婚約破棄されたので、うっかり「よっしゃぁ!」と叫んでしまう。

パリパリかぷちーの

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辺境の森。

そこは、鬱蒼(うっそう)とした木々が空を覆い隠し、どこからか得体の知れない獣の唸り声が聞こえてくる、まさに「弱肉強食」の世界だ。

しかし。

「あら、あそこに生えているキノコ、市場価格で金貨一枚はする希少種じゃないですか?」

「……ビスケ、前を見ろ。転ぶぞ」

私はカゴを背負い、ピクニック気分で森を歩いていた。

隣には、フル装備のジェラルド様。

黒い鎧に身を包み、背中には巨大な剣。

その姿はまさに「北の黒い悪魔」の異名通り、周囲の空気をピリつかせている。

「旦那様、そんなに殺気を出していたら、獲物が逃げちゃいますよ?」

「獲物ではない、魔物だ。お前を守るために警戒しているんだ」

「ふふ、頼もしいですね。でも、私だってただ守られているだけじゃありませんよ」

私は腰に下げたポシェットをポンと叩いた。

中には、ハンスさんと共同開発した『特製オナラ爆弾(スカンク草の濃縮液)』や、『激辛トウガラシ粉末』などの秘密兵器が詰まっている。

「お前、その袋から危険な匂いがするんだが」

「乙女の秘密道具です」

そんな会話をしていると、森の奥から『ガサガサッ!』と大きな音がした。

「止まれ」

ジェラルド様が私の前にスッと腕を出し、制止する。

「来るぞ」

次の瞬間。

ドオオオオオッ!

地響きと共に現れたのは、巨大な猪(いのしし)型の魔物『グレート・ボア』だった。

体高は3メートル近くあり、鋼鉄のような剛毛に覆われている。

真っ赤な目は血走り、鼻息からは炎が漏れていた。

「ブモオオオオオッ!!」

「うわぁ、大きい! あれ一頭で、ソーセージが何万本作れるかしら!?」

私は思わず計算機(脳内)を弾いた。

「逃げるぞ、ビスケ! こいつはBランクの魔物だ。皮膚が硬く、普通の剣では……」

ジェラルド様が剣を抜こうとした、その時。

グレート・ボアが、私――ではなく、私の背負っているカゴ(お弁当入り)目掛けて突進してきた。

「ブモッ! (飯だ!)」

「っ! ビスケ!」

速い!

ジェラルド様が反応するよりも早く、巨体が迫る。

普通なら、恐怖で足がすくむところだ。

しかし、私は違った。

(私のお弁当……ジェラルド様のために早起きして作った愛妻弁当を狙うだと……?)

カチン。

私の中で何かが切れた音がした。

「私の! 愛の結晶に! 指一本(蹄一本)触れさせるもんですかぁぁぁ!!」

私はポシェットから瓶を取り出し、思い切り地面に叩きつけた。

パリーン!

モクモクモク……!

紫色の煙が爆発的に広がる。

「ブ、ブモッ!?」

ボアが急ブレーキをかけた。

強烈な刺激臭――そう、『特製オナラ爆弾』が炸裂したのだ。

「ブモォォォォォ!(く、臭ぇぇぇ!!)」

ボアが涙目になって鼻を押さえる(前足で)。

「今よ! 旦那様!」

「お、おう!」

ジェラルド様はその隙を見逃さなかった。

「はあああああっ!!」

気合一閃。

彼の大剣が、ボアの首筋に深々と突き刺さる……のではなく、峰(みね)の部分で脳天をカチ割るような一撃を見舞った。

ドゴォォォン!!

ボアの巨体が、スローモーションのように横倒しになった。

地面が揺れる。

「……ふぅ」

ジェラルド様が剣を納め、呆然と煙を見つめた。

「……すごい臭いだ。魔物も気絶するわけだ」

「効果覿面(てきめん)でしたね! スカンク草のエキスを100倍に濃縮した甲斐がありました!」

私は鼻をつまみながら、倒れたボアに駆け寄った。

「見てください旦那様! 無傷ですよ! 毛皮も肉も最高値で売れます!」

「……お前、本当に恐ろしいな」

ジェラルド様が苦笑いしながら近づいてくる。

「だが、無茶をするなと言っただろう。もしあの煙が効かなかったらどうするつもりだったんだ」

「その時は、第二弾の『トリモチ粘着ネット』を使う予定でした」

「準備が良すぎる」

ジェラルド様は、倒れたボアを確認し、それから私に向き直った。

そして、不意に私を抱きしめた。

ギュッ。

「え? だ、旦那様?」

鎧の硬い感触と、彼の熱い体温が伝わってくる。

「……心臓が止まるかと思った」

耳元で、彼の震える声が聞こえた。

「お前が突進された時、目の前が真っ暗になった。俺は、『北の黒い悪魔』なんて呼ばれているが、お前一人守れないなら、ただの役立たずだ」

彼の腕に力がこもる。

痛いくらいだ。

でも、その痛みさえも愛おしい。

私は、彼の背中に手を回し、ポンポンと優しく叩いた。

「旦那様、私は大丈夫ですよ。貴方が隣にいると信じていましたから、怖くありませんでした」

「……無防備すぎる」

「信頼です」

私は彼の胸元から顔を上げ、にっこりと笑った。

「それに、貴方の一撃、最高にかっこよかったです。あんな巨大な魔物を一撃で倒すなんて、やっぱり私の旦那様は世界一の英雄ですね」

「……よせ。調子が狂う」

ジェラルド様は顔を赤らめ、そっぽを向いたが、私を放そうとはしなかった。

森の静寂の中、二人の心臓の音だけが響いている気がした。

「……コホン」

しばらくして、ジェラルド様が咳払いをして私を離した。

「とりあえず、こいつを解体班に運ばせないとな」

「はい! 今夜はボア鍋ですね! あ、その前に……」

私はカゴを下ろし、中から包みを取り出した。

「お弁当、無事でした。お昼にしましょうか?」

「……ああ。あの臭いの中で食べるのか?」

「場所を変えましょう、風上の綺麗な小川のそばへ!」

          ◇

小川のせせらぎを聞きながら、私たちはサンドイッチを頬張った。

ジェラルド様は、私が作った具沢山のサンドイッチを「美味い、美味い」と幸せそうに食べてくれた。

「ビスケ」

「はい?」

「俺は、お前と出会ってから、毎日が驚きの連続だ。退屈だった辺境の生活が、色鮮やかになった気がする」

彼は真剣な眼差しで私を見つめた。

「これからも、俺のそばにいてくれるか?」

それは、まるで二度目のプロポーズのようだった。

私は食べかけのサンドイッチを置き、真っ直ぐに彼を見つめ返した。

「当然です。まだ借金……じゃなくて、王家への復讐も終わっていませんし、領地の改革も道半ばです。何より……」

私は少しだけ頬を染めて、言った。

「私は、貴方との『毎日』が、何よりも気に入っていますから」

ジェラルド様が、嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔は、もはや「悪魔」の欠片もなく、ただひたすらに優しい青年のものだった。

こうして、私たちの初めての共同作業(魔物討伐デート)は、大成功(大収穫)のうちに幕を閉じた。

……はずだった。

屋敷に戻った私たちを待っていたのは、青ざめた執事と、予想外の来客の知らせだった。

「だ、旦那様! 大変です! お、お客様が……!」

「客だと? アポなしで来る命知らずは誰だ」

「そ、それが……」

執事が言い淀む中、サロンの扉が開いた。

そこに立っていたのは、見覚えのある――いや、見間違いであってほしい人物だった。

ふわふわの金髪。

小柄で愛らしい容姿。

そして、計算高い瞳。

「ごきげんよう、ビスケ様。それに、怖い顔の辺境伯様」

ラシード王子の『真実の愛』のお相手、ミナ男爵令嬢が、なぜか旅行鞄を持って仁王立ちしていたのである。

「……は?」

私の思考が停止した。

なんでここに?

ラスボス(王子)の手先か?

それとも刺客?

私の脳内で警報が鳴り響く中、ミナはふてぶてしく言い放った。

「私、家出してきましたの。しばらくここに置いてくださらない?」

波乱の第二章、開幕の予感である。
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