謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの

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嵐の舞踏会の、翌朝。
王都は、昨夜の衝撃的な事件の噂で持ちきりだった。
マーブル・デュクロワ公爵令嬢が、盗みを働いた。
その罪を、アリスティード騎士団長が、自らの名誉を懸けて、潔白を証明すると宣言した。
前代未聞のスキャンダルに、人々は固唾を飲んで、事の成り行きを見守っていた。

その渦中にある、王立騎士団の詰所は、朝から張り詰めた空気に包まれていた。

「――以上が、昨夜の舞踏会での一件の概要だ」

団長執務室に集められたのは、アリスティードが最も信頼を置く、数名の腹心の部下たちだった。その中には、副官であるカインの姿もある。

「俺個人の見解として、これは、マーブル・デュクロワ嬢を陥れるために、周到に仕組まれた罠である可能性が極めて高い」

アリスティードは、一切の私情を挟まない、冷静な口調で告げる。

「我々の任務は、憶測や感情論を排し、事実のみを以て、この事件の真相を白日の下に晒すことにある。……誰が、どのような身分であろうとも、決して、容赦はしない」

その言葉に、部下たちの顔が、きりりと引き締まる。

「カイン」

「はっ!」

「お前は、『人』を洗え。昨夜、クララ・シュミット嬢の周辺にいた、全ての人物をリストアップし、一人残らず事情聴取を行え。侍女、友人、護衛の騎士。些細な証言も、聞き逃すな」

「御意」

「ギルベルト」

「はっ」

「お前は、『物』を追え。問題のネックレスだ。いつ、どこで、誰が購入したものなのか。本当に、クララ嬢の母親の形見とやらか。金の流れを徹底的に洗え。それから、マーブル嬢のハンドバッグもだ。いつ、誰が、ネックレスを忍ばせることが可能だったのか、物理的な観点から検証しろ」

アリスティードの指示は、的確で、一切の無駄がない。
部下たちは、主君の揺るぎない覚悟を受け取り、一斉に敬礼すると、それぞれの任務を遂行すべく、部屋を飛び出していった。

こうして、騎士団による、公式な捜査が、静かに、しかし、力強く始まった。

時を同じくして。
デュクロワ公爵邸でもまた、もう一つの『捜査』が、開始されていた。

「……リリー。昨夜の舞踏会で、わたくしの傍にいた人物を、覚えている限り、全て書き出してちょうだい」

父であるデュクロワ公爵の書斎で、マーブルは、昨夜までの動揺が嘘のような、冷静な表情で、侍女のリリーに指示を出していた。
もう、泣いている時間はない。
ただ守られているだけの、か弱い姫でいるつもりも、毛頭なかった。

「かしこまりました。……ですが、お嬢様。あとは、アリスティード様にお任せした方が……」

心配そうに言うリリーに、マーブルは、静かに首を横に振った。

「ううん。これは、わたくしの問題よ。あの人が、わたくしのために、その名誉を懸けてくれた。ならば、わたくしも、わたくしにできるやり方で、戦わなければ、あの人に顔向けできないわ」

その紫の瞳には、かつてないほど、強い決意の光が宿っていた。
隣では、父であるアルマン公爵が、満足そうに頷いている。

「そうだ、マーブル。それでこそ、我が娘だ。デュクロワ家の情報網も、金も、人も、好きに使うがいい。あの愚かな王子と、小賢しい男爵令嬢に、我らを敵に回したことを、骨の髄まで後悔させてやれ」

「はい、お父様」

マーブルの捜査は、アリスティードのような公権力を使うものではない。
貴族社会に張り巡らされた、女性たちの情報網。侍女たちの噂話。そういった、表には出てこない『内側』からのアプローチだ。

「まず、あのネックレスよ、リリー。あなたは、あれに見覚えがある?」

「いいえ……。クララ様が、あれほど高価なものを身につけていらっしゃるのは、初めて拝見いたしました。本当に、お母様の形見なのでしょうか……」

「そこから、探ってみましょう。あなたは、侍女たちのネットワークを使って、クララ様の最近の金遣いや、交友関係を調べてちょうだい。何か、綻びが、必ずあるはずよ」

「かしこまりました」

その日の午後。
捜査の状況報告と、情報共有のため、アリスティードが、お忍びでデュクロワ公爵邸を訪れた。

「……やはり、そうでしたか」

アリスティードの報告を聞き、マーブルは、静かに頷いた。
騎士団の調査により、あのネックレスが、わずか一月前に、王都の宝石店で、ジュリアン王子によって購入されたものであることが、判明したのだ。

母親の形見、というのは、真っ赤な嘘だった。

「そして、こちらが、わたくしたちが掴んだ情報ですわ」

マーブルは、一枚のメモをアリスティードに渡す。
そこには、リリーが侍女たちから聞き出した、クララの情報が記されていた。

『最近、実家であるシュミット男爵家が、多額の借金を抱えている』
『クララ嬢が、以前から親しくしている侍女がいる。その侍女は、昨夜、マーブル様のドレスの裾が汚れた際に、ハンカチを差し出すふりをして、マーブル様に近づいていた』

「……なるほどな」

アリスティードの目が、鋭く光る。
嘘で固められた物語と、怪しい共犯者の存在。
パズルのピースが、一つまた一つと嵌っていく。

「どうやら、敵の尻尾はもう見えたようだな」

「ええ。あとは、その尻尾をどうやって掴むかですわね」

二人は、顔を見合わせて不敵に微笑んだ。
罠を仕掛けたはずの狩人は、まだ気づいていない。
自分たちが、静かにそして確実に巨大な網に追い詰められていることに。
反撃の狼煙は、もう上がったのだ。
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