その婚約破棄、全力で歓迎します。

パリパリかぷちーの

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「見ろ! これがある限り、お前は私の婚約者だ!」

アレクセイは、ボロボロの羊皮紙を高々と掲げた。

「ここには『この婚約は、当事者の死亡、もしくは国王の勅命がない限り破棄できない』と書いてある! 父上はまだ認めていない! つまり、法的にはまだ私たちは婚約中なのだ!」

彼は鬼の首を取ったように叫んだ。

「さあ、戻ってこいユミリア! これは契約だ! お前の好きなルールだぞ!」

会場がざわつく。

「確かに、王族の婚約は勝手には破棄できないが……」

「でも、あの時王子自身が『破棄する』と宣言したんだろう?」

「泥沼だな……」

私は呆れて溜息をついた。

「殿下。記憶喪失でしょうか? その契約書よりも日付の新しい『合意解約書』に、貴方自身がサインなさいましたよね?」

「あんなものは読んでいない! 読んでいない書類は無効だ!」

「通りません。それは『テスト勉強をしていないから0点でも合格にしろ』という子供の理屈です」

「うるさい! とにかく、私は認めん! お前は私のものだ! 一生私のために働き、私の借金を返し、ニーナを養う義務があるんだ!」

アレクセイの主張は、もはやストーカーのそれだった。

彼はズカズカと私に歩み寄り、その汚れた手で私の腕を掴もうとした。

「来い! 強引にでも連れて帰る!」

その時。

バチンッ!!

乾いた音が響き、アレクセイの手が弾かれた。

「……痛っ!?」

彼の手を払いのけたのは、私ではない。

私の隣にいた、クラウス様だった。

「……触れるな」

その声の低さに、会場の気温が一気に5度は下がった気がした。

「その薄汚い手で、私の婚約者に気安く触れるなと言っている」

クラウス様は私を背に庇い、アレクセイを見下ろした。

その瞳は、絶対零度の氷河のように冷たく、そして激しい怒りを孕んでいた。

「な、なんだ貴様! 部外者は引っ込んでいろ! これは私とユミリアの問題だ!」

「部外者?」

クラウス様が鼻で笑った。

「面白いことを言う。彼女の現在の法的代理人であり、雇用主であり、そして未来の夫である私を部外者と呼ぶか」

彼はアレクセイの手から、あの『婚約誓約書』をひったくった。

「あ、返せ!」

「こんなゴミが、貴様の拠り所か?」

クラウス様は書類に一瞥もくれず、指先から青白い炎を出した。

ボッ。

「あ……」

一瞬で、誓約書は灰になった。

「な、何をするんだぁぁ!! 私の切り札がぁぁ!!」

「無効な書類など、燃えるゴミだ。資源の無駄遣いだな」

クラウス様は灰を払い落とし、一歩前に踏み出した。

その威圧感に、アレクセイが後ずさる。

「き、貴様……! 一国の王子の書類を燃やすなど、ただで済むと……!」

「黙れ」

一喝。

空気がビリビリと震えた。

「アレクセイ・フォン・愚か者。……いや、元王子だったか」

クラウス様は静かに、しかし会場の隅々まで届く声で宣言した。

「ユミリアは、私の最愛の女性だ。彼女の知性、美しさ、そしてその強さの全てを、私は愛している」

背後で聞いていた私の心臓が、本日最高値を記録する。

(こ、この状況で愛の告白……!? 計算外です、クラウス様!)

「その彼女を『物』扱いし、『無価値』と罵り、あまつさえ薄汚い手で触れようとした罪……。万死に値するとは思わないか?」

「ひっ……!」

アレクセイの顔から血の気が引いていく。

目の前にいるのは、ただの貴族ではない。

大国ガレリア帝国の政治と軍事を司る、「氷の宰相」の本気の怒りだ。

「貴様の行動は、私個人への侮辱にとどまらない。我がガレリア帝国への『宣戦布告』と受け取るが、異存はないな?」

「せ、宣戦……布告……!?」

アレクセイが裏返った声を上げる。

「ま、待て! そんな大げさな! たかが女一人のことで戦争など……!」

「『たかが』ではない!」

ドオォォン!!

クラウス様から魔力が溢れ出し、床に亀裂が走った。

「彼女は私にとって、国そのものよりも重い価値がある。彼女を傷つける者は、例え一国の王子だろうが、神だろうが、私は全力で殲滅する」

その瞳は、本気だった。

計算も打算もない。

ただ純粋な、狂気じみた愛と殺意。

「さあ、どうする? 今ここで、我が国の軍隊を動かしてもいいのだぞ? 貴様の国など、地図から消すのに三日もあれば十分だが」

「ひぃぃぃっ!!」

アレクセイの膝が笑い、そして崩れ落ちた。

ガクガクと震え、目からは涙と鼻水が溢れ出す。

圧倒的な「力」の差。

「格」の違い。

彼はようやく理解したのだ。

自分が喧嘩を売った相手が、あまりにも巨大すぎる怪物だったことを。

「た、助けて……! 許してくれ……! わ、私はただ……」

「失せろ」

クラウス様は、ゴミを見るような目で言い放った。

「二度と彼女の視界に入るな。次にその顔を見せたら――その時は、物理的に消去する」

「は、はいぃぃぃ!!」

アレクセイは悲鳴を上げ、腰を抜かしたまま後ずさりした。

その股間が、じわりと濡れているのを、私は見逃さなかった。

(……失禁。精神的ダメージによる自律神経の崩壊ですね。清掃代を請求しなくては)

私は冷静に手帳を取り出そうとしたが、クラウス様が振り返り、私を優しく抱きしめた。

「……怖かっただろう。すまない、もっと早く介入すべきだった」

「い、いいえ。怖くはありませんでしたが……」

私は彼の胸の中で、赤くなった顔を隠した。

「……少々、やりすぎでは? 戦争なんて言ったら、外交問題になりますよ」

「構わない。君のためなら、世界を敵に回してもお釣りが来る」

「……計算がおかしいです」

「愛に計算は不要だと言っただろう?」

彼は悪戯っぽく笑った。

会場からは、割れんばかりの拍手喝采が沸き起こった。

「素晴らしい!」

「これぞ真の騎士だ!」

「あのバカ王子、漏らしてたぞ!」

ざまぁみろ、という嘲笑と、クラウス様への称賛の嵐。

その中で、アレクセイは完全に心を折られ、床のシミとなっていた。
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