悪役令嬢、妃教育を「神・福利厚生」だと勘違いする。

パリパリかぷちーの

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日は沈み、公爵城は柔らかな魔導具の灯りに包まれていた。
私はギルバート先生に指定された通り、夜会の装いよりも少しリラックスした、けれど最高級の刺繍が施されたドレスに着替えて「特別教室」へと向かった。

そこは、城の最上階にある展望サロンだった。
テーブルの上には、美しく磨かれたクリスタルグラスと、琥珀色の芳醇な香りを放つ最高級のヴィンテージワインが用意されている。

「失礼します、ギルバート先生。夜の追加教育の準備が整いましたわ!」

私が元気よく入室すると、窓の外の月を眺めていた先生がゆっくりと振り返った。
眼鏡を外し、少しだけ髪を乱したその姿は、いつもの「完璧な教育係」というよりは、一人の「男」としての色香が溢れ出ている。

「よく来ましたね、ユーム。……今日の教育内容は『高貴な夜の過ごし方』、そして『パートナーの情熱を受け止める作法』です」

「作法……。なるほど、高度なコミュニケーション能力の訓練ですね! 心理戦の一種と考えてよろしいでしょうか?」

私が真剣な表情でメモ帳を取り出そうとすると、先生は静かに歩み寄り、私の手からメモ帳を優しく取り上げた。

「いいえ。今夜は座学ではありません。……実践のみです」

先生の長い指が私の頬を掠め、耳元でその低く甘い声が響く。
その瞬間、私の背筋にゾクゾクとした電気が走った。
……おかしいわ。妃教育の「ダンスの授業」で、もっと密着した時だってこんなに動悸はしなかったはずなのに。

「……先生、今の指の動き……。これは相手の動揺を誘うための、高度な心理的圧迫(プレッシャー)の演習ですか?」

「…………。ええ、そうかもしれませんね。あなたは今、動揺していますか?」

「はい! 心拍数が通常の二割増しですわ。流石は先生、絶大な教育効果です!」

私が感心して胸を押さえると、先生は少しだけ、困ったような、それでいて愛おしそうな笑みを浮かべた。
そしてそのまま、私の腰に腕を回し、ぐいと自分の方へ引き寄せたのだ。

「では、その心拍数をさらに上げる訓練をしましょう。ユーム、目を閉じて」

「はい! 視覚を遮断することで、他の感覚を研ぎ澄ます訓練ですね! 集中しますわ!」

私はギュッと目を閉じた。
すると、温かな体温と、先生が愛用しているサンダルウッドの香りがさらに強く迫ってきた。
唇に、熱い吐息がかかる。

(ああ、なんてホワイトな教育なのかしら! こうして至近距離で相手の気配を感じることで、暗殺者への警戒心も養えるというわけね。先生の深いお考えに脱帽ですわ!)

私は心の中で先生を絶賛していた。
しかし、数秒経っても、予定されていた(?)「攻撃」は来ない。
代わりに、額に羽が触れるような、柔らかく優しい感触が一度だけ落ちた。

「……ユーム、あなたは本当に……。難攻不落というより、入り口がどこにあるのか分からない城のようだ」

「えっ? 入り口ですか? 先生、私のマナーの理解度は、まだ城門すら潜れていないということでしょうか!?」

パッと目を開けると、先生は顔を真っ赤にして、視線を斜め下に逸らしていた。
あの「氷の宰相」と呼ばれたギルバート先生が、こんなにも人間味のある表情をするなんて。

「……いいえ。もういいです。今夜の教育はここまで。これ以上の実践は、私の理性が『残業』を拒否しそうだ」

「まあ! 先生が理性を残業させるなんて、それは大問題ですわ。しっかり休んでいただかないと!」

私は先生の体調を心配して、その冷たい手を両手で握りしめた。
すると、先生は観念したように私の肩に額を預け、低く笑い声を漏らした。

「ふふ……。分かりました、休みましょう。……ユーム、明日はこの領地で最も美しいと言われる湖へ視察に行きます。これは『感性の保養』という名の、一日限りのプライベート業務です」

「湖での感性保養! また素晴らしいホワイト業務ですね! 私、全力で癒やされてまいりますわ!」

私が意気揚々と拳を握ると、先生は私の髪を優しく撫で、そのまま自分の指に絡めた。
その執着の強さに、私はまだ気づいていない。
先生が用意している「プロジェクト」が、単なる領地経営ではなく、「ユーム包囲網」であることを。

翌朝、私たちが湖へと向かう準備をしている頃。
王宮の事務室では、アキレス王子が自分の書いた「反省文(ユームへの謝罪文)」が、あまりの誤字脱字の多さに文官から差し戻され、床に転がって泣いていた。

「ユーム……ギルバート……。くそ、あのホワイトな奴らめ……。絶対に許さない、絶対に……!」

恨み言を漏らす王子の背後で、ララ様が「お腹空いたわ……。誰か、毒見済みのケーキを持ってきて……」と虚ろな目で壁を叩いていた。
ホワイトな生活への道は、ブラックな彼らにとっては、果てしなく遠いものであった。
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