悪役令嬢の華麗なる敗北宣言!

パリパリかぷちーの

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「……鍵、かけましたか?」

王城の最上階。
皇帝(予定)夫妻の寝室にて。

私はベッドの端にちょこんと座り、カチャリと扉を施錠したルーカス殿下――いえ、夫に問いかけた。

「ああ。三重の結界も張った。これでドラゴンが攻めてきても朝までは開かん」

殿下はマントを脱ぎ捨て、首元のタイを緩めながらこちらへ歩み寄ってくる。

その瞳は、獲物を前にした肉食獣のようにギラギラと輝いている。

(……まずいわ。逃げ場がない)

私はゴクリと喉を鳴らした。

予算折衝や外交交渉なら、どんな相手でも論破できる自信がある。
しかし、これから始まる『業務』に関しては、私は完全なる素人(未経験者)だ。

「さあ、シルビア。ドレスを脱がせてやる。……その重そうな拘束具から解放される時間だ」

殿下が私の前に跪き、ドレスの背中の紐に手をかける。

「あ、あの! ちょっと待ってください!」

「なんだ? まだ心の準備ができてないのか?」

「い、いえ。準備といいますか……手順(プロセス)の確認を」

私は慌てて、サイドテーブルに置いてあったメモ帳(緊急用)を手に取った。

「初夜におけるスケジュール案を作成してきました。まず、入浴に三十分。次に、明日の公務の打ち合わせに十五分。そして就寝準備に……」

「却下だ」

殿下は私のメモ帳を取り上げ、背後のゴミ箱へシュートした。

「あっ! 私の進行表が!」

「今夜にスケジュールなどない。あるのは『本能』だけだ」

殿下の指先が、背中の紐をスルリと解く。
バサッ。
二十キロのドレスが床に滑り落ち、私は薄いシュミーズ姿になった。

「ひゃっ……!」

急に肌寒くなり、私は自分の腕を抱いた。

「……美しいぞ」

殿下が熱っぽい息を吐きながら、私の肩に触れる。
その手は驚くほど優しく、熱い。

「い、言い値で買わないでくださいね……。今の私は、装飾品(ドレス)を失って市場価値が下がっていますから……」

「馬鹿か。中身の方が価値が高いに決まっているだろう」

殿下は私をそっと押し倒した。
ふかふかのベッドが沈み込む。

視界いっぱいに、殿下の顔がある。
整った鼻筋、長い睫毛、そして燃えるような金色の瞳。

(……悔しいけど、顔がいいわね。鑑賞価値だけで金貨千枚はいけるわ)

私がそんな現実逃避をしていると、殿下が顔を近づけてきた。

「シルビア。……愛している」

「……っ」

甘い。
声が甘すぎる。砂糖を煮詰めたシロップのようだ。
いつも「殺すぞ」とか「燃やすぞ」とか言っている口から、こんな甘い言葉が出るなんて詐欺だ。

「……殿下。愛の定義について議論しませんか? 脳内物質の分泌による一時的な……んぐっ!?」

唇が塞がれた。
議論の余地なし。強制終了。

「……ぷはっ!」

「うるさい口だ。今は黙って俺を感じろ」

殿下のキスが、首筋へと降りてくる。
ゾクゾクとした感覚が背骨を駆け抜ける。

「あ、あの……殿下……」

「ルーカスだ。名前で呼べ」

「る、ルーカス様……」

「いい子だ」

殿下の手が、私の腰を撫で上げる。
思考回路がショートしそうだ。
計算機がエラーを起こしている。

「……ところで、ルーカス様」

「なんだ、いいところなのに」

「ふと気になったのですが……次期皇帝としての『後継者育成計画』についてです」

「……は?」

殿下の動きが止まった。

「今、私たちはその『製造工程』に入ろうとしているわけですが、リスク管理は万全ですか?」

私は必死に、理性を取り戻そうと喋り続けた。

「もし子供が双子だった場合の教育費の変動、および帝位継承権の順位付けについて、事前の取り決めをしておくべきかと……きゃっ!」

「……お前なぁ」

殿下は呆れたように笑い、私のおでこをペチンと弾いた。

「今、この状況で、子供の教育費の話をする女がどこにいる」

「ここにいます。未来への投資には、緻密な計画が必要です」

「ハハハ! さすが俺の妻だ。ブレないな」

殿下は私を抱きしめたまま、仰向けに転がった。

「いいだろう。なら、話し合おうか」

「え?」

「お前が気が済むまで、国の未来でも、子供の教育でも、税制改革でも……全部聞いてやる」

殿下は私の髪を指で梳きながら、優しく微笑んだ。

「その代わり、話しながら手は動かすぞ? マルチタスクはお前の得意分野だろう?」

「……っ!?」

殿下の手が、再び動き始める。

「さあ、第一議題はなんだ? 『第一子の帝王学教育』についてか?」

「そ、そうです……っ! まずは……んっ……語学教育の……早期導入を……!」

「なるほど。だが俺は剣術を優先させたいな。……ここの感度はどうだ?」

「ひゃうっ! そ、そこは……予算外です……!」

「予算増額だな。承認する」

……結果として。

私たちの初夜は、実に奇妙なものとなった。

「あっ、ルーカス様……そ、その……! ……で、消費税の引き上げについては……!」

「今は据え置きだ……。それより、もっと声を聴かせろ……」

「ダメです……インフレが……あああんっ!」

熱い吐息と、甘い声。
その合間に挟まる「財政健全化」や「外交方針」の単語。

普通ならムードぶち壊しだが、私たちにとっては、これが最高のコミュニケーションだった。
体を重ね合わせ、熱を共有しながら、同時に頭脳もフル回転させて未来を共有する。

心も、体も、思考も。
すべてが混ざり合い、溶け合っていく。

「……シルビア、愛してる」

「……私も……計算外ですが……大好きです」

深夜。
窓の外の月が沈む頃。
私たちは汗だくになりながら、最後の一線を越えた。

そこにはもう、損得勘定も、政策論争もなかった。
ただ、互いを求め合う二人の人間がいるだけだった。



翌朝。

チュンチュン、と小鳥のさえずりが聞こえる。

「……朝か」

私は重い瞼を開けた。
全身が痛い。特に腰が。
これが『激務』の代償か。

「おはよう、シルビア」

隣で、ルーカス様が爽やかな笑顔でこちらを見ていた。
この体力オバケめ。

「……おはようございます、あなた」

私が言うと、彼は嬉しそうに目を細めた。

「『あなた』か。悪くない響きだ」

彼は私の肩を引き寄せ、ベッドサイドのサイドテーブルを指さした。

そこには、昨夜の情事の合間に二人で書き殴ったメモ書きが散乱していた。

『第一子:文武両道(ただし筋肉寄り)』
『新居のリフォーム案:子供部屋を追加』
『来年度予算:子育て支援金を増額』

「……随分と、生産的な夜でしたね」

私は苦笑した。

「ああ。おかげで、向こう十年の国家ビジョンが完成した」

ルーカス様は私の額にキスをした。

「最高の夜だったぞ。……体の方は大丈夫か?」

「修理費を請求したいくらいです。……ですが」

私は彼の胸に頭を預けた。

「……悪くない取引でした。満足度(CS)、星五つです」

「そうか。なら、リピート確定だな」

「ええ。長期契約でお願いします」

私たちは顔を見合わせて笑った。

シーツに包まりながら、私たちはまた懲りずに話し始めた。
今度は、今日の朝食のメニュー(タンパク質多め)について。

これが、私たち流の『幸せな結婚生活』の始まりだった。
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