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ジュリアンが、己の愚かさと向き合い、苦悩の底に沈んでいた頃。
王宮の一室に軟禁状態となっていたクララは、焦りの色を隠せずにいた。
(おかしい……。何かが、おかしいわ)
侍女のアンナが、騎士団に連れていかれたきり、戻ってこない。
部屋の外には衛兵が立ち、許可なく、どこへも行かせてはもらえない。
まるで、囚人のような扱いだった。
アリスティードが、何かを掴んだのだ。そして、ジュリアン様に、何かを吹き込んだに違いない。
このままではまずい。
ジュリアン様の心が、完全にあの氷血公爵の手に落ちてしまう前に手を打たなければ。
(……でも、わたくしには、まだ『切り札』があるわ)
クララは、鏡に映る自分の顔を見た。
大きな瞳、か弱い唇、庇護欲をそそる華奢な体。
そして、この瞳から自在に流すことのできる、『涙』。
これこそが、彼女の最後のそして最強の切り札だった。
今まで、どんな男もこの涙の前にはひれ伏してきた。ジュリアン様とて例外ではないはず。
クララは、意を決した。
わざと髪を少し乱し、ドレスの胸元を悲壮感が漂うように少しだけはだけさせる。
そして、衛兵の制止を振り切り半ば強引に部屋を飛び出した。
目指すは、ジュリアン王子の執務室。
扉の前にたどり着くと、クララは一度大きく深呼吸をした。
瞳に、ぐっと力を込め涙の膜を張らせる。
バンッ!と、まるで助けを求める悲劇のヒロインのように、彼女はその扉を両手で開け放った。
「ジュリアン様っ!」
部屋の中央。
執務机の前に、ジュリアンは座っていた。
その顔は、ここ数日で一気に老け込んだかのように憔悴しきっている。
机の上には、何枚もの羊皮紙が無造作に散らばっていた。
「まあ、殿下!ひどいですわ!アリスティード様が……!あの方が、わたくしを罪人に仕立て上げようとしているのです!」
クララは、計画通りジュリアンの足元に崩れるようにひざまずいた。
そして、彼の膝にすがりつく。
「わたくしには、もう、殿下しかいらっしゃらないのです……!どうか、わたくしをお守りくださいまし!」
しゃくりあげ、涙を流し、ジュリアンの服の裾をぎゅっと握りしめる。
完璧な、演技。
これを見れば、どんな男も心を動かさずにはいられないはずだった。
「殿下は、わたくしを、愛していると……。真実の愛は、ここにあると、そう仰ってくださったではございませんか……!」
さあ、言いなさい。
『大丈夫だよ、僕のクララ』と。
そして、あの憎い氷血公爵を断罪するのです。
クララが、心中でそう叫んだその時。
頭上から聞こえてきたのは、彼女が全く予想だにしていなかった冷たい声だった。
「……もう、その涙には、騙されん」
「……え?」
クララは信じられないという顔で、ジュリアンを見上げた。
彼の瞳は、かつて、自分に向けられていた甘い光を完全に失っていた。
そこにあるのは、氷よりも冷たい侮蔑の色。
「な……ぜ……」
「これを見ても、まだ白を切り通すつもりか」
ジュリアンは、机の上の羊皮紙の一枚をひらりとクララの目の前に落とした。
それは、侍女アンナの震える文字で書かれた供述書だった。
クララの顔から、さっと血の気が引く。
「あ……。あ……」
「君の侍女が、全てを話してくれた。……君の口から、何か弁解はあるか」
ジュリアンの、最後の問い。
その瞬間、クララの頭の中で何かがぷつりと、切れた。
完璧に作り上げていた、悲劇のヒロインの仮面が粉々に砕け散る。
彼女はがばりと顔を上げると、まるで鬼のような形相でジュリアンを睨みつけた。
「……なぜですの!?」
その声は、もはや、か細い少女のものではなかった。
低く、憎悪に満ちたしゃがれた声。
「なぜ、あの女の言うことは信じてこのわたくしを信じてくださらないのですか!?」
「……っ!」
「わたくしが!殿下のために、どれだけ、尽くしてきたと思っているのですか!あの邪魔な女を排除してさしあげて!殿下の隣に立ってさしあげたというのに!」
もはや、そこに、可憐なクララの姿はなかった。
あるのは、自分の欲望が満たされないことにただヒステリックに怒り狂う醜い化け物。
ジュリアンは、目の前の変わり果てた女の姿をただ呆然と見つめていた。
自分は、こんなものを愛していたというのか。
こんなもののために、長年の婚約者を国を裏切ろうとしていたというのか。
こみ上げてきたのは、激しい自己嫌悪と吐き気にも似た嫌悪感だった。
彼はクララからすっと目を逸らすと、もう彼女の顔を見るのも耐えられないというように静かにそしてはっきりと告げた。
「……衛兵」
その一言が、クララの運命の終わりを告げる鐘の音となった。
扉が開き、屈強な衛兵たちが二人部屋に入ってくる。
「な……。いや……!いやあああああっ!」
クララは、ようやく自分の置かれた状況を理解した。
最後の切り札は、通じなかった。
もう何もない。
衛兵に両腕を掴まれ、引きずられていく。
その間も、彼女はジュリアンの名を呪いのように叫び続けていた。
その叫び声が、完全に聞こえなくなった後。
静寂が戻った執務室で、ジュリアンは一人静かに涙を流した。
それは、己の愚かさを悼む涙だった。
王宮の一室に軟禁状態となっていたクララは、焦りの色を隠せずにいた。
(おかしい……。何かが、おかしいわ)
侍女のアンナが、騎士団に連れていかれたきり、戻ってこない。
部屋の外には衛兵が立ち、許可なく、どこへも行かせてはもらえない。
まるで、囚人のような扱いだった。
アリスティードが、何かを掴んだのだ。そして、ジュリアン様に、何かを吹き込んだに違いない。
このままではまずい。
ジュリアン様の心が、完全にあの氷血公爵の手に落ちてしまう前に手を打たなければ。
(……でも、わたくしには、まだ『切り札』があるわ)
クララは、鏡に映る自分の顔を見た。
大きな瞳、か弱い唇、庇護欲をそそる華奢な体。
そして、この瞳から自在に流すことのできる、『涙』。
これこそが、彼女の最後のそして最強の切り札だった。
今まで、どんな男もこの涙の前にはひれ伏してきた。ジュリアン様とて例外ではないはず。
クララは、意を決した。
わざと髪を少し乱し、ドレスの胸元を悲壮感が漂うように少しだけはだけさせる。
そして、衛兵の制止を振り切り半ば強引に部屋を飛び出した。
目指すは、ジュリアン王子の執務室。
扉の前にたどり着くと、クララは一度大きく深呼吸をした。
瞳に、ぐっと力を込め涙の膜を張らせる。
バンッ!と、まるで助けを求める悲劇のヒロインのように、彼女はその扉を両手で開け放った。
「ジュリアン様っ!」
部屋の中央。
執務机の前に、ジュリアンは座っていた。
その顔は、ここ数日で一気に老け込んだかのように憔悴しきっている。
机の上には、何枚もの羊皮紙が無造作に散らばっていた。
「まあ、殿下!ひどいですわ!アリスティード様が……!あの方が、わたくしを罪人に仕立て上げようとしているのです!」
クララは、計画通りジュリアンの足元に崩れるようにひざまずいた。
そして、彼の膝にすがりつく。
「わたくしには、もう、殿下しかいらっしゃらないのです……!どうか、わたくしをお守りくださいまし!」
しゃくりあげ、涙を流し、ジュリアンの服の裾をぎゅっと握りしめる。
完璧な、演技。
これを見れば、どんな男も心を動かさずにはいられないはずだった。
「殿下は、わたくしを、愛していると……。真実の愛は、ここにあると、そう仰ってくださったではございませんか……!」
さあ、言いなさい。
『大丈夫だよ、僕のクララ』と。
そして、あの憎い氷血公爵を断罪するのです。
クララが、心中でそう叫んだその時。
頭上から聞こえてきたのは、彼女が全く予想だにしていなかった冷たい声だった。
「……もう、その涙には、騙されん」
「……え?」
クララは信じられないという顔で、ジュリアンを見上げた。
彼の瞳は、かつて、自分に向けられていた甘い光を完全に失っていた。
そこにあるのは、氷よりも冷たい侮蔑の色。
「な……ぜ……」
「これを見ても、まだ白を切り通すつもりか」
ジュリアンは、机の上の羊皮紙の一枚をひらりとクララの目の前に落とした。
それは、侍女アンナの震える文字で書かれた供述書だった。
クララの顔から、さっと血の気が引く。
「あ……。あ……」
「君の侍女が、全てを話してくれた。……君の口から、何か弁解はあるか」
ジュリアンの、最後の問い。
その瞬間、クララの頭の中で何かがぷつりと、切れた。
完璧に作り上げていた、悲劇のヒロインの仮面が粉々に砕け散る。
彼女はがばりと顔を上げると、まるで鬼のような形相でジュリアンを睨みつけた。
「……なぜですの!?」
その声は、もはや、か細い少女のものではなかった。
低く、憎悪に満ちたしゃがれた声。
「なぜ、あの女の言うことは信じてこのわたくしを信じてくださらないのですか!?」
「……っ!」
「わたくしが!殿下のために、どれだけ、尽くしてきたと思っているのですか!あの邪魔な女を排除してさしあげて!殿下の隣に立ってさしあげたというのに!」
もはや、そこに、可憐なクララの姿はなかった。
あるのは、自分の欲望が満たされないことにただヒステリックに怒り狂う醜い化け物。
ジュリアンは、目の前の変わり果てた女の姿をただ呆然と見つめていた。
自分は、こんなものを愛していたというのか。
こんなもののために、長年の婚約者を国を裏切ろうとしていたというのか。
こみ上げてきたのは、激しい自己嫌悪と吐き気にも似た嫌悪感だった。
彼はクララからすっと目を逸らすと、もう彼女の顔を見るのも耐えられないというように静かにそしてはっきりと告げた。
「……衛兵」
その一言が、クララの運命の終わりを告げる鐘の音となった。
扉が開き、屈強な衛兵たちが二人部屋に入ってくる。
「な……。いや……!いやあああああっ!」
クララは、ようやく自分の置かれた状況を理解した。
最後の切り札は、通じなかった。
もう何もない。
衛兵に両腕を掴まれ、引きずられていく。
その間も、彼女はジュリアンの名を呪いのように叫び続けていた。
その叫び声が、完全に聞こえなくなった後。
静寂が戻った執務室で、ジュリアンは一人静かに涙を流した。
それは、己の愚かさを悼む涙だった。
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