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祖国の王都は、異様な殺気に包まれていた。
中央広場には、怒れる市民たちが群衆となって押し寄せている。
「パンをよこせ!」
「薪がないぞ!」
「王子のツケで商売上がったりだ!」
彼らの手にはプラカードや、空っぽの鍋が握られていた。
原因は明白だ。
ローゼン公爵家という「国の財布」が消え、王子の決済ミスにより物流がストップ。
さらに卸売業者への支払いが滞ったことで、市場から商品が蒸発したのだ。
そんな一触即発の状況下で、王城のバルコニーへの扉が開かれた。
現れたのは、黄金に輝く鎧(実戦では役に立たない式典用)に身を包んだアレクセイ王子と、フリフリのドレスを着たニーナだ。
「おお、見ろニーナ。国民たちが私を求めて集まっているぞ」
アレクセイは眼下の群衆を見下ろし、満足げに頷いた。
耳をつんざくような怒号が、彼には歓声に変換されているらしい。
「すごいですぅ、アレクセイ様! みんな熱狂してますね!」
「うむ。私が最近、執務室に籠もりきり(実際は逃亡)だったから、寂しかったのだろう」
アレクセイは手を振り、キラキラとした笑顔を振りまいた。
「静粛に! 静粛に! 我が愛する国民たちよ!」
彼の声が魔法拡声器を通じて広場に響く。
一瞬、群衆が静まり返った。
王子が解決策を――例えば、備蓄食料の放出や減税を宣言するのではないかと期待したからだ。
「諸君が苦しんでいることは知っている。食料が足りないそうだな?」
「そうだ! パンがないんだ!」
誰かが叫んだ。
アレクセイは深く頷き、隣のニーナの肩を抱き寄せた。
「悲しいことだ。だが、物質的な豊かさなど、真の幸福の前では些細な問題に過ぎない」
「……は?」
群衆の頭上に疑問符が浮かぶ。
「パンがないなら、心を満たせばいい。私とニーナを見てくれ。私たちは今、空腹すら感じない。なぜなら、愛で満たされているからだ!」
「愛……?」
「そうだ! 諸君にも、この愛を分け与えよう! 隣の人と手を取り合い、抱き合うのだ! そうすれば空腹など忘れる!」
アレクセイは両手を広げ、陶酔しきった表情で叫んだ。
「さあ、叫ぶがいい! 『愛こそすべて』と! 今日の夕食は、私の投げキッスだ!」
チュッ、と音が鳴るような投げキッスが放たれる。
広場に、冷たい風が吹き抜けた。
静寂。
それは嵐の前の静けさだった。
「……ふざけんなあああああ!!!」
誰かの絶叫を皮切りに、広場は暴動の坩堝と化した。
「愛で腹が膨れるか!」
「投げキッスでスープが作れるかボケ!」
「その金ピカの鎧を売って小麦を買え!」
投石が始まった。
石だけでなく、腐った野菜(貴重な食料だが、怒りのあまり投げられた)、靴、馬の糞などが、バルコニーめがけて雨あられと降り注ぐ。
「わっ、なんだ!? 痛いっ!」
小石が額に当たり、アレクセイがよろめく。
「きゃあ! 私のドレスに泥が!」
「殿下! 危険です! お下がりください!」
衛兵たちが慌てて二人を城内へと押し戻す。
扉が閉ざされた後も、外からは「王子を出せ!」「ニーナを煮込んで出汁をとれ!」という物騒なシュプレヒコールが続いていた。
「はぁ、はぁ……な、なぜだ……」
アレクセイはへたり込み、震える手で額の傷に触れた。
「なぜ彼らは怒っている? 私は最高のプレゼント(愛)を与えたはずなのに」
「ひどいですぅ……民度が低すぎますぅ……」
ニーナが涙目で訴える。
「やはり、ユミリアのせいか? あいつが去り際に、国民に悪評を吹き込んだに違いない!」
「そうです! きっとユミリア様が裏で扇動してるんです! やっぱり悪役令嬢なんですね!」
「おのれユミリア……! どこまで私の邪魔をすれば気が済むんだ!」
責任転嫁のスキルだけは超一流の二人は、固く手を握り合った。
「負けないぞ。私たちが『真実の愛』を貫けば、いつか愚かな国民も理解するはずだ」
「はいっ! 明日もバルコニーで演説しましょう!」
二人のポジティブシンキングは、もはや狂気の領域に達していた。
◇
一方その頃。ガレリア帝国、クラウス公爵邸。
優雅なディナータイム。
テーブルには、前菜のテリーヌ、季節の野菜のポタージュ、そしてメインディッシュの鴨のローストが並べられている。
「……ふむ」
私はナイフとフォークを動かしながら、手元の新聞に目を落とした。
『隣国にて暴動発生。物流停止により物価高騰、パンの価格は先週比300%』
「どうした? 食事が口に合わないか?」
向かいの席で、クラウス様が心配そうに尋ねてくる。
「いいえ、とても美味しいです。特にこのソース、絶品ですね。ただ、記事の数字が興味深くて」
私は新聞を指差した。
「私の祖国、あと14日で経済破綻します」
「14日? 随分と具体的だな」
「現在のインフレ率と、王家の資産売却速度、そして国民の怒りゲージを計算式に当てはめました。……あ、失礼。12日でした。先ほど入った情報によると、王子が『愛の演説』をしたそうですので、暴動リスク係数を2倍に修正しました」
「愛の演説……?」
「『パンがなければ愛を食べればいい』という趣旨の発言をしたとか」
クラウス様はワインを吹き出しそうになり、口元をナプキンで押さえた。
「……正気か?」
「通常なら正気ではありませんが、彼にとっては通常運転です」
「君が苦労していた理由がよくわかったよ。……それで、君はどうするつもりだ? 助け舟を出すか?」
クラウス様の目が、試すように細められる。
私は鴨肉を口に運び、ゆっくりと咀嚼してから飲み込んだ。
「まさか。沈みゆく船に近寄れば、こちらも巻き込まれます」
私はワイングラスを揺らした。
「ただし、ビジネスチャンスではあります」
「ほう?」
「祖国の通貨価値は暴落しています。今なら、あちらの良質な美術品や土地が二束三文で買い叩けます。特に国境付近の鉱山。あそこの採掘権を、パン数万個と引き換えに手に入れる計画書を作成しました」
私は懐から羊皮紙を取り出し、テーブルの上を滑らせた。
「人道支援という名目で食料を送りつつ、実質的な資産を合法的に奪う。……いかがでしょう、宰相閣下?」
クラウス様は書類を手に取り、目を通すと、楽しげに笑った。
「悪魔的だ。……だが、嫌いじゃない」
「ありがとうございます。元悪役令嬢ですので、お褒めの言葉と受け取ります」
「採用だ。すぐに手配しよう。君の元婚約者には、高い勉強代を払ってもらうとしようか」
「ええ。領収書は『真実の愛』宛てで切っておきますわ」
キャンドルの光に照らされた私たちは、美味しい料理と、もっと美味しい「数字」の会話に酔いしれた。
遠い祖国で、王子が石を投げられているとも知らずに。
中央広場には、怒れる市民たちが群衆となって押し寄せている。
「パンをよこせ!」
「薪がないぞ!」
「王子のツケで商売上がったりだ!」
彼らの手にはプラカードや、空っぽの鍋が握られていた。
原因は明白だ。
ローゼン公爵家という「国の財布」が消え、王子の決済ミスにより物流がストップ。
さらに卸売業者への支払いが滞ったことで、市場から商品が蒸発したのだ。
そんな一触即発の状況下で、王城のバルコニーへの扉が開かれた。
現れたのは、黄金に輝く鎧(実戦では役に立たない式典用)に身を包んだアレクセイ王子と、フリフリのドレスを着たニーナだ。
「おお、見ろニーナ。国民たちが私を求めて集まっているぞ」
アレクセイは眼下の群衆を見下ろし、満足げに頷いた。
耳をつんざくような怒号が、彼には歓声に変換されているらしい。
「すごいですぅ、アレクセイ様! みんな熱狂してますね!」
「うむ。私が最近、執務室に籠もりきり(実際は逃亡)だったから、寂しかったのだろう」
アレクセイは手を振り、キラキラとした笑顔を振りまいた。
「静粛に! 静粛に! 我が愛する国民たちよ!」
彼の声が魔法拡声器を通じて広場に響く。
一瞬、群衆が静まり返った。
王子が解決策を――例えば、備蓄食料の放出や減税を宣言するのではないかと期待したからだ。
「諸君が苦しんでいることは知っている。食料が足りないそうだな?」
「そうだ! パンがないんだ!」
誰かが叫んだ。
アレクセイは深く頷き、隣のニーナの肩を抱き寄せた。
「悲しいことだ。だが、物質的な豊かさなど、真の幸福の前では些細な問題に過ぎない」
「……は?」
群衆の頭上に疑問符が浮かぶ。
「パンがないなら、心を満たせばいい。私とニーナを見てくれ。私たちは今、空腹すら感じない。なぜなら、愛で満たされているからだ!」
「愛……?」
「そうだ! 諸君にも、この愛を分け与えよう! 隣の人と手を取り合い、抱き合うのだ! そうすれば空腹など忘れる!」
アレクセイは両手を広げ、陶酔しきった表情で叫んだ。
「さあ、叫ぶがいい! 『愛こそすべて』と! 今日の夕食は、私の投げキッスだ!」
チュッ、と音が鳴るような投げキッスが放たれる。
広場に、冷たい風が吹き抜けた。
静寂。
それは嵐の前の静けさだった。
「……ふざけんなあああああ!!!」
誰かの絶叫を皮切りに、広場は暴動の坩堝と化した。
「愛で腹が膨れるか!」
「投げキッスでスープが作れるかボケ!」
「その金ピカの鎧を売って小麦を買え!」
投石が始まった。
石だけでなく、腐った野菜(貴重な食料だが、怒りのあまり投げられた)、靴、馬の糞などが、バルコニーめがけて雨あられと降り注ぐ。
「わっ、なんだ!? 痛いっ!」
小石が額に当たり、アレクセイがよろめく。
「きゃあ! 私のドレスに泥が!」
「殿下! 危険です! お下がりください!」
衛兵たちが慌てて二人を城内へと押し戻す。
扉が閉ざされた後も、外からは「王子を出せ!」「ニーナを煮込んで出汁をとれ!」という物騒なシュプレヒコールが続いていた。
「はぁ、はぁ……な、なぜだ……」
アレクセイはへたり込み、震える手で額の傷に触れた。
「なぜ彼らは怒っている? 私は最高のプレゼント(愛)を与えたはずなのに」
「ひどいですぅ……民度が低すぎますぅ……」
ニーナが涙目で訴える。
「やはり、ユミリアのせいか? あいつが去り際に、国民に悪評を吹き込んだに違いない!」
「そうです! きっとユミリア様が裏で扇動してるんです! やっぱり悪役令嬢なんですね!」
「おのれユミリア……! どこまで私の邪魔をすれば気が済むんだ!」
責任転嫁のスキルだけは超一流の二人は、固く手を握り合った。
「負けないぞ。私たちが『真実の愛』を貫けば、いつか愚かな国民も理解するはずだ」
「はいっ! 明日もバルコニーで演説しましょう!」
二人のポジティブシンキングは、もはや狂気の領域に達していた。
◇
一方その頃。ガレリア帝国、クラウス公爵邸。
優雅なディナータイム。
テーブルには、前菜のテリーヌ、季節の野菜のポタージュ、そしてメインディッシュの鴨のローストが並べられている。
「……ふむ」
私はナイフとフォークを動かしながら、手元の新聞に目を落とした。
『隣国にて暴動発生。物流停止により物価高騰、パンの価格は先週比300%』
「どうした? 食事が口に合わないか?」
向かいの席で、クラウス様が心配そうに尋ねてくる。
「いいえ、とても美味しいです。特にこのソース、絶品ですね。ただ、記事の数字が興味深くて」
私は新聞を指差した。
「私の祖国、あと14日で経済破綻します」
「14日? 随分と具体的だな」
「現在のインフレ率と、王家の資産売却速度、そして国民の怒りゲージを計算式に当てはめました。……あ、失礼。12日でした。先ほど入った情報によると、王子が『愛の演説』をしたそうですので、暴動リスク係数を2倍に修正しました」
「愛の演説……?」
「『パンがなければ愛を食べればいい』という趣旨の発言をしたとか」
クラウス様はワインを吹き出しそうになり、口元をナプキンで押さえた。
「……正気か?」
「通常なら正気ではありませんが、彼にとっては通常運転です」
「君が苦労していた理由がよくわかったよ。……それで、君はどうするつもりだ? 助け舟を出すか?」
クラウス様の目が、試すように細められる。
私は鴨肉を口に運び、ゆっくりと咀嚼してから飲み込んだ。
「まさか。沈みゆく船に近寄れば、こちらも巻き込まれます」
私はワイングラスを揺らした。
「ただし、ビジネスチャンスではあります」
「ほう?」
「祖国の通貨価値は暴落しています。今なら、あちらの良質な美術品や土地が二束三文で買い叩けます。特に国境付近の鉱山。あそこの採掘権を、パン数万個と引き換えに手に入れる計画書を作成しました」
私は懐から羊皮紙を取り出し、テーブルの上を滑らせた。
「人道支援という名目で食料を送りつつ、実質的な資産を合法的に奪う。……いかがでしょう、宰相閣下?」
クラウス様は書類を手に取り、目を通すと、楽しげに笑った。
「悪魔的だ。……だが、嫌いじゃない」
「ありがとうございます。元悪役令嬢ですので、お褒めの言葉と受け取ります」
「採用だ。すぐに手配しよう。君の元婚約者には、高い勉強代を払ってもらうとしようか」
「ええ。領収書は『真実の愛』宛てで切っておきますわ」
キャンドルの光に照らされた私たちは、美味しい料理と、もっと美味しい「数字」の会話に酔いしれた。
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