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「連れて行け」
クラウス様の一声で、衛兵たちが動き出した。
腰を抜かして動けないアレクセイは、まるでボロ雑巾のように両脇を抱え上げられる。
「あ……あぅ……」
彼はまだショックから立ち直れず、壊れた玩具のような声を漏らしている。
一方、窓際で捕獲されたニーナは、まだ目をギラつかせていた。
「は、離してよ! 私に触らないで!」
彼女は暴れながら、会場の中央――私たちがいる場所へと視線を向けた。
そして、何かを閃いたように表情を一変させた。
「待って! 待ってください、公爵様ぁ!」
ニーナは衛兵の手を振りほどき(火事場の馬鹿力だ)、クラウス様の足元へとにじり寄った。
「来ないでください。半径5メートル以内の接近を禁止します」
私が警告するが、彼女は止まらない。
「公爵様! 私、感動しましたぁ!」
彼女はウルウルとした瞳(演技)で、クラウス様を見上げた。
「さっきの『愛の宣戦布告』、すっごく素敵でした! 男らしくて、強くて、それに……お金持ちそうで!」
最後の一言に本音がダダ漏れだ。
「私、目が覚めたんですぅ。あんな弱くて臭い王子なんかより、公爵様の方がずっと魅力的だって!」
「……は?」
運ばれかけていたアレクセイが、ピクリと反応する。
ニーナはお構いなしに媚びを売り続けた。
「私、乗り換えます! ユミリア様みたいな冷たい女より、私みたいな愛嬌のある子の方がお似合いですよぉ? ねっ、私をこの屋敷に置いてください! 愛人でもペットでもいいですからぁ!」
彼女はカーテンの裾を捲り上げ、色仕掛け(泥だらけの生足)を披露した。
会場全体が、「うわぁ……」というドン引きの空気で満たされる。
ここまでプライドのないヒロインも珍しい。
クラウス様は、汚物を見るような目で彼女を見下ろした。
「……衛兵。強力な殺菌スプレーを持ってこい。空気が汚染された」
「ひどっ!?」
「君のその薄っぺらい演技と計算高さは、ユミリアの足元にも及ばない。いや、比べることすら彼女への侮辱だ」
クラウス様は氷のような声で切り捨てた。
「それに、私は『賢い』女性が好きでね。君のような、自分の置かれた立場も理解できない愚か者は視界に入れる価値もない」
「そ、そんなぁ……」
ニーナが絶望に顔を歪める。
そこへ、復活したアレクセイの怒号が飛んできた。
「き、貴様ぁぁぁ!! ニーナ!!」
アレクセイが衛兵を引きずりながら突進してきた。
「よくも……よくも私を裏切ったな! 『王子様が一番素敵』と言ったのは嘘だったのか!」
「うるさい! 嘘に決まってるでしょ!」
ニーナが開き直って叫び返す。
「あんたが使えないからよ! 王子だっていうからついてきたのに、ロバに乗せられるわ、ご飯は食べられないわ、挙げ句の果てにお漏らしするわ! 幻滅よ!」
「なっ……! お前だって、私の金で散々贅沢をしたくせに!」
「慰謝料代わりよ! ああもう、こんな貧乏くじ引くなら、もっと早く逃げればよかった!」
「この……売女がぁぁ!!」
「役立たずのあほ王子ぃぃ!!」
二人は掴み合いの喧嘩を始めた。
アレクセイがニーナの髪を引っ張り、ニーナがアレクセイの腕に噛みつく。
泥と罵声が飛び交う、目も当てられない惨状だ。
「痛い! 離せブス!」
「あんたこそ離しなさいよハゲ!」
「誰がハゲだ! ストレスで少し抜けただけだ!」
かつて「真実の愛」を誓った二人の姿は、今や野良犬の喧嘩以下だった。
私は扇で顔を覆いながら、冷静に実況した。
「ご覧ください皆様。これが『愛だけで腹は膨れない』ことの証明です。経済的基盤のない恋愛は、外部ストレスによって容易に破綻するという好例ですね」
「……勉強になります」
近くにいた若い貴族が、真顔でメモを取っていた。
「もういい。つまみ出せ」
クラウス様の指示で、衛兵たちが本気を出した。
「離せぇぇ! 私は王子だぞぉぉ!」
「私のデビューがぁぁ! 玉の輿がぁぁ!」
二人は団子状態のまま、ズルズルと出口へ引きずられていく。
その途中、ニーナが最後の悪あがきとして、近くのテーブルクロスを掴んだ。
ガシャンガラガラ!
料理やワインが床にぶちまけられる。
「あーあ……」
「最後まで迷惑な……」
扉の向こうへ消えていく二人の断末魔が、遠く響いた。
『ユミリアぁぁ! 覚えてろぉぉ!』
『誰かぁ! お金ぇぇ! お金恵んでぇぇ!』
バタン。
重厚な扉が閉ざされ、ようやく静寂が戻った。
会場に残されたのは、割れた食器と、泥の足跡と、なんとも言えない疲労感だけだった。
「……終わりましたね」
私がポツリと呟くと、クラウス様が肩を抱いてくれた。
「ああ。これでもう、二度と君を煩わせることはないだろう」
「はい。……清掃費と食器の弁償代、どちらに請求しましょうか?」
「実家に請求書を送ろう。払えなければ、領土の一部を割譲させるまでだ」
「合理的です」
私たちは顔を見合わせて微笑んだ。
会場の楽団が、気を取り直して優雅なワルツを奏で始める。
嵐は去った。
あとは、幸せなエピローグに向かうだけだ。
「ユミリア。踊ってくれるか?」
クラウス様が手を差し出す。
私はその手を取り、最高の笑顔で応えた。
「喜んで。ただし、ステップの効率化については、踊りながら議論させていただきますね」
「ふふ、望むところだ」
私たちは光の中、軽やかにステップを踏み出した。
クラウス様の一声で、衛兵たちが動き出した。
腰を抜かして動けないアレクセイは、まるでボロ雑巾のように両脇を抱え上げられる。
「あ……あぅ……」
彼はまだショックから立ち直れず、壊れた玩具のような声を漏らしている。
一方、窓際で捕獲されたニーナは、まだ目をギラつかせていた。
「は、離してよ! 私に触らないで!」
彼女は暴れながら、会場の中央――私たちがいる場所へと視線を向けた。
そして、何かを閃いたように表情を一変させた。
「待って! 待ってください、公爵様ぁ!」
ニーナは衛兵の手を振りほどき(火事場の馬鹿力だ)、クラウス様の足元へとにじり寄った。
「来ないでください。半径5メートル以内の接近を禁止します」
私が警告するが、彼女は止まらない。
「公爵様! 私、感動しましたぁ!」
彼女はウルウルとした瞳(演技)で、クラウス様を見上げた。
「さっきの『愛の宣戦布告』、すっごく素敵でした! 男らしくて、強くて、それに……お金持ちそうで!」
最後の一言に本音がダダ漏れだ。
「私、目が覚めたんですぅ。あんな弱くて臭い王子なんかより、公爵様の方がずっと魅力的だって!」
「……は?」
運ばれかけていたアレクセイが、ピクリと反応する。
ニーナはお構いなしに媚びを売り続けた。
「私、乗り換えます! ユミリア様みたいな冷たい女より、私みたいな愛嬌のある子の方がお似合いですよぉ? ねっ、私をこの屋敷に置いてください! 愛人でもペットでもいいですからぁ!」
彼女はカーテンの裾を捲り上げ、色仕掛け(泥だらけの生足)を披露した。
会場全体が、「うわぁ……」というドン引きの空気で満たされる。
ここまでプライドのないヒロインも珍しい。
クラウス様は、汚物を見るような目で彼女を見下ろした。
「……衛兵。強力な殺菌スプレーを持ってこい。空気が汚染された」
「ひどっ!?」
「君のその薄っぺらい演技と計算高さは、ユミリアの足元にも及ばない。いや、比べることすら彼女への侮辱だ」
クラウス様は氷のような声で切り捨てた。
「それに、私は『賢い』女性が好きでね。君のような、自分の置かれた立場も理解できない愚か者は視界に入れる価値もない」
「そ、そんなぁ……」
ニーナが絶望に顔を歪める。
そこへ、復活したアレクセイの怒号が飛んできた。
「き、貴様ぁぁぁ!! ニーナ!!」
アレクセイが衛兵を引きずりながら突進してきた。
「よくも……よくも私を裏切ったな! 『王子様が一番素敵』と言ったのは嘘だったのか!」
「うるさい! 嘘に決まってるでしょ!」
ニーナが開き直って叫び返す。
「あんたが使えないからよ! 王子だっていうからついてきたのに、ロバに乗せられるわ、ご飯は食べられないわ、挙げ句の果てにお漏らしするわ! 幻滅よ!」
「なっ……! お前だって、私の金で散々贅沢をしたくせに!」
「慰謝料代わりよ! ああもう、こんな貧乏くじ引くなら、もっと早く逃げればよかった!」
「この……売女がぁぁ!!」
「役立たずのあほ王子ぃぃ!!」
二人は掴み合いの喧嘩を始めた。
アレクセイがニーナの髪を引っ張り、ニーナがアレクセイの腕に噛みつく。
泥と罵声が飛び交う、目も当てられない惨状だ。
「痛い! 離せブス!」
「あんたこそ離しなさいよハゲ!」
「誰がハゲだ! ストレスで少し抜けただけだ!」
かつて「真実の愛」を誓った二人の姿は、今や野良犬の喧嘩以下だった。
私は扇で顔を覆いながら、冷静に実況した。
「ご覧ください皆様。これが『愛だけで腹は膨れない』ことの証明です。経済的基盤のない恋愛は、外部ストレスによって容易に破綻するという好例ですね」
「……勉強になります」
近くにいた若い貴族が、真顔でメモを取っていた。
「もういい。つまみ出せ」
クラウス様の指示で、衛兵たちが本気を出した。
「離せぇぇ! 私は王子だぞぉぉ!」
「私のデビューがぁぁ! 玉の輿がぁぁ!」
二人は団子状態のまま、ズルズルと出口へ引きずられていく。
その途中、ニーナが最後の悪あがきとして、近くのテーブルクロスを掴んだ。
ガシャンガラガラ!
料理やワインが床にぶちまけられる。
「あーあ……」
「最後まで迷惑な……」
扉の向こうへ消えていく二人の断末魔が、遠く響いた。
『ユミリアぁぁ! 覚えてろぉぉ!』
『誰かぁ! お金ぇぇ! お金恵んでぇぇ!』
バタン。
重厚な扉が閉ざされ、ようやく静寂が戻った。
会場に残されたのは、割れた食器と、泥の足跡と、なんとも言えない疲労感だけだった。
「……終わりましたね」
私がポツリと呟くと、クラウス様が肩を抱いてくれた。
「ああ。これでもう、二度と君を煩わせることはないだろう」
「はい。……清掃費と食器の弁償代、どちらに請求しましょうか?」
「実家に請求書を送ろう。払えなければ、領土の一部を割譲させるまでだ」
「合理的です」
私たちは顔を見合わせて微笑んだ。
会場の楽団が、気を取り直して優雅なワルツを奏で始める。
嵐は去った。
あとは、幸せなエピローグに向かうだけだ。
「ユミリア。踊ってくれるか?」
クラウス様が手を差し出す。
私はその手を取り、最高の笑顔で応えた。
「喜んで。ただし、ステップの効率化については、踊りながら議論させていただきますね」
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私たちは光の中、軽やかにステップを踏み出した。
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