悪役令嬢、妃教育を「神・福利厚生」だと勘違いする。

パリパリかぷちーの

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ギルバート先生の領地での生活は、まさに「令嬢の楽園」だった。
朝は小鳥のさえずりと共に目覚め、最高級のシルクパジャマのまま、バラの香りが漂うバルコニーで朝食を摂る。
今日の「業務」は、新作の香水のテイスティングをしながらの昼寝だという。

「……はぁ。幸せすぎて、なんだか申し訳なくなってしまいますわ」

私がふかふかの特注デイベッドに身を沈めていると、庭園の向こうから騒々しい怒鳴り声が聞こえてきた。

「ギルバート! 隠れていないで出てこい! ユームを、私のユームを返せ!」

声の主は、聞き覚えのある……いや、正直に言えば少し記憶の隅に追いやりかけていた、元婚約者のアキレス王子だった。
私はデイベッドから顔を上げ、眩しそうに目を細めた。

「あら、アキレス殿下? どうしてここに?」

庭園の入り口には、かつての煌びやかさを失ったアキレス王子が立っていた。
金髪はボサボサで、目は充血し、自慢の礼服にはコーヒーのシミらしきものがついている。
後ろに控えるララ様に至っては、目の下のクマが凄まじく、もはや怨霊のような顔色だ。

「ユ……ユーム! ああ、ユーム! 探したぞ!」

アキレス王子が私の方へ駆け寄ろうとするが、即座に黒衣の護衛たちが壁のように立ちはだかった。
その中心から、冷徹な美貌を湛えたギルバート先生が悠然と現れる。

「これはこれは、殿下。アポなしでの訪問とは、王族のマナー教育がなっていませんね。……ああ、失礼。あなたの教育係は私でしたが、あまりの無能さに私が匙を投げたのでした」

「黙れ、ギルバート! ユーム、戻ってこい! お前がいなくなってから、王宮はめちゃくちゃだ! 事務方はストライキを起こし、ララは計算ができないと言って泣き叫ぶばかりで……!」

「殿下、ひどいですわ……! 私、頑張って数字を数えたのに……『1、2、たくさん』より先が分からないんですもの……!」

ララ様がフラフラと地面に膝をつく。
どうやら彼女にとって、妃教育という名の「高度な知力テスト」は、文字通りの地獄だったらしい。

「ユーム、頼む! 婚約破棄は取り消してやる! 特別に、私の『第一事務次官兼、側妃』として雇ってやろう。給料は今の二倍……いや、三倍出す!」

アキレス王子が必死な顔で手を差し伸べてくる。
私はその提案を、プロの視点で冷静に分析した。

「三倍、ですか……。ちなみに、残業代は出ますの? 週休は?」

「ざ、残業代? 王族にそんなものあるわけないだろう! 休みなど、仕事が終わればいくらでも取ればいい!」

「つまり、終わらなければ無休ということですね。……殿下、それはこの領地で言うところの『違法就労』にあたりますわ。先生、そうですよね?」

私が隣を仰ぎ見ると、ギルバート先生は満足げに深く頷いた。

「ええ、その通りです。我が領地では、そのような劣悪な環境で人材を働かせることは、人道に対する罪とみなされます」

「な……! ユーム、お前は何を言っているんだ! 公爵令嬢としての責任はどうした!」

「責任、ですか。私は先生から『自分の心と体を最高の状態に保つことこそが、高貴な者の最大の責任である』と教わりましたわ。今の殿下のお誘いは、その責任を放棄せよと言っているに等しいです」

私は毅然と言い放った。
ホワイトな環境を知ってしまった今の私に、ブラックな王宮に戻るという選択肢はない。
何より、先生が用意してくださる「午後のお昼寝タイム」を逃すなんて、プロの悪役令嬢(卒業生)としてあってはならないことだ。

「それに殿下。今の私には、先生との『重要プロジェクト』がありますの。……ね、先生?」

「ええ。彼女は今、私の領地経営の根幹を支える『女神』としての業務に就いています。……殿下、これ以上彼女を侮辱するなら、武力をもってしても排除しますが?」

ギルバート先生が合図を出すと、周囲の護衛たちが一斉に剣の柄に手をかけた。
彼らの動きは無駄がなく、何より「しっかり休んでいる人」特有の鋭い覇気に満ちている。

「ひ、ひいいいっ! ギルバート、貴様……本気か!?」

「私はいつだって本気ですよ。……さあ、お帰りください。不潔なオーラが、ユームの美肌に悪影響を及ぼします」

先生は冷たく言い捨てると、私の肩を抱き寄せ、優しく室内へと促した。
背後で「ユームーーー!」という王子の絶叫が聞こえた気がしたが、私は心地よいバラの香りに包まれて、すぐにそれを忘れてしまった。

「ユーム、よく言いましたね。ご褒美に、新作のイチゴタルトを追加しましょう。……それと、夜の『追加教育』も、少しだけ進めてもよろしいですか?」

「まあ、追加教育! 次はどんな素敵なことを教えてくださるのかしら?」

「ふふ……。それは、夜のお楽しみです」

先生の眼鏡が怪しく光り、私はワクワクしながら、最高級のふかふか絨毯の上を歩いていくのだった。
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