悪役令嬢の華麗なる敗北宣言!

パリパリかぷちーの

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「次! 第三師団の装備発注書! 却下! なんで剣の予備が五百本も必要なの! お前たちは剣を投げて戦う気か!」

「す、すみません! つい不安で!」

「不安なら剣技を磨きなさい! 予算に頼るな! 書き直し!」

帝城の一角、かつては物置だった広い部屋。

そこは今、帝国で最も恐ろしい場所――通称『修羅の事務室』に変貌していた。

部屋の中央に鎮座するのは、私、シルビア・ランカスター。

その周囲を、三十人の屈強な男たちが死に物狂いで駆け回っている。

彼らは私の特訓を受けた新生・事務部隊。

見た目はゴリゴリのマッチョだが、その手には剣ではなく羽根ペンが握られている。

「教官! 北の村から『魔物被害による減税申請』が届いています!」

「被害状況の証拠写真は? 村長の署名はある?」

「あります! 写真魔法の添付済み!」

「よろしい。受理! 復興支援金の手続きを回して。優先度S、今日中に送金魔法で振り込むこと!」

「イエッサー!!」

男たちは怒号のような返事をし、ものすごい速さで書類を作成していく。

紙がめくれる音が、まるで嵐のようだ。

「……おい、シルビア」

入り口で、その光景を呆然と眺めている人物がいた。

ルーカス殿下だ。

「なんだ、ここは。戦場か?」

「お疲れ様です、殿下。ここは戦場以上の激戦区、事務室です」

私は手を休めずに答えた。

「見てください、彼らの働きぶりを。素晴らしいでしょう?」

「ああ……あいつら、あんな繊細な指使いができたのか……」

殿下の視線の先では、身長二メートルの巨漢が、豆粒のような文字で帳簿を記入していた。

「筋肉は裏切りませんね。彼らの持久力と集中力は、一般の文官の三倍です。徹夜してもケロッとしていますし」

「ブラックすぎないか?」

「ちゃんと休憩時間にプロテインを配給していますから、彼らは喜んでいますよ」

私はニッコリと笑った。

実際、彼らは充実した顔をしている。

「俺、剣を振るより、この『複式簿記』ってやつの方が性に合ってるかも……左右がピタリと合う瞬間、脳汁が出るぜ……」
「分かる……敵の首を取るより、経費の無駄を削減した時の方が快感だ……」

彼らは完全に「事務の沼」にハマっていた。

「それで、殿下。何の用ですか? 暇なら書類のホッチキス留めを手伝ってください」

「俺は皇帝だぞ(予定)。……いや、実は相談がある」

殿下は少し真面目な顔をして、一枚の羊皮紙を差し出した。

「隣国の『商業都市連盟』から、抗議文が届いた」

「抗議?」

「ああ。『帝国の騎士たちが国境付近で演習をするせいで、振動で商品が棚から落ちる』そうだ。賠償金を請求すると書いてある」

「……またですか」

私はこめかみを押さえた。

この国の人間は、歩くだけで震度3くらいの揺れを起こす。

「通常なら『うるさい、文句があるなら戦争だ』と返事をするんだが……」

「絶対にダメです。そんなことをしたら、輸入ルートが閉ざされて食糧危機になります」

私は羊皮紙をひったくった。

「貸してください。私が返信を書きます」

「お前が?」

「ええ。『深くお詫び申し上げます。つきましては、お詫びの印として、我が国の特産品である【ドラゴン革製品】を特別価格で卸させていただきます。また、国境警備隊には【忍び足】を徹底させます』……これでどうでしょう?」

「忍び足……あいつらにできるか?」

「やらせます。足音を立てるたびに減給と言えば、彼らは空気のように歩くでしょう」

私はサラサラと返信を書き上げ、封蝋を押した。

「これで解決です。賠償金どころか、新たな商談成立ですね」

「……お前、本当に悪魔だな」

「褒め言葉として受け取っておきます」

殿下は苦笑しつつ、私のデスクに置いてあったクッキーを勝手に食べた。

「美味いな、これ」

「あ、私のオヤツ! 経費で落ちない自腹のやつですよ!」

「ケチくさいことを言うな。……それにしても、お前が来てから城の中が静かだ」

「怒鳴り声が減りましたからね。書類で会話するようになったので」

「ああ。おかげで俺も、剣を抜く回数が減った。……退屈なくらいだ」

殿下は少し寂しそうに窓の外を見た。

「平和ですね」

「……そうだな」

嵐のような事務室の中で、私たちだけ時間が止まったような静寂が流れる。

その時だった。

「教官! 大変です!」

部下の一人が、血相を変えて飛び込んできた。

「どうしたの? インクが切れた?」

「違います! 王国の……シルビア様の故郷から、緊急の使者が!」

「使者?」

私の眉がピクリと動いた。

「手紙を持参しています! 差出人は……『レイド第二王子』!」

その名前を聞いた瞬間、室内の温度が三度下がった。

ルーカス殿下の瞳が、スッと細められる。

「……あいつか」

「読んでください」

部下から手紙を受け取り、私は封を切った。

中に入っていたのは、涙で滲んだような汚い文字の便箋一枚。

私はそれを読み上げ始めた。

***

【シルビアへ】

元気か? 僕は元気じゃない。

君がいなくなってから、城の中がおかしいんだ。

まず、僕の部屋の掃除がされていない。メイドに頼んだら「それは私の仕事ではありません」と言われた。君はいつも黙ってやってくれていたのに。

それから、書類が読めない。

宰相が持ってくる書類に、難しい漢字や専門用語が多すぎる。君はいつも「ここだけ読めばいいです」と要約してくれていたじゃないか。

極めつけは、マリアだ。

彼女は可愛いが、何もしない。「愛があれば大丈夫」と言うけれど、愛で腹は膨れないし、愛で国民の不満は収まらないんだ。

昨日、夜会で他国の公使に話しかけられた時、僕は言葉に詰まってしまった。

マリアはニコニコ笑っているだけで、助け船を出してくれなかった。

恥をかいたよ。

君なら、絶妙なタイミングで会話に入って、僕を立ててくれたはずだ。

シルビア、もう怒っていないだろう?

あんな慰謝料請求書は冗談だよね?

そろそろ帰ってきてくれ。

君の席は空けてある(まだ誰も座っていない)。

愛を込めて(?)。

レイドより。

追伸:
来週の隣国との通商会議、資料がまだ白紙なんだ。
至急、作って送ってくれないか? 君なら一晩でできるだろう?

***

読み終えた私は、静かに手紙を折りたたんだ。

「…………」

「…………」

沈黙。

部下たちは、恐怖に震えている。私が無言だからだ。

「……シルビア?」

殿下が恐る恐る声をかけてくる。

「殺すか?」

「いえ」

私は笑顔で答えた。

「殺す価値もありません」

ビリッ! ビリビリビリッ!

私は手紙を細かく引き裂き、ゴミ箱へとシュートした。

「教官、ナイスイン!」

「馬鹿にするのも大概になさい。私が帰る? 資料を作る? 寝言は寝て言ってください」

私は立ち上がり、窓の外の王国の方角を睨みつけた。

「あの国がどうなろうと知ったことではありませんが……ここまで舐められて黙っている私ではありません」

「どうする気だ?」

「返事を書きます」

私は新しい便箋を取り出し、極太のペンを走らせた。

『拝啓 元殿下。

お手紙(笑)拝読いたしました。

現在、私は帝国の筆頭秘書官として、貴国の年収の三倍の給料を頂きながら、充実した日々を送っております。

部屋の掃除? ご自分でどうぞ。
書類が読めない? 辞書を引いてください。
マリア嬢が役に立たない? 選んだのは貴方です。

なお、通商会議の資料作成につきましては、外部委託として承ることも可能ですが、費用は金貨一万枚(前払い)となります。

それでは、滅びゆく国での余生をお楽しみください。

敬具
シルビア(元・婚約者/現・勝ち組)』

「これを、速達で送ってください」

「イエッサー!」

部下が敬礼し、手紙を持って走り去った。

「……容赦ないな」

殿下が感心したように言った。

「当たり前です。私は悪役令嬢ですから」

私はフンと鼻を鳴らし、再び仕事に戻った。

しかし、心の中では少しだけ冷めた感情が渦巻いていた。

(……想像以上に早かったわね、ボロが出るのが)

私が国を出て、まだ一週間も経っていない。

それなのに、もう悲鳴を上げている。

あの国は、私が支えていたからこそ、かろうじて立っていられたのだ。

その支柱を自らへし折ったのだから、崩壊するのは当然の帰結。

「せいぜい、泥舟が沈むまでの時間を楽しむといいわ」

私は冷たく呟き、次の書類に『却下』の判を押した。

一方その頃、王国では――。

「……う、嘘だろ……?」

王城の執務室。

レイド王子は、私の返信(速達)を読み、顔面蒼白になっていた。

「金貨一万枚……!? そんな金、あるわけないじゃないか!」

机の上には、未処理の書類が山のように積まれている。

その横で、マリアがお茶を飲んでいた。

「レイド様ぁ、まだ終わらないんですかぁ? 私、新しいドレスが見に行きたいんですけどぉ」

「マリア……少しは手伝ってくれないか? この数字の計算だけでも……」

「えー、私、算数ニガテですぅ。数字を見ると頭が痛くなっちゃう」

彼女は可愛く舌を出した。

以前なら「可愛いな」と思えたその仕草が、今のレイドには苛立ちの種にしかならなかった。

「……シルビアなら、言わなくてもやってくれたのに」

つい、口に出してしまった。

「なっ! またシルビア様のことですか!?」

マリアが立ち上がり、ヒステリックに叫んだ。

「ひどいです! 私という婚約者がいるのに! そんなにあの意地悪な女がいいんですか!」

「いや、そうじゃない! ただ、仕事の話で……」

「言い訳なんて聞きたくありません! もう知りません!」

マリアは泣き真似をして部屋を飛び出して行った。

「あっ、マリア! 待ってくれ!」

追いかけようとして、レイドは積み上げられた書類の山に足を引っ掛けた。

ドサドサドサッ!!

数百枚の羊皮紙が雪崩を起こし、彼の上に降り注ぐ。

「……痛っ……」

紙の海に埋もれながら、レイドは天井を見上げた。

そこには、以前シルビアが「整理整頓は心の乱れを防ぎます」と言って貼っていった標語の跡だけが、虚しく残っていた。

「……帰ってきてくれ、シルビア……」

その呟きは、誰にも届くことなく、書類の山に吸い込まれていった。
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