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「家出してきましたの。しばらくここに置いてくださらない?」
ミナ男爵令嬢の衝撃発言に、サロンの時間は止まった。
カラスが窓の外で「アホ~」と鳴いた気がした。
ジェラルド様が、ゆっくりと腰の剣に手をかけた。
「……王子の密偵か? それとも、ビスケを害しに来た刺客か?」
殺気が膨れ上がる。
サロンの温度が氷点下に達した。
普通の令嬢なら、このプレッシャーだけで失神するレベルだ。
しかし、ミナはふんっと鼻を鳴らし、勝手にソファにどっかと座り込んだ。
「刺客? まさか。あんな泥舟(王子)のために命をかけるほど、私は馬鹿じゃありませんわ」
「……は?」
「喉が渇きました。ビスケ様、そこにある美味しそうなお茶、一杯いただけて?」
彼女は厚かましくも、ティーポットを指差した。
私は呆気にとられつつも、そのふてぶてしさに逆に興味が湧いた。
「……どうぞ。毒は入っていませんけど」
「あら嬉しい。毒が入っていても、あの王子との食事よりはマシですわ」
ミナは出されたハーブティーを優雅に啜り、ほうっと息をついた。
「生き返るぅ……。ここまで来るのに、馬車を3回も乗り継いだんですもの」
私はジェラルド様に目配せをして、「剣をしまって」と合図した。
そして、彼女の対面に座る。
「さて、ミナ様。単刀直入に伺います。何の真似です?」
「言葉通りの意味ですわ。私、ラシード殿下を見限りましたの」
ミナはクッキーをかじりながら、あっけらかんと言った。
「見限った? 貴女たち、『真実の愛』で結ばれていたんじゃなくて?」
「ぶふっ!」
ミナが吹き出した。
「真実の愛? あははは! 傑作! あんなのおとぎ話の中だけですわよ!」
彼女は足を組み替え(行儀が悪い)、真顔になった。
「いいこと、ビスケ様。私が狙っていたのは『次期王妃』という地位と、『安定した公務員生活』です。顔が良くて金払いのいい王子は、最高の優良物件に見えましたの」
「……過去形ですね」
「ええ、過去形です。貴女がいなくなってから、あの物件が『欠陥住宅』だと判明しましたから」
ミナは指を折りながら、王子の悪口を並べ立て始めた。
「1つ、金がない。貴女の財布がなくなったら、彼はただの借金大王でした」
「2つ、仕事ができない。書類の漢字……じゃなくて、古代語すら読めないなんて詐欺です」
「3つ、これが一番許せませんが……マザコンです」
「マザコン?」
私が聞き返すと、ミナは心底嫌そうな顔をした。
「何かあるとすぐ『お母様に聞く』『ビスケならやってくれた』って。私、彼の母親代わりになるつもりはありませんの。オムツの世話なんて御免ですわ」
私は思わず膝を叩いた。
「わかる! すごくわかるわ、それ!」
「でしょう!? 夜会の最中に『足が疲れたから揉んでくれ』って言われた時は、ヒールで踏みつけてやろうかと思いましたわ!」
「私は踏みましたよ、間違ったふりをして」
「さすがビスケ様! 先輩と呼ばせてください!」
奇妙な一体感が生まれた。
ジェラルド様が、ドン引きした顔で私とミナを交互に見ている。
「……おい、ビスケ。仲良くなってどうする」
「だって旦那様、彼女の言っていることは正論ですもの」
私はミナに向き直った。
「で? 愛想が尽きて逃げてきたと。なぜここへ? 実家に帰ればいいのでは?」
「実家? あんな貧乏男爵家に戻ったら、すぐに別の好色ジジイに売られますわ」
ミナはキッパリと言った。
「それに、ここには『勝ち組』の匂いがしましたの」
「勝ち組?」
「王都の噂で持ちきりですわ。『捨てられた公爵令嬢が、辺境でボロ儲けしている』って。ヴォルグ領の特産品、今や王都のトレンドですもの」
彼女は瞳をギラつかせた。
「私、計算は得意です。沈む船(王子)にしがみつくより、勢いのある船(ここ)に乗っかるのが賢い生き方だと思いません?」
「……なるほど」
私は感心した。
この子、ただのブリっ子悪女かと思っていたが、中身は私に近い。
逞(たくま)しい雑草魂を感じる。
「で、私に何をしろと? タダ飯を食わせる趣味はありませんよ」
「働きますわよ」
ミナはニヤリと笑った。
「私、王子の側にいたので、王宮の裏事情や貴族の弱みには詳しいんです。それに、貴女への『ざまぁ』を恐れている貴族たちのリストも持っています」
彼女は懐から、一冊の分厚い手帳を取り出した。
「これ、高く売れますわよ?」
私はその手帳を見た瞬間、背筋がゾクリとした。
情報の宝庫だ。
これがあれば、今後の商売も、王子への追い打ちも、有利に進められる。
「……ジェラルド様」
私は振り返った。
「雇いましょう、この子」
「はあ!? 正気かビスケ! 元恋敵だぞ?」
「敵の敵は味方です。それに、これほど優秀な『スパイ兼広報担当』はいません」
私はミナに手を差し出した。
「商談成立ね。ただし、給料は歩合制。成果が出なければ即クビ。裏切ったら……旦那様が物理的に『処理』します」
「望むところですわ。物理攻撃以外なら、何でも耐えてみせます」
ミナは私の手をガッチリと握り返した。
その握力は、見た目に反して強かった。
「それと、もう一つ条件が」
ミナがジェラルド様をチラリと見た。
「こちらの辺境伯様、私のタイプではありませんのでご安心を。私はもっとこう、ひ弱で操りやすい美少年が好みですので」
「……誰がひ弱じゃないゴリラだ」
ジェラルド様が不機嫌そうに唸る。
「誰もそこまで言っていませんよ、旦那様」
こうして、私たちの屋敷に、最強(最凶?)の居候が加わった。
ミナの持ち込んだ情報、そして彼女の『元・次期王妃候補』としてのネットワークは、私の辺境改革をさらに加速させることになる。
そして、王都に残されたラシード王子は、まだ気づいていなかった。
自分の周りから、優秀な女性たちが全員消え去り、残ったのは無能なイエスマンと借金取りだけだという事実に。
「さあ、ミナ。まずはその手帳の内容を全部吐いてもらうわよ」
「ええ。その代わり、夕食はあの噂のソーセージでお願いしますね!」
女たちの夜は、熱く更けていくのだった。
ミナ男爵令嬢の衝撃発言に、サロンの時間は止まった。
カラスが窓の外で「アホ~」と鳴いた気がした。
ジェラルド様が、ゆっくりと腰の剣に手をかけた。
「……王子の密偵か? それとも、ビスケを害しに来た刺客か?」
殺気が膨れ上がる。
サロンの温度が氷点下に達した。
普通の令嬢なら、このプレッシャーだけで失神するレベルだ。
しかし、ミナはふんっと鼻を鳴らし、勝手にソファにどっかと座り込んだ。
「刺客? まさか。あんな泥舟(王子)のために命をかけるほど、私は馬鹿じゃありませんわ」
「……は?」
「喉が渇きました。ビスケ様、そこにある美味しそうなお茶、一杯いただけて?」
彼女は厚かましくも、ティーポットを指差した。
私は呆気にとられつつも、そのふてぶてしさに逆に興味が湧いた。
「……どうぞ。毒は入っていませんけど」
「あら嬉しい。毒が入っていても、あの王子との食事よりはマシですわ」
ミナは出されたハーブティーを優雅に啜り、ほうっと息をついた。
「生き返るぅ……。ここまで来るのに、馬車を3回も乗り継いだんですもの」
私はジェラルド様に目配せをして、「剣をしまって」と合図した。
そして、彼女の対面に座る。
「さて、ミナ様。単刀直入に伺います。何の真似です?」
「言葉通りの意味ですわ。私、ラシード殿下を見限りましたの」
ミナはクッキーをかじりながら、あっけらかんと言った。
「見限った? 貴女たち、『真実の愛』で結ばれていたんじゃなくて?」
「ぶふっ!」
ミナが吹き出した。
「真実の愛? あははは! 傑作! あんなのおとぎ話の中だけですわよ!」
彼女は足を組み替え(行儀が悪い)、真顔になった。
「いいこと、ビスケ様。私が狙っていたのは『次期王妃』という地位と、『安定した公務員生活』です。顔が良くて金払いのいい王子は、最高の優良物件に見えましたの」
「……過去形ですね」
「ええ、過去形です。貴女がいなくなってから、あの物件が『欠陥住宅』だと判明しましたから」
ミナは指を折りながら、王子の悪口を並べ立て始めた。
「1つ、金がない。貴女の財布がなくなったら、彼はただの借金大王でした」
「2つ、仕事ができない。書類の漢字……じゃなくて、古代語すら読めないなんて詐欺です」
「3つ、これが一番許せませんが……マザコンです」
「マザコン?」
私が聞き返すと、ミナは心底嫌そうな顔をした。
「何かあるとすぐ『お母様に聞く』『ビスケならやってくれた』って。私、彼の母親代わりになるつもりはありませんの。オムツの世話なんて御免ですわ」
私は思わず膝を叩いた。
「わかる! すごくわかるわ、それ!」
「でしょう!? 夜会の最中に『足が疲れたから揉んでくれ』って言われた時は、ヒールで踏みつけてやろうかと思いましたわ!」
「私は踏みましたよ、間違ったふりをして」
「さすがビスケ様! 先輩と呼ばせてください!」
奇妙な一体感が生まれた。
ジェラルド様が、ドン引きした顔で私とミナを交互に見ている。
「……おい、ビスケ。仲良くなってどうする」
「だって旦那様、彼女の言っていることは正論ですもの」
私はミナに向き直った。
「で? 愛想が尽きて逃げてきたと。なぜここへ? 実家に帰ればいいのでは?」
「実家? あんな貧乏男爵家に戻ったら、すぐに別の好色ジジイに売られますわ」
ミナはキッパリと言った。
「それに、ここには『勝ち組』の匂いがしましたの」
「勝ち組?」
「王都の噂で持ちきりですわ。『捨てられた公爵令嬢が、辺境でボロ儲けしている』って。ヴォルグ領の特産品、今や王都のトレンドですもの」
彼女は瞳をギラつかせた。
「私、計算は得意です。沈む船(王子)にしがみつくより、勢いのある船(ここ)に乗っかるのが賢い生き方だと思いません?」
「……なるほど」
私は感心した。
この子、ただのブリっ子悪女かと思っていたが、中身は私に近い。
逞(たくま)しい雑草魂を感じる。
「で、私に何をしろと? タダ飯を食わせる趣味はありませんよ」
「働きますわよ」
ミナはニヤリと笑った。
「私、王子の側にいたので、王宮の裏事情や貴族の弱みには詳しいんです。それに、貴女への『ざまぁ』を恐れている貴族たちのリストも持っています」
彼女は懐から、一冊の分厚い手帳を取り出した。
「これ、高く売れますわよ?」
私はその手帳を見た瞬間、背筋がゾクリとした。
情報の宝庫だ。
これがあれば、今後の商売も、王子への追い打ちも、有利に進められる。
「……ジェラルド様」
私は振り返った。
「雇いましょう、この子」
「はあ!? 正気かビスケ! 元恋敵だぞ?」
「敵の敵は味方です。それに、これほど優秀な『スパイ兼広報担当』はいません」
私はミナに手を差し出した。
「商談成立ね。ただし、給料は歩合制。成果が出なければ即クビ。裏切ったら……旦那様が物理的に『処理』します」
「望むところですわ。物理攻撃以外なら、何でも耐えてみせます」
ミナは私の手をガッチリと握り返した。
その握力は、見た目に反して強かった。
「それと、もう一つ条件が」
ミナがジェラルド様をチラリと見た。
「こちらの辺境伯様、私のタイプではありませんのでご安心を。私はもっとこう、ひ弱で操りやすい美少年が好みですので」
「……誰がひ弱じゃないゴリラだ」
ジェラルド様が不機嫌そうに唸る。
「誰もそこまで言っていませんよ、旦那様」
こうして、私たちの屋敷に、最強(最凶?)の居候が加わった。
ミナの持ち込んだ情報、そして彼女の『元・次期王妃候補』としてのネットワークは、私の辺境改革をさらに加速させることになる。
そして、王都に残されたラシード王子は、まだ気づいていなかった。
自分の周りから、優秀な女性たちが全員消え去り、残ったのは無能なイエスマンと借金取りだけだという事実に。
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