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「では、新郎新婦の入場です! 盛大な拍手でお迎えください!」
帝城の大広間。
司会者の絶叫に近いコールと共に、重厚な扉が開かれた。
そこは、もはや「披露宴会場」というより「巨大な酒場」と化していた。
「うおおおお! 殿下あああ! おめでとうございまああす!」
「あねごおおお! 綺麗だぞおおお!」
「酒だ! 酒を持ってこい! 樽ごとだ!」
集まった招待客――その半数を占める筋肉自慢の騎士や将軍たちが、野太い声で歓声を上げている。
彼らは正装(タキシード)を着ているはずだが、筋肉が膨張しすぎて背中が裂けている者が何人もいた。
「……動物園ですね」
私はルーカス殿下の腕に手を添えながら、冷静に会場を見渡した。
「活気があっていいだろう?」
「活気と言うより『暴動』です。あとで家具の破損状況を確認しなければ」
私たちはメインテーブル(高砂)へと進んだ。
そこからは、会場全体が一望できる。
私の目は、招待客の笑顔ではなく、彼らが受付で置いていった『ご祝儀袋』の山(裏で集計中)に向けられていた。
(……ガンダル将軍、金貨十枚。平社員にしては頑張ったわね。隣国の石油王、金貨千枚。よし、あそこには来月の輸出枠を優先的に回しましょう)
頭の中で顧客リストの格付け(ランキング)が更新されていく。
「乾杯の挨拶! 黒狼騎士団長、ガンダル閣下!」
指名された熊将軍が、ドラム缶のようなジョッキを持って立ち上がった。
彼はすでに号泣している。
「うっ……ぐっ……殿下……! あの暴れん坊だった殿下が、こんなに立派になられて……!」
ガンダル将軍は鼻水を垂らしながらスピーチを始めた。
「昔は『城壁が邪魔だ』と言って破壊し、今は『書類が面倒だ』と言って燃やしていた殿下が……シルビア様という猛獣使……いや、伴侶を得て、落ち着かれたことが何よりの喜びです!」
「……後で減給ですね」
私は殿下に囁いた。
「猛獣使いとは誰のことですか」
「事実だから仕方ない」
「それでは、帝国の弥栄(いやさか)と、お二人の未来に……乾杯ぃぃぃッ!!」
「「「乾杯ぃぃぃッ!!!」」」
ガチャンッ!!
数百個のグラスがぶつかり合い、その衝撃で何割かが砕け散った。
「ああ、グラスの破損費が……」
私が嘆く間もなく、宴が始まった。
次々と運ばれてくる料理。
私が「原価率を抑えつつ、見栄えを良くしろ」とシェフに厳命したメニューだ。
『魔獣肉の丸焼き(実は端材を固めたハンバーグ)』
『黄金スープ(カボチャで色付け)』
『季節のサラダ(城の裏庭で栽培した自家製)』
「美味い! 肉だ!」
「このスープ、濃厚だぞ!」
客たちは大喜びで食べている。
味覚が単純で助かった。
「シルビア、あーん、だ」
隣で殿下が、フォークに刺した肉を差し出してきた。
いわゆる『ファーストバイト』の延長戦だ。
「……殿下。人前ですよ」
「夫婦なんだから当然だろ。ほら、口を開けろ」
私は渋々、口を開けた。
殿下が楽しそうに肉を放り込む。
「……美味しいですか?」
「悔しいけれど、美味しいです。味付けが濃いので、安い肉だとバレていません」
「ハハハ、お前らしい感想だ」
その時、会場の隅でボヤ騒ぎ……ではなく、余興が始まった。
「見てくれ! 俺の筋肉ルーレットで、お二人の似顔絵を描くぜ!」
「俺はテーブルクロス引きだ! テーブルごと引いてやる!」
騎士たちが次々と芸を披露し、失敗しては皿を割り、成功しては雄叫びを上げる。
混沌(カオス)。
まさにこの国そのものだ。
「……騒がしいな」
殿下がワインを揺らしながら呟いた。
「だが、悪くない。……昔の俺なら、こんな騒ぎは鬱陶しいだけだった」
「今は?」
「今は……お前が隣にいるからか、この馬鹿騒ぎも愛おしく思える」
殿下は優しい目で私を見た。
その表情は、いつもの「暴君」ではなく、一人の「夫」の顔だった。
「……そうですか」
私は照れ隠しに、ナプキンで口元を拭った。
「それは、貴方様の精神年齢がようやく成長した証拠です。……あるいは、私の教育の成果ですね」
「素直じゃないな」
殿下は私の手をテーブルの下で握った。
その手は大きく、温かい。
「シルビア。これからも、俺の隣で笑っていてくれ」
「……笑うかどうかは、収支報告書の数字次第です」
「強欲な奴め」
ふふっ、と二人で笑い合った時だった。
「ご報告します!!」
部下の筋肉文官(今日はタキシード着用)が、血相を変えて高砂に駆け寄ってきた。
「なんだ? 空気が読めないな。今、いい雰囲気だったんだが」
殿下が不機嫌そうに睨む。
「申し訳ありません! ですが、緊急事態です! ご祝儀の集計が終わったのですが……」
「!?」
私の目が光った。
「どうしたの? 予想より少なかった? 誰か空っぽの袋を出した?」
「い、いえ! 逆です!」
文官は震える手で、一枚のメモを差し出した。
「総額が……目標の三倍に達しました!」
「は?」
私はメモをひったくった。
そこに書かれた数字は、確かに私の試算を遥かに上回っていた。
「原因は?」
「そ、それが……騎士たちが『あねごへの感謝の気持ちだ!』と言って、へそくりを全額ぶち込んだり、装備を売って金を作ったりしたらしく……」
私は会場を見渡した。
馬鹿騒ぎをしている筋肉たち。
彼らの装備が、心なしか軽装になっている(鎧を着ていない者が多い)のは、気のせいではなかったのか。
「……馬鹿ですね」
私は呟いた。
でも、視界が少しだけ滲んだのは、きっとシャンデリアの光が眩しいせいだ。
「彼らにとって、お前はもう『女神』なんだよ」
殿下がニヤリと笑った。
「自分たちの生活を良くしてくれた、最強の事務屋。その門出を祝わない男は、この国にはいないさ」
「……計算外です」
私はハンカチを目元に押し当てた。
「こんな……『感情』という不確定要素で、黒字幅が膨らむなんて」
「嬉しい誤算だろう?」
「ええ。……これだから、経営は面白いのです」
私は立ち上がり、グラスを掲げた。
「皆様! 聞いてください!」
私の声が響くと、会場の喧騒がピタリと止んだ。
「本日のご祝儀、確かに受け取りました! この資金は、必ずや貴方たちの給与アップ、および城内食堂のメニュー改善(野菜増量)に使わせていただきます!」
『うおおおおお!! あねごぉぉぉ!!』
『一生ついていきまぁぁぁす!!』
地鳴りのような歓声が上がった。
中には「野菜はいらねぇ!」という声もあったが、無視する。
「……さすがだ。披露宴を『決起集会』に変えるとはな」
殿下が苦笑しながら立ち上がり、私の腰を抱いた。
「さあ、そろそろお開きだ。これ以上飲ませると、城が壊れる」
「そうですね。十分回収できましたし」
私たちは拍手喝采の中、会場を後にした。
扉の向こう、静かな廊下に出ると、遠くからまだ宴の音が聞こえてくる。
「……疲れたか?」
殿下が気遣わしげに聞いてくる。
「ええ、少し。顔の筋肉が笑顔の形で固定されそうです」
「部屋に戻ろう。……俺たちの『本番』は、これからだからな」
殿下の声が、急に熱を帯びた。
「……!」
私はビクリと肩を震わせた。
そうだった。
結婚式はゴールではない。
これから始まる「初夜」という名の、未知の業務(?)が待っているのだ。
「……殿下。一つ提案が」
「なんだ? 逃げる言い訳か?」
「違います。部屋に戻る前に、シャワーを浴びさせてください。ドレスが重くて汗だくなのです」
「一緒に入るか?」
「却下します! 別々です!」
「ちぇっ」
殿下は私を軽々と横抱きにした。
いわゆる「お姫様抱っこ」だ。
「きゃっ! 自分で歩けます!」
「黙って運ばれていろ。これも新郎の役目だ」
殿下はスタスタと廊下を歩き出した。
向かう先は、王城の最上階。
私たちの愛の巣――かつて私が掃除した、あの部屋へ。
「覚悟しておけよ、シルビア」
殿下の金色の瞳が、獲物を狙うように私を見下ろす。
「今夜は、計算も言い訳も通用しない。……朝まで寝かせないからな」
「……労働基準法違反ですよ」
私の精一杯の反論は、殿下の胸に吸い込まれて消えた。
廊下の窓から見える月は、呆れるほど明るく、私たちを照らしていた。
帝城の大広間。
司会者の絶叫に近いコールと共に、重厚な扉が開かれた。
そこは、もはや「披露宴会場」というより「巨大な酒場」と化していた。
「うおおおお! 殿下あああ! おめでとうございまああす!」
「あねごおおお! 綺麗だぞおおお!」
「酒だ! 酒を持ってこい! 樽ごとだ!」
集まった招待客――その半数を占める筋肉自慢の騎士や将軍たちが、野太い声で歓声を上げている。
彼らは正装(タキシード)を着ているはずだが、筋肉が膨張しすぎて背中が裂けている者が何人もいた。
「……動物園ですね」
私はルーカス殿下の腕に手を添えながら、冷静に会場を見渡した。
「活気があっていいだろう?」
「活気と言うより『暴動』です。あとで家具の破損状況を確認しなければ」
私たちはメインテーブル(高砂)へと進んだ。
そこからは、会場全体が一望できる。
私の目は、招待客の笑顔ではなく、彼らが受付で置いていった『ご祝儀袋』の山(裏で集計中)に向けられていた。
(……ガンダル将軍、金貨十枚。平社員にしては頑張ったわね。隣国の石油王、金貨千枚。よし、あそこには来月の輸出枠を優先的に回しましょう)
頭の中で顧客リストの格付け(ランキング)が更新されていく。
「乾杯の挨拶! 黒狼騎士団長、ガンダル閣下!」
指名された熊将軍が、ドラム缶のようなジョッキを持って立ち上がった。
彼はすでに号泣している。
「うっ……ぐっ……殿下……! あの暴れん坊だった殿下が、こんなに立派になられて……!」
ガンダル将軍は鼻水を垂らしながらスピーチを始めた。
「昔は『城壁が邪魔だ』と言って破壊し、今は『書類が面倒だ』と言って燃やしていた殿下が……シルビア様という猛獣使……いや、伴侶を得て、落ち着かれたことが何よりの喜びです!」
「……後で減給ですね」
私は殿下に囁いた。
「猛獣使いとは誰のことですか」
「事実だから仕方ない」
「それでは、帝国の弥栄(いやさか)と、お二人の未来に……乾杯ぃぃぃッ!!」
「「「乾杯ぃぃぃッ!!!」」」
ガチャンッ!!
数百個のグラスがぶつかり合い、その衝撃で何割かが砕け散った。
「ああ、グラスの破損費が……」
私が嘆く間もなく、宴が始まった。
次々と運ばれてくる料理。
私が「原価率を抑えつつ、見栄えを良くしろ」とシェフに厳命したメニューだ。
『魔獣肉の丸焼き(実は端材を固めたハンバーグ)』
『黄金スープ(カボチャで色付け)』
『季節のサラダ(城の裏庭で栽培した自家製)』
「美味い! 肉だ!」
「このスープ、濃厚だぞ!」
客たちは大喜びで食べている。
味覚が単純で助かった。
「シルビア、あーん、だ」
隣で殿下が、フォークに刺した肉を差し出してきた。
いわゆる『ファーストバイト』の延長戦だ。
「……殿下。人前ですよ」
「夫婦なんだから当然だろ。ほら、口を開けろ」
私は渋々、口を開けた。
殿下が楽しそうに肉を放り込む。
「……美味しいですか?」
「悔しいけれど、美味しいです。味付けが濃いので、安い肉だとバレていません」
「ハハハ、お前らしい感想だ」
その時、会場の隅でボヤ騒ぎ……ではなく、余興が始まった。
「見てくれ! 俺の筋肉ルーレットで、お二人の似顔絵を描くぜ!」
「俺はテーブルクロス引きだ! テーブルごと引いてやる!」
騎士たちが次々と芸を披露し、失敗しては皿を割り、成功しては雄叫びを上げる。
混沌(カオス)。
まさにこの国そのものだ。
「……騒がしいな」
殿下がワインを揺らしながら呟いた。
「だが、悪くない。……昔の俺なら、こんな騒ぎは鬱陶しいだけだった」
「今は?」
「今は……お前が隣にいるからか、この馬鹿騒ぎも愛おしく思える」
殿下は優しい目で私を見た。
その表情は、いつもの「暴君」ではなく、一人の「夫」の顔だった。
「……そうですか」
私は照れ隠しに、ナプキンで口元を拭った。
「それは、貴方様の精神年齢がようやく成長した証拠です。……あるいは、私の教育の成果ですね」
「素直じゃないな」
殿下は私の手をテーブルの下で握った。
その手は大きく、温かい。
「シルビア。これからも、俺の隣で笑っていてくれ」
「……笑うかどうかは、収支報告書の数字次第です」
「強欲な奴め」
ふふっ、と二人で笑い合った時だった。
「ご報告します!!」
部下の筋肉文官(今日はタキシード着用)が、血相を変えて高砂に駆け寄ってきた。
「なんだ? 空気が読めないな。今、いい雰囲気だったんだが」
殿下が不機嫌そうに睨む。
「申し訳ありません! ですが、緊急事態です! ご祝儀の集計が終わったのですが……」
「!?」
私の目が光った。
「どうしたの? 予想より少なかった? 誰か空っぽの袋を出した?」
「い、いえ! 逆です!」
文官は震える手で、一枚のメモを差し出した。
「総額が……目標の三倍に達しました!」
「は?」
私はメモをひったくった。
そこに書かれた数字は、確かに私の試算を遥かに上回っていた。
「原因は?」
「そ、それが……騎士たちが『あねごへの感謝の気持ちだ!』と言って、へそくりを全額ぶち込んだり、装備を売って金を作ったりしたらしく……」
私は会場を見渡した。
馬鹿騒ぎをしている筋肉たち。
彼らの装備が、心なしか軽装になっている(鎧を着ていない者が多い)のは、気のせいではなかったのか。
「……馬鹿ですね」
私は呟いた。
でも、視界が少しだけ滲んだのは、きっとシャンデリアの光が眩しいせいだ。
「彼らにとって、お前はもう『女神』なんだよ」
殿下がニヤリと笑った。
「自分たちの生活を良くしてくれた、最強の事務屋。その門出を祝わない男は、この国にはいないさ」
「……計算外です」
私はハンカチを目元に押し当てた。
「こんな……『感情』という不確定要素で、黒字幅が膨らむなんて」
「嬉しい誤算だろう?」
「ええ。……これだから、経営は面白いのです」
私は立ち上がり、グラスを掲げた。
「皆様! 聞いてください!」
私の声が響くと、会場の喧騒がピタリと止んだ。
「本日のご祝儀、確かに受け取りました! この資金は、必ずや貴方たちの給与アップ、および城内食堂のメニュー改善(野菜増量)に使わせていただきます!」
『うおおおおお!! あねごぉぉぉ!!』
『一生ついていきまぁぁぁす!!』
地鳴りのような歓声が上がった。
中には「野菜はいらねぇ!」という声もあったが、無視する。
「……さすがだ。披露宴を『決起集会』に変えるとはな」
殿下が苦笑しながら立ち上がり、私の腰を抱いた。
「さあ、そろそろお開きだ。これ以上飲ませると、城が壊れる」
「そうですね。十分回収できましたし」
私たちは拍手喝采の中、会場を後にした。
扉の向こう、静かな廊下に出ると、遠くからまだ宴の音が聞こえてくる。
「……疲れたか?」
殿下が気遣わしげに聞いてくる。
「ええ、少し。顔の筋肉が笑顔の形で固定されそうです」
「部屋に戻ろう。……俺たちの『本番』は、これからだからな」
殿下の声が、急に熱を帯びた。
「……!」
私はビクリと肩を震わせた。
そうだった。
結婚式はゴールではない。
これから始まる「初夜」という名の、未知の業務(?)が待っているのだ。
「……殿下。一つ提案が」
「なんだ? 逃げる言い訳か?」
「違います。部屋に戻る前に、シャワーを浴びさせてください。ドレスが重くて汗だくなのです」
「一緒に入るか?」
「却下します! 別々です!」
「ちぇっ」
殿下は私を軽々と横抱きにした。
いわゆる「お姫様抱っこ」だ。
「きゃっ! 自分で歩けます!」
「黙って運ばれていろ。これも新郎の役目だ」
殿下はスタスタと廊下を歩き出した。
向かう先は、王城の最上階。
私たちの愛の巣――かつて私が掃除した、あの部屋へ。
「覚悟しておけよ、シルビア」
殿下の金色の瞳が、獲物を狙うように私を見下ろす。
「今夜は、計算も言い訳も通用しない。……朝まで寝かせないからな」
「……労働基準法違反ですよ」
私の精一杯の反論は、殿下の胸に吸い込まれて消えた。
廊下の窓から見える月は、呆れるほど明るく、私たちを照らしていた。
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