その婚約破棄、全力で歓迎します。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
23 / 28

23

「ふぅ……。本日の予定カロリー消費量を、大幅に超過しました」

騒動とダンスを終え、私たちは人目を避けてバルコニーへと脱出した。

夜風が、火照った頬に心地よい。

私は手帳を開き、本日の「成果」を確認しようとしたが、クラウス様の手がそれを制した。

「ユミリア。今は仕事の話はなしだ」

「ですが、先ほどの乱入者対応にかかったコストと、会場の修繕費の見積もりを……」

「それは私がやる。君はただ、この夜風と、隣にいる私のことだけを考えていればいい」

クラウス様は私の手から手帳と万年筆を取り上げ、サイドテーブルに置いた。

そして、私の両手を包み込むように握りしめた。

「……ユミリア」

「は、はい」

改まって名前を呼ばれ、私は背筋を伸ばした。

彼の瞳は、先ほどアレクセイに向けた氷のようなものではなく、溶けるような甘さを湛えている。

「今日の君は、本当に素晴らしかった。あの愚か者たちへの対応、そして毅然とした態度。……惚れ直したよ」

「恐縮です。過去のデータを基に、最適解を出力しただけですので」

「その『最適解』が、私にとっては救いだったんだ」

クラウス様は一歩、私に近づいた。

距離が縮まる。

心拍数上昇。

「私は今まで、政略結婚の見合い話をいくつも断ってきた。どのご令嬢も、私の家柄や財産、あるいは顔だけを見ていたからだ」

「……優良物件ですからね、クラウス様は」

「だが、君は違った。君は私が『趣味』で作ったガラクタを『商品』に変え、赤字だった領地を『宝の山』に変えた。そして何より……」

彼は私の眼鏡(伊達眼鏡ではない)に指をかけ、優しく位置を直した。

「君は、私という人間そのものを『分析』し、理解してくれた。宰相としての仮面の下にある、ただの発明好きで偏屈な男を、君は受け入れてくれた」

「それは……貴方様のスペックが高かったからです。分析しがいがありました」

「ふふ、まだ照れ隠しをするのか?」

クラウス様がクスリと笑う。

その笑顔があまりにも魅力的で、私は言葉に詰まった。

「ユミリア。単刀直入に言おう」

彼は真剣な表情に戻り、ポケットから小さな箱を取り出した。

先日の計算機が入っていた箱ではない。

もっと小さな、ベルベットの小箱だ。

パカッ。

中に入っていたのは、計算機ではなく、大粒のダイヤモンドが輝く指輪だった。

そのカットの精巧さは、私の目算でも最高ランクだ。

「私と結婚してほしい。これは『契約』ではない。『誓い』だ」

「……誓い?」

「ああ。君を一生守り、愛し、そして共に歩んでいくという誓いだ。……君の計算高いところも、強がりなところも、仕事熱心すぎて食事を忘れるところも、全て含めて愛している」

ストレートすぎる言葉。

私の脳内計算機が、カタカタと音を立ててエラーを吐き出す。

『解なし』

『論理的説明不可能』

『感情パラメータ:オーバーフロー』

「……計算、できません」

私は震える声で呟いた。

「はい?」

「貴方様との結婚によるメリットは計算できます。資産の統合、社会的地位の向上、優秀な遺伝子の継承……。ですが、この胸の痛みというか、動悸というか、この変な感覚だけは、どうしても数式に当てはまらないのです」

私は胸を押さえた。

苦しいわけではない。

ただ、満たされていくような、熱い何かが込み上げてくる。

「それが『恋』という変数だよ、ユミリア」

クラウス様は私の指に、そっと指輪を嵌めた。

サイズは完璧だった。

「計算しなくていい。ただ、答えを出してくれればいい。……イエスか、ハイか、喜んでか。どれだ?」

「……選択肢が偏っていますわ。独占禁止法に抵触します」

「私の愛は独占的だからな」

彼は悪戯っぽく笑い、返事を待った。

私は指輪の輝きを見つめ、そしてクラウス様の顔を見上げた。

アレクセイといた時は、いつも「どうやって赤字を埋めるか」ばかり考えていた。

でも、この人の隣にいると、「どうやって明日を楽しくするか」を考えている自分がいる。

それが答えだった。

「……私も、計算外の事態に陥っています」

私は正直に告白した。

「貴方様のことが、想定していたよりもずっと……その、好きになってしまったようです」

「本当か?」

「はい。確率100%です」

私が言うと、クラウス様はこれ以上ないほど幸せそうに破顔した。

そして、私を強く抱きしめた。

「ありがとう、ユミリア。……約束する。君を世界で一番幸せな『計算マニア』にしてみせる」

「ふふ、期待していますわ。ハードルは高いですよ?」

「望むところだ」

夜空の下、私たちは口づけを交わした。

それは、数字も効率も関係ない、ただただ甘いだけの口づけだった。

遠くで、祭りの後の花火が上がった気がする。

私の手帳の最後のページには、まだ何も書かれていない。

でもきっと、明日からは幸せな数字で埋め尽くされることだろう。

「……あ、クラウス様」

唇が離れた後、私はふと思い出して言った。

「なんだい? 愛の言葉なら、もっと欲しいが」

「いいえ。結婚式の費用についてですが、招待状を紙ではなく魔導メールにすればコストを3割削減できます」

「…………」

クラウス様は一瞬ぽかんとして、それから盛大に吹き出した。

「ははは! このムードで経費削減の話か! さすがは我が妻だ!」

「当然です。結婚生活は長期プロジェクトですから、初期投資は抑えるべきです」

「わかった、わかった。君の好きにしていい。……一生、君の尻に敷かれるのも悪くないな」

彼は愛おしそうに私のおでこにキスをした。

こうして、私たちの『決算報告会(プロポーズ)』は、無事に黒字(婚約成立)で幕を閉じたのだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?

にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。 「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。 否定はしない。 けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。 婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。 「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」 ──存じません。私はもう、ただの無職ですので。

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。