「……とんでもない式だったな」
「ええ。国王陛下が笑いすぎて椅子から転げ落ちた時は、不敬罪で全員処刑されるかと思いました」
「ジェラルドが穴から這い上がろうとして、ミナの投げたウェディングケーキが顔面に直撃したシーンも傑作だった」
私たちは顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。
「でも、おかげで記憶に残る式になりましたね。ご祝儀の回収率も120%でしたし」
「……最後はやっぱり金か」
サイラスは呆れたように笑い、それから少し真面目な顔になった。
「ピース」
「はい」
「後悔していないか?」
「え?」
サイラスは夜空を見上げた。
「王都の華やかな生活を捨てて、こんな何もない辺境に来たこと。……そして、俺のような不器用な男を選んだこと」
彼はどこか不安げだった。
私が「計算高い女」だからこそ、いつか割に合わないと判断して去っていくのではないか、と思っているのかもしれない。
私は手すりから体を離し、彼の正面に立った。
「サイラス様。計算違いをしていますよ」
「……何がだ?」
「『何もない』なんて言わないでください。ここには、私の大好きなものが全部あります」
私は指折り数えた。
「美味しい空気。やりがいのある仕事。温かい温泉。頼もしい仲間たち。……そして」
私は一歩近づき、彼のネクタイを掴んでグイッと引き寄せた。
「私のことを、世界で一番理解し、大切にしてくれる『最高の旦那様』がいます」
「……ピース」
「これ以上の『黒字』はありません。私の人生最大の投資は、大成功です」
私がニカっと笑うと、サイラスは目を見開き、それから堪えきれないように破顔した。
「……ああ。俺もだ。お前という投資先を見つけられて、俺は世界一の果報者だ」
サイラスは私の腰を抱き寄せ、深く口付けた。
式場の誓いのキスとは違う、甘く、溶けるようなキス。
長い口付けの後、彼はおでこをくっつけて囁いた。
「……愛している、ピース」
「……はい。私も愛しています、サイラス様」
「では、改めて問おう」
サイラスは悪戯っぽく微笑んだ。
「ピース・アスター。……いや、ピース・グレイヴ。これから死ぬまで、俺のそばで笑っていてくれるか?」
それは、神父の言葉よりもずっと重く、愛おしい問いかけだった。
私は満面の笑みで、あの日、王子に婚約破棄を突きつけられた時と同じセリフを返した。
ただし、意味は真逆の、最高の肯定として。
「――異議なし(アイ・ドゥ)です!」
星空の下、私たちの笑い声が重なった。
***
**【エピローグ】**
それから数年後。
かつて「不毛の地」と呼ばれたグレイヴ辺境伯領は、大陸有数の「温泉リゾート地」として劇的な発展を遂げていた。
冬でも南国フルーツが食べられる温室カフェ。
屈強な騎士たちによるマッチョショー。
そして、美肌効果抜群の温泉。
王都からは連日、貴族たちが癒しを求めて押し寄せ、領地は空前の好景気に沸いていた。
その中心にある鉄壁城。
今は「フラワーキャッスル」と呼ばれている城のテラスで、私は帳簿をめくっていた。
「奥様! 本日の売り上げ、過去最高です!」
「あら、素晴らしいわねミナ。ロルフとの結婚資金、もう貯まったんじゃない?」
「えへへ……もう式場も予約しました!」
幸せそうなミナを見送り、私はコーヒーを啜った。
「……おい、ピース」
庭から、泥だらけの男が上がってきた。
かつての王子、今は現場監督に昇進したジェラルドだ。
すっかり逞しくなり、顔つきも精悍になっている(性格は相変わらずだが)。
「なんだい、ジェラルド」
「新しい源泉、掘り当てたぞ! これでボーナス弾んでくれるんだろうな!?」
「ええ、もちろん。マンゴー一年分でどう?」
「金がいいって言ってるだろぉぉぉ!」
ジェラルドの叫び声を聞きながら、私は笑った。
「……平和だな」
隣に、領主の仕事(と子育て)を終えたサイラスが座った。
彼の腕の中には、私にそっくりな金髪の男の子が抱かれている。
「パパ! マンゴーたべたい!」
「よしよし。ジェラルドおじちゃんから奪ってこようか」
「教育に悪いことを教えないでください」
私は呆れつつも、愛する夫と息子を見た。
私の計算通り……いえ、計算以上の幸せが、ここにはある。
「サイラス様」
「ん?」
「私、今とっても幸せです。……時給換算できないくらいに」
「そうか。なら、もっと価値を上げてやろう」
サイラスは私にキスをした。
「……一生、離さないからな」
悪役令嬢ピース・グレイヴの物語は、ここで幕を閉じる。
彼女の「強欲な幸せ」は、これからも右肩上がりで続いていくことだろう。
――めでたし、めでたし。(異議なし!)
結婚披露宴が終わり、夜も更けた頃。
私は鉄壁城の最上階にあるバルコニーで、夜風に当たっていた。
眼下では、まだ宴が続いているらしく、兵士たちの笑い声や音楽が微かに聞こえてくる。
そして時折、「ヌルヌルするぅ! 誰かタオルをくれぇ!」というジェラルドの悲痛な叫びも混じっているが、それは心地よい環境音の一部だ。
「……ここにいたか」
背後から、タキシードの上着を脱ぎ、シャツのボタンを少し外したサイラスが現れた。
そのラフな姿が、妙に色っぽい。
「サイラス様。お疲れ様でした。主役が抜け出していいんですか?」
「挨拶回りは終わった。それに、花嫁がいないのに俺だけいても仕方がないだろう」
サイラスは私の隣に並び、手すりに肘をついた。
「……とんでもない式だったな」
「ええ。国王陛下が笑いすぎて椅子から転げ落ちた時は、不敬罪で全員処刑されるかと思いました」
「ジェラルドが穴から這い上がろうとして、ミナの投げたウェディングケーキが顔面に直撃したシーンも傑作だった」
私たちは顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。
「でも、おかげで記憶に残る式になりましたね。ご祝儀の回収率も120%でしたし」
「……最後はやっぱり金か」
サイラスは呆れたように笑い、それから少し真面目な顔になった。
「ピース」
「はい」
「後悔していないか?」
「え?」
サイラスは夜空を見上げた。
「王都の華やかな生活を捨てて、こんな何もない辺境に来たこと。……そして、俺のような不器用な男を選んだこと」
彼はどこか不安げだった。
私が「計算高い女」だからこそ、いつか割に合わないと判断して去っていくのではないか、と思っているのかもしれない。
私は手すりから体を離し、彼の正面に立った。
「サイラス様。計算違いをしていますよ」
「……何がだ?」
「『何もない』なんて言わないでください。ここには、私の大好きなものが全部あります」
私は指折り数えた。
「美味しい空気。やりがいのある仕事。温かい温泉。頼もしい仲間たち。……そして」
私は一歩近づき、彼のネクタイを掴んでグイッと引き寄せた。
「私のことを、世界で一番理解し、大切にしてくれる『最高の旦那様』がいます」
「……ピース」
「これ以上の『黒字』はありません。私の人生最大の投資は、大成功です」
私がニカっと笑うと、サイラスは目を見開き、それから堪えきれないように破顔した。
「……ああ。俺もだ。お前という投資先を見つけられて、俺は世界一の果報者だ」
サイラスは私の腰を抱き寄せ、深く口付けた。
式場の誓いのキスとは違う、甘く、溶けるようなキス。
長い口付けの後、彼はおでこをくっつけて囁いた。
「……愛している、ピース」
「……はい。私も愛しています、サイラス様」
「では、改めて問おう」
サイラスは悪戯っぽく微笑んだ。
「ピース・アスター。……いや、ピース・グレイヴ。これから死ぬまで、俺のそばで笑っていてくれるか?」
それは、神父の言葉よりもずっと重く、愛おしい問いかけだった。
私は満面の笑みで、あの日、王子に婚約破棄を突きつけられた時と同じセリフを返した。
ただし、意味は真逆の、最高の肯定として。
「――異議なし(アイ・ドゥ)です!」
星空の下、私たちの笑い声が重なった。
***
**【エピローグ】**
それから数年後。
かつて「不毛の地」と呼ばれたグレイヴ辺境伯領は、大陸有数の「温泉リゾート地」として劇的な発展を遂げていた。
冬でも南国フルーツが食べられる温室カフェ。
屈強な騎士たちによるマッチョショー。
そして、美肌効果抜群の温泉。
王都からは連日、貴族たちが癒しを求めて押し寄せ、領地は空前の好景気に沸いていた。
その中心にある鉄壁城。
今は「フラワーキャッスル」と呼ばれている城のテラスで、私は帳簿をめくっていた。
「奥様! 本日の売り上げ、過去最高です!」
「あら、素晴らしいわねミナ。ロルフとの結婚資金、もう貯まったんじゃない?」
「えへへ……もう式場も予約しました!」
幸せそうなミナを見送り、私はコーヒーを啜った。
「……おい、ピース」
庭から、泥だらけの男が上がってきた。
かつての王子、今は現場監督に昇進したジェラルドだ。
すっかり逞しくなり、顔つきも精悍になっている(性格は相変わらずだが)。
「なんだい、ジェラルド」
「新しい源泉、掘り当てたぞ! これでボーナス弾んでくれるんだろうな!?」
「ええ、もちろん。マンゴー一年分でどう?」
「金がいいって言ってるだろぉぉぉ!」
ジェラルドの叫び声を聞きながら、私は笑った。
「……平和だな」
隣に、領主の仕事(と子育て)を終えたサイラスが座った。
彼の腕の中には、私にそっくりな金髪の男の子が抱かれている。
「パパ! マンゴーたべたい!」
「よしよし。ジェラルドおじちゃんから奪ってこようか」
「教育に悪いことを教えないでください」
私は呆れつつも、愛する夫と息子を見た。
私の計算通り……いえ、計算以上の幸せが、ここにはある。
「サイラス様」
「ん?」
「私、今とっても幸せです。……時給換算できないくらいに」
「そうか。なら、もっと価値を上げてやろう」
サイラスは私にキスをした。
「……一生、離さないからな」
悪役令嬢ピース・グレイヴの物語は、ここで幕を閉じる。
彼女の「強欲な幸せ」は、これからも右肩上がりで続いていくことだろう。
――めでたし、めでたし。(異議なし!)
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