断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの

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4話

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「ああ、ティアラ。図書室の帰りか?」

廊下を歩いていると、正面から歩いてきた王子エドワード殿下と鉢合わせになった。
殿下は以前にも増して落ち着いた佇まいで、周囲の視線を一手に集めている。

「ごきげんよう、殿下」

私が優雅に一礼すると、殿下は微笑を返した。

「学園には慣れたか?まだ数日だが、困ったことがあれば言ってくれ」

その穏やかな声を聞くたび、私は胸が高鳴る。
この方が将来私の婚約者になるかもしれない――
幼い頃からそう聞かされていたけれど、実際に近くでお話しするようになると心情は複雑だ。

「ありがとうございます。今のところは問題ありません」

そう言いながらも、頭の中にはマリアの姿が浮かんだ。
殿下はマリアを特別に気にかけている、という噂がある。
それが真実なのかどうか、私は直接聞いたこともないし、確かめるつもりもない。
けれど、その噂は私の心を乱すには十分だった。

「……殿下も、この学園で勉強なさるのですよね」

少し意地悪なくらい淡々とした口調で言ってしまった。
殿下は首をかしげる。

「ああ。王族といえど、ここでしか学べないこともあるからな。特に魔力の制御や歴史の研究は重要だ」

その時、廊下の奥からマリアの姿が見えた。
彼女は私たちに気づき、立ち止まってしまう。
どうやら、声をかけるか迷っているようだ。

「殿下、あちらにマリアが。呼ばれているのでは?」

私がそう告げると、殿下は視線をマリアに向けてうなずいた。

「失礼する。授業の件で少し話すことがあるんだ」

そう言って私の横をすり抜け、マリアのもとへと歩いていく。
私の視界に映るのは、殿下とマリアが言葉を交わし、穏やかに微笑み合う姿。

「……私、何をやっているのかしら」

無意識に固く握りしめていた拳を開く。
胸に湧き起こる痛みは、嫉妬なのか、それとも別の感情なのか分からない。

「ティアラ様、もしかしてお気になさっているのですか?」

いつの間にか取り巻きの一人が、私の横にそっと寄ってきていた。

「殿下とあの平民娘が親しげなのを見たら、普通は……そうですよね。お気持ち、お察しいたしますわ」

私が何も言わないうちから、彼女は同調するように頷いている。
そして、さらに続けた。

「ですから、もし何かあれば、私たちにご遠慮なく。あの子が殿下に近づきにくくすることくらい、いくらでも方法はありますわ」

ゾッとする提案だ。
けれど、取り巻きはまるでそれが当然の善行かのように笑う。

「……そういうことはやめて。殿下が誰と話そうと自由ですもの」

胸の痛みを抱えたまま、私は彼女たちにそう告げた。
取り巻きの眼差しは、私の言葉にやや落胆したようにも見えたが、すぐに「分かりましたわ」と笑顔を作る。

だが、その笑顔はどこか冷たい。
私は彼女たちの底知れなさに、ますます不安を感じ始めていた。
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