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王宮を飛び出したユームは、迎えの馬車に飛び乗り、公爵家の屋敷へと戻った。
エントランスに入るなり、心配そうに待ち構えていた父・エデルガルド公爵が駆け寄ってくる。
「ユーム! ああ、可哀想に……今、王宮から連絡があった。アキレス殿下が婚約破棄を宣言したと! 十年間もあの厳しい教育に耐えてきたお前を、あんな泥棒猫のような女のために捨てるなんて!」
父は今にも泣き出しそうな顔で、ユームの両肩を掴んだ。
だが、ユームは潤んだ瞳で父を見つめ返し、満面の笑みで答える。
「お父様、お祝いの準備をしてください! 私、ついにあの『過酷な職場』から解放されたんです!」
「……ショックで、やはり理性が……。すまない、ユーム。私の力が足りないばかりに、お前をあんな地獄に……」
「地獄? 何を言っているんですか、お父様。あんな福利厚生の整った場所、他にありませんわよ!」
ユームは意気揚々と自分の部屋へ向かいながら、この十年間を振り返った。
世間では「悪魔のカリキュラム」と恐れられていた妃教育。
しかし、その実態は、ユームにとって究極の「自分磨きサロン」だった。
教育初日、彼女の前に現れた教育係のギルバート公爵は、冷徹な声でこう言ったのだ。
『王妃とは、国の象徴である。象徴が疲れた顔をしていては民が不安になる。よって、君の最優先事項は「健康」と「美貌」の維持だ』と。
そこから、ユームのホワイトな日々が始まった。
午前十時、起床。
まずは専属の調香師がブレンドしたアロマを焚き、白湯を飲む。
その後、二時間の「姿勢矯正」という名の全身整体。
熟練の術師が、ユームのリンパを流し、骨盤を整え、完璧なボディラインを作り上げていく。
『ユーム様、少しお疲れのようですな。今日は特別に高級薬草オイルを多めに使いましょう』
そう言って、一流の指圧を受けながら、ユームは「これが妃教育か……厳しいけれど、お肌がプルプルになるわ」と感動したものだ。
昼食は「マナー教育」を兼ねた試食会。
世界中の高級食材を使い、栄養バランスを完璧に計算された料理が運ばれてくる。
一口ごとに、マナー講師が「素晴らしい、その角度です」と褒めてくれる。
褒められて伸びるタイプのユームにとって、これほどモチベーションの上がる環境はなかった。
午後の「歴史学」や「政治学」も、堅苦しい講義ではない。
ギルバート公爵自らが、最新の領地経営の成功例をスライド(魔導具)で見せてくれ、ユームが意見を言うと『その視点は鋭い。君は天才だ』と全肯定してくれるスタイル。
そんな「神職場」を離れるのは少し寂しいが、今はそれ以上の解放感があった。
「さあ、まずはこの重いドレスを脱いで、部屋着(シルク100%)に着替えましょう! お父様、明日の朝食はパンケーキを山盛りにしてくださいね。教育中は糖分をプロに管理されていましたから、明日はセルフ管理で爆食いしますわ!」
「ユーム……お前、本当に大丈夫なのか? アキレス殿下のことは……」
「殿下? ああ、あの『福利厚生の提供者』の息子さんですね。契約期間満了ということで、もう顔を合わせなくて済むと思うと清々しますわ」
ユームはクローゼットを開け、手際よく荷物をまとめ始めた。
「追放」される準備は万端だ。
むしろ、自分からどこか静かな領地へ「有給休暇(無期限)」を取りに行きたいくらいである。
そこへ、部屋の扉がノックもなしに静かに開いた。
「お荷物の整理中失礼します。手伝いが必要ですか?」
低い、耳に心地よいテノール。
ユームが振り返ると、そこには漆黒の燕尾服を完璧に着こなした男、ギルバート公爵が立っていた。
王宮の夜会にいたはずの彼が、なぜか先回りして公爵家に現れたのだ。
「ギルバート先生! あ、でももう先生とお呼びしなくていいのですね。私、クビになりましたから!」
ユームが明るく報告すると、ギルバートの眼鏡の奥の瞳が、わずかに細められた。
「ええ、聞きましたよ。殿下は実にもったいないことをされた。……ですが、私にとっては好都合です」
「好都合?」
「あなたの教育カリキュラムを『王妃用』から『私の妻用』に書き換える手間が省けましたから」
「……はい?」
ユームが首を傾げた瞬間、ギルバートは彼女の前に膝をつき、その滑らかな手を取った。
その手つきは、教育中に何度も繰り返された「エスコートの練習」よりも、ずっと情熱的で、執着に満ちていた。
エントランスに入るなり、心配そうに待ち構えていた父・エデルガルド公爵が駆け寄ってくる。
「ユーム! ああ、可哀想に……今、王宮から連絡があった。アキレス殿下が婚約破棄を宣言したと! 十年間もあの厳しい教育に耐えてきたお前を、あんな泥棒猫のような女のために捨てるなんて!」
父は今にも泣き出しそうな顔で、ユームの両肩を掴んだ。
だが、ユームは潤んだ瞳で父を見つめ返し、満面の笑みで答える。
「お父様、お祝いの準備をしてください! 私、ついにあの『過酷な職場』から解放されたんです!」
「……ショックで、やはり理性が……。すまない、ユーム。私の力が足りないばかりに、お前をあんな地獄に……」
「地獄? 何を言っているんですか、お父様。あんな福利厚生の整った場所、他にありませんわよ!」
ユームは意気揚々と自分の部屋へ向かいながら、この十年間を振り返った。
世間では「悪魔のカリキュラム」と恐れられていた妃教育。
しかし、その実態は、ユームにとって究極の「自分磨きサロン」だった。
教育初日、彼女の前に現れた教育係のギルバート公爵は、冷徹な声でこう言ったのだ。
『王妃とは、国の象徴である。象徴が疲れた顔をしていては民が不安になる。よって、君の最優先事項は「健康」と「美貌」の維持だ』と。
そこから、ユームのホワイトな日々が始まった。
午前十時、起床。
まずは専属の調香師がブレンドしたアロマを焚き、白湯を飲む。
その後、二時間の「姿勢矯正」という名の全身整体。
熟練の術師が、ユームのリンパを流し、骨盤を整え、完璧なボディラインを作り上げていく。
『ユーム様、少しお疲れのようですな。今日は特別に高級薬草オイルを多めに使いましょう』
そう言って、一流の指圧を受けながら、ユームは「これが妃教育か……厳しいけれど、お肌がプルプルになるわ」と感動したものだ。
昼食は「マナー教育」を兼ねた試食会。
世界中の高級食材を使い、栄養バランスを完璧に計算された料理が運ばれてくる。
一口ごとに、マナー講師が「素晴らしい、その角度です」と褒めてくれる。
褒められて伸びるタイプのユームにとって、これほどモチベーションの上がる環境はなかった。
午後の「歴史学」や「政治学」も、堅苦しい講義ではない。
ギルバート公爵自らが、最新の領地経営の成功例をスライド(魔導具)で見せてくれ、ユームが意見を言うと『その視点は鋭い。君は天才だ』と全肯定してくれるスタイル。
そんな「神職場」を離れるのは少し寂しいが、今はそれ以上の解放感があった。
「さあ、まずはこの重いドレスを脱いで、部屋着(シルク100%)に着替えましょう! お父様、明日の朝食はパンケーキを山盛りにしてくださいね。教育中は糖分をプロに管理されていましたから、明日はセルフ管理で爆食いしますわ!」
「ユーム……お前、本当に大丈夫なのか? アキレス殿下のことは……」
「殿下? ああ、あの『福利厚生の提供者』の息子さんですね。契約期間満了ということで、もう顔を合わせなくて済むと思うと清々しますわ」
ユームはクローゼットを開け、手際よく荷物をまとめ始めた。
「追放」される準備は万端だ。
むしろ、自分からどこか静かな領地へ「有給休暇(無期限)」を取りに行きたいくらいである。
そこへ、部屋の扉がノックもなしに静かに開いた。
「お荷物の整理中失礼します。手伝いが必要ですか?」
低い、耳に心地よいテノール。
ユームが振り返ると、そこには漆黒の燕尾服を完璧に着こなした男、ギルバート公爵が立っていた。
王宮の夜会にいたはずの彼が、なぜか先回りして公爵家に現れたのだ。
「ギルバート先生! あ、でももう先生とお呼びしなくていいのですね。私、クビになりましたから!」
ユームが明るく報告すると、ギルバートの眼鏡の奥の瞳が、わずかに細められた。
「ええ、聞きましたよ。殿下は実にもったいないことをされた。……ですが、私にとっては好都合です」
「好都合?」
「あなたの教育カリキュラムを『王妃用』から『私の妻用』に書き換える手間が省けましたから」
「……はい?」
ユームが首を傾げた瞬間、ギルバートは彼女の前に膝をつき、その滑らかな手を取った。
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