22 / 28
22
しおりを挟む
侍女アンナからの決定的な証言を得た、その翌日。
アリスティードは、山と積まれた証拠書類を手に、ジュリアン王子の執務室の前に立っていた。
コンコン、と重厚な扉をノックする。
中から聞こえてきたのは、「入れ」という、不機嫌で、投げやりな声だった。
「……何の用だ、アリスティード。僕は今、忙しいのだが」
ジュリアンは、椅子にふんぞり返ったまま、アリスティードを睨みつけた。
クララを追い詰める、この男への敵意を、隠そうともしない。
アリスティードは、そんな王子の態度に、一切動じることなく、静かに一礼した。
「お忙しいところ、恐れ入ります、殿下。……先日より捜査を続けておりました、窃盗事件について最終的なご報告に上がりました」
「ふん。どうせマーブルに都合のいいように証拠を捏造でもしたのだろう」
「……ご覧になれば、分かります」
アリスティードは、そう言うと持っていた書類の束をジュリアンの執務机の上に、一枚また一枚と静かに並べ始めた。
「まず、こちらを。問題のネックレスの領収書の写しです。殿下が先月、ご購入なされた品。クララ嬢の母親の形見ではないことは明らかです」
ジュリアンの目が、わずかに見開かれる。
「次に、こちらが、舞踏会での複数の目撃者たちからの証言。いずれも『クララ嬢が、意図的に、マーブル嬢の進路を塞ぐように、接近した』と証言しております」
「なっ……!そ、それは偶然だ!」
「では、これは、どう説明なさいますかな」
アリスティードが、最後に置いたのは一枚の羊皮紙だった。
そこには、か細く、震えるような文字でびっしりと何かが書き連ねられ末尾には侍女アンナの署名が記されている。
「……これは、なんだ」
「クララ嬢の侍女、アンナの正式な供述書です」
ジュリアンは、疑わしげにその羊皮紙を手に取った。
そして、その内容に目を通し始めた。
最初は、余裕の表情だった。
だが、読み進めるうちにその顔からみるみる血の気が引いていく。
そこには、信じがたい、だがあまりにも生々しい『真実』が、記されていた。
クララの、マーブルへの歪んだ嫉妬。
母親の形見という、真っ赤な嘘。
そして、『マーブルのバッグにネックレスを忍び込ませろ』という、クララからの具体的な指示。
その全てが、詳細に記されていた。
「……馬鹿な」
ジュリアンの手から、供述書がはらりと滑り落ちる。
「……ありえない。こんなもの……!お前たちが、アンナを脅して、無理矢理書かせたに決まっている!マーブルを庇うための卑劣な罠だ!」
ジュリアンは、机を叩いて激昂する。
だが、その声は、空しく震えていた。
彼の脳裏に、最近のクララの言動が次々と蘇る。
日に日に増していく、我儘。際限のない金遣いの荒さ。そして、自分を意のままに操ろうとするあの計算高い涙。
パズルのピースが、恐ろしい速度で嵌っていく。
「…………っ」
ジュリアンは、椅子に崩れるように座り込んだ。
顔を両手で覆う。
(……僕は、騙されて、いたのか?)
この僕が。次期国王であるこの僕が。
あんな、男爵令嬢ごときにまんまと手玉に取られていたというのか。
そして、その嘘を鵜呑みにして長年連れ添った婚約者を、国中の貴族の前で断罪した。
その事実が、鉄槌のようにジュリアンのプライドを粉々に打ち砕いた。
恥ずかしさ、情けなさそしてマーブルへの申し訳なさ。
様々な感情が、濁流のように彼の胸の中を渦巻いていた。
アリスティードは、そんな王子をただ静かに見つめている。
彼を、嘲笑することもしなければ慰めることもしない。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「殿下。私は殿下を断罪しに来たわけではありません。ただ、ありのままの真実をご報告に参りました」
その声には、不思議と責めるような響きはなかった。
「この先、どうなさるか。それは、次期国王であられる殿下ご自身がお決めになることです」
アリスティードは、机の上に散らばった証拠書類を指でとんと叩いた。
「……ご自身の目で、真実をお確かめください」
それは、命令でも忠告でもない。
一人の人間としての、問いかけだった。
あなたはこの真実から目を逸らすのですか、と。
アリスティードは、それだけを言うと静かに一礼し執務室を退出していった。
一人残された部屋で、ジュリアンはただ呆然としていた。
机の上には、彼が信じていた『物語』が偽りであったことを証明する無慈悲な証拠の山。
(僕は……どうすれば……)
クララを、信じ続けるか。
それとも、己の愚かさを認め断罪するか。
どちらを選んでも、待っているのは地獄だった。
王子の、長い長い苦悩の時間が始まった。
アリスティードは、山と積まれた証拠書類を手に、ジュリアン王子の執務室の前に立っていた。
コンコン、と重厚な扉をノックする。
中から聞こえてきたのは、「入れ」という、不機嫌で、投げやりな声だった。
「……何の用だ、アリスティード。僕は今、忙しいのだが」
ジュリアンは、椅子にふんぞり返ったまま、アリスティードを睨みつけた。
クララを追い詰める、この男への敵意を、隠そうともしない。
アリスティードは、そんな王子の態度に、一切動じることなく、静かに一礼した。
「お忙しいところ、恐れ入ります、殿下。……先日より捜査を続けておりました、窃盗事件について最終的なご報告に上がりました」
「ふん。どうせマーブルに都合のいいように証拠を捏造でもしたのだろう」
「……ご覧になれば、分かります」
アリスティードは、そう言うと持っていた書類の束をジュリアンの執務机の上に、一枚また一枚と静かに並べ始めた。
「まず、こちらを。問題のネックレスの領収書の写しです。殿下が先月、ご購入なされた品。クララ嬢の母親の形見ではないことは明らかです」
ジュリアンの目が、わずかに見開かれる。
「次に、こちらが、舞踏会での複数の目撃者たちからの証言。いずれも『クララ嬢が、意図的に、マーブル嬢の進路を塞ぐように、接近した』と証言しております」
「なっ……!そ、それは偶然だ!」
「では、これは、どう説明なさいますかな」
アリスティードが、最後に置いたのは一枚の羊皮紙だった。
そこには、か細く、震えるような文字でびっしりと何かが書き連ねられ末尾には侍女アンナの署名が記されている。
「……これは、なんだ」
「クララ嬢の侍女、アンナの正式な供述書です」
ジュリアンは、疑わしげにその羊皮紙を手に取った。
そして、その内容に目を通し始めた。
最初は、余裕の表情だった。
だが、読み進めるうちにその顔からみるみる血の気が引いていく。
そこには、信じがたい、だがあまりにも生々しい『真実』が、記されていた。
クララの、マーブルへの歪んだ嫉妬。
母親の形見という、真っ赤な嘘。
そして、『マーブルのバッグにネックレスを忍び込ませろ』という、クララからの具体的な指示。
その全てが、詳細に記されていた。
「……馬鹿な」
ジュリアンの手から、供述書がはらりと滑り落ちる。
「……ありえない。こんなもの……!お前たちが、アンナを脅して、無理矢理書かせたに決まっている!マーブルを庇うための卑劣な罠だ!」
ジュリアンは、机を叩いて激昂する。
だが、その声は、空しく震えていた。
彼の脳裏に、最近のクララの言動が次々と蘇る。
日に日に増していく、我儘。際限のない金遣いの荒さ。そして、自分を意のままに操ろうとするあの計算高い涙。
パズルのピースが、恐ろしい速度で嵌っていく。
「…………っ」
ジュリアンは、椅子に崩れるように座り込んだ。
顔を両手で覆う。
(……僕は、騙されて、いたのか?)
この僕が。次期国王であるこの僕が。
あんな、男爵令嬢ごときにまんまと手玉に取られていたというのか。
そして、その嘘を鵜呑みにして長年連れ添った婚約者を、国中の貴族の前で断罪した。
その事実が、鉄槌のようにジュリアンのプライドを粉々に打ち砕いた。
恥ずかしさ、情けなさそしてマーブルへの申し訳なさ。
様々な感情が、濁流のように彼の胸の中を渦巻いていた。
アリスティードは、そんな王子をただ静かに見つめている。
彼を、嘲笑することもしなければ慰めることもしない。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「殿下。私は殿下を断罪しに来たわけではありません。ただ、ありのままの真実をご報告に参りました」
その声には、不思議と責めるような響きはなかった。
「この先、どうなさるか。それは、次期国王であられる殿下ご自身がお決めになることです」
アリスティードは、机の上に散らばった証拠書類を指でとんと叩いた。
「……ご自身の目で、真実をお確かめください」
それは、命令でも忠告でもない。
一人の人間としての、問いかけだった。
あなたはこの真実から目を逸らすのですか、と。
アリスティードは、それだけを言うと静かに一礼し執務室を退出していった。
一人残された部屋で、ジュリアンはただ呆然としていた。
机の上には、彼が信じていた『物語』が偽りであったことを証明する無慈悲な証拠の山。
(僕は……どうすれば……)
クララを、信じ続けるか。
それとも、己の愚かさを認め断罪するか。
どちらを選んでも、待っているのは地獄だった。
王子の、長い長い苦悩の時間が始まった。
459
あなたにおすすめの小説
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?
ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」
華やかな夜会の真っ最中。
王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。
「……あ、そうなんですね」
私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。
「で? 次のご予定は?」
「……は?」
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします
ほーみ
恋愛
その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。
そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。
冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。
誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。
それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。
だが、彼の言葉は、決定的だった。
「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」
悪役令嬢ですが、今日も元婚約者とヒロインにざまぁされました(なお、全員私を溺愛しています)
ほーみ
恋愛
「レティシア・エルフォード! お前との婚約は破棄する!」
王太子アレクシス・ヴォルフェンがそう宣言した瞬間、広間はざわめいた。私は静かに紅茶を口にしながら、その言葉を聞き流す。どうやら、今日もまた「ざまぁ」される日らしい。
ここは王宮の舞踏会場。華やかな装飾と甘い香りが漂う中、私はまたしても断罪劇の主役に据えられていた。目の前では、王太子が優雅に微笑みながら、私に婚約破棄を突きつけている。その隣には、栗色の髪をふわりと揺らした少女――リリア・エヴァンスが涙ぐんでいた。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです
ほーみ
恋愛
「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」
その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。
──王都の学園で、私は彼と出会った。
彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。
貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。
婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです
ほーみ
恋愛
王国アスティリア最大の劇場──もとい、王立学園の大講堂にて。
本日上演されるのは、わたくしリリアーナ・ヴァレンティアを断罪する、王太子殿下主催の茶番劇である。
壇上には、舞台の主役を気取った王太子アレクシス。その隣には、純白のドレスをひらつかせた侯爵令嬢エリーナ。
そして観客席には、好奇心で目を輝かせる学生たち。ざわめき、ひそひそ声、侮蔑の視線。
ふふ……完璧な舞台準備ね。
「リリアーナ・ヴァレンティア! そなたの悪行はすでに暴かれた!」
王太子の声が響く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる