その婚約破棄、全力で歓迎します。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
22 / 28

22

「連れて行け」

クラウス様の一声で、衛兵たちが動き出した。

腰を抜かして動けないアレクセイは、まるでボロ雑巾のように両脇を抱え上げられる。

「あ……あぅ……」

彼はまだショックから立ち直れず、壊れた玩具のような声を漏らしている。

一方、窓際で捕獲されたニーナは、まだ目をギラつかせていた。

「は、離してよ! 私に触らないで!」

彼女は暴れながら、会場の中央――私たちがいる場所へと視線を向けた。

そして、何かを閃いたように表情を一変させた。

「待って! 待ってください、公爵様ぁ!」

ニーナは衛兵の手を振りほどき(火事場の馬鹿力だ)、クラウス様の足元へとにじり寄った。

「来ないでください。半径5メートル以内の接近を禁止します」

私が警告するが、彼女は止まらない。

「公爵様! 私、感動しましたぁ!」

彼女はウルウルとした瞳(演技)で、クラウス様を見上げた。

「さっきの『愛の宣戦布告』、すっごく素敵でした! 男らしくて、強くて、それに……お金持ちそうで!」

最後の一言に本音がダダ漏れだ。

「私、目が覚めたんですぅ。あんな弱くて臭い王子なんかより、公爵様の方がずっと魅力的だって!」

「……は?」

運ばれかけていたアレクセイが、ピクリと反応する。

ニーナはお構いなしに媚びを売り続けた。

「私、乗り換えます! ユミリア様みたいな冷たい女より、私みたいな愛嬌のある子の方がお似合いですよぉ? ねっ、私をこの屋敷に置いてください! 愛人でもペットでもいいですからぁ!」

彼女はカーテンの裾を捲り上げ、色仕掛け(泥だらけの生足)を披露した。

会場全体が、「うわぁ……」というドン引きの空気で満たされる。

ここまでプライドのないヒロインも珍しい。

クラウス様は、汚物を見るような目で彼女を見下ろした。

「……衛兵。強力な殺菌スプレーを持ってこい。空気が汚染された」

「ひどっ!?」

「君のその薄っぺらい演技と計算高さは、ユミリアの足元にも及ばない。いや、比べることすら彼女への侮辱だ」

クラウス様は氷のような声で切り捨てた。

「それに、私は『賢い』女性が好きでね。君のような、自分の置かれた立場も理解できない愚か者は視界に入れる価値もない」

「そ、そんなぁ……」

ニーナが絶望に顔を歪める。

そこへ、復活したアレクセイの怒号が飛んできた。

「き、貴様ぁぁぁ!! ニーナ!!」

アレクセイが衛兵を引きずりながら突進してきた。

「よくも……よくも私を裏切ったな! 『王子様が一番素敵』と言ったのは嘘だったのか!」

「うるさい! 嘘に決まってるでしょ!」

ニーナが開き直って叫び返す。

「あんたが使えないからよ! 王子だっていうからついてきたのに、ロバに乗せられるわ、ご飯は食べられないわ、挙げ句の果てにお漏らしするわ! 幻滅よ!」

「なっ……! お前だって、私の金で散々贅沢をしたくせに!」

「慰謝料代わりよ! ああもう、こんな貧乏くじ引くなら、もっと早く逃げればよかった!」

「この……売女がぁぁ!!」

「役立たずのあほ王子ぃぃ!!」

二人は掴み合いの喧嘩を始めた。

アレクセイがニーナの髪を引っ張り、ニーナがアレクセイの腕に噛みつく。

泥と罵声が飛び交う、目も当てられない惨状だ。

「痛い! 離せブス!」

「あんたこそ離しなさいよハゲ!」

「誰がハゲだ! ストレスで少し抜けただけだ!」

かつて「真実の愛」を誓った二人の姿は、今や野良犬の喧嘩以下だった。

私は扇で顔を覆いながら、冷静に実況した。

「ご覧ください皆様。これが『愛だけで腹は膨れない』ことの証明です。経済的基盤のない恋愛は、外部ストレスによって容易に破綻するという好例ですね」

「……勉強になります」

近くにいた若い貴族が、真顔でメモを取っていた。

「もういい。つまみ出せ」

クラウス様の指示で、衛兵たちが本気を出した。

「離せぇぇ! 私は王子だぞぉぉ!」

「私のデビューがぁぁ! 玉の輿がぁぁ!」

二人は団子状態のまま、ズルズルと出口へ引きずられていく。

その途中、ニーナが最後の悪あがきとして、近くのテーブルクロスを掴んだ。

ガシャンガラガラ!

料理やワインが床にぶちまけられる。

「あーあ……」

「最後まで迷惑な……」

扉の向こうへ消えていく二人の断末魔が、遠く響いた。

『ユミリアぁぁ! 覚えてろぉぉ!』

『誰かぁ! お金ぇぇ! お金恵んでぇぇ!』

バタン。

重厚な扉が閉ざされ、ようやく静寂が戻った。

会場に残されたのは、割れた食器と、泥の足跡と、なんとも言えない疲労感だけだった。

「……終わりましたね」

私がポツリと呟くと、クラウス様が肩を抱いてくれた。

「ああ。これでもう、二度と君を煩わせることはないだろう」

「はい。……清掃費と食器の弁償代、どちらに請求しましょうか?」

「実家に請求書を送ろう。払えなければ、領土の一部を割譲させるまでだ」

「合理的です」

私たちは顔を見合わせて微笑んだ。

会場の楽団が、気を取り直して優雅なワルツを奏で始める。

嵐は去った。

あとは、幸せなエピローグに向かうだけだ。

「ユミリア。踊ってくれるか?」

クラウス様が手を差し出す。

私はその手を取り、最高の笑顔で応えた。

「喜んで。ただし、ステップの効率化については、踊りながら議論させていただきますね」

「ふふ、望むところだ」

私たちは光の中、軽やかにステップを踏み出した。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?

にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。 「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。 否定はしない。 けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。 婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。 「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」 ──存じません。私はもう、ただの無職ですので。