婚約破棄されたので、うっかり「よっしゃぁ!」と叫んでしまう。

パリパリかぷちーの

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ヴォルグ領での生活が始まって二週間。

私の改革は着々と進んでいた。

温室の再生、特産品開発、そして屋敷の補修。

ジェラルド様の私財(という名の埋蔵金)を惜しみなく投入したおかげで、領内の景気は上向き、屋敷のスタッフたちの顔色も良くなってきた。

そんなある日の午後。

私とジェラルド様は、暖炉のあるサロンでティータイムを楽しんでいた。

「ふぅ……生き返りますわ」

私は湯気の立つカップを口に運んだ。

中身は、私が考案した『特製ハーブティー』。

温室で採れたミントとレモングラスをブレンドしたもので、スッキリとした味わいが特徴だ。

「ああ。悪くない」

対面に座るジェラルド様も、優雅にカップを傾けている。

その手には、不釣り合いなほど小さなクッキーが摘まれていた。

「旦那様、小指が立ってますよ」

「……うるさい。カップの取っ手が小さすぎるんだ」

そんな平和なひとときを破ったのは、慌ただしい足音だった。

バンッ!

扉が勢いよく開き、執事が転がり込んできた。

「た、大変です! 旦那様、奥様!」

「騒々しいぞ。どうした?」

ジェラルド様が眉をひそめる。

執事は青ざめた顔で、一枚の封書を震える手で差し出した。

「お、王都から……王宮からの急使です! ラシード殿下からの親書が届きました!」

サロンの空気が、ピタリと止まった。

「……ほう?」

ジェラルド様の目が、スッと細められる。

瞬時にして、サロンの温度が5度くらい下がった気がした。

「あの馬鹿王子か。何の用だ。まさか、今更『返せ』などと言ってきたわけではあるまいな?」

彼の手の中で、ティーカップがミシミシと悲鳴を上げている。

「落ち着いてください、旦那様。カップが砕け散ります」

私は冷静にカップを彼の手から救出し、執事から手紙を受け取った。

封蝋(ふうろう)には、確かに王家の紋章が押されている。

「どれどれ……」

私はペーパーナイフで封を切り、中身を取り出した。

羊皮紙には、見慣れた(そして下手くそな)文字が躍っていた。

私はざっと目を通し、そして鼻で笑った。

「ふっ」

「……何が書いてある?」

「聞きたいですか?」

「ああ」

「では、朗読させていただきます。心して聞いてくださいね」

私は咳払いを一つして、王子の口調を真似て読み上げ始めた。

『親愛なる(と書いて消してある)、元婚約者のビスケへ。

 元気にしているか。私は元気ではない。

 貴様が出て行ってから、城の中がめちゃくちゃだ。

 まず、私の朝のコーヒーが不味い。

 侍女に淹れさせているが、貴様が淹れていたあの絶妙な温度と香りが再現できないのだ。

 あれは一体どうやっていたんだ? レシピを送れ』

「……は?」

ジェラルド様が呆れ声を出す。

私は無視して読み続ける。

『次に、書類が見つからない。

 先日の会議で使うはずだった『隣国との通商条約案』の資料はどこだ?

 私の机の上にはない。ミナに探させたが、彼女は「文字が多くて目が回る」と言って泣き出してしまった。

 貴様なら3秒で出せただろう。隠したのか? すぐに場所を教えろ』

「隠してませんよ。殿下が自分で『邪魔だ』ってゴミ箱に捨てたのを、私が拾ってファイリングしておいたんですよ」

私は注釈を入れて、次へ進む。

『それから、これが一番重要だ。

 財務大臣がうるさい。

 「予算が足りない」「使途不明金が多すぎる」と毎日ガミガミ言ってくる。

 私は今まで通りに生活しているだけだぞ?

 貴様がいた頃は、何も言われなかったのに、なぜ急に文句を言われるんだ?

 貴様、裏で大臣を買収していたな?

 卑怯だぞ。すぐに戻ってきて大臣を黙らせろ』

読み上げる私の声が、だんだんとドスの効いたものに変わっていく。

『最後に。

 ミナが最近、冷たい。

 「ラシード様って、意外と何もできないんですね」などと言うのだ。

 失礼極まりない。私は次期国王だぞ。

 貴様はいつも「さすが殿下!」と褒めてくれていたのに。

 ……まあ、なんだ。

 今なら、戻ってくることを許してやらんでもない。

 側室……は無理だが、私の専属秘書官として雇ってやってもいいぞ。

 感謝して、至急王都へ戻るように。

 追伸:私の青いネクタイはどこだ?』

読み終わった私は、羊皮紙をパタンと閉じた。

サロンに沈黙が流れた。

ジェラルド様は、口を半開きにして固まっていた。

執事は天井を仰いでいる。

「……以上です」

「……ビスケ」

「はい」

「その手紙、本物か? 何かの暗号文ではなく?」

「残念ながら、あの王子の直筆です。あの壊滅的な語彙力と、自分勝手な論理展開。間違いありません」

ジェラルド様が、深い深いため息をついた。

「……俺は、こんな男に嫉妬していたのか?」

「嫉妬? 旦那様が?」

「……いや、なんでもない」

ジェラルド様は顔をしかめ、こめかみを揉んだ。

「それで、どうする? 『至急戻れ』とのことだが」

「戻るわけないじゃないですか」

私は即答した。

「コーヒー? 自分で豆から挽けばいいんです。書類? 探す努力をしなさい。予算? 自業自得です。青いネクタイ? 知るか!」

私は手紙をヒラヒラと振った。

「これは、ただの『敗北宣言』であり『SOS』です。私が今までどれだけ彼を支えていたか、ようやく身に沁みてわかったようですね」

「ざまぁみろ、ということか」

「その通りです。最高の気分ですわ!」

私はニッコリと笑った。

「でも、返事は書かないといけませんね。『お断りします』と」

「俺が書いてやろうか。『次、妻に近づいたら国境を越えて城を粉砕しに行く』と」

「それは国際問題になるのでやめてください。私が対処します」

私はふと、テーブルの隅に置かれたカゴに目をやった。

そこには、今朝ハンスさんが「畑の試作品ですじゃ!」と持ってきた、泥付きの『芋』が入っていた。

ヴォルグ領特有の、寒さに強い品種の芋だ。

「……そうだ」

私は名案を思いついた。

「旦那様、焼き芋はお好きですか?」

「焼き芋? 嫌いではないが」

「ハンスさんの作ったこのお芋、糖度が高くて美味しいらしいんです。ちょうど、おやつの時間にぴったりだと思いません?」

「そうだな。だが、暖炉の薪が切れかかっているぞ」

「あら、ちょうどいいところに『上質な燃料』があるじゃありませんか」

私は手元の手紙を掲げた。

王家御用達の最高級羊皮紙。

油分を含んでいて、よく燃えそうだ。

「ビスケ、まさか……」

「ええ、その『まさか』です」

私は暖炉の前に歩み寄った。

残り火が燻る中へ、王子の手紙を丸めることなく、恭しく投入する。

「燃えろ、過去のしがらみ! そして美味しくなーれ、私のお芋!」

ボウッ!!

手紙は瞬く間に炎に包まれた。

王子の『戻ってこい』という文字が、赤黒く焦げて灰になっていく。

私はその炎の上に、濡らした新聞紙とアルミホイル(に似た錬金術シート)で包んだ芋を放り込んだ。

「……お前、本当に容赦ないな」

ジェラルド様が、呆れつつも楽しそうに笑っている。

「王家の親書を芋を焼く燃料にするとは、この国の歴史上、お前が初めてだろう」

「光栄です。これもリサイクルですよ、リサイクル」

数十分後。

甘く香ばしい香りがサロンに満ちた。

「できました! 『元婚約者の恨み節焼き芋』です!」

「ネーミングが怖い」

ホカホカの焼き芋を半分に割ると、黄金色の中身から湯気が立ち上る。

「はい、旦那様。あーん」

「……自分で食べる」

「いいから! 私が焼いたんですから、毒見だと思って!」

ジェラルド様は観念して、私の手から芋を一口食べた。

「……!」

彼の目が大きく見開かれた。

「どうです?」

「……甘い。砂糖菓子のように甘い。それに、ねっとりとしていて……美味いな」

「でしょう!?」

私も一口食べる。

口の中でとろけるような甘さ。

これは絶品だ。

「ん~っ! 美味しい! やっぱり、火力が違いますね! 王子の戯言(たわごと)を燃料にしたおかげかしら!」

「ははは! 違いない!」

ジェラルド様が声を出して笑った。

私たちは、王子の不幸を極上のスパイスにして、甘い焼き芋を堪能した。

王都では今頃、王子が「返事はまだか!」と喚き散らしていることだろう。

想像するだけで、芋の味が三割増しになる。

「さて、旦那様。お腹も満たされたことですし、そろそろ次のステップへ進みましょうか」

「次は何だ?」

「魔物退治です」

私は指についた煤(すす)を拭いながら言った。

「領民から『最近、森の浅いところに魔物が出る』と報告がありました。特産品の輸送ルートに関わります。安全確保のために、排除しに行きましょう」

「お前も来るのか? 危険だぞ」

「行きますとも。私には、旦那様という最強の盾がありますから」

私はジェラルド様の腕にしがみついた。

「それに、見てみたいんです。旦那様の『本気』を」

ジェラルド様は、少し驚いた顔をして、それから獰猛な笑みを浮かべた。

「……いいだろう。惚れ直すなよ?」

「もう惚れてますけど?」

さらりと言うと、彼はまた耳まで真っ赤にして、咳払いをしながら顔を背けた。

本当に、チョロい旦那様だ。

こうして、私たちは次なる舞台、辺境の森へと向かうことになったのである。
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