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レオンハルト帝国に春の訪れを告げる、柔らかな風が皇宮の窓を揺らす午後。
私は、皇太子妃としての公務の合間に、自室に併設された小さな研究室で新しい薬草の配合を試みていた。
「母上、これは太陽のひかりを閉じ込めたみたいに、きらきらですわね」
私の足元では、五歳になった娘のリリアーナが、乾燥させたマリーゴールドの花びらをガラスの小瓶に詰めながら、嬉しそうに声を上げた。
好奇心旺盛なこの娘は、私の研究室にある、きらきらと輝く薬草や鉱石が大好きだった。
一方、部屋の隅にある小さな机では、双子の兄であるアレクシスが、難しい顔で分厚い歴史書を広げている。
彼は、父であるカイルに憧れてか、幼いながらに帝王学の真似事をするのが日課になっていた。
「リリィ、静かになさい。父上のように立派になるためには、集中して勉強せねばならんのだ」
「でも、お兄様。こちらのほうが、ずっときれいですわ」
リリアーナはそう言うと、小瓶をアレクシスの机に持っていき、その輝きを見せようとした。
その時だった。彼女の小さな手が滑り、小瓶が傾いて、色鮮やかなオレンジ色の花びらが、アレクシスの開いていたページの上に、ぱらぱらとこぼれ落ちてしまった。
「あああっ! なんてことをするんだ、リリィ!」
アレクシスが、悲鳴のような声を上げた。
「これは、父上から賜った、大切な本なのだぞ! お前の花びらで汚してしまって、どうしてくれる!」
兄に厳しく叱られ、リリアーナの大きな青い瞳に見る見るうちに涙が溜まっていく。
私は静かに立ち上がると、二人の元へ歩み寄った。
「アレク。そんなに大きな声で妹を叱ってはいけません」
私はまず兄を優しく諭すと、次に泣き出しそうな娘の頭を撫でた。
「リリィ、大丈夫よ。この花びらは、本を汚したりしませんから」
私はこぼれた花びらを一枚つまみ上げ、息子に見せた。
「アレク、よく見てごらんなさい。これはマリーゴールドという薬草です。これには、傷ついた肌を優しく癒し、綺麗にしてくれる力があるのですよ」
「……癒す、力?」
「ええ。だから、この本を傷つけることなど、決してありません。むしろ、この本を守ってくれているのかもしれませんわね」
私の言葉に、アレクシスはきょとんとした顔でページの上に散らばる花びらを見つめた。
その時、部屋の扉が静かに開き公務を終えたカイルが入ってきた。
「何やら、楽しそうな研究会が開かれているようだな」
「父上!」
子供たちが、ぱっと顔を輝かせる。
カイルは事情を察したように、アレクシスの隣にしゃがみ込むと、その頭を優しく撫でた。
「アレク。知識を求める心は、次期皇帝として、とても大切だ。だがな、それと同じくらい、家族を思いやる心も、大切なんだぞ」
彼はそう言うと、リリアーナにも微笑みかけた。
「リリィの好奇心も、母上のような偉大な薬師になるためには、必要な才能だ。二人とも、素晴らしいものを持っている」
カイルは、こぼれた花びらをアレクシスと一緒にそっと指でつまんで払い始めた。
「一番大切な書物は、家族の心だ。その読み方を間違えさえしなければ、お前たちはきっと立派な大人になれる」
その言葉は、子供たちだけでなく私の心にも、温かく響いた。
「さあ、仲直りだ」
カイルに促され、アレクシスは少し恥ずかしそうに妹に手を差し出した。
「……すまなかった、リリィ。大きな声を出して」
「ううん、リリィも、ごめんなさい……」
小さな二つの手が、固く握られる。
その光景を、私とカイルは愛おしさに満ちた目で見守っていた。
「そうだわ。せっかくですから、このマリーゴールドで、皆でお菓子を作りましょうか。蜂蜜漬けにすれば、喉に優しい美味しいお菓子になりますよ」
私の提案に、子供たちは今度こそ二人一緒に満面の笑みで歓声を上げた。
この穏やかで、温かい時間。
愛する夫と、可愛い子供たちに囲まれて過ごす何気ない日常。
悪役令嬢として追放された私には、決して訪れるはずのなかった陽だまりのような幸せ。
これが、私が命をかけて守りたい私の国なのだ。
私は、心からの幸福を噛み締めながら小さな二人の研究者たちを優しく抱きしめた。
私は、皇太子妃としての公務の合間に、自室に併設された小さな研究室で新しい薬草の配合を試みていた。
「母上、これは太陽のひかりを閉じ込めたみたいに、きらきらですわね」
私の足元では、五歳になった娘のリリアーナが、乾燥させたマリーゴールドの花びらをガラスの小瓶に詰めながら、嬉しそうに声を上げた。
好奇心旺盛なこの娘は、私の研究室にある、きらきらと輝く薬草や鉱石が大好きだった。
一方、部屋の隅にある小さな机では、双子の兄であるアレクシスが、難しい顔で分厚い歴史書を広げている。
彼は、父であるカイルに憧れてか、幼いながらに帝王学の真似事をするのが日課になっていた。
「リリィ、静かになさい。父上のように立派になるためには、集中して勉強せねばならんのだ」
「でも、お兄様。こちらのほうが、ずっときれいですわ」
リリアーナはそう言うと、小瓶をアレクシスの机に持っていき、その輝きを見せようとした。
その時だった。彼女の小さな手が滑り、小瓶が傾いて、色鮮やかなオレンジ色の花びらが、アレクシスの開いていたページの上に、ぱらぱらとこぼれ落ちてしまった。
「あああっ! なんてことをするんだ、リリィ!」
アレクシスが、悲鳴のような声を上げた。
「これは、父上から賜った、大切な本なのだぞ! お前の花びらで汚してしまって、どうしてくれる!」
兄に厳しく叱られ、リリアーナの大きな青い瞳に見る見るうちに涙が溜まっていく。
私は静かに立ち上がると、二人の元へ歩み寄った。
「アレク。そんなに大きな声で妹を叱ってはいけません」
私はまず兄を優しく諭すと、次に泣き出しそうな娘の頭を撫でた。
「リリィ、大丈夫よ。この花びらは、本を汚したりしませんから」
私はこぼれた花びらを一枚つまみ上げ、息子に見せた。
「アレク、よく見てごらんなさい。これはマリーゴールドという薬草です。これには、傷ついた肌を優しく癒し、綺麗にしてくれる力があるのですよ」
「……癒す、力?」
「ええ。だから、この本を傷つけることなど、決してありません。むしろ、この本を守ってくれているのかもしれませんわね」
私の言葉に、アレクシスはきょとんとした顔でページの上に散らばる花びらを見つめた。
その時、部屋の扉が静かに開き公務を終えたカイルが入ってきた。
「何やら、楽しそうな研究会が開かれているようだな」
「父上!」
子供たちが、ぱっと顔を輝かせる。
カイルは事情を察したように、アレクシスの隣にしゃがみ込むと、その頭を優しく撫でた。
「アレク。知識を求める心は、次期皇帝として、とても大切だ。だがな、それと同じくらい、家族を思いやる心も、大切なんだぞ」
彼はそう言うと、リリアーナにも微笑みかけた。
「リリィの好奇心も、母上のような偉大な薬師になるためには、必要な才能だ。二人とも、素晴らしいものを持っている」
カイルは、こぼれた花びらをアレクシスと一緒にそっと指でつまんで払い始めた。
「一番大切な書物は、家族の心だ。その読み方を間違えさえしなければ、お前たちはきっと立派な大人になれる」
その言葉は、子供たちだけでなく私の心にも、温かく響いた。
「さあ、仲直りだ」
カイルに促され、アレクシスは少し恥ずかしそうに妹に手を差し出した。
「……すまなかった、リリィ。大きな声を出して」
「ううん、リリィも、ごめんなさい……」
小さな二つの手が、固く握られる。
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「そうだわ。せっかくですから、このマリーゴールドで、皆でお菓子を作りましょうか。蜂蜜漬けにすれば、喉に優しい美味しいお菓子になりますよ」
私の提案に、子供たちは今度こそ二人一緒に満面の笑みで歓声を上げた。
この穏やかで、温かい時間。
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これが、私が命をかけて守りたい私の国なのだ。
私は、心からの幸福を噛み締めながら小さな二人の研究者たちを優しく抱きしめた。
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