謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
ジュリアンが、己の愚かさと向き合い、苦悩の底に沈んでいた頃。
王宮の一室に軟禁状態となっていたクララは、焦りの色を隠せずにいた。

(おかしい……。何かが、おかしいわ)

侍女のアンナが、騎士団に連れていかれたきり、戻ってこない。
部屋の外には衛兵が立ち、許可なく、どこへも行かせてはもらえない。
まるで、囚人のような扱いだった。

アリスティードが、何かを掴んだのだ。そして、ジュリアン様に、何かを吹き込んだに違いない。
このままではまずい。
ジュリアン様の心が、完全にあの氷血公爵の手に落ちてしまう前に手を打たなければ。

(……でも、わたくしには、まだ『切り札』があるわ)

クララは、鏡に映る自分の顔を見た。
大きな瞳、か弱い唇、庇護欲をそそる華奢な体。
そして、この瞳から自在に流すことのできる、『涙』。
これこそが、彼女の最後のそして最強の切り札だった。

今まで、どんな男もこの涙の前にはひれ伏してきた。ジュリアン様とて例外ではないはず。

クララは、意を決した。
わざと髪を少し乱し、ドレスの胸元を悲壮感が漂うように少しだけはだけさせる。
そして、衛兵の制止を振り切り半ば強引に部屋を飛び出した。

目指すは、ジュリアン王子の執務室。
扉の前にたどり着くと、クララは一度大きく深呼吸をした。
瞳に、ぐっと力を込め涙の膜を張らせる。

バンッ!と、まるで助けを求める悲劇のヒロインのように、彼女はその扉を両手で開け放った。

「ジュリアン様っ!」

部屋の中央。
執務机の前に、ジュリアンは座っていた。
その顔は、ここ数日で一気に老け込んだかのように憔悴しきっている。
机の上には、何枚もの羊皮紙が無造作に散らばっていた。

「まあ、殿下!ひどいですわ!アリスティード様が……!あの方が、わたくしを罪人に仕立て上げようとしているのです!」

クララは、計画通りジュリアンの足元に崩れるようにひざまずいた。
そして、彼の膝にすがりつく。

「わたくしには、もう、殿下しかいらっしゃらないのです……!どうか、わたくしをお守りくださいまし!」

しゃくりあげ、涙を流し、ジュリアンの服の裾をぎゅっと握りしめる。
完璧な、演技。
これを見れば、どんな男も心を動かさずにはいられないはずだった。

「殿下は、わたくしを、愛していると……。真実の愛は、ここにあると、そう仰ってくださったではございませんか……!」

さあ、言いなさい。
『大丈夫だよ、僕のクララ』と。
そして、あの憎い氷血公爵を断罪するのです。

クララが、心中でそう叫んだその時。
頭上から聞こえてきたのは、彼女が全く予想だにしていなかった冷たい声だった。

「……もう、その涙には、騙されん」

「……え?」

クララは信じられないという顔で、ジュリアンを見上げた。
彼の瞳は、かつて、自分に向けられていた甘い光を完全に失っていた。
そこにあるのは、氷よりも冷たい侮蔑の色。

「な……ぜ……」

「これを見ても、まだ白を切り通すつもりか」

ジュリアンは、机の上の羊皮紙の一枚をひらりとクララの目の前に落とした。
それは、侍女アンナの震える文字で書かれた供述書だった。

クララの顔から、さっと血の気が引く。

「あ……。あ……」

「君の侍女が、全てを話してくれた。……君の口から、何か弁解はあるか」

ジュリアンの、最後の問い。
その瞬間、クララの頭の中で何かがぷつりと、切れた。
完璧に作り上げていた、悲劇のヒロインの仮面が粉々に砕け散る。

彼女はがばりと顔を上げると、まるで鬼のような形相でジュリアンを睨みつけた。

「……なぜですの!?」

その声は、もはや、か細い少女のものではなかった。
低く、憎悪に満ちたしゃがれた声。

「なぜ、あの女の言うことは信じてこのわたくしを信じてくださらないのですか!?」

「……っ!」

「わたくしが!殿下のために、どれだけ、尽くしてきたと思っているのですか!あの邪魔な女を排除してさしあげて!殿下の隣に立ってさしあげたというのに!」

もはや、そこに、可憐なクララの姿はなかった。
あるのは、自分の欲望が満たされないことにただヒステリックに怒り狂う醜い化け物。

ジュリアンは、目の前の変わり果てた女の姿をただ呆然と見つめていた。
自分は、こんなものを愛していたというのか。
こんなもののために、長年の婚約者を国を裏切ろうとしていたというのか。

こみ上げてきたのは、激しい自己嫌悪と吐き気にも似た嫌悪感だった。
彼はクララからすっと目を逸らすと、もう彼女の顔を見るのも耐えられないというように静かにそしてはっきりと告げた。

「……衛兵」

その一言が、クララの運命の終わりを告げる鐘の音となった。
扉が開き、屈強な衛兵たちが二人部屋に入ってくる。

「な……。いや……!いやあああああっ!」

クララは、ようやく自分の置かれた状況を理解した。
最後の切り札は、通じなかった。
もう何もない。

衛兵に両腕を掴まれ、引きずられていく。
その間も、彼女はジュリアンの名を呪いのように叫び続けていた。

その叫び声が、完全に聞こえなくなった後。
静寂が戻った執務室で、ジュリアンは一人静かに涙を流した。
それは、己の愚かさを悼む涙だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された瞬間、隣国の王子が「その人、僕がもらいます」と言った

ほーみ
恋愛
婚約破棄された瞬間、隣国の王子が「その人、僕がもらいます」と言った 「――メアリー・グランツ。お前との婚約は破棄する」 王城の大広間に響いたその声に、空気が凍りついた。 周囲にいた貴族たちがざわめき、侍女たちが息を呑む。 私――メアリーは、胸の奥がきゅっと痛んだ。 けれど、それでも背筋を伸ばして、婚約者である王太子エドガーをまっすぐ見据えた。

婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです

ほーみ
恋愛
 王国アスティリア最大の劇場──もとい、王立学園の大講堂にて。  本日上演されるのは、わたくしリリアーナ・ヴァレンティアを断罪する、王太子殿下主催の茶番劇である。  壇上には、舞台の主役を気取った王太子アレクシス。その隣には、純白のドレスをひらつかせた侯爵令嬢エリーナ。  そして観客席には、好奇心で目を輝かせる学生たち。ざわめき、ひそひそ声、侮蔑の視線。  ふふ……完璧な舞台準備ね。 「リリアーナ・ヴァレンティア! そなたの悪行はすでに暴かれた!」  王太子の声が響く。

婚約破棄された途端、隣国の冷酷王子に溺愛されました

ほーみ
恋愛
「――本日をもって、レイラ・アストレッドとの婚約を破棄する!」 玉座の間に響き渡る鋭い声。 それは私の元婚約者である王太子・ユリウスの宣告だった。 広い空間にざわめきが広がる。 私はゆっくり顔を上げ、冷たい笑みを浮かべた。 「あら、そう。ようやく?」 「……なに?」

婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?

ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」  華やかな夜会の真っ最中。  王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。 「……あ、そうなんですね」  私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。 「で? 次のご予定は?」 「……は?」

『選ばれなかった令嬢は、世界の外で静かに微笑む』

ふわふわ
恋愛
婚約者エステランス・ショウシユウに一方的な婚約破棄を告げられ、 偽ヒロイン・エア・ソフィアの引き立て役として切り捨てられた令嬢 シャウ・エッセン。 「君はもう必要ない」 そう言われた瞬間、彼女は絶望しなかった。 ――なぜなら、その言葉は“自由”の始まりだったから。 王宮の表舞台から退き、誰にも選ばれない立場を自ら選んだシャウ。 だが皮肉なことに、彼女が去った後の世界は、少しずつ歪みを正し始める。 奇跡に頼らず、誰かを神格化せず、 一人に負担を押し付けない仕組みへ―― それは、彼女がかつて静かに築き、手放した「考え方」そのものだった。 元婚約者はようやく理解し、 偽ヒロインは役割を降り、 世界は「彼女がいなくても回る場所」へと変わっていく。 復讐も断罪もない。 あるのは、物語の中心から降りるという、最も静かな“ざまぁ”。 これは、 選ばれなかった令嬢が、 誰の期待にも縛られず、 名もなき日々を生きることを選ぶ物語。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚
恋愛
「白い結婚でいい。 平凡で、静かな生活が送れれば――それだけで幸せでしたのに。」 婚約破棄され、行き場を失った伯爵令嬢アナスタシア。 彼女を救ったのは“冷徹”と噂される公爵・ルキウスだった。 二人の結婚は、互いに干渉しない 『白い結婚』――ただの契約のはずだった。 ……はずなのに。 邸内で起きる不可解な襲撃。 操られた侍女が放つ言葉。 浮かび上がる“白の一族”の血――そしてアナスタシアの身体に眠る 浄化の魔力。 「白の娘よ。いずれ迎えに行く」 影の王から届いた脅迫状が、運命の刻を告げる。 守るために剣を握る公爵。 守られるだけで終わらせないと誓う令嬢。 契約から始まったはずの二人の関係は、 いつしか互いに手放せない 真実の愛 へと変わってゆく。 「君を奪わせはしない」 「わたくしも……あなたを守りたいのです」 これは―― 白い結婚から始まり、影の王を巡る大いなる戦いへ踏み出す、 覚醒令嬢と冷徹公爵の“運命の恋と陰謀”の物語。 ---

処理中です...