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ギルバート公爵が膝をつき、私の手を取ったまま見上げてくる。
至近距離で見るその顔は、相変わらず彫刻のように整っていて、眼鏡の奥の瞳は獲物を狙う鷹のように鋭い。
だが、今の私にはその視線の意味がさっぱり分からなかった。
「……あの、ギルバート先生? これは何かの抜き打ちテストでしょうか?」
「テスト? いいえ、ユーム。これは私の人生を賭けた、真剣な求愛です」
「求愛……。ああ、なるほど! 『殿下に婚約破棄された後の、再婚市場での立ち回り方実戦演習』ですね! さすが先生、アフターフォローまで完璧ですわ!」
私はパンッと手を叩き、感銘を受けたように頷いた。
やはり妃教育はホワイトだ。
解雇された後の再就職(再婚)先まで、こうして模擬面接の練習をさせてくれるなんて。
「ユーム、話を逸らさないでください。私は大真面目だ。アキレス殿下があなたを放した。ならば、次はその権利を私がいただく」
「先生、演技が入りすぎていて少し怖いですわよ。でも合格です! そんな情熱的な瞳で見つめられたら、どんな令嬢もイチコロですわ。私も今の、ちょっとドキッとしましたもの」
「……演技、ですか。あなたは本当に……」
ギルバート先生は、少しだけ、本当に少しだけ、額を押さえて溜息をついた。
いつもの完璧な彼にしては珍しい姿だ。
きっと、私の「合格」という評価に、指導者としての達成感を覚えているに違いない。
「分かりました。今は『演習』ということにしておきましょう。ですがユーム、私は諦めませんよ。あなたが受けてきた教育は、すべて私の隣に立たせるためのものだったのですから」
「ええ、存じておりますわ! 先生の教育のおかげで、私はどこに出しても恥ずかしくない、最高に健康で事務処理能力の高い令嬢に仕上がりましたもの!」
私は自信満々に胸を張った。
実際、先生の「政治学」の授業で叩き込まれた書類整理術や予算管理能力は、そこらの官僚よりも上だと自負している。
ホワイトな環境で、効率化を極めた成果だ。
「では先生、私は明日から領地へ行って、ゆっくりと有給休暇を楽しんできますわ。先生も、王宮での激務、お体にお気をつけて」
「いいえ、私も一緒に行きます。ちょうど、溜まっていた休暇をすべて消化することにしましたから」
「えっ? 先生が長期休暇? 王宮の仕事はどうなるのですか?」
「知ったことではありませんね。あのような無能な王子と、教育をサボることしか頭にない男爵令嬢に任せておけばいい」
ギルバート先生は冷たく言い放つと、私の荷物をひょいと持ち上げた。
その口元には、どこか邪悪で、それでいて楽しげな笑みが浮かんでいた。
その頃、王宮の大広間では。
「……おい、この書類は何だ? 明日の建国記念祭の進行表が真っ白ではないか!」
アキレス王子が、机に叩きつけられた束を見て絶叫していた。
隣にいるララは、華やかなドレス姿のまま、顔を青くして震えている。
「殿下、それは……いつもユーム様が、夜会の合間にサラサラと書き上げていたもので……」
「何だと? あいつはただ、突っ立って冷たい視線を送っていただけではなかったのか!?」
「いいえ! ユーム様は『効率的な時間管理も教育の一環です』と言って、お茶を飲みながら同時に三つの部局の予算案をチェックしていましたわ!」
王子の側近が、泣きそうな顔で報告する。
そう、ユームにとっての「ホワイト教育」とは、ギルバート公爵の指導のもと、「超人的な処理能力を身につけて、定時で仕事を終わらせて優雅にエステに行くこと」だったのだ。
「そんなの嘘よ! あんな怖い顔をした人が、そんなに仕事ができるわけないわ! 私だって、私だって……!」
ララが震える手でペンを握るが、計算式の羅列を見ただけで眩暈を起こして倒れ込んだ。
「ララ! しっかりしろ! ……くそ、ギルバート公爵はどこだ! 彼にやらせればいい!」
「公爵閣下は『愛の逃避行に出るので、以降の案件はすべてアキレス殿下が自力で解決するように』との書き置きを残して、すでに王都を離れました!」
「何だとおおおおおお!?」
王宮に、無能な者たちの悲鳴が響き渡る。
一方その頃、ユームを乗せた馬車の中は、極上のアロマと高級菓子の香りに包まれていた。
「先生、このマカロン美味しいですわね!」
「ええ。あなたの口に合うよう、特別に発注しておきました。さあ、ユーム。これから行く私の領地は、王都よりもずっと『ホワイト』ですよ。楽しみにしていてください」
ギルバート公爵の眼鏡が、怪しく、そして優しく光った。
ユームの、本当の意味での「地獄(甘すぎる溺愛)」は、ここから始まるのであった。
至近距離で見るその顔は、相変わらず彫刻のように整っていて、眼鏡の奥の瞳は獲物を狙う鷹のように鋭い。
だが、今の私にはその視線の意味がさっぱり分からなかった。
「……あの、ギルバート先生? これは何かの抜き打ちテストでしょうか?」
「テスト? いいえ、ユーム。これは私の人生を賭けた、真剣な求愛です」
「求愛……。ああ、なるほど! 『殿下に婚約破棄された後の、再婚市場での立ち回り方実戦演習』ですね! さすが先生、アフターフォローまで完璧ですわ!」
私はパンッと手を叩き、感銘を受けたように頷いた。
やはり妃教育はホワイトだ。
解雇された後の再就職(再婚)先まで、こうして模擬面接の練習をさせてくれるなんて。
「ユーム、話を逸らさないでください。私は大真面目だ。アキレス殿下があなたを放した。ならば、次はその権利を私がいただく」
「先生、演技が入りすぎていて少し怖いですわよ。でも合格です! そんな情熱的な瞳で見つめられたら、どんな令嬢もイチコロですわ。私も今の、ちょっとドキッとしましたもの」
「……演技、ですか。あなたは本当に……」
ギルバート先生は、少しだけ、本当に少しだけ、額を押さえて溜息をついた。
いつもの完璧な彼にしては珍しい姿だ。
きっと、私の「合格」という評価に、指導者としての達成感を覚えているに違いない。
「分かりました。今は『演習』ということにしておきましょう。ですがユーム、私は諦めませんよ。あなたが受けてきた教育は、すべて私の隣に立たせるためのものだったのですから」
「ええ、存じておりますわ! 先生の教育のおかげで、私はどこに出しても恥ずかしくない、最高に健康で事務処理能力の高い令嬢に仕上がりましたもの!」
私は自信満々に胸を張った。
実際、先生の「政治学」の授業で叩き込まれた書類整理術や予算管理能力は、そこらの官僚よりも上だと自負している。
ホワイトな環境で、効率化を極めた成果だ。
「では先生、私は明日から領地へ行って、ゆっくりと有給休暇を楽しんできますわ。先生も、王宮での激務、お体にお気をつけて」
「いいえ、私も一緒に行きます。ちょうど、溜まっていた休暇をすべて消化することにしましたから」
「えっ? 先生が長期休暇? 王宮の仕事はどうなるのですか?」
「知ったことではありませんね。あのような無能な王子と、教育をサボることしか頭にない男爵令嬢に任せておけばいい」
ギルバート先生は冷たく言い放つと、私の荷物をひょいと持ち上げた。
その口元には、どこか邪悪で、それでいて楽しげな笑みが浮かんでいた。
その頃、王宮の大広間では。
「……おい、この書類は何だ? 明日の建国記念祭の進行表が真っ白ではないか!」
アキレス王子が、机に叩きつけられた束を見て絶叫していた。
隣にいるララは、華やかなドレス姿のまま、顔を青くして震えている。
「殿下、それは……いつもユーム様が、夜会の合間にサラサラと書き上げていたもので……」
「何だと? あいつはただ、突っ立って冷たい視線を送っていただけではなかったのか!?」
「いいえ! ユーム様は『効率的な時間管理も教育の一環です』と言って、お茶を飲みながら同時に三つの部局の予算案をチェックしていましたわ!」
王子の側近が、泣きそうな顔で報告する。
そう、ユームにとっての「ホワイト教育」とは、ギルバート公爵の指導のもと、「超人的な処理能力を身につけて、定時で仕事を終わらせて優雅にエステに行くこと」だったのだ。
「そんなの嘘よ! あんな怖い顔をした人が、そんなに仕事ができるわけないわ! 私だって、私だって……!」
ララが震える手でペンを握るが、計算式の羅列を見ただけで眩暈を起こして倒れ込んだ。
「ララ! しっかりしろ! ……くそ、ギルバート公爵はどこだ! 彼にやらせればいい!」
「公爵閣下は『愛の逃避行に出るので、以降の案件はすべてアキレス殿下が自力で解決するように』との書き置きを残して、すでに王都を離れました!」
「何だとおおおおおお!?」
王宮に、無能な者たちの悲鳴が響き渡る。
一方その頃、ユームを乗せた馬車の中は、極上のアロマと高級菓子の香りに包まれていた。
「先生、このマカロン美味しいですわね!」
「ええ。あなたの口に合うよう、特別に発注しておきました。さあ、ユーム。これから行く私の領地は、王都よりもずっと『ホワイト』ですよ。楽しみにしていてください」
ギルバート公爵の眼鏡が、怪しく、そして優しく光った。
ユームの、本当の意味での「地獄(甘すぎる溺愛)」は、ここから始まるのであった。
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