婚約破棄されたので、うっかり「よっしゃぁ!」と叫んでしまう。

パリパリかぷちーの

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翌朝。

私が食堂へ降りると、信じられない光景が広がっていた。

「おはようございます、ビスケ様。朝の紅茶はいかがでして?」

そこには、完璧な所作でティーポットを構えるミナの姿があった。

しかも、なぜかメイド服(ミニ丈ではなく、ロングの実用的なやつ)を着こなしている。

「……ミナ? その格好は?」

「居候たるもの、働かざる者食うべからず、でしょう? 制服をお借りしましたの。サイズが少し大きかったので、ウエストを3センチ詰めさせていただきましたけれど」

「仕事が早いわね……」

席に着くと、彼女は流れるような動作で紅茶を淹れた。

一口飲む。

「……美味しい」

「でしょう? 王子の我儘(わがまま)舌を満足させるために、王宮の茶葉ブレンダーを脅し……説得して、最高の配合を習得しましたから」

「貴女、本当に有能ね」

「伊達に『次期王妃候補(仮)』をやっていませんわ」

ミナはニッコリと笑った。

その笑顔は可愛らしいが、目の奥が笑っていない。

完全に「プロ」の顔だ。

そこへ、ジェラルド様が入ってきた。

「おはよう、ビスケ……む? なぜここに昨日の女がいる?」

ジェラルド様はミナを見て、露骨に嫌そうな顔をした。

「ごきげんよう、旦那様。本日から『ビスケ様専属秘書兼、対王都戦略参謀』を拝命しましたミナです。お見知り置きを」

「……長い役職だな。俺のコーヒーは?」

「ご用意してありますわ。ブラックで、砂糖なし。ミルクを一滴だけ垂らすのがお好みと伺いましたが?」

ジェラルド様が目を見開いた。

「なぜそれを……ビスケにも言っていないのに」

「執事の方から聞き出しました。情報収集は私のライフワークですので」

ジェラルド様は、恐ろしいものを見る目でミナを見た。

「……ビスケ。この屋敷に魔女が二人になった気がする」

「あら、光栄です。最強の布陣ですね」

          ◇

朝食後、私とミナは早速サロンで「作戦会議」を開いた。

テーブルの上には、私が作成した『王家への請求書(ドラフト版)』と、ミナが持参した『貴族年鑑(裏情報付き)』が広げられている。

「さて、ミナ。この請求書、どう思う?」

ミナは羊皮紙を手に取り、真剣な眼差しで数字を追った。

「……甘いですわ」

「甘い?」

「ええ。確かに金額は莫大ですが、項目の詰めが甘い。例えばここ、『精神的慰謝料』。これでは抽象的すぎて、王宮の法務官に減額交渉の余地を与えてしまいます」

ミナは羽ペンを取り出し、サラサラと修正を加え始めた。

「ここは『婚約破棄に伴う、将来の逸失利益(王妃としての地位喪失による)』に変更すべきです。あと、『長年の労働に対する未払い賃金』は、時間外労働と休日出勤の割増料金を上乗せしましょう。王宮の労働規定を逆手に取るのです」

「なるほど……! その手があったか!」

私は膝を打った。

「さらに、ここ。『王子の浪費補填分』ですが、証拠となる領収書はお持ちで?」

「大半は残してあるけど、一部の個人的なプレゼント……例えば、貴女への贈り物とかは、王子が隠滅したかもしれないわ」

「ご安心を」

ミナは懐から、別の小さなメモ帳を取り出した。

「ラシード様から頂いたプレゼントのリスト、全て記録してあります。日付、店名、金額、そしてその時言われた口説き文句まで、一言一句漏らさずに」

「……口説き文句まで?」

「ええ。『君の瞳はサファイアよりも輝いているから、この宝石は霞んで見えるな』と言いながら、私のカードで決済させた時のこととか」

「うわぁ……」

「クズですわよね。このメモを証拠として添付しましょう。『王子の不誠実な行いの証明』として」

「採用! これで請求額が三割増しになるわ!」

私たちは顔を見合わせて、ケケケと笑い合った。

サロンの隅で新聞を読んでいたジェラルド様が、小さく震えているのが見えた。

「……おい、聞こえているぞ。お前たち、国を滅ぼす気か?」

「まさか。国を滅ぼしたら、お金を回収できませんもの」

私が答えると、ミナも同意した。

「そうですわ。私たちは、あくまで『正当な対価』を求めているだけ。生かさず殺さず、骨の髄までしゃぶり尽くすのが基本です」

「……あの王子に少しだけ同情したくなってきた」

ジェラルド様が遠い目をしている。

「ところで、ミナ。この請求書、どうやって送りつけるのが一番効果的かしら? 普通に送っても、王子が揉み消す可能性があるわ」

「おっしゃる通りです。あの方、自分に都合の悪い書類は『読まなかったこと』にする特殊能力をお持ちですから」

ミナは少し考え込み、そして悪魔的な提案をした。

「……王妃様……いえ、『お義母様』に直送しましょう」

「王妃様に?」

「ええ。現国王陛下は少し頼りないですが、王妃様は非常に聡明で、かつ常識的な方です。ラシード様のバカさ加減に、一番頭を悩ませているのもあの方です」

「なるほど。王妃様にチクリ……いえ、直訴するわけね」

「はい。しかも、ただ送るだけでは芸がありません。私が知っている『王妃様直通のホットライン』を使います」

「そんなものがあるの?」

「王妃様は、王宮内の噂話をこよなく愛しておられます。週に一度、お気に入りの侍女たちとお茶会を開いているのですが……そこに、王宮御用達のお菓子屋が出入りしているんです」

ミナはニヤリと笑った。

「そのお菓子屋の店主、私の実家の遠い親戚なんですの。お菓子の箱の底に、この請求書と、私の手紙を忍ばせます」

「手紙?」

「ええ。『ラシード様の愛に耐えきれず、身を引きました。彼の将来を案じ、最後の忠告としてこれを捧げます』という、涙ながらの懺悔文(ざんげぶん)です」

「……性格悪いわね、貴女」

「最高の褒め言葉ですわ、ビスケ様」

完璧だ。

王妃様がお茶会で箱を開けたら、そこには息子のアホすぎる浪費の証拠と、元婚約者たちからの高額請求書。

そして、愛想を尽かした『真実の愛』の相手からの手紙。

阿鼻叫喚の地獄絵図が目に浮かぶようだ。

「よし、それでいきましょう! ジェラルド様、王都行きの早馬を手配してください!」

「……ああ、わかった。俺はもう止めんぞ」

ジェラルド様は諦めたように立ち上がった。

「だが、一つだけ言っておく」

「何でしょう?」

「王家を敵に回すのは構わんが、ビスケ、お前自身の身の安全だけは確保しろよ。窮鼠(きゅうそ)猫を噛むということもある」

ジェラルド様の真剣な眼差しに、私は少しだけ背筋を伸ばした。

「わかっています。だからこそ、今ここで徹底的に『猫(私たち)』の恐ろしさを教えてやるのです」

「……頼もしい妻を持ったものだ」

ジェラルド様は苦笑し、部屋を出て行った。

残された私とミナは、再び顔を見合わせた。

「さて、ビスケ様。請求書の次は、この領地の『ブランド戦略』についてもお話ししたいことが」

「あら、奇遇ね。私も貴女に、王都の流行について聞きたいことがあったの」

「ふふふ」

「うふふふ」

女たちの悪だくみは終わらない。

こうして、ヴォルグ領には『最恐のタッグ』が誕生した。

王都のラシード王子よ、震えて眠るがいい。

貴方が捨てた女たちは、貴方が思っているよりも百倍、逞しくて強欲なのだから。
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