婚約破棄は結構ですが。その罪、存じ上げません。

パリパリかぷちーの

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領地での生活が始まって一週間。厨房に立つことにもすっかり慣れたわたくしは、新たな冒険の舞台を探していた。

「んー、美味しいスコーンは焼けたし、スープも上手にできたし……次は何をしようかしら」

館の中を探検していたわたくしは、裏口の向こうに、打ち捨てられた一角があるのを見つけた。そこはかつて家庭菜園だったらしく、石で組まれた畝の跡が残っているが、今は腰の高さまである雑草に覆い尽くされていた。

けれど、わたくしの目には、そこが宝の山に見えた。

(ここで、自分の手で野菜を育ててみたい……!)

採れたての野菜で作る料理は、きっと格別な味がするに違いない。想像しただけで、お腹がぐぅっと鳴った。

わたくしはすぐさま執事のゼバスチャンの元へ走った。

「ゼバスチャン!裏の菜園を使ってもいいかしら?」

「は……?あの荒れ地をでございますか?滅相もございません!あのような場所、お嬢様のお気に召すはずが……」

「いいえ!あそこがいいの!わたくし、今日から畑仕事を始めるわ!」

わたくしの宣言に、ゼバスチャンだけでなく、そばにいたヨハンも目を剥いた。

「お嬢様!正気でございますか!?土いじりなど、お嬢様のなさることでは……!」

「あら、どうして?自分の食べるものを自分で育てるのは、とても素敵なことじゃない」

二人の必死の説得も、今のわたくしには馬の耳に念仏だ。わたくしは早速、計画を実行に移すことにした。まずは、この領地についてもっと知る必要がある。そして、できれば協力者も欲しい。

「ちょっと、村まで散歩してくるわね!」

「お供します!」というヨハンを館に残し、わたくしは護衛もつけずに一人で村へと向かった。もちろん、ヨハンには後でこっぴどく叱られたけれど。

村は、館から丘を下ったところにあった。小さな家々が寄り添うように建ち並び、広場では子供たちが元気に走り回っている。

「わあ……」

わたくしが物珍しそうに眺めていると、子供たちの一人がこちらに気づいた。

「あ、お城の人だ!」

その声を皮切りに、子供たちはわたくしを遠巻きにして、ヒソヒソと話し始めた。

(お城の人、か。まあ、間違いではないけれど)

このままでは、いつまで経っても距離は縮まらない。わたくしはにっこり笑うと、子供たちに向かって手を振った。

「こんにちは!いいお天気ね!」

きょとんとしていた子供たちの中から、一番年上らしい快活な少年が、代表として一歩前に進み出た。

「あんた、この前お城に来たお姫様だろ?何しに来たんだ?」

「お散歩よ。あなたたち、ここでいつも遊んでいるの?」

「うん!おれはトム!こっちは妹のニーナ!」

トムと名乗った少年をきっかけに、子供たちは次々とわたくしの周りに集まってきた。身分など気にしない、子供たちの屈託のない瞳が眩しい。

「ねえ、皆にお願いがあるのだけど」

わたくしは子供たちの目線に合わせてしゃがみ込むと、声を潜めて言った。

「わたくし、館の裏で、秘密の畑を作ろうと思うの。それでね、皆に『畑仕事探検隊』の隊員になって、手伝ってほしいのだけれど……どうかしら?」

「たんけんたい?」

子供たちの目が、きらりと輝いた。

「ええ!美味しい野菜を育てる、わくわくドキドキの探検よ!もちろん、おやつ付き!」

「やる!おれ、やるよ!」

「わたしも!」

作戦は、見事に成功した。

翌日。わたくしは、ゼバスチャンが呆れながらも用意してくれた作業着に着替え、やる気満々の子供たちと共に、あの荒れ地に来ていた。

「よし、探検隊の諸君!まずはこの草を全部やっつけるわよ!」

「「おー!」」

わたくしたちは、まず雑草との戦いから始めた。生まれて初めて握る鍬は、ずっしりと重い。けれど、皆で力を合わせれば、何だか楽しくなってくる。

「えいっ!」

鍬を振り下ろすと、固い土が掘り起こされ、むわりと土の匂いが立ち上った。顔や服が泥で汚れるのも、今は気にならない。むしろ、それが誇らしいくらいだった。

「隊長!大きいミミズ見つけた!」

「すごいわ、トム!それは土を元気にしてくれる、いいミミズよ!」

子供たちの笑い声と、わたくしの声が青空に響く。懸命に働いた後、皆で木陰に座り、わたくしが焼いてきたクッキーを頬張った。

「美味しい!」

「隊長、また作って!」

泥だらけの手でクッキーを食べ、幸せそうに笑う子供たちの顔を見ていると、胸の奥が温かくなる。これ以上の幸せが、他にあるだろうか。

その時、わたくしたちは誰も気づいていなかった。少し離れた木陰から、一人の男がその光景を、息を殺して見つめていたことに。

(……あれは、宿場町の……リーファ、とか言ったか)

アレン・シュヴァルツは、偶然通りかかった道で、信じられないものを見た。公務の途中で立ち寄ったこの領地で、先日出会った不思議な娘――リーファが、泥だらけになって子供たちと笑い合っている。

宿場町で会った、少し無礼で、肝の据わった娘。
森で会った、怪我をした子犬を優しく介抱していた娘。
そして今、目の前にいる、太陽のように明るい笑顔で、土にまみれることを厭わない娘。

どれが本当の彼女の姿なのか、アレンにはわからなかった。だが、一つだけ確かなことがある。

(……あんな顔も、するのか)

子供たちに向ける、慈しむような優しい笑顔。心からの喜びを隠しもせずに、楽しそうに輝く瞳。その姿は、アレンが今まで出会ったどんな令嬢とも、かけ離れていた。

不覚にも、目が離せない。胸の奥が、ちりりと熱くなるのを感じる。

アレンは、この奇妙な感情の正体に気づかないふりをしながら、誰にも見つかる前に、静かにその場を立ち去ったのだった。
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