謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの

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侍女アンナからの決定的な証言を得た、その翌日。
アリスティードは、山と積まれた証拠書類を手に、ジュリアン王子の執務室の前に立っていた。

コンコン、と重厚な扉をノックする。
中から聞こえてきたのは、「入れ」という、不機嫌で、投げやりな声だった。

「……何の用だ、アリスティード。僕は今、忙しいのだが」

ジュリアンは、椅子にふんぞり返ったまま、アリスティードを睨みつけた。
クララを追い詰める、この男への敵意を、隠そうともしない。

アリスティードは、そんな王子の態度に、一切動じることなく、静かに一礼した。

「お忙しいところ、恐れ入ります、殿下。……先日より捜査を続けておりました、窃盗事件について最終的なご報告に上がりました」

「ふん。どうせマーブルに都合のいいように証拠を捏造でもしたのだろう」

「……ご覧になれば、分かります」

アリスティードは、そう言うと持っていた書類の束をジュリアンの執務机の上に、一枚また一枚と静かに並べ始めた。

「まず、こちらを。問題のネックレスの領収書の写しです。殿下が先月、ご購入なされた品。クララ嬢の母親の形見ではないことは明らかです」

ジュリアンの目が、わずかに見開かれる。

「次に、こちらが、舞踏会での複数の目撃者たちからの証言。いずれも『クララ嬢が、意図的に、マーブル嬢の進路を塞ぐように、接近した』と証言しております」

「なっ……!そ、それは偶然だ!」

「では、これは、どう説明なさいますかな」

アリスティードが、最後に置いたのは一枚の羊皮紙だった。
そこには、か細く、震えるような文字でびっしりと何かが書き連ねられ末尾には侍女アンナの署名が記されている。

「……これは、なんだ」

「クララ嬢の侍女、アンナの正式な供述書です」

ジュリアンは、疑わしげにその羊皮紙を手に取った。
そして、その内容に目を通し始めた。

最初は、余裕の表情だった。
だが、読み進めるうちにその顔からみるみる血の気が引いていく。

そこには、信じがたい、だがあまりにも生々しい『真実』が、記されていた。
クララの、マーブルへの歪んだ嫉妬。
母親の形見という、真っ赤な嘘。
そして、『マーブルのバッグにネックレスを忍び込ませろ』という、クララからの具体的な指示。
その全てが、詳細に記されていた。

「……馬鹿な」

ジュリアンの手から、供述書がはらりと滑り落ちる。

「……ありえない。こんなもの……!お前たちが、アンナを脅して、無理矢理書かせたに決まっている!マーブルを庇うための卑劣な罠だ!」

ジュリアンは、机を叩いて激昂する。
だが、その声は、空しく震えていた。
彼の脳裏に、最近のクララの言動が次々と蘇る。
日に日に増していく、我儘。際限のない金遣いの荒さ。そして、自分を意のままに操ろうとするあの計算高い涙。

パズルのピースが、恐ろしい速度で嵌っていく。

「…………っ」

ジュリアンは、椅子に崩れるように座り込んだ。
顔を両手で覆う。

(……僕は、騙されて、いたのか?)

この僕が。次期国王であるこの僕が。
あんな、男爵令嬢ごときにまんまと手玉に取られていたというのか。
そして、その嘘を鵜呑みにして長年連れ添った婚約者を、国中の貴族の前で断罪した。

その事実が、鉄槌のようにジュリアンのプライドを粉々に打ち砕いた。
恥ずかしさ、情けなさそしてマーブルへの申し訳なさ。
様々な感情が、濁流のように彼の胸の中を渦巻いていた。

アリスティードは、そんな王子をただ静かに見つめている。
彼を、嘲笑することもしなければ慰めることもしない。

やがて、彼は静かに口を開いた。

「殿下。私は殿下を断罪しに来たわけではありません。ただ、ありのままの真実をご報告に参りました」

その声には、不思議と責めるような響きはなかった。

「この先、どうなさるか。それは、次期国王であられる殿下ご自身がお決めになることです」

アリスティードは、机の上に散らばった証拠書類を指でとんと叩いた。

「……ご自身の目で、真実をお確かめください」

それは、命令でも忠告でもない。
一人の人間としての、問いかけだった。
あなたはこの真実から目を逸らすのですか、と。

アリスティードは、それだけを言うと静かに一礼し執務室を退出していった。

一人残された部屋で、ジュリアンはただ呆然としていた。
机の上には、彼が信じていた『物語』が偽りであったことを証明する無慈悲な証拠の山。

(僕は……どうすれば……)

クララを、信じ続けるか。
それとも、己の愚かさを認め断罪するか。

どちらを選んでも、待っているのは地獄だった。
王子の、長い長い苦悩の時間が始まった。
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