婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの

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プロポーズのあの日から、季節は一つ巡った。
リーチュの薬草園が、色とりどりの春の花で満たされる、麗らかな日のことだった。

「まあ、リーチュ様! なんてお美しい……!」

離宮の一室で、侍女のハンナが、感極まった声で涙を拭っている。
鏡の前に立つリーチュは、シルクとレースで仕立てられた、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
普段の泥だらけの作業着姿とは似ても似つかない、息を呑むような美しさだ。

「……大げさよ、ハンナ。それに、こんなにひらひらした服、どうにも落ち着きませんわ」

リーチュは、そう言って照れくさそうに肩をすくめた。
だが、その頬は幸せそうに上気し、瞳は春の陽光を受けてきらきらと輝いている。

彼女の結婚式は、王都の大聖堂で行われる、国を挙げた盛大なものではなかった。
リーチュが、そしてアシュトンが望んだのは、親しい者たちだけで祝う、ささやかで、温かい式。
その舞台に選ばれたのは、もちろん、彼女が何よりも愛する、この離宮の庭だった。

やがて、式の時間が訪れる。
父であるアルブレヒト公爵にエスコートされ、リーチュは庭に設えられたバージンロードをゆっくりと歩み始めた。
参列者は、クライネルト家の者たち、アシュトンの同僚である騎士団の仲間たち、そして、この離宮で家族のように過ごしてきた使用人たちだけ。
誰もが、温かい笑顔で、新しい門出を迎える二人を見守っていた。

道の先には、騎士団の純白の正礼装に身を包んだアシュトンが、緊張した面持ちで立っている。
いつもは氷のようだと評されるその顔が、今日ばかりは、柄にもなく紅潮していた。
リーチュのドレス姿を目にした瞬間、彼の灰色の瞳が、驚きと、そして深い愛情の色に見開かれるのを、リーチュははっきりと見て取った。

父の手から、アシュトンの手へ。
大きな、節くれだった、けれど、誰よりも優しい騎士の手が、リーチュの手をしっかりと握る。

神父の前で、二人は永遠の愛を誓った。

「健やかなる時も、病める時も……」

リーチュは、病める時、という言葉に、(その時は、わたくしが最高の薬を調合して差し上げますわ)と、心の中で付け加えた。

「汝、リーチュ・フォン・クライネルトを、生涯、妻とし……」

アシュトンの、力強く、揺るぎない声が、青空に響き渡る。

指輪の交換。
そして、アシュトンが、そっとリーチュのベールを上げる。
間近で見る彼の顔は、緊張でがちがちに固まっていた。
その不器用さが、リーチュには、たまらなく愛おしい。
誓いのキスは、ほんの少しだけ、ハーブの香りがした。

式の後の、ささやかな披露宴。
そのハイライトは、二人がナイフを入れる、ウェディングケーキの登場だった。
三段重ねの、巨大なケーキ。
しかし、それは、人々が想像するような、真っ白な生クリームや、甘い砂糖菓子で飾られたものではなかった。

こんがりと焼かれたタルト生地の上には、くるみやアーモンドといったナッツ類と、数種類のドライフルーツが、これでもかとぎっしり詰め込まれている。
そして、その周りを飾るのは、薔薇の花ではなく、リーチュが育てたローズマリーとタイムの緑の枝葉。

「ご紹介しますわ。甘いものが大の苦手な新郎と、甘ったるいものはあまり好きではない新婦のために作りました、『世界一甘くないウェディングケーキ』です」

リーチュが、悪戯っぽく笑いながらそう紹介すると、会場は、どっと温かい笑いに包まれた。
なんとも、この二人らしいケーキだ。

「あの氷の騎士が、こんなに腑抜けた顔をするとはな! リーチュ嬢、いや、バレフォール夫人! うちの団長を、末永くよろしく頼む!」

副団長のダリウスが、豪快に笑いながら祝辞を述べる。
アルブレヒト公爵は、「娘はやらん! と言いたいところだが……」と涙声で言いながらも、最後には、「アシュトン君、娘を、よろしく頼む」と、父親の顔で頭を下げた。

リーチュが投げたブーケ――もちろん、彼女が育てたハーブを束ねたものだ――は、見事、ハンナがキャッチし、ささやかな宴は、どこまでも幸せな笑い声に満ちていた。

やがて、宴も終わり、夕暮れの庭で、二人きりになる。
今日の日の喧騒が嘘のように、静かで、穏やかな時間。

「……疲れたか?」

「少しだけ。でも、とても、幸せな疲れですわ」

リーチュは、アシュトンの肩に、そっと頭を寄りかかった。
騎士の硬い肩は、世界で一番、安心できる場所だった。

「これから、毎日が、今日みたいだといいわね」

「いや」

アシュトンは、静かに否定した。

「今日よりも、明日。明日よりも、明後日。……君となら、毎日が、もっと幸せな日になる」

その、不器用で、けれど、どこまでも誠実な言葉に、リーチュは、幸せを噛みしめるように、そっと目を閉じた。
彼らの新しい人生が、今、この場所から、静かに、そして確かに、始まろうとしていた。
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