その婚約破棄、全力で歓迎します。

パリパリかぷちーの

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「ふぅ……。本日の予定カロリー消費量を、大幅に超過しました」

騒動とダンスを終え、私たちは人目を避けてバルコニーへと脱出した。

夜風が、火照った頬に心地よい。

私は手帳を開き、本日の「成果」を確認しようとしたが、クラウス様の手がそれを制した。

「ユミリア。今は仕事の話はなしだ」

「ですが、先ほどの乱入者対応にかかったコストと、会場の修繕費の見積もりを……」

「それは私がやる。君はただ、この夜風と、隣にいる私のことだけを考えていればいい」

クラウス様は私の手から手帳と万年筆を取り上げ、サイドテーブルに置いた。

そして、私の両手を包み込むように握りしめた。

「……ユミリア」

「は、はい」

改まって名前を呼ばれ、私は背筋を伸ばした。

彼の瞳は、先ほどアレクセイに向けた氷のようなものではなく、溶けるような甘さを湛えている。

「今日の君は、本当に素晴らしかった。あの愚か者たちへの対応、そして毅然とした態度。……惚れ直したよ」

「恐縮です。過去のデータを基に、最適解を出力しただけですので」

「その『最適解』が、私にとっては救いだったんだ」

クラウス様は一歩、私に近づいた。

距離が縮まる。

心拍数上昇。

「私は今まで、政略結婚の見合い話をいくつも断ってきた。どのご令嬢も、私の家柄や財産、あるいは顔だけを見ていたからだ」

「……優良物件ですからね、クラウス様は」

「だが、君は違った。君は私が『趣味』で作ったガラクタを『商品』に変え、赤字だった領地を『宝の山』に変えた。そして何より……」

彼は私の眼鏡(伊達眼鏡ではない)に指をかけ、優しく位置を直した。

「君は、私という人間そのものを『分析』し、理解してくれた。宰相としての仮面の下にある、ただの発明好きで偏屈な男を、君は受け入れてくれた」

「それは……貴方様のスペックが高かったからです。分析しがいがありました」

「ふふ、まだ照れ隠しをするのか?」

クラウス様がクスリと笑う。

その笑顔があまりにも魅力的で、私は言葉に詰まった。

「ユミリア。単刀直入に言おう」

彼は真剣な表情に戻り、ポケットから小さな箱を取り出した。

先日の計算機が入っていた箱ではない。

もっと小さな、ベルベットの小箱だ。

パカッ。

中に入っていたのは、計算機ではなく、大粒のダイヤモンドが輝く指輪だった。

そのカットの精巧さは、私の目算でも最高ランクだ。

「私と結婚してほしい。これは『契約』ではない。『誓い』だ」

「……誓い?」

「ああ。君を一生守り、愛し、そして共に歩んでいくという誓いだ。……君の計算高いところも、強がりなところも、仕事熱心すぎて食事を忘れるところも、全て含めて愛している」

ストレートすぎる言葉。

私の脳内計算機が、カタカタと音を立ててエラーを吐き出す。

『解なし』

『論理的説明不可能』

『感情パラメータ:オーバーフロー』

「……計算、できません」

私は震える声で呟いた。

「はい?」

「貴方様との結婚によるメリットは計算できます。資産の統合、社会的地位の向上、優秀な遺伝子の継承……。ですが、この胸の痛みというか、動悸というか、この変な感覚だけは、どうしても数式に当てはまらないのです」

私は胸を押さえた。

苦しいわけではない。

ただ、満たされていくような、熱い何かが込み上げてくる。

「それが『恋』という変数だよ、ユミリア」

クラウス様は私の指に、そっと指輪を嵌めた。

サイズは完璧だった。

「計算しなくていい。ただ、答えを出してくれればいい。……イエスか、ハイか、喜んでか。どれだ?」

「……選択肢が偏っていますわ。独占禁止法に抵触します」

「私の愛は独占的だからな」

彼は悪戯っぽく笑い、返事を待った。

私は指輪の輝きを見つめ、そしてクラウス様の顔を見上げた。

アレクセイといた時は、いつも「どうやって赤字を埋めるか」ばかり考えていた。

でも、この人の隣にいると、「どうやって明日を楽しくするか」を考えている自分がいる。

それが答えだった。

「……私も、計算外の事態に陥っています」

私は正直に告白した。

「貴方様のことが、想定していたよりもずっと……その、好きになってしまったようです」

「本当か?」

「はい。確率100%です」

私が言うと、クラウス様はこれ以上ないほど幸せそうに破顔した。

そして、私を強く抱きしめた。

「ありがとう、ユミリア。……約束する。君を世界で一番幸せな『計算マニア』にしてみせる」

「ふふ、期待していますわ。ハードルは高いですよ?」

「望むところだ」

夜空の下、私たちは口づけを交わした。

それは、数字も効率も関係ない、ただただ甘いだけの口づけだった。

遠くで、祭りの後の花火が上がった気がする。

私の手帳の最後のページには、まだ何も書かれていない。

でもきっと、明日からは幸せな数字で埋め尽くされることだろう。

「……あ、クラウス様」

唇が離れた後、私はふと思い出して言った。

「なんだい? 愛の言葉なら、もっと欲しいが」

「いいえ。結婚式の費用についてですが、招待状を紙ではなく魔導メールにすればコストを3割削減できます」

「…………」

クラウス様は一瞬ぽかんとして、それから盛大に吹き出した。

「ははは! このムードで経費削減の話か! さすがは我が妻だ!」

「当然です。結婚生活は長期プロジェクトですから、初期投資は抑えるべきです」

「わかった、わかった。君の好きにしていい。……一生、君の尻に敷かれるのも悪くないな」

彼は愛おしそうに私のおでこにキスをした。

こうして、私たちの『決算報告会(プロポーズ)』は、無事に黒字(婚約成立)で幕を閉じたのだった。
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