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5話
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「ティアラがマリアを陥れようとしているらしいわよ」
「そんな……本当なの?」
学園の廊下を歩くたび、私の耳には不穏な噂が飛び込んでくる。
その内容は、「私がマリアの評判を落とそうとしている」「嫌がらせを計画している」という事実無根のものばかり。
「……いったい誰が、こんな話を広めているのかしら」
胸を押さえて歩いていると、数人の生徒たちが私から一歩距離を置いて避けていくのが分かる。
まるで、本物の悪役を見るかのような目で。
一方のマリアはというと、教室の片隅で友人と話しながらも、どこか落ち着かない様子だ。
私に視線を送ってくるが、何か声をかけようとして言葉が見つからないらしい。
「ティアラ様、学園長に呼び出しです」
教師がそう告げに来たのは、まさにそんな噂が最高潮に達した頃だった。
「学園長……分かりました」
取り巻きたちは私と一緒に行こうとするが、教師に制止される。
どうやら私一人で行く必要があるらしい。
学園長室に入ると、中には王子とマリア、そして数名の教師が待っていた。
思わず嫌な予感が走る。
「ティアラ・カーライル。最近、学園でよからぬ噂が広まっているのは知っているな」
学園長は厳格な声で言い放つ。
私は一礼し、毅然と答えた。
「はい。しかし、その噂は事実ではありません」
すると、マリアが慌てた様子で口を開いた。
「私、ティアラ様から直接ひどい仕打ちを受けたことはありません。だから、噂はどこから生まれたのか分からなくて……」
王子が小さくうなずく。
「俺も、ティアラがそんなことをするとは思えない。だが、噂が大きくなる一方で、学園としても看過できない状況らしい」
私は唇をかみしめる。
ここで何を弁明しても、すでに噂を信じている者は多い。
その根を断つには、もっとはっきりとした証拠が必要だ。
「ティアラ、何か心当たりはないのか?」
王子が静かに聞いてくる。
けれど、私にはそんなものは皆無だ。
ただ、取り巻きたちが私を持ち上げるようにしながら、どこかで暗躍しているのでは――そんな猜疑心があるだけ。
「……いいえ、ありません」
そう答えた私に、学園長は苦い顔を向けた。
どうやら私に調査協力を求めたいようだが、この場にいる限り何も解決しない気がする。
だから――
その夜、私は公爵家の自室で一通の手紙を認めた。
宛名は母シルビア。そこには、噂に耐えかねた私の胸の内と、“少し学園を離れる”という意志を書き綴った。
「きっとこのままでは、私が悪者になるだけ」
そう呟きながら、自らの足で馬車を呼び、夜明け前に家を出る。
誰も知らない場所で静かに身を落ち着け、ひとまず騒ぎを鎮めたい。
そして本当に、私の存在が不要なのであれば――
「さようなら、殿下。マリア……」
風の吹く闇夜の街道を、私はひとり馬車に揺られて消えていった。
「そんな……本当なの?」
学園の廊下を歩くたび、私の耳には不穏な噂が飛び込んでくる。
その内容は、「私がマリアの評判を落とそうとしている」「嫌がらせを計画している」という事実無根のものばかり。
「……いったい誰が、こんな話を広めているのかしら」
胸を押さえて歩いていると、数人の生徒たちが私から一歩距離を置いて避けていくのが分かる。
まるで、本物の悪役を見るかのような目で。
一方のマリアはというと、教室の片隅で友人と話しながらも、どこか落ち着かない様子だ。
私に視線を送ってくるが、何か声をかけようとして言葉が見つからないらしい。
「ティアラ様、学園長に呼び出しです」
教師がそう告げに来たのは、まさにそんな噂が最高潮に達した頃だった。
「学園長……分かりました」
取り巻きたちは私と一緒に行こうとするが、教師に制止される。
どうやら私一人で行く必要があるらしい。
学園長室に入ると、中には王子とマリア、そして数名の教師が待っていた。
思わず嫌な予感が走る。
「ティアラ・カーライル。最近、学園でよからぬ噂が広まっているのは知っているな」
学園長は厳格な声で言い放つ。
私は一礼し、毅然と答えた。
「はい。しかし、その噂は事実ではありません」
すると、マリアが慌てた様子で口を開いた。
「私、ティアラ様から直接ひどい仕打ちを受けたことはありません。だから、噂はどこから生まれたのか分からなくて……」
王子が小さくうなずく。
「俺も、ティアラがそんなことをするとは思えない。だが、噂が大きくなる一方で、学園としても看過できない状況らしい」
私は唇をかみしめる。
ここで何を弁明しても、すでに噂を信じている者は多い。
その根を断つには、もっとはっきりとした証拠が必要だ。
「ティアラ、何か心当たりはないのか?」
王子が静かに聞いてくる。
けれど、私にはそんなものは皆無だ。
ただ、取り巻きたちが私を持ち上げるようにしながら、どこかで暗躍しているのでは――そんな猜疑心があるだけ。
「……いいえ、ありません」
そう答えた私に、学園長は苦い顔を向けた。
どうやら私に調査協力を求めたいようだが、この場にいる限り何も解決しない気がする。
だから――
その夜、私は公爵家の自室で一通の手紙を認めた。
宛名は母シルビア。そこには、噂に耐えかねた私の胸の内と、“少し学園を離れる”という意志を書き綴った。
「きっとこのままでは、私が悪者になるだけ」
そう呟きながら、自らの足で馬車を呼び、夜明け前に家を出る。
誰も知らない場所で静かに身を落ち着け、ひとまず騒ぎを鎮めたい。
そして本当に、私の存在が不要なのであれば――
「さようなら、殿下。マリア……」
風の吹く闇夜の街道を、私はひとり馬車に揺られて消えていった。
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