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出発の朝、空は低い雲に覆われ、柔らかな雨が世界を銀色に染めていました。
雨粒が窓ガラスを滑り落ちるたび、その一粒一粒が街灯の光を吸い込んで、宝石のような光の粒となって弾けます。
「あんなに晴れやかだった昨日が嘘のよう。……まるで、天も私の美しすぎる旅立ちを惜しんでいるのかしら」
私は馬車へ乗り込む直前、回廊の柱に寄り添って雨音に耳を傾けていました。
「エリヤーヌ……!」
背後から聞こえたのは、雨の音さえも切り裂くような、切実な声。
振り返ると、そこには傘も差さずに濡れそぼったアリステア様が立っていました。
「まあ、殿下。そんなにお召し物を濡らして。風邪を引いてしまったら、新しい恋も始められませんわよ」
「恋など……、もう、どうでもいい。頼む、少しだけでいい。私の話を聞いてくれ」
アリステア様が歩み寄るたび、彼の足元で水たまりが跳ね、光の粒が空中に舞い上がります。
「聞くことは何もありませんわ。貴方の心臓(薔薇)は、もうこの私が預かったのですから」
「心臓を返せとは言っていない。……ただ、これだけは言わせてくれ。君が思っているような『重圧』など、私は一度も感じたことはないんだ」
アリステア様は私の目の前で立ち止まりました。
滴り落ちる雫が、彼の長いまつ毛に光の粒を宿らせています。
「嘘をおっしゃい。貴方は私の前で、いつも息を殺していたではありませんか」
「それは、君を愛しすぎて、自分の汚れた呼吸で君を汚したくなかったからだ」
「あら。呼吸が汚れているなんて、なんて卑下されているの。それこそが、私の光に焼かれている証拠ですわ」
「違う! そうではないんだ……。君は、自分の価値を高く見積もりすぎている。いや、低いのか……? 私が君を、一人の女として、ただ欲しているという事実を、なぜ認めない」
アリステア様の手が、私の頬を包み込もうとして、雨に濡れた冷たさに躊躇するように止まりました。
「私が、一人の女……? ふふ、殿下。私は太陽なのですよ? 太陽を一人占めしようとすれば、その手は灰になってしまいますわ」
「灰になっても構わない。暗闇で凍え死ぬよりは、よほど幸福だ」
「……。殿下、貴方は今、雨の音に惑わされているのですわ」
私はそっと彼の手に触れ、その指を押し返しました。
雨音が、私たちの沈黙を優しく埋めていきます。
光の粒が、二人の間にカーテンのように降り注ぎ、互いの表情を朧気にさせていきました。
「アリステア様。この雨は、貴方の過去を洗い流すための慈悲。……さあ、顔を上げて。雨が上がれば、そこには私のいない、穏やかな世界が広がっていますわ」
「……エリヤーヌ。君は、どこまでも残酷だ。私の絶望を、すべて『光』に書き換えてしまうのだから」
アリステア様は力なく笑いました。
その瞳から零れ落ちたのが、雨粒なのか、それとも哀切な涙なのか、私には判別できませんでした。
ただ、雨の中で踊る無数の光の粒だけが、私たちの別れを静かに祝福しているように見えたのです。
雨粒が窓ガラスを滑り落ちるたび、その一粒一粒が街灯の光を吸い込んで、宝石のような光の粒となって弾けます。
「あんなに晴れやかだった昨日が嘘のよう。……まるで、天も私の美しすぎる旅立ちを惜しんでいるのかしら」
私は馬車へ乗り込む直前、回廊の柱に寄り添って雨音に耳を傾けていました。
「エリヤーヌ……!」
背後から聞こえたのは、雨の音さえも切り裂くような、切実な声。
振り返ると、そこには傘も差さずに濡れそぼったアリステア様が立っていました。
「まあ、殿下。そんなにお召し物を濡らして。風邪を引いてしまったら、新しい恋も始められませんわよ」
「恋など……、もう、どうでもいい。頼む、少しだけでいい。私の話を聞いてくれ」
アリステア様が歩み寄るたび、彼の足元で水たまりが跳ね、光の粒が空中に舞い上がります。
「聞くことは何もありませんわ。貴方の心臓(薔薇)は、もうこの私が預かったのですから」
「心臓を返せとは言っていない。……ただ、これだけは言わせてくれ。君が思っているような『重圧』など、私は一度も感じたことはないんだ」
アリステア様は私の目の前で立ち止まりました。
滴り落ちる雫が、彼の長いまつ毛に光の粒を宿らせています。
「嘘をおっしゃい。貴方は私の前で、いつも息を殺していたではありませんか」
「それは、君を愛しすぎて、自分の汚れた呼吸で君を汚したくなかったからだ」
「あら。呼吸が汚れているなんて、なんて卑下されているの。それこそが、私の光に焼かれている証拠ですわ」
「違う! そうではないんだ……。君は、自分の価値を高く見積もりすぎている。いや、低いのか……? 私が君を、一人の女として、ただ欲しているという事実を、なぜ認めない」
アリステア様の手が、私の頬を包み込もうとして、雨に濡れた冷たさに躊躇するように止まりました。
「私が、一人の女……? ふふ、殿下。私は太陽なのですよ? 太陽を一人占めしようとすれば、その手は灰になってしまいますわ」
「灰になっても構わない。暗闇で凍え死ぬよりは、よほど幸福だ」
「……。殿下、貴方は今、雨の音に惑わされているのですわ」
私はそっと彼の手に触れ、その指を押し返しました。
雨音が、私たちの沈黙を優しく埋めていきます。
光の粒が、二人の間にカーテンのように降り注ぎ、互いの表情を朧気にさせていきました。
「アリステア様。この雨は、貴方の過去を洗い流すための慈悲。……さあ、顔を上げて。雨が上がれば、そこには私のいない、穏やかな世界が広がっていますわ」
「……エリヤーヌ。君は、どこまでも残酷だ。私の絶望を、すべて『光』に書き換えてしまうのだから」
アリステア様は力なく笑いました。
その瞳から零れ落ちたのが、雨粒なのか、それとも哀切な涙なのか、私には判別できませんでした。
ただ、雨の中で踊る無数の光の粒だけが、私たちの別れを静かに祝福しているように見えたのです。
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